森の中を歩く音。濡れた地面を踏みしめる音。少年は無言で歩き続けていた。
風が吹く。少し冷えた、心地よい風が、木々の葉をざわめきたて、そして少年の髪も揺らしていった。
その頭に数時間以上は前に聞いた、様々な声が甦る。

『見つけたみたいよ』
『それも、アナタたちの故郷でね』

『......悪い、逆口寄せはできん』
『やりたいんは山々や、やけど、オレは』
『......よろしく頼む』

『随時連絡してあげるよ。だからなるべく超特急でね......』

紫色の小鳥が、その少年の肩に乗っていた。だがいつもはお喋りなその口も、今ばかりは何も言わなかった。
その時、ザザッと音が入る。やはり無言でその音の正体を手にした少年は、雑音混じりの相手の声を受け取り、何も言わずにまたそれをしまった。その途端、少年の姿は一瞬にして消え、それを追うように風がぶわりと吹いた。


ーーー第三十三話 正体


"局面"は今も動き続けている。桂馬は巧な戦略をたて、角行と飛車を翻弄する。
彼は一つ、六日間練り続けた策を持っていた。しかし同時にそれは二つ危険な条件を伴う。一つは角行の血の採取。もう一つは、

「角都とオレを離す気か!」
「二人っきりで楽しい散歩といこうぜ」

桂馬は身を張って、その危険な役割を果たすと決意していた。


そして、もう一つの戦局は。ーー


一閃、鋭い風が向かう。金色の瞳はギンと向かい合う相手を睨んでいた。
だが、当たったらひとたまりもなかっただろう風は、その相手を切り裂くことなく、後方の大樹を切り倒していた。

「......!」

ずずず、と真っ二つにされた樹の上部分が地上に落ちていく。ぶわりと俟った土煙は二人、カナとトビの間を遮った。両者ともまだ、一歩も動いていなかった。印を組み風を操ったカナも、風を無効化したトビも。
トビは全く身動きをとっていなかったのだ。無論カナの狙いが外れたわけではない。だというのに、風はまるでトビの存在を無視したように、トビに傷一つ与えなかった。

「通り抜けた......?」

数秒動揺で動けなかったカナは、小さくぼやいた。流れた冷や汗は顎を伝ってぽたりと落ちる。トビはゆらりと顔を向けた。

「先日お前に見せた能力など、オレの全ての一部分でしかない......なめてもらっては困る。ところで、お前の目的はオレの足止めだろう?負けとわかっていてわざわざ挑むとは、賢いとは言えないな」

赤色の瞳がすっと細くなる。そこに浮かぶのは油断ではない、余裕だ。それをわかっていてなお、カナは対照的に余裕のない目の色でトビを見据えている。引く気はない、その一心だけは誰にでも見て取れるだろう。その思いの意味するところは。
トビは仮面の奥で、すっと無表情になった。

「それとも......無理をしてまで、オレの正体を暴きたいのか?」

ぞくりとカナは何かを感じ取る。だがやはり、引け腰にはなるまいとぐっと体全体に力を入れた。トビへの返答は言うまでもない。何より、この対峙をただの時間稼ぎにしては意味がないのだ。

「忘れてません......あなたが言ったこと」
「何の話だ」

六日前のあの幻術の中で、トビの手中に入りかけた時に落とされた言葉。薄れかけていた意識とはいえ、カナはしかとその言葉を耳にしていた。ーーーカナが里を抜けた理由の者の名前を。

「......サスケ」

その脳裏にあの時のトビの声が甦る。

『お前が今まで護ってきたサスケには必ず再会させてやるさ。サスケは、オレも必要としていることだしな』

「あなたはこれからも干渉してくる......それも、今度はサスケにも手を出す。それがわかってて、ほっとけるわけなんてない!」

ぶわり、とカナの髪が風で舞い上がる。その目の色は本気だ。
前回は完敗したとはいえ、あの時は疲労がピークに達していた時だったことは事実。だが今は、拷問その他があったとはいえ、チャクラを練ることもなく六日を牢で過ごしたことで、図らずもかなりの休息を得た後だ。

「(あの面を割ることができたら...)」

ーーーもしかしたら、今 目前にそびえている計り知れない壁のことを少しでも知ることができるかもしれない。
ただの"暁"の一員といえるほど単純な人物ではない、トビ。その正体を暴くべく、カナはチャクラを練り込んだ。

だが、次の一言でその動作はぴたりと止まっていた。


「教えてやろうか」


紛うことなく、トビの声。硬直したカナは、瞠目してトビを見つめた。

「......え?」
「教えてやろうかと言ったんだ。お前が知りたいと望む、オレの正体とやらを」

仮面の奥の写輪眼は顔を見せない。それきり静寂を保つ正体不明の人物の前で、カナは暫く立ちすくむ。相変わらず表情がわからない相手では、その真偽など掴みようもない。嫌な汗が滲み出て、こくりと唾を呑み込んだカナは、その時から感じ取っていたのかもしれない。
うちは一族特有の眼を持つこの男には、底知れない闇が広がっていることに。


「オレの名は......うちは、マダラだ」


カナ一人では到底力が及ばない、強大な闇が潜んでいることに。



早朝、ようやく活気づいてきた里は、小鳥たちの声で迎えられる。目覚め始めた里人の全員が、昨晩 脱獄囚が屋根の上を通ったことなど知らないだろう。

抜け忍・風羽カナによって気絶させられていた暗部は、誰もが比較的見つかりやすい場所に安置されていた。致命傷はもちろん、大怪我もなく、気がついた暗部らは各自厳かに退避した。次々と帰ってきた暗部たちの、その誰もの無念そうな声色を聞き、里のトップは何も言う事はできなかった。
ただ彼女は、昨晩の任にあてた暗部が全員 報告に帰ってきたことを確認してから、一人ある場所を訪れていた。

木ノ葉病院の、ある一室。

ガラリと扉を開けた綱手の目には、二人の少年少女がベッドに伏し、一人の少年が窓際に、そして一匹の犬がその外で待機しているという光景が映った。

「詳しい事を聞こうか。シノ」
「はい」

風羽カナと対峙し、忍犬赤丸と共に無傷で帰ってきたシノは、ゆっくりとベッドの傍に寄った。
シノのチームメイトの二人が静かに目を閉じていた。キバ、ヒナタと目を映したシノは、しかし悲観に暮れているようにも思えなかった。

「といっても、経緯は先ほど無線機でお伝えした通りです。ヒナタがカナに遭遇し、そしてそのヒナタが倒れた直後にオレとキバ、赤丸が到着した。そしてキバもまた気絶させられ、まずヒナタの安否を優先されると考えたオレと赤丸はすぐに退避した......ヒナタとカナの間に何があったのかは、わかりません」
「キバは何故気絶させられたんだ?」
「......カナの発言に逆上し、向けられた攻撃にも冷静な判断を下せていませんでした」

シノは重々しくその時の経過を話す。ヒナタを殺したのかと震える声で言ったキバに、冷静に冷静を重ねた声でただただ肯定を示したカナ。だが後から考えれば、全てはカナの思惑通りだったのだろう。激情させ、動揺させ、その隙をついて、手刀を振り落とした。

「......ですが」

ーーシノは力強く吐き出した。


「キバは、決して、カナがヒナタを殺したことに怒ったんじゃない」


それは確信めいた言葉だった。綱手は瞠目して「どういうことだ」と返す。その目に映ったのはどこか遠くを見るようなシノの姿。いつも感情を表に出さないその顔に珍しく苦悶が現れていた。
赤丸が、くぅんと小さく泣いていた。


ーーー死んだはずのヒナタの胸が上下している。それが他でもない、カナについての全ての答。



「"仲間想い"で"自己犠牲主義"の"頑張り屋"も、さすがに自分の手の伸ばせる限界を知ったか?」

嫌味たっぷりに言う"マダラ"ーーートビは、嘲笑うように喉を震わせた。
対面するカナは今度こそ、脳内で物事の整理をできないようだった。囁かれた信じられない情報は、しかしトビのあまりに平然とした態度に、カナには真偽を図りきれない。

「マダラ......って」

強気な態度は暫し姿を消していた。

「まさか......うちはマダラは初代火影と戦って......!」
「死んだはず、か?だが現に、オレはこうしてここに生きている。これにはどう説明つける?」

単に嘘だと言えない程の圧力がそこにはあった。カナはやはり、呆然としていたーーー時だった。

「う、あァ......!」

ーー燃えるような痛みが、カナの胸に広がったのだ。

バランスを崩したカナはぐらりと枝の上にしゃがみこんでいた。「朱雀.....?」と震える口から出たのは、カナと一心同体である存在の名前。急に噴き出た嫌な汗。

「......フン。"そいつ"も反応したか」

落ちてきた低い声に、カナはハッと顔を上げた。

「"神鳥"、朱雀。.....という名前だったな」
「な、なんで......」
「知っているさ。当たり前だろう?お前の"初代"は、オレの時代の人間だったのだからな」

その言葉と、知識上の矛盾にも、今のカナは追及することは叶わなかった。
ただ今は朱雀の痛いほどの蠢きに侵されるだけ。瞳の色は不安定に彩りが変わっている。

「私の初代......?」
「何も知らないのも当然......風羽の情報は通常出回ることなど有り得ない。全ての重要事項は、一族間で口から口へ語り継げられるのみ。申し訳程度に保存してあった書物も、信憑性などあったものではない」
「なんでそんなこと!あなたは...!?」

嫌な汗は、最早激しい痛みによるものだけではない。他人が知るはずのない内部情報に背中が冷えるのは当然。
「二度も言わせるな......」とその瞳が冷たく細められた。


「オレはうちはマダラ......木ノ葉創設期時代の、そして、初代"神人"・"風羽シギ"と同時代の人間だ」


その直後だった。


ど、くん____!!


一際強いカナの体への痛みは、既に悲鳴の段階を超えていた。
びくりと反応したカナは、だがしかし、それ以降はただ、沈黙。
だが気絶でもなく、瞳に宿る金色は、一際強く光を放ちだしていた。

トビ・"マダラ"は、「ほう」と呟いた。


「久しぶりだな......朱雀」
「久しぶり、だと?ふざけるな」


声は間違いなくカナ。しかし、内に宿る精神は最早別人。三年前の"木ノ葉崩し"以来、行われることのなかった"禁忌"。カナにかかる負担は生半可なものではないのは朱雀もわかっているはずだ。だが、それを考慮できないほど、今の朱雀の頭には血が上っていた。

「貴様、何故"あれ"を......シギを知っている!」
「......聞いていなかったのか?容貌は変わっているだろうが」
「ふざけるなと言っている!貴様がマダラだと?笑わせるのも大概にしろ!!」

ダン、と"カナ"ーーー朱雀が枝を蹴ったのは唐突だった。
その体をまとう風は酷く冷たい。マダラに向かって放たれた手は、相手の身を穿つように。しかし一瞬で移動したその体は、マダラの体をすっとすり抜けていた。

「いくら"神鳥"といえど......このオレの能力の前には無駄だぞ」

写輪眼が鈍く光る。無防備になった背中に、マダラの手が伸びる。だが触れる寸前に、朱雀はぶわりと上空に舞い上がった。神々しく輝く瞳がマダラを見下ろす。だが何を言うでもなく、再び朱雀はマダラに向かう。印を組んだその背後には二対の"風鎌"が生成されていた。

「貴様があの時の何を知っている!!」

斬__!

"風鎌"はそれぞれ時間差で向かったものの、やはりどちらも無効化され、ただ背後の木々がなぎ倒される。次に朱雀本体が風をまとった手刀で襲いかかるが、それも同様に。
再び朱雀はマダラに背を向けることになるが、同じことを繰り返す前に印を組み、更に一つ"風鎌"が現れる。すると伸びたマダラの手が朱雀に届く、はずだったところに現れた"敵意"に反応してか、風鎌に接触する部分のみでなく、触れようとした手も透過した。
今度は、マダラが退き、後方の枝に跳んだ。

「何を?"全て"だ......当然だろう?オレもお前と同じく、あの時を生きた存在だ。それとも、お前もほざくのか?オレは終末の谷で柱間と戦い死んだはずだと」
「マダラがどこで朽ち果てたかなど、我が知るところではない!だが、お前があやつでは有り得ない!」
「フン......だがオレが全てを知っていることにはどう説明をつける?朱雀、お前の過去も、シギの過去も、あの時代の流れも、そして......これから、カナを取り巻くであろう全ても、オレは知っているのだぞ」

金色の瞳は怒りに燃えていた。それは恐らく、カナの体に宿ってから初めて露になった激情だった。

"風羽シギ"、初代"神人"。
その姿は朱雀の脳裏にまだ生きている。銀色の髪を振り乱し、激動の戦乱を戦い抜いたくノ一。
そして同時に思い返すのは、同時期に生きていた戦士の数々。千手柱間、うちはマダラ、その姿を忘れるはずもない。だが今の朱雀の瞳に映る男には、あの時代のマダラの姿が一向に重ならないのだ。

「若造が......知ったような口を」
「どうしてもオレがマダラだと認められないか?ならば......どうする?」
「......お前は、"神話の時代"から存在し続けた我を、なめすぎだ」

ーーただ今の朱雀を制限するのは、人間の身体を本体としていることだけだ。風を発生させることなど誰よりも容易い。その威力もまた半端なものではない。蠢きだす風は、マダラを逃がすはずもない。

「ほう......だが、オレの能力はどうする?」

マダラは写輪眼を細める。カナの時では有り得ない冷たい瞳に引け腰になることもない。だがそれは朱雀も同じく、カナがマダラに感じる畏怖を、持ち得るわけもない。

「一瞬で片付く......」

ぽつりと、吐き出された言葉は冷徹だった。


「容赦はなしだ」


ザシュ__!!


「!!」
「お前の天敵は"風羽"そのもの」

マダラの左腕に一線 風の斬撃が入り、衣を腕ごと切断し、血が噴き出したーーー飛んだ腕は、地上に落下していった。

マダラを一歩も動かせることはない。朱雀自身も、ぴくりとも動作をしなかった。直立不動、しかしその状態でも攻撃を加えられる能力を、カナは持ち得る。よろめいたマダラを朱雀は冷たい視線で刺す。

「貴様は我の隙をついては触れようとしていた。だが、触れるには確かな実体が必要だ。つまり貴様は常に霊体を保っているわけではない。他者の攻撃を受ける時に限り、自らの意思で何らかの時空間忍術を作動させているに過ぎんようだが......それならば、他者がいつ何時攻撃にかかってくるかを察知しなければならない」

朱雀は一歩、前に進む。枝と枝の間には何も無いが、風に乗る能力を以てすると無空間にも踏み出せる。印を組み、チャクラを練らずとも。
ーー百年近く前の戦乱の中、風羽が恐れられる最大の理由はこれだった。印は攻撃の目印だ。だが、それがなければ。

「風羽は風を扱う際、印を組まずとも構わない。チャクラを練らずして、どれほど強力な技を為せるかは個々の才能次第だが......貴様はその事を忘れでもしたか?マダラならば真っ先に警戒するだろうに...」
「フッ......その割りには、一撃でしとめられなかったようだが?」
「勘違いするな。貴様が何者か見極めるには、死なれては困ると思ってな......」

マダラ、朱雀。二人の距離は縮まり、残る距離はあと一歩。
仮面の奥の写輪眼には、最早余裕はないが、それでも眼力は衰えていない。

「"うちは"であることは間違いないようだが......何を考え"うちはマダラ"だと口にする?」
「朱雀......お前はシギに宿っていた頃は冷静沈着なヤツだと思っていたが。随分感情的になっているようだな」
「まだほざくか。戯言を」
「戯言かどうかはお前自身が知っているはずだ......シギを認め、宿り、誓い合い......現世まで風羽の守り神として生きてきた"神話の鳥"よ。オレが何か、間違ったことを言っているか?」

朱雀はしゃがみこんでいるマダラを冷然と見下ろす。風がぶわりと舞い上がる。その手に風がまといだす。

「......そのような攻撃は無駄だとわかっているはずだろう?」

マダラの言に、朱雀は皮肉気に笑う。

「果たして貴様が透けていられる時間は、無限かな?」


朱雀......!


だが不意に、朱雀の瞳の色が揺らいだ。マダラは目敏くそれを見つける。

「カナが何か言っているようだな......」
「......貴様には関係のないことだ」

しかし、朱雀のまとう痛い程の雰囲気は、確かにその一瞬で薄まった。マダラを覆っていた圧迫感も緩まり、その隙をついてか、マダラは特有の時空間忍術で瞬間的に朱雀から離れる。
傷口は大きい。だが、見た目の割りにマダラは消耗してはいないようだ。

「大蛇丸の"呪印"が、お前を長く表に出すことを許さない、か」

赤色の瞳が愉快そうに歪む。対照的に、朱雀は忌々しそうに首筋を抑えていた。

「(主......暫し待て。すぐにヤツを始末する)」

ーー朱雀、待って!朱雀もわかってるんでしょ、その男が"暁"の黒幕なら、殺すべきじゃない!

「(すぐには殺すまいよ。じわじわ傷を与えて拷問するだけだ。詳細は後だ......今は、この男を)」

ーー朱雀!!

カナの朱雀を咎める声。朱雀はそれに、自分でも気付かぬうちに、"初代"を重ねていた。だが、脳裏に映った姿はすぐに消える。そしてカナの声で聴こえる言葉の全てから意識を遮断していた。
今度ばかりは、三年前のようにはいかない。北波の時とは事が違う。

「話は終わったか?」
「待たなければよかったものを......隙をつく暇がなくなったな」

傷口を抑え立っているマダラを目に、朱雀はカナの顔で笑った。

最後に瞼の裏に映ったのは、決意を露にして精神世界で片手印を組む、"神人"の姿だった。


 
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