逢魔が時に
安倍家末子の元服は、五月末日の吉日に滞りなく行われた。
日取りを決めたのは安倍晴明。
しかも昌浩の着袴の時も自ら占い日取りを決め、当日の衣装も選びに選んで決めたという。
あの晴明が、それほど可愛がっているという孫。
ならば晴明に匹敵するほどの陰陽師となりうる器なのか。
と、内裏ではもっぱらの噂らしい。
なので暇を持て余した貴族たちが、後から後からひっきりなしに昌浩を見にくる。
下級とはいえ、一応は貴族の姫である理紗。
そう気軽に男性の前に姿を現すことができないので、仕方なく自室で大人しくしていた。
しかし、そもそも理紗は御簾などのしきたりが好きではない。
相手の目が見えないのは嫌だし、平安時代は垣間見とかがあったわけだから、姿を完全に隠そうとしているわけでもないだろうに。
面倒なことこの上ない。
自分だって、大切な弟の元服を盛大に祝いたいのだ。
刺激を求める暇な貴族は宴に出れて、自分は出れないなんて・・・・・・。
納得がいかず、はぁ・・・と小さく息をつくと、後ろから「あっ」という声が聞こえた。
「理紗。動いちゃだめよ!」
「あ、ごめんなさい、太陰」
理紗は再び顔を上げ、大人しく前を向いた。
太陰は天一と二人で器用に髪を編み込んでいく。
「理紗様、この杜若の簪はどうですか?」
「それなら、こちらの花飾りも合わせるといい」
飾りを選んでいるのは天后と勾陣だ。
女性の神将たちが揃い踏みで理紗の絹のような黒髪で遊んでいる。
ちなみに、理紗の護衛についていた青龍と六合は「今からは女の時間よ!!」と言われ、追い出されている。
何か言いたげな青龍だったが、勾陣の意味深な微笑には適わず渋々と引き下がった。
楓牙も勾陣に首根っこを捕まれ、六合の腕に預けられていた。
十二神将最強は、勾陣なのではないかと真剣に思う今日この頃だ。
「あら、とても綺麗な飾りね。でも、こんな物あったかしら?」
見覚えの無い装飾品に、頭を動かせない理紗は心の内で首を傾げる。
「確か今朝に届いたものですよ」
天一が、天后と勾陣が手にしている飾りを見て、答えた。
「どこぞの貴族かが皐月になったから皐月の花を、と送ってきたらしい」
「・・・この贈り物攻めはいつになったら終わるのかしら・・・」
このまま行くと、毎月季節の花飾りが贈られて来そうだ。
理紗が毎日毎日、大量の返事の文を書き、辟易していていることを知っている神将たちは、誰かに嫁ぎでもしない限りは終わらない、などとは答えられなかった。
安倍家の美しい舞姫の噂は、それほどまでに都に広まっている。
「それより!理紗とこうしているのも本当に久しぶりね!」
太陰が些か強引に話を逸らす。
遠い目をしていた理紗が微笑んで、そうね、と頷いた。
「私の側にいてくれるのは、だいたい青龍か六合だものね」
「そうよ!あのふたりは理紗を独占しすぎなの!楓牙なんて、私が近づこうとしたら必ず睨むし・・・」
むっと膨れて言う太陰に理紗は苦笑した。
「ふたりとも心配性だし、楓牙は寂しがり屋だからね」
・・・そういう問題ではないと思うのだが。
とりあえず、目下の問題はあの理紗溺愛軍団から自分が理紗といる時間をどうやってもぎ取るか、だ。
相手はかなり手強い。
対抗出来るのは、はっきり言って勾陣しかいない。
ちらりと目配せすると、思いが伝わったのか、任せておけと言わんばかりに微笑まれた。
何とも頼もしい。
太陰は機嫌を良くして、理紗の編み上げた髪を花簪で止めて、飾りをつける。
「はい、完成!」
そして、嬉しそうに理紗に告げた。
ここまで半時ほど時間を掛けた甲斐もあり、なかなかの出来だ。
理紗は大量の飾りで少し重くなった頭に少しふらつきながらも立ち上がり、鏡の前に行く。
自分の頭は、満開の花畑のように美しく咲き誇っていた。
比喩的な表現ではなく、実際に大量の花飾りが頭に咲いているのだ。
しかし派手という感じはなく、まるで一つの作品のようにすっきりと収まっているのは、やはり皆の趣味の良さによるものだろう。
「わぁ、すごく素敵!!みんな器用ね」
「お前は素が良いからな。やりがいがある」
「本当に。理紗様は何でもお似合いになりますから。今も花飾りの方が負けてしまっています」
「理紗様、せっかくですし、衣も変えてはいかがでしょう?」
「いいわね!理紗、唐櫃開けるわよ!!」
ちなみに、その唐櫃は贈り物しか入っておらず、唐櫃自体も贈り物だ。
塗り籠は理紗宛の贈り物で一角が埋まっている。
かなりの量の物品を売り払ったのだが。
そろそろ再び売りに行かないとな、と思っていると、話し声が聞こえた。
声の小ささから、だいぶ離れた所にいるのだとわかる。
こんな所にまで誰か入ってきたのだろうか。
そっと顔を覗かせると、昌浩が行成様と話しているのが見えた。
もっくんはなぜが、昌浩ではなく行成様の肩に乗っている。
もっくんが行成様の肩で曲芸もどきを披露し終えると、行成様は昌浩に何かを告げ、去っていた。
・・・・・・よし。
宵藍の神気は無い。
今の内!
「私、昌浩に元服のお祝いを言ってくるわね」
「え、理紗!?」
唐櫃を探っていた皆に告げ、理紗は直ぐに昌浩の部屋へと向かって行ってしまった。
「「・・・・・・・・・」」
一番の強敵は昌浩かも知れない。
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