雨はまだ降り止まない。

「少しだけ、サスケのニオイが残ってる......でも」

哀しみの色を滲ませた空は、地平線の向こうまで広がっている。

「カナのニオイも......一切」
「遅かったか......」

木ノ葉の二小隊は、サスケとイタチがぶつかった最後の場所に辿り着いていた。だがそこには誰もいない。戦い死んだというイタチの亡骸も、サスケも。言うまでもなく、カナも。
雨はまだ降り止まない。俯いて歯ぎしりするナルトの頬に、涙のように伝っていった。



ーーー第五十話 君の声が聴こえない



目が覚めても、未だ夢のような心地が抜けなかった。どこからが夢でどこからが現実なのか、薄く開いた目で天井を見上げながら、ぼうっと考えていた。体が酷く重い。息苦しくてたまらないが、それが何故なのかはよく分からない。
それでも上体を起こしてみると、自分の体に包帯が巻かれてあることに気付く。見覚えのない暗い空間の中、蝋燭一本の灯りのみで、誰かに布団に寝かされていたようだった。

「手当てはしておいた」
「......?」
「お前が、勝った」

部屋の奥の暗闇から声が聴こえる。その言葉に、ではあれは現実だったのかと中々働かない頭で考える。兄の死に顔は脳裏に焼き付いていた。

「だがお前にもかなりのダメージが残ってる。無理に体を起こさないほうがいい」

現れた人影にどこかで見覚えがあった。ふざけた渦巻き模様の面は、以前"暁"として対峙した男のものだ。

「一度会ったな...前は敵としてだが。デイダラのことなら気にしなくて良い、オレはお前の敵じゃない。オレはあることを伝えるためにお前をここへ連れて来た」
「......カナは......」

無意識のうちに漏れた声だった。
別れてから一日二日も経っていないだろうのに、もうあの銀色を長い間見ていない気がしている。そういえば別れる前日にカナは言っていた。面を着けた男に気をつけろと。それはきっと、十中八九この男に違いない。
この男はカナに接触したことがある。サスケの意識がようやく一定の方向にもたげた。

「カナは......どこだ」
「......オレの話にはまるで興味無しか」
「アイツに、何かしたんじゃないのか......どこにいる?」
「幼なじみ......いや、それ以上の存在か。この状況、顔が見たくて仕方ないんだろうが、まあ待て。カナのことは後で話してやる。まずはオレの話を聞け」
「......」
「......こういうふうに言ったら少しは聞く気になるか?」

覇気のない表情で視線を落とすサスケを目に、トビは静かに聞かせてやった。

「うちはイタチについてだ」

それでようやく、サスケの意識がトビに向く。視線をその面に向けた。

「お前は兄のことを知っているようで、何も知らない」

それでもそれ以上の反応は示されない。「......仕方ない。自己紹介から始めようか」と続けたその手はゆっくりと自身の面へと動いた。赤い面が掴まれ、僅かにずらされる。そこから覗いた、右目は。

「オレはお前と同じ、うちは一族の生き残りであり......」
「......!」

「うちはイタチの真実を知る者だよ」

三つ巴の、写輪眼。
それをサスケの目が捉えた瞬間だった。まるで呼応するかの如くサスケの左目のみがその瞳術を発揮したのだ。そしてそれは次第にーーー万華鏡写輪眼へ。それは、イタチ独自の紋様。
驚愕に目を見開いていたサスケの左目から、じわりと血涙が漏れだす。それに気付いたトビは目を剥いて離れようとするが、遅い。

「ぐァッ......!!」

トビは仰け反って、再びサスケの視線が届かない闇へと引き下がっていった。
サスケは一方で、ずきりと疼いた左目を手で抑える。一瞬で息が上がっていた。勝手に発動した万華鏡はまた勝手に消えていったが、サスケの理解の範疇ではない。

「な......んだ......今のは」
「ーーーイタチがお前に仕込んだ"天照"だ」

冷静な声が再び返ってくる。また暗闇から姿を現したトビのその肩にはもう炎もなかった。

「さすがイタチだ......死んでもなお驚かされる。ここまでの手を打っておくとは」
「一体、何のことだ......?」
「お前に術をかけていたのだ。オレを殺すため......いや、お前からオレを遠ざけるため、とでも言おうか」
「......だから、何の話をしてる?」
「イタチは死ぬ前、お前に何かをしたはずだ」

サスケは目を丸める。覚えがある。
打ち負けたと思い、イタチに壁際まで追いつめられた瞬間、兄はサスケの目をえぐるのではなく、その指でサスケの額を突いただけだった。昔のように。

「最後......お前のために、己の瞳力をお前の中へ注ぎこんだのだ」
「な......何を言ってる?一体、何が言いたい......?どうして、イタチがそんなことを」
「分からないのか?」

分かりたくなかった、が正解だった。


「お前を守るためだよ」


サスケの息が止まる。頭がうまく回らない。「......守る?」冷静なことは考えられない。「守るだと......?」兄の死に顔が何度も何度も脳裏に浮かぶ。

「何の冗談だ......!?」
「......もう一度言う。お前は兄のことを知っているようで、何も知らない」
「それ以上ふざけたことを抜かせば、お前を殺す!」
「どうやら一筋縄ではいかなそうだな。だが、オレの話してることは事実.....イタチからも聞いただろう?あの夜の協力者のことを。オレがその、うちはマダラだ」
「!!」
「カナからも注意を促されたんじゃないか?アイツにはもう名乗っていたからな」

兄の言葉と幼なじみの表情が甦ってくる。サスケのもう一人の復讐の相手はマダラだとイタチは言った。カナは余裕のない表情で真剣な眼差しをしていた。うちはマダラーーあの夜の協力者。

「イタチのことなら何でも知っている......もっとも、イタチはそのことに気付かずに死んだがな」
「うるせェ、そんなことはもうどうだっていい!!オレの前から消えろ!!」
「いや、聞いてもらう。お前は聞かなくてはならない。それがお前の義務だ」

布団を握りしめるサスケに追い打ちをかけるように、マダラは淡々と口にした。


「忍の世のため、木ノ葉のため......そして何より弟のお前のために全てを懸けた、兄・うちはイタチの生き様を」


イタチは誰にも話すことはなかった。自分に課せられた使命を、与えられたその瞬間から口を閉ざし、最後まで口をつぐんで死んでいった。それを当初から知っていたのはたった数名。出身里である木ノ葉の上役、もう今は亡き三代目火影と裏の暗役者ダンゾウ、相談役のホムラとコハル。
彼らもまたイタチと同じように口を固く閉ざしていたし、これからも絶対に語ることはない。

「イタチの真実は永久に闇へと消える。そしてイタチもそれを望んでいた」

たった一人の例外を除いて。
今こうやって話すマダラだけは、誰かに語ることができる。そういう万が一を恐れたが為にサスケに一時的な万華鏡の力を残した。それほどまでに、イタチは隠したかった。
自分にまつわる真実を。ーーーサスケがこれまで信じてきたことを覆す、真実を。


「な.....に、言ってんだコイツ......?」

マダラの声を聞いているうちに、サスケの肩がまた激しく上下しだす。

「オレを守る......?まも、る......!?真実......だと?」
「......思い出せ。イタチのことをゆっくり思い出してみろ。......お前たちの、優しかった兄を」

動悸が激しい。息がしにくい。嫌な汗が額を、頬を伝う。浅い呼吸を何度も何度も繰り返す。
マダラに言われるがままに、脳裏に何度も浮かんでは消えていく兄の顔。いつも優しく笑ってくれた表情。いつもサスケの味方をしてくれた姿。大好きだった、兄。

「アイツは......オレを、殺そうとしたじゃないか」

『本当は......やめてほしい......!』ーーカナの言葉が頭に反響する。復讐に関してだけは最後まで道を相容れなかった幼なじみの言葉。それを、サスケは迷う事なくはねのけた。

「オレの眼を、奪おうと......!!」

酸素が足りない。何度も咳を繰り返すうちに、マダラの手が伸びてくる。落ち着けと促されるが、冷静な判断力は消えている。オレに触るなと怒鳴ってはね除け、だが、意識はもう朦朧としていた。
暗くなっていく視界の中、イタチの微笑みや、あの日の夜の表情や、ボロボロだった最期の姿が過っていった。






気付いた時、やはりサスケはまだそこにいた。だが今度は布団にいない。体を縄で縛られ、壁にもたれかかったまま気絶していた。再びうまく働かない頭のまま、ゆっくりと顔を上げる。
「気がついたか」と声をかけられる。マダラもやはり、まだそこにいた。

「悪いが拘束させてもらった。大人しく話を聞いてもらえそうもなかったからな」
「............あいつは......イタチは敵だ。父さんと母さんを殺し......一族を皆殺しに。抜け忍で..."暁"のメンバーだ。あいつは憎むべき存在だ......オレの、目的......」

まるで自分に言い聞かせるようにサスケはぼやく。その瞳には今何も映っていない。マダラは仮面の奥で口を開く。

「あの夜、ヤツがうちは一族を皆殺しにしたのは事実だ。そして木ノ葉を抜けた」
「だったら......」

「そして、そうすることが木ノ葉から下された任務だった」

サスケは弾かれたように顔を上げる。仮面の奥の写輪眼がサスケを捉えている。

「それがイタチの真実への入り口だ」
「任務だと...?」
「そうだ.....あの夜、イタチは己を殺し、任務をやり遂げたのだ」

虚ろだった目はもう暗闇の中のマダラをはっきりと映す。たった今の言葉が何度も何度も頭に反響し、だがまだ過剰反応するには現実味を持たなさすぎる。どういう事だ、と先ほどよりもずっと落ち着いた声が問いかけた。

「......イタチの話をするには、木ノ葉創立の時代にまで遡らねばならない。イタチは犠牲になったのだ......古くから続く因縁、その犠牲にな」
「犠牲......?」
「そうだ。そもそもは木ノ葉隠れの里が生まれた時からある大きな問題だ。それが、イタチの生き様を決めた。少し長い話になるが、これから話すことは全て事実だ」
「......何を根拠に信じろと?お前は信用できない」
「提示できる証拠はない。オレの話を信じるかどうかはお前が決めれば良い......だが、話は最後まで聞いてもらう」

赤の瞳がサスケを貫いている。野望に満ち溢れた瞳も今ばかりは静かであった。
サスケは見極めるようにマダラを睨むが、そのうちすっと目を伏せる。数秒の沈黙があった。

「いいだろう......話せ」
「フッ......今より、八十年以上も前の話だ。歴史を辿って話すには、お前の幼なじみ・カナの一族のことも避けられない」

黙って耳を傾けるサスケを前に、マダラは歴史を語り始めた。


かつて、マダラがその全盛期を過ごした時代。今のように膨大な力を持った国はなく、多数の小国家や一族が各々の利益の為に争う、戦国時代にまで話は遡る。その時、忍の組織はまだ一族単位の武装集団でしかなく、そしてその中で最強と恐れられた二つの一族があった。
"うちは"と"千手"。
当時のうちは一族の頭首を務めたマダラと相対したのは、木遁使い・のちの初代火影となる、千手柱間だった。

千手が動けばうちはが動く。どの一族からも一目置かれていた千手一族を相手にできたのは、うちは一族のみだった。

戦乱は続いた。様々な国に雇われ、一族同士が競い合う世はいつになっても明けそうになかった。特に千手とうちはの争いは酷かった。互いに最強と恐れられた一族同士、この二つの一族間の争いはどの戦に置いても最も巨大なものとなった。

そんな時、転機が訪れる。

「カナの性格はお前が一番よく知っているだろう。争いを好まない穏やかな気質......自身の一族を殺された復讐ですら遂げようとしない。根っからの平和馬鹿な性格、あれは風羽一族みなに共通したものだった」
「......そんな性格で、風羽は戦乱を生き抜いたのか」
「生き抜いた、というのは違うかもしれないな。......風羽はどの国にも決して雇われなかった。拒み通したのだ。風遁という五大性質変化の中で最も攻撃力の高い性質を得手としながら、一族自ら争いを引き起こすことは決してなかった。仮に他の一族のように雇われることを望んだのなら、うちはと千手と並んで謳われたかもしれない。そんな一族が唯一、戦場に赴いた理由はただ一つ」

争いを止めに入る。その為だけに、風羽に直接関係のない戦に首を突っ込んでいた。
当時の長は、風羽シギ。あの時代には珍しいくノ一の首領だった。

「転機が訪れたのは、シギがオレたち......うちはと千手に休戦を提案した時だった。他のどの一族よりも強大な力を持っていたうちはと千手を止めれば、何かが変わると思ったらしい」

千手はそれを受け入れた。だがうちははすぐにはいい返事をしなかった。何より第三者の介入を受け入れることは体裁にも関わる。何年も何年も争い続けた二つの一族の合意は難しかった。

「......それで、どうしたんだ」
「つまり、シギはオレたちうちはを納得させるだけの"力"を見せる必要があった。そして、それをやってのけた」
「......?」
「シギは、初代"神人"だった」
「!!」
「六道仙人の時代から生き続けているという"神鳥"を、シギは手懐けていたのだ。その言い伝えは当時にもあった。うちは一族は風羽の介入を認めざるを得なくなった......オレ以外の仲間は、それであっさり了承した。ただオレ一人を除いて」

争い合ったことで生まれた憎しみはそう簡単に消えない。マダラは千手を信じられなかった。だが、一族のトップとして仲間の意見を汲み、マダラは結局シギの提案を呑むこととなる。うちはと千手は手を組み、そして領土の平定を望んでいた火の国と協定を結んだことで、一国一里の強固な組織が出来上がった。火の国・木ノ葉隠れの完成だ。

結果として、シギの見解は正しかった。二つの強大な一族が作った組織を他の国々も真似ていったのだ。それに伴い戦も鎮火していった。ひとたびの平和が訪れたのである。
そうなっても依然として唯一国に属そうとしなかった風羽だったが、シギらはそれで安堵したかもしれない。

「だが、木ノ葉はある出来事によってまたすぐ混乱に陥った」
「ある出来事?」
「里長、初代火影の座を巡る争いだ」

二つの一族から成り立った一つの組織においてのトップ。それを選ぶことが簡単なはずもない。だが結果として、千手一族の柱間がその座を得る。うちはが主権の座から遠のいていったのは明らかだった。マダラはそれが許せなかった。そして、仲間の誰もがついて来ようとしない中、決めたのだ。
柱間と対峙する道を行くことを。そして、再び戦の大火が上がった。

「オレは復讐者となり、木ノ葉隠れの里に戦いを挑んだ。......そして敗れた......"終末の谷"と呼ばれるようになったあの里でな。シギは懲りもせず再びオレたちの争いに首を突っ込み、死んだ」
「......」
「オレもまたあそこで死んだ.....とされている。柱間でさえそう思ったはずだ。オレはみなから、そして歴史から忘れ去られていった」

その後、木ノ葉にてマダラは千手一族にとっての教えとなった。もう二度と二人目のマダラを出すまいとするため、うちはに木ノ葉警務部隊という役職を与えた。だがそれはうちはを監視下に置くためのものに過ぎない。
うちはと千手、互いはいつまで経っても互いに疑念を抱いたまま、そして更なる事件が起きた。

十六年前の九尾の妖狐の来襲。

「あれは自然発生的な、いわば天災だ......うちはは関係していない」

だが、千手のうちはへの信用は一気に落ちた。九尾を手懐けることができるのは写輪眼だけだからだ。疑いは一層強まったーーーうちはが主権を狙い、反逆を起こそうとしたのではないか、と。
差別が始まった。うちは一族の居住地は里の片隅へと追いやられ、隔離さながらの状態となった。三代目火影は唯一その処置に異議を唱えたが、他の上役たちがそれを認めなかった。

そして、それが決め手となった。疑いが現実となったのだ。


「うちは一族はクーデターを企んだ......里を乗っ取るために」

サスケはハッと目を見開いた。それまではただ"過去の歴史"であった話が、突如現実味を帯びてサスケに降り掛かる。

「そして木ノ葉上層部はうちは一族の中にスパイを送り込んだ......」
「!!」

「それがお前の兄......うちはイタチだ。そこから、イタチの地獄は始まったのだ」


どくりどくりと心音が高鳴る。僅かに開いたサスケの唇からは、しかし、暫く声も出そうになかった。


それは、事実だった。サスケは幼かったゆえに知らされていなかった、重い真実だった。
クーデターの首謀者は、サスケとイタチの父であるうちはフガク。そして、イタチがスパイ役を。

「だが、それは逆だった......イタチは里側にうちはの情報を流していた。俗にいう"二重スパイ"、それがどれほどの重荷か、お前には想像もできないだろう」
「......何故だ。何故、イタチはうちはを裏切る!?」
「戦争を見ていないお前には理解できないかもしれないな。第三次忍界大戦......イタチはわずか四歳で多くの人の死を見てしまった」

戦争を経験するには幼過ぎた。そのトラウマが、イタチを争いを好まない平和を愛する男にした。全ては争いのない世界のために。里の安定を第一に考え、平和のために働く、イタチはそういう忍となった。
そしてその性格が都合のいいように使われてしまう結果になる。二つの一族間のしがらみ、疑り合いが全てイタチに押し寄せられた。里の上層部がイタチに与えた極秘任務ーーー
目には目を。うちはの瞳力に対抗するためには、同じ瞳力が必要だった。

サスケの脳裏にぼんやりと浮かび上がる。あの夜の酷く明るかった満月や、夜闇に浮かび上がっていた赤い瞳。


「そうだ......その任務とは、うちは一族全員の抹殺」


突き付けられた二つの選択肢。
何もせずにいつか必ず勃発する内戦を待つか、それとも、自らの一族を手にかけ戦が勃発する可能性を抹消するか。

内戦が起これば、それはいずれ木ノ葉の中の問題だけではなくなる。その千載一遇のチャンスを狙って攻め込む他国が必ずいる。そうすれば、第四次忍界対戦の引き金にもなりかねなかった。
うちは一族の利己的な思想のためだけに。

そして、イタチは決めたのだ。己の手で一族の歴史に幕を下ろすことを。

三代目火影、猿飛ヒルゼンだけは和解案を持ち出そうとした、だが、結局失敗に終わりーーー

「そして、あの夜へと繋がっていく」

任務だった。
一族を殺した犯罪者として、汚名を背負ったまま抜け忍になること、その全てが任務だった。
そしてイタチはその任務を全うした。

ただ、一点。それだけの失敗を除いて。


「弟だけは......殺せなかった」


うちは一族、全員の抹殺。だが、弟はまだここにいる。イタチの目的のためにーー永遠の万華鏡写輪眼のために、殺さなかったのではない。

殺せなかった。


「その後、イタチはお前を上層部から守ってくれるよう、そして、偶然にも巻き込んでしまったカナのことを三代目火影に詫びて嘆願し......ダンゾウを脅して里を抜けた。もしお前に手を出せば、里の情報全てを非同盟国に漏洩すると言ってな。お前のことが何より心配だったのだ」

心配だった。一方で、本当のことを言うわけにはいかなかった。

「自分への復讐をお前に目的として与え、お前を強くすることを願った」

だから、イタチはサスケに嘘を突き付けた。

「うちはは木ノ葉隠れの誇り高き一族だと、お前にはそう信じさせておきたかった」

利己的な欲望の為に一族を殺したと言って。

「お前に本当のことを決して知られぬよう、火影に願い」

そして、"力"をつけて再びオレの前に現れろと。

「里を抜けた時より、お前と戦い死ぬことを心に決めていたのだ......その時、お前に新たな力を与えるため」
「......!」
「これがイタチの真実だ」


蝋燭一本の灯りが揺れる。暗闇ばかりがサスケを覆っている。黙り込んでいたサスケの肩は震えていた。やがて、何かをその口から漏らす。何度も唱える。うそだ、と。半ば呆然として。

「そんなの、うそに決まってるだろ......。でたらめだ......オレは、何度も殺されかけた」
「イタチが本気ならそうなっていただろう。確実にな」
「あいつは、万華鏡写輪眼の瞳術まで使ってオレを殺そうとしたんだ!」
「お前の対処も全て計算の内だ。あの戦いでイタチはお前を追い込む必要があった......その理由、本当はお前ももう気付いてるんじゃないのか?」

サスケの視線が揺れる。歯を食いしばり、自らの首元に視線を流した。本来のサスケのチャクラがなくなった時、サスケから現れた大蛇丸をイタチは完全に殺した、その結果、サスケを縛っていたものは消えた。
呪印からの解放。
そして、最も親しい者の死により、サスケに万華鏡を開眼させるため。
全てがサスケの為にイタチが仕組んだ戦いだった。本当の自分を偽ったまま、サスケのことだけを思って。

「飲み込めてきたようだな......」

冷静な声で呟くマダラを、サスケは睨みつける。何にか知れない焦燥がサスケを後押しする。

「お前は嘘をついている!」
「......」
「九尾に里を襲わせたのはマダラ、お前の仕業だとイタチは言った!うちはに濡れ衣を着せた......イタチと組んで一族を弄ぶために!!」
「......それはイタチのついた嘘だ。さっきも言ったはずだ。万が一にもお前に真実が伝わることをイタチは恐れていたのだ。その可能性を微塵も残さぬよう、お前にオレを信用させないための嘘をつき、そればかりかお前に"天照"をも仕込んだ」
「信じられるか、そんなこと!あいつは、イタチは、悪だ!!一族を殺して"暁"に染まった犯罪者だ!!」

焦りに染まった声が暗闇に響く。マダラは静かな瞳でそれを見ている。

「ただ一人、決して拭えぬ罪を背負い、里を抜けてなお......"暁"に入り込み、里にとって危険な組織を内側から見張っていた。常に木ノ葉隠れを想いながら。そして同じく、お前のことを」

三年前 唐突に木ノ葉に姿を現した時でさえ、あれはサスケを想っての行動だった。サスケの庇護を約束していた三代目が死に、すぐにイタチが木ノ葉に現れたのは、ダンゾウを含む里の上層部に"オレは生きている"と忠告するためだった。

「お前のことを、何より......」
「やめろ!!うそだ、そんなもの全てーーー!!」
「何故ならお前は生きている!!!」


イタチの顔が、言葉が、頭に、耳に甦る。
何と言われていた。イタチは何と言っていた。様々な言葉の、その裏の意味はなんだった?本当に自分は、幻術を見抜いていたのか。ーーー見抜いていたと思っていた幻術こそが、現実だったのではないのか。


「お前の眼はイタチのことを何一つ見抜けていなかった。イタチの作り出した幻を、何一つ見抜けなかった」

立ち上がったマダラはサスケへと近づいていく。

「イタチは、友を殺し、上司を殺し...父を殺し、母を殺した。だが殺せなかった......弟だけは。血の涙を流しながら感情の一切を殺し、里の為に同胞を殺しまくった男が......どうしても、お前を殺せなかった。その意味が分かるか?」

手にしたクナイでサスケを拘束していた縄を切る。あっさりほどけた縄はバラバラと床へ、サスケの身は自由に。だが、サスケにはもう抵抗する気力もない。マダラの声に飲み込まれ、指一本動かせないまま。


「あいつにとってお前の命は、里よりも重かったのだ」


誰よりも弟が一番だった。
だから、イタチはそれに尽くした。
守る為に、強くするために、幸せにするために。
弟に殺されることで、うちは一族の仇を討った、木ノ葉の英雄としてお前を仕立て上げるために。

病に蝕まれ、己に近づく死期を感じながら、薬で無理に延命してでも。
最愛の弟のために。


「お前と戦い......お前の前で、死なねばならなかった」


木ノ葉の里の平和のため、そして何より弟のために、犯罪者として、裏切り者として、死んでいくことを望んだ。
名誉の代償に汚名を、愛の代償に憎しみを受け取り、それでもなおイタチは笑って死んでいった。

弟のお前にうちはの名を託し、お前をずっと騙し続けたままーーー






弟は、風と波に吹かれて立っていた。
曇天模様が過ぎ去った空は今、青い空が広がっている。その下で、波打ち際に立ち、水平線を眺めていた。

今の今までずっと思い出したくなかった記憶が溢れる。

兄はいつも、兄として優しかった。父よりも母よりも自分を見てくれていた。頭がよくて、優秀で、けれどそんなこと歯牙にもかけずに、何でも優しく教えてくれて、諭してくれて、笑ってくれた。
幼なじみも交えて話した色々なこと。
あの時には、もう辛かったんだろうか。
あの時には、もう苦しんでいたんだろうか。
たくさんくれた言葉の裏には、一体どんな意味があった?

気付けなかった。最後の最後まで、気付けなかった。


『許せサスケ......これで最後だ』


あの最期の笑顔だけが、たった一つだけ、イタチがサスケに残してくれた"本当"だった。



波に打たれて溢れ出したのは、もうとうに枯れていると思っていた、涙。
嗚咽もない。誰にも見せることのない涙は、波音に消されて、地面に落ちていく。


「ーーー我らは、"蛇"を脱した」


後方に控えていた"蛇"ーー水月、香燐、重吾は黙って言葉の先を待つ。


「これより我ら小隊は、名を"鷹"と改め行動する」


ばさりと飛び立った一羽の鷹が、悠々と海原の上を飛んでいった。


「"鷹"の目的はただ一つ............我々は」


マダラはその赤い瞳でサスケを見つめる。ーーーその弟の眼には、新たな力が宿っていた。



「木ノ葉を、潰す」



君の声が聴こえない。
もし聴こえていたならば、何か違う選択肢があったのだろうか。


 
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