やはり彼は私と話してくれないようだと、カナはじっと体を休めているサスケを見ながら思った。
"鷹"のアジト内。一行がこの場に留まってからもう暫く経つが、いくら水月らに話を聞こうとカナの記憶が戻る兆しは見えなかった。重吾も難なく、香燐も顔をしかめながら記憶の手がかりを与えてくれたが、それでも今のカナにとってそれらの話は他人事にしか思えないままである。
しかし、サスケは。カナは何度も自分とサスケのつながりの深さを三人から聞いたのだが、サスケだけは一向にカナと話そうとしなかった。完全に無視されるわけではない。だが今のカナに一歩踏み出すことを許させない、そんな威圧感を常に醸し出していた。
だから、結局サスケとは話ができていない上に、時間が経つごとに近寄り難くなっている。
「(......うちは、サスケ)」
その黒髪を遠目から見る。サスケは壁の端に座り、カナはその反対側の端に踞っている。
「(......冷たく見えるのに、何かが違う気がする。あの人だけは知ってる気がする......何も憶えてないのに)」
水月や香燐、重吾、イギリを見ている時とは何か違うものを、サスケを見ている時常にカナは感じていた。
サスケの態度はあからさまに薄情だった。それにも関わらず、苦手意識は生まれていない。その姿を見ていると、胸に何かが流れ込んでくる気がする。
その感情は、記憶に残る幼い頃の数年間では決して感じたことのなかったものだった。
「(彼を見てると、なんだか安心する......。なんでだろう......)」
「おい」
突然横から声をかけられ、カナはびくっと反応する。見上げれば深い藍色の瞳がカナの姿を映していた。
「イギリさん。どうかしました?」
「まだ何も思い出さないのか。北波のことは?」
その名を出されたカナの脳裏には、幼い姿の自分より頭一つ分以上は背が高かった少年の姿が映った。一族と同じ銀色の髪と、その右頬に貼られた大きなガーゼが印象的だった。幼いカナが持ち出した「王子と姫」の話に乗っかって、ずっと「バカ姫」と呼ばれていたことを覚えている。
だが、それ以上のことは何も分からない。
「......ごめんなさい。北波兄さんのことは、幼い頃の姿なら覚えてるんですけど、やっぱり今は。......なんで兄さんが消えた後、私たちが何もしなかったのかも......何も分からないままです」
"以前のカナ"は、北波と幼い頃共に過ごしていたことを忘れていた。"今のカナ"は、それは覚えている。けれど、おかげで別の疑問点に悩まされていた。
北波はある日、急に集落から消えた。だがだからといって、自分や他の大人たちが騒いでいた覚えがない。
それはその時、北波が"暁"の手を借りて風羽の森全域に"刻鈴"の能力を使ったからだが、今のカナがそのことを知っているはずもなかった。
「イギリさんは兄さんとどこで知り合ったんですか?」
「......北波は昔、オレと同じ里に暮らしていた。今はもうなくなった里だがな」
珍しくイギリの口が動いた。カナはじっとその顔を見上げる。
「確かに、兄さんは突然私たちの森に現れました。あの頃はその理由なんて考えたこともなかったけど......じゃあ兄さんはその前、そこにいたんですね」
「ああ。その理由は大体想像がつく。お前の一族がオレの里を滅ぼして、同じ血を引く北波だけを連れ帰ったんだ」
淡々と言われる言葉。その事実は既に何度かイギリから聞いているカナは、そっと俯くことしかできなかった。あの頃の北波のことを思い返すと、それは違うと否定することはできない。
風羽が渦木を殺した。その理由は今のカナには分からないが、その事実だけはきっと確かだ。
「でもイギリさんは、私の一族を憎んでるわけじゃなくて......木ノ葉隠れの里を憎んでるんですよね」
「ああ。お前の一族に憎しみがないわけではないが、所詮はもう潰れた一族だ。木ノ葉と違ってな」
「どうして......木ノ葉隠れに何の関係が?」
カナは今度は疑念の籠る目でイギリを見た。イギリもカナに視線を落とす。その藍色の中に、サスケと同じ憎悪の色が渦巻いているのが見えた。
「風羽じゃない。木ノ葉こそが、オレの一族を殺した首謀者だったからだ」
その声は異様に廃墟に木霊し、カナだけじゃない、サスケもすっとイギリに目を向けていた。水月、重吾、香燐も、それまでは特別意識もせず各々に時間を過ごしていたが、イギリの唸るような声は無視できるものではなかった。
カナは息を呑んでイギリを見つめる。だがイギリとはいえば、同じく木ノ葉に恨みを持つサスケに目を向けていた。二人の視線がかち合う。
「聞いたな。だからオレは、ここにいる」
サスケは暫し無言だった。ただ数秒後、ゆっくりと立ち上がり、その体に巻いてあった包帯をするすると解いていった。傷跡が全て消えている。
「......イギリ、お前の憎悪はオレには関係無い。オレはオレで木ノ葉を潰すだけだ」
「......」
「水月、香燐、重吾」
ふっとイギリから目を逸らしたサスケは、それから自らが率いる隊のメンバーに声をかけた。重たい空気の中息を詰めていた三人はふっと顔を上げる。
「行くぞ」
香燐は元よりほぼ万全。水月もサスケ同じく回復し、傍らにはきちんと首斬り包丁を備えている。重吾は子供サイズのままではあるが体力は戻った。"鷹"はもう動ける。
サスケはその腰に草薙の剣を差し込んだ。その視線が今一度、ふっとカナに流れた。
「!」
カナは僅かに目を丸める。こうしてサスケから視線を合わせてくることはこれまで無かった。人知れず息を呑むが、しかし言葉はかからない。サスケはただ目を細めた後、視線を逸らしていた。
「お前ら二人はついてくるなら勝手にしろ。───これから、木ノ葉へ向かう」
その暗い瞳。カナは目を背けられても、目を逸らすことができなかった。何も憶えていないはずの胸がじくじく痛みだすのを感じていた。
"鷹"は動き出す。"暁"に力を借りる必要も見えなくなった今、サスケの脳裏から赤雲模様が消えたのだった。
ーーー第五十六話 遠ざかりしは
「───ト、イウワケダ」
「まさかペインがやられるとはな......」
「予想外ですねェ」
"暁"のアジト内。暗闇の中に、マダラ、ゼツ、鬼鮫、現全"暁"メンバーが揃う。今しがたアジト内に帰って来たゼツが、木ノ葉で見た戦いの全貌を伝え終えたところだった。
ペイン・小南の木ノ葉進行は、ノルマであった"九尾の人柱力"本人に止められた。ペインは死に、小南は逃亡。それきり"暁"にも姿を見せず、事実上の裏切りであることは確か。既に"暁"は三人にまで減った。
「どうすんの?こんだけ欠員が出ると......」
「"神人"を使えばどうです?幸い今は記憶もないんでしょう。ペインが予め協力を得たと聞きましたが」
鬼鮫が提案をしたが、マダラは「いや......どうだろうな」と口を濁す。
「協力を得たのはその通り、ペインだ。もしヤツが死んだと知れば、また非協力的になるかもしれない」
「記憶ヲ失クシテモ風羽ダ。風羽ノ教エガ染ミ付イテイル以上、ソウ簡単ニハ手駒ニナラナイダロウナ」
「本来なら平和主義の性格も消すため、記憶全てを奪うはずだったが......」
マダラはそう言って思い返す。北波を利用しようとしたあの雨の中。大体はマダラの思い通りになったとはいえ、予想外は北波が予想以上に早く"神移"を実行し、"刻鈴"の能力を完成させる前にカナを飛ばしたことだ。おかげでカナの記憶は中途半端に残っているし、恐らく記憶のフタも中途半端にしか閉まっていない。
「今更言ってもしょうがないことだ。カナは"暁"には使えない。ただ当然いずれ"神鳥"は奪わせてもらう......その為にも協力的でいてもらわねばならない。ペインのことは伏せておけ」
「自分が飼ってる"神鳥"のことも忘れてるみたいだしね、今は」
白ゼツが気楽そうに言う。「余計なことしない限り、今は他に行く場所もないんだし、どこにも行かないでしょ」と続けカラカラと笑った。鬼鮫は肩を竦めた後、「では、イギリとかいう男は?」と新たに言う。
「確か、北波を追ってるんでしたよねェ。死んだことも知らないんだとか」
「ああ。ついでに"暁"にいたことも知らないままにしてある。余計な情報は与えないのが一番だ。アイツは北波の代わりに結界封印役になってもらわねばならんのだからな」
「サスケくんを引き入れると同時に、"神人"の記憶を消してサスケくんの光までもを奪う。そして更には"神人"を新たな駒を手に入れるツテとする......やれやれ、大仰な作業でしたね。アナタの嘘つき具合も大概ですが」
「あはは、言えてる」
呆れるやら感嘆するやら、鬼鮫は皮肉っぽく喉を鳴らし、白ゼツがそれに乗っかる。マダラはフンと鼻で笑った。
だが結局、カナもイギリも直接"暁"に通ずることへの駒には出来ない。メンバーは実に不足しているが、とにかく今はこれで凌ぐしかない。マダラはその赤色の瞳をゆっくりと閉じた。
「とりあえず鬼鮫。お前は八尾を捜せ」
"鷹"のノルマは失敗していた。その代わりに誰かが動かねばならない。「アナタは?」と鬼鮫は目を向ける。
「オレは少し......別の用がある」
他者の心を見透かすその瞳は、同じ瞳を持つ少年の思考など手に取るように分かっていた。
■
その頃、雷影の動きにより、各地が蠢き始めていた。
まず第一に五影会談の召集。雷影は最速の伝達手段を以て、他の忍大国、火・風・水・土に連絡を飛ばしていた。それに伴い各国の影が動き、開催地に出向かわねばならなくなっている。
そしてもう一つ、雷影は木ノ葉へは別件でとある小隊を送り込んだ。
"八尾"・キラービーを捕らえた木ノ葉の抜け忍・うちはサスケを雲隠れ側が殺す、その許可を得るために。
そしてその話は今、誰よりもかつての仲間を追っていた旧七班にも伝わろうとしていた。
■
「おーい!」と焦り混じりの声が突き抜ける。その声が目指した先には、ナルト、サクラ、カカシが。三人は里を歩いていたところを呼び止められ、振り返った先の同期の一人に気付いた。
「キバ。どうしたの?」
サクラが何の変哲もない声で言うが、追ってきたキバの顔には余裕はなかった。
「いいか、落ち着いて聞けよ......綱手様が、火影を解任された」
「えっ......!?」
「六代目はダンゾウって人に決まったみてーだ。オレはよく知らねえんだけど、裏の人間らしい」
三人に衝撃が走る。唐突な五代目解任ももちろんだが、その次に飛び出した名前にも一瞬で嫌な予感が過り、しかもそれはすぐに正体を現す。キバはすぐに「驚くのはこれだけじゃねえ」と声を低くして一気にまくし立てていた。
「その六代目は、抜け忍としてサスケを始末する許可を出しやがった!」
───カカシはぐっと眉をひそめ、ナルトとサクラは目を見開いた。
想像だにしていなかった名前。それだけに反応は一瞬遅れて、そののちぶわっと血が上ったナルトは強く足を踏み出した。
「それってどういうことだってばよ!?」
「オレだってよく分かんねえよ!いきなりそんな決定がされたのにももちろんだけど、何でサスケだけなのかも!」
それは無論カナのことだ。ナルトとサクラの頭にもその疑念が過り、だが意味が分かろうはずもなかった。
唯一静かに話を聞いていたカカシが興奮しきったナルトを抑える。
「綱手様が回復するまで待てないってことだろう。それも一理ある」
「カカシ先生、でもサスケは!大体、カナちゃんは!」
「サスケは抜け忍だ。普通は抹殺するのがセオリー......と言いたいところだけど、キバも言った通り、それなら条件はカナも同じだからな......こりゃ何か、抜け忍だってだけじゃない事情があるな」
「でも綱手様は......!」
サクラはぎゅっと胸に手を押し当てる。綱手は先の戦いでチャクラを使い切り寝込んだまま、未だに意識が戻っていない。つまりこの決定は五代目の認可を全く通していないはずだ。
「私......ダンゾウに会ってくる」
「サクラ待て!いきなり怒鳴り込んでも、何の解決にもならないよ」
「綱手様がまだ目を覚ましてもいないのに、こんなの......!それにサスケくんのことだって!カナとの違いが何なのか知らないけど、何にせよこのまま黙ってるわけにはいかないでしょ!」
カカシの手がサクラの肩を掴むが、珍しくサクラも語気を荒くして反発する。それを見ていたナルトも「オレも行くってばよ」と歩き出した。それをまたカカシの声が追う。
「二人とも少し落ち着け。こんな時こそ冷静にならなきゃ、うまく事は運ばないぞ」
「冷静になんかなれっかよ!!サスケに手なんか出させねえ!」
振り返ったナルトは追ってくる声を遮るように手を払ったが、それはパシっとカカシに受け止められた。
「待てって言ってるでしょ!ダンゾウはお前たちがそう行動に出ると考え済みだ。会ってどうするつもりだ」
「乱暴なんかしねえよ!ただ二人について話を聞いて、それでサスケの件は変えてもらうよう話をつけるだけだ!」
「ことアイツらに関して、お前がそれで済むとは到底思えないよ。カナの時も言ったろ。今回のこれも、"里の意志"だ」
ナルトは仲間のことになると後先考えず突っ走る傾向がある。カナが捕われた時もそれだった。ナルト、そしてそれに感化されたサクラも、牢に押し入って"罪人"を解放しようとするという、里に仕える忍とは思えない行動をしたのだ。それでもあれが許されたのは、火影が綱手であったから。
今は、まだ正式ではないとはいえダンゾウが六代目とされてしまった。
「ヘタをすりゃ、牢にぶち込まれることになる。あの時のカナのようにな。むしろ火影がダンゾウとなった今、もっと酷いことになる可能性もある」
「......それでもいい!オレは行く!」
「私も!」
カカシの脅しも意に介さず、ナルトはバッとカカシの手を振り払い歩き始め、サクラもそれに続こうとする。あっという間に蚊帳の外になっていたキバが「お、おい......お前ら」と戸惑うが、それも見えていないらしい。
三度目。「ナルト!」とかつての上司の厳しい声が飛んだ。
「分かってるだろ。お前は九尾を持ってるんだ」
「......それがなんだってばよ!」
「だからダンゾウは、お前をこの里に拘束しておきたいと思ってるんだよ。牢にぶち込まれても良い?それじゃ相手の思うツボだぞ。当然、サスケとカナを捜すこともできなくなる」
二人の名を引き合いに出されて、やっとナルトはぐっと押し留まる。カカシとナルト、この二人なら当然、カカシのほうが冷静で良い判断を下せるに決まっていた。今はあまりハシャぐな、と最後の一言を言われて、ナルトもサクラも足を止めるしかなくなる。
とはいえ納得は出来ようはずもない。ダンゾウの元へ乗り込めないにしても、話を聞きたいことは山ほどある。歯を食いしばっているナルトを横目にして、サクラはハッと顔を上げた。
「そうだ......サイ。サイに話を聞けばいいのよ!サイはダンゾウの下についてるんだから......」
「あ!そういえばそうだった......じゃあサイのとこに行くってばよ!おいキバ、」
「ったく、はいよ。鼻使いが荒いヤツらだぜ」
バッとナルトに視線を向けられて一瞬で察したキバは、文句を言いながらも鼻を動かすのだった。
■
その木ノ葉へ動き出した"鷹"、カナ、イギリの前にも今、新たなる情報が迫っていた。
木々の上を跳んでいた一行の前に渦巻き模様が現れる。全員がハッとし、その場の枝に留まった。それまで気配も一切なかったはずが、突然"鷹"の前にパッと遮る形で降り立った男。
「よう......サスケ」
マダラが相変わらずの面の下で言う。この状況からするに、"鷹"の目的を阻みに来たとしか思えず、「あちゃー。バッドタイミング」と水月が頭を抑えた。
カナは"鷹"の後方からその姿を見据えたが、すぐにふっとサスケの背中に目を移した。
「どうしてオレの居場所が分かった?」
「オレをなめるな。こっちにはそれなりの能力がある」
「今更何の用だ。オレたち"鷹"は"暁"を抜けた。お前らにもう用はない」
"鷹"と"暁"は元々別の組織であり、ただ一度手を組んだだけだ。"暁"は"鷹"に八尾を狩りに行かせる代わりに尾獣の力の分け前をやるという話だったが、"鷹"がそれを断る以上は何の問題も無い。
ただし、それは目的がちゃんと達成できていたらの話だ。「お前たちはオレとの約束を裏切ったことになっている」とマダラは冷めた声で言う。それはまさに、その八尾のことだ。
「あれは変わり身だった。つまりお前たちは失敗したんだ」
「何?」
「お前たちは八尾に一杯食わされたのさ。正直、お前らにはガッカリしたぞ」
そこらの事情には関わっていないイギリは興味無さげに目を逸らしている。それはカナも同じだったが、話が不穏な方向に流れて意識は変わった。
「"暁"としてやった仕事は最後までやってもらう。とはいっても、八尾はもういい。今は別の用をやってもらうことにした」
「断る、と言ったら?」
サスケがギラリとした視線でマダラを睨みつける。ピリッとした殺気は後方にまで十分伝わり、カナは一人チャクラを足に溜めていた。
マダラはそれに気付いているのかいないのか、ただサスケに突き付けた。
「ここでお前らと戦り合うことになる。木ノ葉へは行けないということだ」
その瞬間、サスケもまたマダラに突進する初動に入ろうとする───しかし、その前にサスケは自ら止まることとなっていた。
気配が一瞬にして横に現れる。それはマダラでも他の"鷹"でもない、カナ。
銀色はサスケを遮るように片手を突き出し、そして自分は自分でマダラを睨みつけていた。
「木ノ葉隠れへは」
サスケが目を見開いているのも気にせず、"鷹"が息を呑んでいるのも無視し、カナはただ冷えた声でマダラに言う。
「ペインとかいう人が行ったって話でしたよね。あれはどうなったんです?」
「......ああ。オレは主にその話をしに来てやったんだ」
マダラは動じない。ただその瞳をカナの隣のサスケに、それから後方にいるイギリへと移した。
「サスケ、それにイギリ。木ノ葉隠れの里はもう無い」
目下の目的をそこにしていた二人は深く眉根を寄せる。それは"鷹"とて同じこと、「どういうことだ!?」と香燐の声が上がった。カナはただただマダラを見つめ、何故か渇いていく喉を感じていた。
その時、更なる人物が予想外の場所から現れる。枝から生えるようにして姿を見せたのは、残り少ない"暁"の一員・ゼツ。
「ソレハオレガ説明シテヤル」
「な、なにコイツ」と香燐が後ろに下がり、マダラが「安心しろ、オレの仲間だ」と肩を竦める。それから隣に現れた仲間に視線を流し「......で?火影は誰になった」と早速核心に迫った。それに応えたのは白ゼツ。
「ダンゾウだよ」
「......大方予想通りになったな」
だが何気ないそのたった一言が、サスケを憎悪に駆り立てた。ダンゾウだと、と呟いたその一言は地を這うように低く、香燐とカナの視線を奪う。
「そうだ。お前の兄を追いつめた木ノ葉の上層部の一人......そして」
マダラの視線がイギリに向かう。
「渦木一族を風羽に殺めさせた張本人」
「!!」
イギリはあらん限り目を見開く。カナもぴくりと反応して、イギリに視線を移した。イギリは常時の冷静さを欠き、体を震えさせ、その藍色の髪で顔を隠して歯ぎしりしていた。
「じゃあ、あの"仮面の男"が......!」
「そう......ダンゾウだ。木ノ葉の裏の部分をずっと仕切っている男だ。ソイツが新たな火影になった」
イギリに関することは他の者には分からない。気にもしないサスケは「一体、木ノ葉で何があった」とただ自分の中で渦巻く疑問をマダラに投げる。マダラもサスケに目を移したが、その話に入った途端カナの視線が突き刺さっているのにも気付いていた。
ペインと木ノ葉の詳しい話を聞かせればカナがどう行動するか分からない、それはつい先ほど"暁"内で話していたことだ。
「......オレの部下、ペインが木ノ葉を潰した」
カナがすっと目を細めるが、マダラは視線を返さない。
「サスケ、お前もペインも派手にやりすぎたせいで、ついに五影も動き出したようだ。五影会談が開かれる」
「五影たちが......」
「そこからは僕が説明するよ」
白ゼツがマダラを引き継ぐ。無論ゼツとて分かっている。銀色の視線を意識しながら、ゼツは先日起きたペイン対木ノ葉の戦いについて語り始めた。
■
キバにサイの現在地を聞いたナルトとサクラは真っ直ぐそちらへ向かい、そう時間もかからずに目当ての仲間の元に辿り着いていた。
しかし、事態はすぐに急変した。
サイが二人の問いにこれといった答も出せないうちに、見慣れない忍服を着た二人が襲撃してきたのだ。
「キャッ!!」
「サクラちゃん!!」
サクラが蹴り跳ばされ、ナルトが慌ててその体を受け止める。サイも一旦その傍へ退き、同じく後方に下がった二人組はぱちゃんと水面に立った。
川辺。岸に木ノ葉の三人が、そして、雲隠れの使い・オモイとカルイが川の上で木ノ葉側を睨みつけていた。
「なんだってばよ、お前ら!」
「お前たち、さっきサスケの話をしてただろ!ソイツの話を聞かせろ!」
オモイが眉を吊り上げて怒鳴る。ダンゾウの一件で先ほどからその名前を聞かされていた三人はそれで息を呑んだ。「......アンタたち雲隠れの忍に、何の関係があんのよ!」とサクラが怒鳴り返す。
その一瞬で"キラービーの弟子たち"の怒りは更に高ぶっていた。
「大アリだ!!お前ら木ノ葉のうちはサスケが、オレらの里を襲った!」
「!?」
「てめえらんトコの抜け忍うちはが、ウチらの師匠を連れ去りやがった!師匠は生死不明だ馬鹿ヤロー!!」
ナルトは、サクラは、息を呑む。サイは一人すっと目を細めた。
「そんな......ウソ」とサクラが呆然と呟くのを耳にするが、サイはその脳裏で一瞬にして考える。もう既にナルトとサクラからサスケの抹殺許可が降りたことは聞き、同時にカナにはそれが無かったことも耳にした。
「カナさんは関係ないんですか?」
サイの冷静な声が場を裂くが、カルイがあからさまに顔をしかめる。
「あァ!?誰だそりゃ!知らねえよ、ウチらの目的はうちはサスケだけだ!!」
「な......なんでサスケくんが、そんなこと!」
「そんなもん、"暁"のヤツらの目的なんて知るかよ!!」
次々にナルトとサクラを動揺させる話が飛ぶ。
「"暁"って、どういうことだってばよ!?」
「はァ?てめェふざけてんのか。サスケは"暁"の一員だろうが!」
「!?」
「お前らが抜け忍を野放しにしておくから、雷影様がオレたちを使わしたんだ!うちはの始末の許可も既に火影から貰った!」
サイはナルトとサクラの傍らで、じっと両者の声を聞いていた。
"暁"に入り雲隠れを襲ったというサスケ。一緒にいたはずのカナの名前は出ない。とにかく、"雲"はサスケを恨む理由がある。しかしここにいる二人は、そのサスケをずっと追っている。
「復讐はさせてもらう」
「うちははウチらが倒す」
動揺は当然だ。ナルトもサクラも息を呑んで襲撃者二人を見つめている。どれだけ否定したくとも、二人はもうサスケを庇えるほどサスケの傍にはいなかったのだ。
サイは徐々に自分の中に沈殿していく重みを感じながら、そんな二人を見つめていた。それはサイにとって初めて感じるほど、腹の底が沸々と熱くなるような思いだった。もう随分前になる、あの時見たサスケの無表情を思い出すと、それは尚更増していくばかりで、どれだけ冷静な心を引き出そうとしても止められそうもなく。
それが怒りなのだと、サイは後に知った。