fragola
雲雀夢/少陰夢


Since:2010/08/01
Removal:2013/04/01



恨鬼の求む怨みの先


昼近くになって邸内の掃除を終わらせた理紗は廂で針仕事をしていた。蔀を開けているので庭がよく見える。



「あの男?」


「ああ」



六合は抑揚の無い声色で応じた。

普段ならこの時間、昌浩とともに内裏にいるはずの六合がいるのは、理紗にくだんの怨霊のことを伝えるためだ。


昌浩が遭遇したらしい。

右京の廃れた邸の前で、あの男、と誰かを探していたのだそうだ。



「あれは怨霊と言うより、もはや化け物に近い」


「・・・右京の廃屋・・・・・・左遷された貴族・・・」



考えるように呟いた理紗に、ふわりと山茶花の薫りが風に乗って届いた。


想いを込める力に長けた理紗が『綺麗に咲きますように』と想いを込めて手入れをしている安倍邸の庭は、大貴族の姫である彰子にも見事と言わしめるほどで、四季折々の花が美しく咲き誇っている。

今の季節は丁度、山茶花が盛りだ。



「・・・・・・ただの成れの果て程度だったら、昌浩が呑まれることはないわよね・・・」



いくら、霊力が削がれていたとしても。



「行くのか?」



問うたのは青龍だ。理紗はこくりと首肯した。



「確かめたいことが、いくつか」










****



市へと出かけて行った彰子に、約束通りついて行ってくれた六合を見送った理紗は、青龍とともに右京へ向かっていた。


六合が化け物と言うほどの怨霊。


霊力が削がれていたとはいえ、昌浩が呑まれるほどだ。確かに化け物で違いないだろう。



「ここね・・・」



理紗は荒れ果てた邸の前で立ち止まった。


無人となってから大分経っているのだろう。ぼろぼろの垣根は所々隙間ができていて、荒れ放題の庭が覗ける。夏に生い茂ったすすきが茫々で、その向こうにこれまた荒れた邸がかろうじて建っている。


理紗は周囲に人がいないことを確認して、楓牙に風で運んでもらい、敷地内に入った。

雑鬼がいないどころか、虫や鼠でさえ一匹たりともいない。


土埃がひどいため袂で鼻と口を覆いながら、今に倒壊してもなんら不思議でない邸の中を歩いていく。



「・・・澱んでいますね」



理紗の肩に乗っていた楓牙が、嫌そうに顔をしかめた。

それも当然なほど、この邸の気は怨念で濁っている。どす黒い、闇のような色をした、悪意。



不意に理紗の足が止まった。一つの部屋の前。黒い霞が一際濃く凝っている部屋。



「私室かな・・・」



中途半端に壊れた蔀を引くが、倒壊しかけているためか建て付けが悪く、開きそうにない。



「んーっ、だめだわ、堅い・・・」


「どけ」



理紗の横から手を伸ばした青龍が、格子に手をかけた。そして、


ばきっ


「・・・・・・・・・」


「開いたぞ」


「開いた・・・というか、引きちぎったというか」


「元より荒廃した邸だ。今更蔀の一つ壊したところで大差ない」


「・・・・・・うん、それもそうね。ありがとう、宵藍」



納得した理紗は、そこらに投げ捨てられた蔀だったものを尻目に、中に入った。

室内をぐるりと一瞥して、中央へ進む。


黒い何かが溶けたような染みが無数にある。理紗はしゃがんで、一番大きな染みにそっと触れた。




















違う!違う!!

私は呪詛など行っていない!!

何もしていないのだ!!


あの男だ・・・

全てあの男の策謀だ・・・!

あの男が私を追い落とすために仕組んだんだ!!


なぜ私が都から去らねばならない!!


あの男が・・・あの男が!!


憎い。憎い。憎い。










あの男が憎い――!





















「―――理紗っ!!」



呼び声で現実に引き戻された。肩から伝わる熱に今、気がついた。宵藍の手だ。



「・・・宵藍」


「主様っ!!どうなされましたか!?何やら急に呼び掛けても無反応になられて・・・」


「楓牙・・・・・・ううん、大丈夫。心配かけてごめんなさい」


「どうした?何か感じたのか?」


「うん。・・・いえ、感じたと言うより、見えた、と言う方が適切ね。この邸の主の過去・・・怨念の根源が、見えた」



この邸の主は、真実、呪詛など行っていなかったのだ。それは大宰府へ送られながらも官位を剥奪されることがなかったことからも窺える。


姦計にはめたのは、束帯姿の、壮年の男。割合に精悍な顔立ちで・・・・・・と考えて、何か引っかかりを覚えた。


何だろう、何か・・・・・・。



「・・・けほけほっ、けほっ」


「主様!?だ、大丈夫ですか!?埃ごときが主様を咳込ませるなど言語道断!」



埃だからこそ喉にくるのだが、そんな常識は楓牙の知ったことではない。


すぐさま風を起こし、理紗を邸の外へ運ぶ。そのとき、風によって理紗に塵ひとつ被らせないのは当然だ。


庭にふわりと降り立った理紗を、次に楓牙は自身の尾で衣に付いていた埃を払った。

理紗は微笑を浮かべて楓牙を抱き上げる。



「ありがとう、楓牙。もう帰りましょうか」


「いいのか?」


「ええ。ここで考えてわかることではないだろうから」



帰りに見上げた空は、あの白い霞ですっかり覆われていた。




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