待ちわびた者
深更、子の刻を少しばかり過ぎた頃だろうか。
簀子に腰を掛け、理紗は闇夜に浮かぶ光を眺めていた。
「―――いつまでそうしているつもりだ」
傍らに顕現した、鳶色の髪の神将が抑揚のない声で言った。
「今日はとても空気が澄んでいるの。星見には最適だと思って」
擦り合わせる手は赤く、吐く息は白い。
師走半ば、更には深夜。
当然ながら気温は低く、庭は雪で真っ白だ。
「せめて暖かい格好をしろ」
袿姿の理紗を自分の肩に掛かっていた夜色の長布で包んで、隣に座る。
理紗はふわりと笑みを浮かべて礼を述べた。
「宵藍がいないと彩輝が心配性になるのね」
理紗は口元を袂で覆い、くすりと笑った。
宵藍はおじい様とともに出かけたきり、まだ帰っていない。
先ほど、今日はいずこかの寺に泊まると式文が届いた。
帰ってくるのは明日の昼前になるだろう。
「青龍がいたら、先に全て言ってしまう」
六合が何かを言うよりも早く、青龍が小言を言いながら理紗の世話を焼くのだ。
「ふふ、そうね」
楽しそうに笑う理紗だが、その顔に僅かながら違和感を感じた。
これに気づくことができるのは、晴明か、あるいは幼少より側でずっと世話をしてきた自分か蒼い同胞くらいだろう。
「何かあったのか?」
星見をしていたようだし、何か妖しい星でも見つけたのだろうか。
六合は理紗の頭に手を乗せ、心配そうに顔を覗き込んだ。
「・・・そういうわけではないのだけど・・・」
理紗は困ったように微笑んだだけで、何も言わなかった。
「・・・なら良いが、何かあったらすぐに言え」
「・・・ええ、ありがとう彩輝。
そろそろ休むわね」
「ああ」
理紗は長布を六合に返すと茵に戻った。
「おやすみなさい、彩輝」
六合は微かに笑み、理紗の頭を一撫ですると異界へ帰った。
「・・・・・・・・・」
迫る脅威、
を越え、絡まる
変化した星の位置に、理紗がそう感じたのは、六回目の正月を迎えようとしていた頃だった。
そして、年が明けてから数日後、理紗の姿は忽然と邸から消えた。
この出来事が、理紗が“理紗”であることを理解した、最初の出来事である。
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