fragola
雲雀夢/少陰夢


Since:2010/08/01
Removal:2013/04/01



夜半の修行の後は


時間には限度がある。書物を読んで手習いをして、他にも楽の練習もして、といろいろやっていたら一日なんてすぐに終わってしまう。

ならどうするか。効率化を図るしかない。


まとめてできそうなことを、まとめて・・・・・・。



「・・・よし!」



気合いを入れた理紗に後ろから声がかかった。



「理紗様?どうかなさいましたか?」



長い銀髪を靡かせた妙齢の女性。十二神将がひとり、天后だ。


首を傾ける天后に、理紗はにっこりと笑った。



「あのね、たくさん修行するにはどうすればいいか考えていたの!」



そう言って笑う理紗は文句無しで可愛い。

天后は頬を緩め、「理紗様は今でも十分精励されていますよ」と頭を撫でた。


微笑ましい光景だ。誰もが和やかな気持ちになるだろう。


しかし、そんなふたりを至極険しい面持ちで眺める影がふたつ。


理紗の守り役である青龍と六合だ。

常日頃、一番理紗の側近くにいるふたりは、理紗の毎日の日程を正確に把握していた。

というか、このふたりが理紗の日程を調節しているのだ。

放っておけば食事も休息もそこそこに、幼子とは思えない量の修行をしようとする理紗。

それを説得し、説教し、時には問答無用で休息を取らせるのがふたりの仕事。


そんな彼らだから、今の理紗の言葉を聞き捨てることはできなかった。



「・・・これ以上何をするつもりだ」



呟かれた青龍の声色は、おそろしく低い。


理紗の一日の予定は、現段階で既にみっちり詰まっているのだ。休息時間を減らすことは断じて許さないし、彼女とてそれはわかっている。つまりこれ以上修行をするなど無理なはず・・・・・・・・・なのだが。


嫌な予感が過ぎった。


その日の午後、いつもより三割増で難しい顔をしていたふたりに、太陰は怯えて異界に引きこもったとかそうでないとか。










さて、時間は流れて夜の帳が降りた頃。

あれから一片の隙もなく理紗を見張っていたふたりだった―――あまりにも目が真剣で、皆は一体何事だと訝っていた―――が、普段通りに過ごした彼女にひとまず安堵の息をついた。


が、やはり昼間の言葉が気になるもので。


考えついた何かを決行するのが今日でないだけかもしれない、などとあれこれ思案していたふたりは、同時にふと顔を彼方へ向けた。理紗の部屋がある方角だ。


そのままたっぷり三拍分固まっていたふたりは、これまた同時に立ち上がる。目指すは理紗の部屋。


時刻は子の刻も過ぎて、丑の刻半ば。

まさか、という常識的な思考と、あいつならば、という経験に基づく思考が交錯する。


部屋の前に着いたが、やはり気のせいではないような。



「理紗、寝ているか?・・・いや、いるのか?」



返事はない。



「入るぞ」



幼子とは言え、姫。一応、断ってから中へ入る。目に入ったのは空っぽの茵。



「「・・・・・・・・・・・・」」



理紗の気配を邸内に感じなかったのは、気のせいではなかったらしい。



「・・・あの戯けめ・・・!」



言い終わるよりも早く、ふたりは邸の外へ飛び出した。










****



「わー、久しぶりだな、孫娘!」


「今日は式神はいないのかぁー?」



西洞院大路を通りかかったところ、理紗に大勢の雑鬼が駆け寄る。

理紗は足を止めて、視線を合わせるためにその場にしゃがみ込んだ。



「うん、ひとりなの。効率的な修行方法を思いついたから、今日はその試しにね」



名付けて、夜中の走り込み大作戦だ。



「走り込み大作戦?」


「何だよ、そりゃあ」



夜の方が妖怪変化との遭遇率は高い。つまりそれだけ実践の機会が与えられるということ。そこで更に、走ることによって体力の上昇を図る。

まさに一石二鳥。


尋ねてきた雑鬼たちに、理紗はそのように説明した。



「いい考えでしょう?」



にこりと笑む理紗。しかし雑鬼たちは縮み上がって理紗から離れた。

理紗は訳がわからず、首を傾げる。



「ま、まさか俺たちも祓うのか!?」


「お、俺たち特に悪さなんてしてないぞ!!」



雑鬼とはいえ立派な妖が六つの幼子を相手に本気で脅えているのは、それだけ見れば滑稽だ。

しかし雑鬼たちからしたら、いくら幼いとはいえ安倍氏の子ども。しかも理紗は雑鬼たちの間では鬼才と有名で、あの安倍晴明から直々に修行を受けているのだ。恐れる要素は十分ある。


そんな雑鬼たちに、理紗は笑った。



「ふふっ、みんなが気のいい妖たちだってことはわかってるよ。生まれた頃からの付き合いだもの。祓ったりしないから安心して」



手を伸ばして一匹の頭を撫でると、安心したのか、雑鬼たちは離れていた距離を、再び詰めた。




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