唐突に、突然に。
その【悪夢】は二人の幼子を襲った。


「野生のボーマンダ!!」
「キャアア!!」
「危ない!!」
「ここにいて!!」
「NANA!!COCO!!RURU!!」
「この子を守らなきゃ!!」
「ボーマンダめ、絶対倒してやる!!」
「きゃああああ!!」
「ドラゴンクローか!!」
「なんの!父さんから教わったバトルの腕前を見ろォォォォ!!!」
「勝ったよ!」
「もう…大丈夫!!」
「ボーマンダは追っ払ったから!」
「……う…。ひっく…、…ぐず」
「…こ、こわいよォ…」


大きな凶災は小さな幼子の柔らかな心に酷く深く、抉る様な爪痕を残した。
しかし、子供は強かだった。
抉る様な傷を受けても尚、その輝きを失う事はなく、悩みながら迷いながら、それでも先を望んだ。
そうして極端な幼子二人は互いが行く筈だった道を進む様に交差する未来を選んだ。




その【悪夢】の再来は始まった時と同様に唐突に、突然に少年と少女を襲った。




サファイアの秘密基地から外れた場所にある草原で、ルビーとサファイアは遊んでいた。
ポケモンはボールから出して好きに遊ばせている。
NANAやCOCO、POPOはふぁどどと花畑を駆け回り、ZUZUやRURU、ちゃも、どららはお喋りに花を咲かせ、MIMIとじららは湖で水遊びをしていた。
それぞれ思い思いに自由に遊んでいたのだ。
そんなポケモン達を眺めながら、トレーナーのルビーとサファイアは一息つく為に腰を下ろした。
先程までずっと遊んでいたのだ。
休憩は入れるべきだろう。
汚れだらけの自分のポケモンを認めながら、ルビーはああもう、あんなに汚して…と思いながらもまぁ、楽しそうだから良いかと微笑した。
以前だったなら敏感に反応してすぐに綺麗にさせていただろう。
後で綺麗にすれば良いかと妥協等、しなかっただろう。
それが今、妥協する様になったのは偏に隣に座り、楽しそうに微笑む少女の影響があったからなのだろうと思い当たって、苦笑した。

「あ、バンダナがほつれてるね。繕ってあげるよ」

貸してと差し出された手にサファイアは素直に頷き、バンダナを外した。
ルビーへと手渡そうとした所で一陣の風が吹く。
サファイアの手からするりと抜けたバンダナは茂みに引っ掛かった。

「あーあ、何してんのさ」

「うるさかね。取りに行けば良かとでしょ。取りに行けば!」

溜息混じりの発言にむっとしたサファイアはどすどすと足音をたててバンダナを取りに行く。
茂みに引っ掛かったバンダナを拾い、見てみると確かにほつれてるったい。あん人、よくこげな小さかほつれに気付いたとねと、妙な所で感心した。
バンダナから視線を外し、ルビーの所へ戻ろうと顔を上げた。
ー…瞬間、サファイアの瞳は凍り付いた。


いつまでも戻って来ない、佇んだまま動こうとしないサファイアを不思議に思ったルビーはサファイアへと近付く。

「サファイア?どうしたの?」

声をかけると大袈裟なまでにびくりと肩を跳ねさせたサファイアの肩越しにその存在を認めたルビーは瞠目したと同時に驚愕した。
忘れもしない。
その青い体を。
鋭い牙に爪。
見上げても全容が分からない程の巨体を。
自分達に大きな爪痕を残した存在をどうして忘れる事が出来るのだろうか。
その存在が現れた時、サファイアは呼吸をする事を忘れた。
小さく、ひっと息を呑んだその声が自分の物であると気付いたのはルビーがサファイアを自分の背中へと誘導してくれたからだった。

「ル」

「ルビー」と名前を呼ぼうとした、その言葉を遮る様にルビーは言った。

「大丈夫」

安心させる様にあるいは強固な決意を固める様に決して振り返らずにルビーは続けた。

「今度こそキミを護りきるから」

「……!」

衝撃が走った。
これは悪夢の始まりなのだろうか。
サファイアの脳裏に幼い頃に遭遇した悪夢が過る。
あたしはあん時と同じこつば繰り返すのか。
絶望が全身を支配する。
その絶望から逃れる様に後退った。
ぽすり。
サファイアの肩を支える様に何かの手が触れた。
見上げれば、ちゃもが静かにサファイアを見下ろしていた。
サファイアとちゃもの視線が交差する。
静かな瞳の中にある燃える闘志がサファイアに訴える。
闘おう。
後ろを振り返ればちゃもと同じ様にふぁどどが、どららが、じららがサファイアを見詰めていた。
真っ暗だった視界が急に開けた気がした。
サファイアの横に並んだちゃもと視線を交わして頷き合う。
闘志の漲る眼差しをボーマンダに向け、ルビーの隣に並んだ。

「サファイア…!?」

驚くルビーの手を取った。
その手が震えている事に気付いてルビーを見る。
彼の紅い瞳の奥に小さな怯えを見付けたサファイアはルビーの手を握る。
きっと、ルビーも怖かっただろうに。
ボーマンダが、過去の悪夢の象徴が、怖くて逃げ出したかったに違いない。
それなのに、逃げないのは、闘おうとするのは、サファイアを護ろうとするからだろう。
過去のルビーと同じだった。
恐怖も痛みも我慢して、ボーマンダからサファイアを守ろうと必死に闘っていた幼いルビーと全く変わらない。
あんた、変わっとらんけんね。
小さか頃と一緒ったい。
幼い頃、サファイアはそんな想いに気付けなかった。
ただただルビーの闘う姿が怖かった。
先程まで楽しく遊んでいた筈の力強くて逞しくて優しい男の子が豹変した。
凄まじい迫力は幼いサファイアにとって恐怖そのもので。
怯えて泣く事しか出来なかった。
けれど、今は違う。

「あたしは、あん時の守られるだけの弱か存在じゃなか」

後悔した。
守ってくれたのに怖いと拒絶してしまった事を。
後悔した。
彼の強さを否定してしまった事を。
思い知った。
自分がどれだけ弱い存在なのか。
自分の身を守る力も持たず、誰かを守る為に闘う力も持っていない、そんな自分自身を。
強く、強く、渇望した。
自分の身を守り、誰かを守る為に闘う力を手に入れる事を。
願って、望んで、努力した。
今、ここで言わなければ。
一体今まで何の為に努力してきたのだろう。

「今は闘う力ば身に付けたとよ。やけん、あんたと、ルビーと一緒に闘うったい」

幼かったサファイアが願った様に、自分の身を守る術も闘う力も手に入れた。
今度こそ、ルビーと自分を護れる様に。
最終決戦の時にエアカーに閉じ込められ、置いて行かれた時にも強く思った。
今度こそ、今度こそ。
ルビーに守られるサファイアではなく、ルビーと一緒に闘うサファイアでありたいと。
サファイアの想いがルビーに届く様にと届け、伝われと何度も願った。




サファイアを自分の後ろへと誘導する為に手を引いた。
ルビーに引っ張られて後ろへと下がる時に垣間見たサファイアの表情は硬直していて、酷く怯えているのが分かった。
小さな頃の涙を流して泣いていたサファイアと今の怯えた表情のサファイアが重なる。
今度こそ、とルビーは思った。
泣かせない。
怖がらせない。
身も心も全てを護る。
ボクは変わった。
だから大丈夫。
脳裏にちらつく恐怖も不安も捩じ伏せてルビーは自分に言い聞かせる様に、決意を固める様に、サファイアを安心させる様に「大丈夫。今度こそ、キミを護りきるから」と口にした。




サファイアを背後へと庇ったルビーはこちらに近付いてくるボーマンダを注意深く観察した。
我を忘れた様に暴れる姿は過去の悪夢を彷彿とさせる。
怪我をしているのかもしれない。
けれど、ルビーにはエメラルドの様に銃を使って落ち着かせる事も、ミツルやイエローの様にポケモンの傷を癒す術はない。
闘うだけだ。
闘って戦闘不能にするしかない。
湖に居るMIMIでは直ぐにボーマンダと闘う事は出来ないだろう。
後援に回しながら、徐々にボーマンダとの距離を縮めてZUZUと二匹で主力にする。
COCOとNANAは小回りが効くから攪乱させながらボーマンダの体力を削り、POPOとRURUは全面的なサポートをさせる。
頭の中でイメージしながら指示を出そうとしたその時、サファイアが隣に並んだ。

「サファイア…!?」

驚愕して彼女を見ると手を取られ、その後直ぐにサファイアと視線を交わした。
先程までの怯えは身を潜め、代わりに漲る闘志が爛爛と輝く瞳を見つめる。
ぎゅうと握られた手に一瞬、意識が移動する。

「あたしは、あん時の守られるだけの弱か存在じゃなか」

「今は闘う力ば身に付けたとよ。やけん、あんたと、ルビーと一緒に闘うったい」

真摯な瞳が訴える。
サファイアに精一杯の想いの丈を伝えられ、ルビーは揺さ振られた。
今度こそ、と誓った護りたい存在。
目の前の彼女は一緒に闘いたいと言う。
駄目だ、危ないからキミは下がってて。
そう言おうと口を開いてー…言葉を呑み込んだ。
強く握られる手、一度も瞬きをせずにルビーを見詰めて訴える瞳、その奥に光る輝きを認めて、その想いに負けた。
ああ、本当にキミは…。
いつだってそうだ。
サファイアはルビーの想像を超えた行動を取る。
いつだってルビーが思う通りの事なんてしてくれない。
簡単に護らせてなんてくれやしない。
放って置いたらサファイア一人で闘おうとするだろう。
なら、二人で闘った方が良い。
その方が断然良い。

「……分かった!」

手を握り返して返事をした。
そして二人でボーマンダへと立ち向かう。
恐怖も不安も二人でなら乗り越えられる気がした。
どちらからともなく繋ぐ手に力を込めた。
二人で始まった悪夢なら、終わらせる時もまた二人なのだと信じた先にあったのは。
ボロボロなルビーとサファイアの泣き笑いの様な笑顔だった。


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ハイネさんに捧げます!
ボーマンダに出会ってちょっとビクビクするルサですが、ちゃんと書けているでしょうか?
ツイッターにて書き直しをさせて下さいと我が儘を申して申し訳ありませんでした。
ルビーとサファイアの心理描写が書き足りないと消化不良を起こしまして…(笑)
書き直しが必要でしたら、仰って下さいませ。
書き直し致します。
それではリクエストありがとうございました♪



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