fragola
雲雀夢/少陰夢


Since:2010/08/01
Removal:2013/04/01



出逢いと予感


長岡京より平安京に遷都が行われてから二百年ばかりすぎた頃。


都には無数の妖が跳梁跋扈し、人々の日々の安寧を妨げていた。



「――それで、今日はいつまで起きているつもりだ」



ここ、安倍邸。


そんな都で大活躍な陰陽師の一族だ。


中でも希代の大陰陽師と名高い安倍晴明は齢七十を超えた今でも、当代最強を誇っている。


そんな彼の従える式神、十二神将がひとり、青龍は寅の刻が迫った今でも起きている理紗に低い声で尋ねた。



「もちろん今日も、昌浩ともっくんが無事に帰ってくるまで、よ。宵藍」



当然だと言わんばかりの理紗に、青龍は顔をしかめる。


理紗は読んでいた書物を文机に置いき、壁に凭れていた青龍に近寄った。



「眉間の皺。せっかくの綺麗な顔が台無しよ」


「話を逸らすな」



ぐりぐりと指で眉間を押していた理紗の手を掴み、引き寄せる。


平衡が崩れた理紗はそのまま青龍の腕にすっぽりと収まった。



「このまま強制的に茵に押し込むぞ」


「ふふ、ごめんなさい。宵藍は心配性だものね」



青龍の膝に乗ったまま見上げると、思ったよりも近くに顔があって、心臓が軽く跳ねる。


至近距離で、この美貌は心臓に悪い。


月明かりに照らされて、蒼が柔らかく光る。



「・・・やっぱり、宵藍にはそんな顔をして欲しくないわね」



もっと笑ってくれたらいいのに。



「なら(やす)め」


「・・・それとこれは別。

“お帰りなさい”と“ただいま”はひとりでは出来ないのよ?」



その挨拶を当たり前だとは未だに思えない。


私の中で、そういう挨拶は特別なこと。



「あれは裏切り者だ。関わるな」



そう言う宵藍の顔は、相変わらずしかめられていたが、どこか苦しげに思えた。



「・・・もう五十年以上も前のことなのでしょう?

おじい様は赦しているわ」



何があったのかは知らない。ただ、五十年前に何かがあり、それまででも距離のあった紅蓮と他の神将たちの溝が決定的なものになってしまったのだと、それだけしか知らない。


そんな私が口を出して良い問題のかはわからないけれど。


紅蓮は優しいひとなのだと、わかって欲しい。


そう願うのは、私の我が儘なのだろうか。



「・・・あ」



邸の敷地内に感じた霊気と神気。



「帰ってきたみたいね」



同時に舌打ちをした青龍に苦笑しつつ、理紗は出迎えに行こうと体を動かした。


・・・が。



「・・・・・・宵藍?」


「何だ」


「何って・・・離して?」


「断る」


「・・・・・・・・・」



離すどころか、さらに強く理紗を抱き締める青龍。



「宵藍、昌浩たちを見たらすぐに戻るから」


「お前は目を離すと、すぐにいなくなる」


「・・・・・・そう言われると反論できないわね・・・。


でも、ちゃんと戻ってくるわよ?ここに」



一人だった私の、初めてできた大切な居場所だから。

あなたが、あなたたちがいるここに。


理紗がにこりと笑みを浮かべれば、青龍は渋々と腕の力を少し緩めた。



「・・・無駄な話はせずに部屋に戻れ。いいな」


「はーい。おやすみなさい、宵藍」


「ああ」



青龍が異界に帰り、理紗は昌浩の部屋へと向かった。















「おかえりなさい。あら?」



部屋にいたのは、いつもの白い物の怪ではなく、褐色の肌の美青年。



「ああ、ただいま。

昌浩が退治てすぐに寝てしまってな」


「ふふ、疲れたのね。紅蓮もお疲れ様。・・・随分と埃っぽいわね?―――楓牙」



理紗が呼ぶとすぐに小さな影が現れた。



「桶にお湯をいれて持ってきてもらってもいいかしら?あ、あと手拭いも」



楓牙はぱたぱたと尾を振って、すぐに行った。


紅蓮は昌浩を茵に寝かせると、白い物の怪の姿に変わる。



「・・・・・・やっぱり可愛い!」


「ぐえっ」


「あ、ごめんなさい」



理紗は慌てて力を緩めた。



「いや、構わんが離せ。俺もだいぶ埃を被ったんだ。汚れるぞ」


「そんなこと気にしないわ。・・・・・・それに、約束だもの」


「・・・・・・よく覚えているな」


「陰陽師は言霊を使うのよ?言葉は大切にしているの。幼くても一度した約束は忘れない。

ふふ、この姿だと、ちゃんと抱き締められるわね」



この不器用な神将の心が少しでも楽になれば、とした約束。


昌浩がいる今、もう必要無いのかもしれないけれど。



「主様!持って来まし・・・・・・っ騰蛇!貴様!そこは我の位置だ!」



桶と手拭いを床に置き、毛を逆立てる楓牙。



「楓牙、ありがとう」



紅蓮を離して、威嚇する楓牙の頭を撫でる。



「さ、いらっしゃい紅蓮。その毛並みを堪能・・・・・・拭いてあげるわ」


「おい。めちゃくちゃ本音が漏れたぞ」


「気にしない気にしない。さ、こっちへ」


「騰蛇!主様に拭いて頂こうなどとは!」


「でも楓牙。自分だと拭き難いでしょう?」


「くっ・・・なら我が拭きます!

ありがたく思えよ、騰蛇」


「えー・・・俺はお前より理紗に拭いてもらいたいんだが」


「身の程を知れ!この物の怪め!」


「物の怪いうな!子犬が!」


「我は狼だ!」



ぎゃーぎゃーと騒ぎ出した二匹を微笑ましく思いながら、理紗は昌浩の顔に絞った手拭いを当てた。




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