fragola
雲雀夢/少陰夢


Since:2010/08/01
Removal:2013/04/01



招かれざる来訪者


平安の都には、無数の異形がうごめいている。


彼らは驚くほど静かに生きている。

ときたま、人を襲い動物を襲い、結果陰陽師や僧侶によって退治られることもあるが、そういうものはごくまれだ。


闇にまぎれて、彼らは人間と共存している。


日の光が差しているうちは、都は人間たちのものだ。


だが、ひとたび闇の帳が下りたとき、この地は化生の闊歩する魔都に姿を変える。



異形のものたちは、特別なことがない限りひっそりと息づいている。

が。



――コワイ



かたかたと、凍りついた声が風にとける。



――コワイ

――コワイ


音にならない、怯えて萎縮する妖のささやき。


長い、長い間。彼らは人間と共存することだけを考えていればよかった。


闇にまぎれて昼が終わるのを待って、夜の中で安穏に生きてきた。


だが、その平穏は、失われた。


ぬるい風が、ぴたりと凪いだ。



――オソロシイ


息を殺し、気配を殺し、異形のものたちは、震えながら身を硬くした。


漆をとかしたような闇の中に、それより更に暗く重い影がある。


都中の妖は、息を殺し気配を殺す。見つからないように。


先日、人間どもの大事にしている建物が燃えた。

漆の闇に捕らえられた仲間が、懸命に逃げ出して、しかしあの場でとどめを刺され、最期の力でそのことを教えてくれた。

燃え上がった炎は、妖たちの心に冷たい刃をつきたてた。


隠れていても、だめなのだ。

どんなに巧妙に姿を隠しても、闇より暗く恐ろしい影は、必ず自分たちを見つけ出し、嬲り殺すのだ。


古来より、この地に生きてきた魔物を一掃し。


彼らの居場所を、得るために。










****



火事から十日ほどが過ぎた。


あの日から数日、懐仁様から正式に文が届き、大内裏への殿上は不問に処された。


帝から直々に届いた文にお父様が目を見張り、許可を得ずに内裏へ行ったと言うと、何とも言えないようなため息をつかれた。


・・・お父様には心配をかけて本当に申し訳ないと思っている。


これからはその心労を慮って、それなりに行動を慎もう。


そんなことを思った理紗は自室で六壬式盤を眺めていた。


いや、その鋭い眼差しは睨んでいる、と言った方が正しいだろう。



「西方より来る招かれざるもの。禍となりて人々に降りかかる・・・」



いつになく硬い声音で、慎重に占術の結果を確かめる。


数日かけてじっくりと星を読み、身の潔斎をして行った占術。



この都に。


いまだかつてない化け物が、やってきた。



「どうする?」



顕現した六合が理紗に問うた。



「・・・今夜、出るわ。一緒に来てくれる?」


「当然だ」



間をあけずに答えた六合に、理紗の緊張していた表情が和らぐ。



「ありがとう、彩輝。・・・・・・ついでに今から一緒に肉体労働なんてどうかしら?」















「五巻が無いっ!」



理紗は山積みになった書物の中を泳ぐように動き回っていた。



塗籠に入ってから、かれこれ半時・・・。


六合と楓牙と自分のふたりと一匹で、書物の山から見事“山海経”を発掘していたのだが、あと一冊が見つからない。



「急がないと昌浩が帰ってきてしまうわ!」



うわーん、と嘆く理紗には普段は見られない子どもっぽさがあり、非常時だということはわかっているが、不謹慎にも可愛いと思ってしまう。



「・・・・・・六合、笑い事じゃないわ・・・」



つい口元が緩んでいたらしい。


恨めしげにこちらを見やる理紗から目を逸らし、山海経を探す。



「こうなったら・・・・・・楓牙」



ちょいちょいと手招きをして、楓牙の前に山海経を一冊、突き出す。



「これと同じ匂いよ、わかる?」


「・・・・・・・・・・・・・・・あ、あの、主様・・・・・・我は犬では・・・・・・ない・・・のですが・・・」



真剣な表情の理紗に楓牙は言いにくそうに、弱々しく反論する。



「大丈夫、知ってるわ。でも、狼は犬の親戚みたいなものでしょう?」


「・・・・・・・・・・・・主様」



犬ではなくあくまでも狼だ。


毎度毎度、白い物の怪に子犬と言われ、違うと訂正しているのだから、ここで引き下がってはいけない。


いくら最愛の主が相手であろうと!


楓牙が断固拒否、と目で訴えてみると、理紗は残念そうに山海経を引っ込めた。



「・・・・・・そう・・・・・・なら仕方ないわね・・・・・・宵藍!」



理紗が呼ぶと、すぐに傍らに蒼い影が現れた。



「山海経を探すの手伝ってくれないかしら?」


「断る」



即答した青龍の目は、なぜ自分が昌浩の為に・・・と語っているかのようだった。



「なぜ俺があの子どものために動かねばならん」



・・・よう、ではなくはっきりと言ってしまった。



「そう言わずに・・・あと一冊だけなの。・・・・・・だめ?」



身長差から生まれる必然的な上目遣いに、悲しそうな表情で小首を傾げた理紗に青龍は、うっ、と言葉に詰まった。



「お願い!時間も人手も足りないの・・・・・・もう宵藍しか・・・・・・」



両手を合わせ、さらに一押し。



「・・・・・・・・・・・・」



十二神将の主は安倍晴明だ。本来なら彼以外が神将たちを使うことなどないし、神将たちも従うことはない。


・・・・・・ない、のだが。


しかし相手はそう、他でもない理紗である。


お願い、と自分を頼ってきた彼女を、無碍に扱えるか。否。


つまり青龍が断れるはずもなく、ため息を一つついてから、大人しく書物の山に手を伸ばした。




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