サクラ・チヨ対サソリの戦いは未だに続いていた。互いに実力者だからこその長時間の戦闘だった。
チヨと共闘するサクラは胸に強い想いを秘めていた。この危険な戦いから逃げ出さないのは、その強き意志の為だった。
サクラの一番の願望はいつでも一つ。里を抜けた仲間たちにあった。
サソリはその仲間に繋がる重大な情報を握っているという。ならば、サクラはここで退くわけにはいかない。
「ハァアアアア!!」
サクラは怒鳴り声と共に、襲いくる砂鉄の塊を壊して壊して壊し尽くした。
ーーーカナに、サスケに、もう一度逢いたい。二人に、復讐という闇から抜けてほしい。
サクラの澄んだ瞳は、希望だけを見つめていた。
ーーー第三話 光を
「......!」
今まで走っていたカナは、突然 その場に足を止めていた。
ダン__!
衝撃に耐えきれず、枝が大きく揺れる。前を飛んでいた紫珀はその音で気づき、同じく止まってカナの顔を覗き込んだ。どうした、とかける声色が低いのは、カナの顔に浮かんでいた表情や、その震える手に気付いたからだった。
暫く黙りこくっていたカナは、フードの中でぽつりと口にした。
「チャクラが......近くのチャクラが一つ、消えた......」
「......!」
紫珀も微かに目を見開く。ーーチャクラが消える、それが意味するところは、"死"に他ならない。
カナがそれを最も拒絶するものとしているところは変わっていない。紫珀は暫くカナにかける言葉が見つからなかった。だが、"風使い"でもない紫珀はチャクラを拾う事はできない。
「......風影、か?」
紫珀は思わず問いかけるが、カナは分からないと首を振る。
「今 感じることのできる近くのチャクラは五つ......一つはすごく弱々しい。それに......数が、合わない」
「北波が言うとったんを信じるんなら......木ノ葉からきた救助部隊は、お前んとこの班やった奴ら。お前とサスケ除いて、三人。ほんで砂忍が一人、加えて"暁"のメンバーが二人は残っとるはずや」
「......それから、風影の彼。少なくとも二人は、もう」
カナの表情が再びフードで隠れる。この多くのチャクラが蔓延したところで正確な特定はできない。だが、わかることもある。
もしまだ封印が終わってないのであれば、"暁"が戦えるわけないのだ。
カナは噴き上がる感情を、爪が自身の手の平に食い込む痛みで押し殺すことしかできなかった。無言で俯いているカナを紫珀は眉根を寄せながら見やり、それから瞳を閉じる。今は何をすべきか、この状況で冷静に考えられるのは紫珀のほうだ。
「カナ、行くで」
「......」
「お前がここまで来た意味はなんやってん。探すで、あの風影のガキ」
「......どこにいるのかも分からないのに、一体どうやって?」
「そんなん簡単や。誰かに近づけばええ。少なくとも何らかの情報は持っとるはず......力づくでも聞き出せばええやろ」
カナの拳がぴくりと動く。それはカナには酷な選択肢であろうとも、他にどうすることもできないだろう。「どうする」と、紫珀はもう一度、力をこめて聞く。カナは暫く何も答えなかった。だがいつしか、カナは確かに頷いた。
紫珀は最早何も言わずまた羽撃く。カナも重い足で枝を蹴った。二人は無言でまた前へ前へと進み続けた。
今すべきこと。それは、せめてもの光を失わないことだ。
■
薄暗闇の中、男の声が響いていた。辺りを照らす小さな灯りで男の顔が不気味に浮かび上がる。
無線機を耳に、「では、大蛇丸様」と男・カブトは言った。
「北アジトですね。すぐに向かいます」
『ええ。そろそろこの体も限界に近いようだから、急ぐのよ......安定剤にカナにはさっさと来てもらって頂戴』
「......そのカナのことですが、大蛇丸様」
思い出したようにカブトは無線機に話しかける。
「どうやら今、そのカナが無断でアジトから出ているようでして......」
『へえ。一体何があったの?』
「さぁ、そればかりは僕も知りようがなく」
カブトはそう言いながら正していた姿勢を崩し、壁にもたれかかった。空気が揺れたためか灯りの火が揺れる。
「どうやら僕はまだ彼女に信頼されるには至らないようでしてね。三年前のカナはどこへ行ったのやら」
『あら、それは一生無理なんじゃない?木ノ葉にいた頃と随分変わってしまったとはいえ、根の性格はそのままよ。私のような"蛇"に関わっているうちは諦めることね』
「......正論過ぎて言い返せませんね」
皮肉めいた言葉に、カブトは苦笑いを零す。むしろ三年前と変わらないからこそ好かれていないのだ。『ともかく』と無線機からまた声が響く。
『お前が連絡を取りようがないのなら話にならないわね。カナも無線機ぐらいは持ち歩いているでしょう......私から直接連絡するわ』
「すみません。お願いします」
ぶつり。そこで一方的に無線を切られ、ノイズの一切も消えた。ふう、と一息ついたカブトは、無線機を懐にしまって歩き出す。
とりあえずカブトに今課された仕事は、サスケにもアジトの移動を伝えることである。しかし、サスケならまだ修行の間にいるだろうと考えたカブトは、そうして角を曲がった途端、その必要はないことに気付いた。
すぐそこの壁にもたれかかっていたのは、そのサスケだった。
「盗み聞きとは趣味が悪いね。サスケくん」
「......」
冗談混じりにカブトは言うが、いつも通り、サスケは暗い瞳でカブトを映すばかりだ。
とはいえ、サスケがいちいち盗み聞きをするような性分ではない。大方思わず足を止めてしまったんだろう。カブトと大蛇丸の会話内容に釣られて。
そう思ってふっと笑うカブトを前に、サスケは鬱陶しそうに目を細め、カブトを避けるように闇に消えていった。
「キミは気付いているのかな......カナの、本当の心情を」
カブトのその意味深な言葉は誰に聞かれるでもなく。カブトがその場から瞬身で消えると同時に、灯りはふっと消え去った。
■
「(近い......どんどん近づいてくる......一体誰だ?)」
万華鏡写輪眼をその瞳に宿す準備をしつつ、カカシは未だに感じる違和感の正体を追っていた。
最初はぼんやりとしか感じなかった不可思議なチャクラは、今やどんどん距離を縮めてきてるのである。あまりに怪しい事は明らかだ。
だが、最優先事項はやはり目前の戦闘だった。
「カカシ先生、まだかよ!?」
隣で急かすナルトにカカシは意識を向ける。
「オレはお前ほどチャクラをもってないからな。時間がかかるんだよ......けど、そろそろオーケーだ」
すっとカカシの左目が姿を現す。その目には今までにない紋様が浮かんでいた。そうして上空を見上げたカカシは、ギンと目標を睨んだ。
「(万華鏡写輪眼!)」
対するデイダラが、突如揺らいだ周囲の空間に気付くのは遅くはなかった。すぐさま判断し、なんとかその歪みから抜け出そうとする。
「くっ...!」
だが頭では理解していても、それから抜け出すのは容易ではない。
デイダラの抵抗も虚しく、その右腕は切断されていた。
そしてその隙を逃すほどナルトものんびりしていない。一気に跳び上がったナルトはその手に必殺技を作り出した。
「螺旋丸!!」
超高密度のチャクラの渦。当たったらひとたまりもない。
右腕の痛みを受けつつも、デイダラは咄嗟に自らの造形から離れ、螺旋丸から逃げた。
だがナルトはデイダラを深追いすることはない。ナルトの目的は、はなから我愛羅を加えたその鳥の造形だったのだ。
ドッ__!
粘土が破壊される音とともに、鳥は胴体と首が切り離された。
見ていたカカシも安堵する。我愛羅を取り返せた上に、これでナルトも無理にデイダラを追う事はなくなるはずだ。
ーーーしかし、計算通りなのはここまでだった。
「影分身の術!」
ナルトはデイダラには目もくれずに、鳥の頭にだけ注意を向けていた。ナルトの影分身が二人、粘土の下に現れ、しっかと頭を受け止める。
だがそれに、本体であるナルトがホッとしたのは束の間だったのだ。
「なッ......!!?」
ーーー突如現れた第三者が、鳥の頭......否、我愛羅を奪いにくるなど、誰が思っただろうか。
三年自来也と共に修行をしてきたナルトは十分強く成長した。しかしそれでも、その人物に素早く対処することはできなかった。
トン、トン。
ナルトの影分身二人に、素早く手刀が当てられる。ふっと気絶した二人はそのまま綺麗に消え去っていく。
「ナルト!!」
「だ、誰だってばよ...!!」
カカシが叫ぶ。
しかし、ナルトは憤慨するというよりは、純粋に驚いた顔でその"黒衣"に問いかけていた。
その間に、第三者であるその者が鳥の頭を受け止める。
数秒、ナルトは確かに、フードの奥から感じる視線を感じていた。しかし声はなく。
一瞬でその姿は消えた。後に残ったのは柔らかな風だけ。
ナルトはそれになんとなく懐かしさを覚えたものの、結局その正体を掴み切れなかった。
■
シュン___
森のとある場所で、その"黒"は瞬身で姿を現し、抱えていた鳥の頭をゆっくりと地面に下ろした。
その肩に一羽の鳥が舞い降りる。それを気にせず、"黒"は手をかざし、強くも優しい風を作り出した。それは、いとも簡単に粘土も破壊した。
その中から真っ先に現れたのは、赤色の髪。
砂の国風隠れの里、その長ーーー風影、砂瀑の我愛羅。
まだ幼さの残る顔だちの彼は、もう二度と目を開けられないという運命を前に、ただ安らかに眠っていた。