2月に近付くと街一面にチョコレートの甘い匂いが充満し、テレビや店先にはチョコレートの広告やCM、それからチョコレート関連商品がどどんと並んでいたりする。
流石のサファイアといえど、そんな分かりやすい状況でバレンタインが近付いている事に気付かない筈がなく。
ああ、そろそろバレンタインかと思うと同時にサファイアの目に映ったのはバレンタインという行事に浮足立つカップル達。
いちゃいちゃと仲睦まじく、手を繋いで会話するカップルの甘い雰囲気に毒され、サファイアは普段の自分なら絶対に思わないであろう事をぽつりと呟いた。

「…あたしもルビーにチョコレートば作ってみようかな…」

思い付いたら即、行動。
近くの店でチョコレートのレシピ本と辞書、それからチョコレートを作るのに必要な材料と大量のチョコレートを購入した。

それから数日かけて、自分が作れそうなチョコレートを断定し、レシピを見ながら分からない漢字を辞書で探し、暗号の様なレシピを解読。
解読完了後、サファイアは直ぐにチョコレート作りに取り掛かった。
作るチョコレートは生チョコ。
慣れない手つきでチョコレートを刻み、湯煎にかけてチョコレートを溶かす。
水が大量に入ってチョコレートを駄目にする事を繰り返して数回。
数日後、サファイアはチョコレートに水を入れる事なく、チョコレートを溶かす事をマスターした。
次に生クリーム。
泡立てていない状態の生クリームを溶かしたチョコレートに投入。
溶かしたバターをチョコレートの中に入れる事を忘れて生チョコ作りは失敗。
今度は無塩バターを忘れずに入れたので、完璧な生チョコが作れた。
これをトレイなどの平な入れ物に注入して、スプーンで伸ばす。
均等に伸ばせたら後は冷蔵庫で半日固めるだけ。

「後、ちょっとで完成ったい…」

チョコレート作りば始めてから2週間。
ルビーには会っとらん。
というのも、父ちゃんに協力して貰って、ルビーば家には上げん様にしとるから。
勿論、父ちゃんだけじゃ心許なかやけん。
ルビーのママさんにも協力して貰っとる。
実は明日で2月14日。
今日はチョコレート作り最後のチャンスやったと。
これで失敗しとったらもう立ち直れんかったったい。
成功して良かった。
あたしは満足しながら、調理器具ば片付ける。
明日の昼になったら、ルビーがあたしの家にやって来よう。
そうなる様にルビーのママさんにお願いばして言いくるめて貰った。
生チョコが本当の意味で出来上がるのは明日。
何度も失敗したけど、美味しく出来とる筈。
あたしは父ちゃんに絶対に「食べちゃいかんとよ!」と念ば押して、就寝に入った。


そしてバレンタイン当日。
早起きして台所に向かったサファイアは冷蔵庫を開けて、生チョコの状態を確認した。
綺麗に固まった生チョコに包丁を入れて長方形の形を作り出す。
底の深いお皿にココアパウダーをぶちまけ、そのパウダーの中に慎重に長方形に切り取った生チョコを転がす。
出来あがった生チョコは箱に詰めて、ラッピング。
ルビーを待っている間、時間の余ったサファイアは余った生チョコを一つ口に運んだ。
真剣になり過ぎて、味見をしていなかったのだ。

「美味しかー!」

絶妙な味に自画自賛を送る。
初めてにしては旨かよね!?
一人、余ったチョコレートに舌鼓を打ち、お昼に来訪するルビーを待つ。
まだかなー?と今か今かとそわそわしながらテレビを付ける。

『本日はバレンタインデー!という事でバレンタイン特集を行います!』

「あ、マリさんとダイさんや」

テレビ画面から馴染みのある声が聞こえ、しっかりと画面を見るとそこにはサファイアの知り合いが道行く人にインタビューを行っていた。
何でもバレンタイン特集という事で市販と手作りどちらが多いのかアンケートをとっているらしい。
それだけではなく、チョコレート作りの失敗談や簡単に出来る美味しいチョコレートの作り方等もインタビューをしていて、今回チョコレート作り初挑戦だったサファイアにとってはとても興味深い内容だった。
生チョコを摘みながらテレビを真剣に見詰める。
30分程、その特集を見詰めたサファイアはある女性が笑い話で出した失敗談を聞いて息を呑んだ。

『私、不器用で。料理作るのも凄く下手なんです。でも、どうしても彼氏にチョコレートを作ってあげたくて、トリュフに挑戦したんです。で、出来上がった物を彼氏にあげたんですけど…』

『それで、どうしたんですか?』

『そのトリュフすっごくまずかったんですよ。でも、彼氏は美味しいよって笑ってくれました』

『良い彼氏さんですねー!ラブラブじゃないですか!』

『ふふ、その人。今は私の旦那さんなんです』

『そうだったんですか!それは良い旦那さんをゲットしましたね!』

惚気話にも嫌な顔せずにマリはニコニコと笑ってインタビューを受けてくれた事に礼を述べると次の通行人へと突撃インタビューをしていた。

一方、息を呑んでテレビを凝視していたサファイアは青ざめた表情でわなわなと唇をわななかせた。

「……」

そろりと生チョコに手を伸ばし、口に入れる。
もぐもぐと咀嚼を繰り返し、飲み込むと立ち上がって冷蔵庫の扉を開ける。
中からラッピングされた箱を取り出すと勢い良くビリビリと破き、生チョコを口へと運んだ。
次々と口に運んでは飲み込む。
奇行を繰り返すサファイアは涙目になっていた。
やっぱり、美味しくなか。
さっき、美味しいと感じたのは達成感が見せた幻ったい。
美味しくなかよ。
こんな物、ルビーにあげれんと。
ルビーがやって来るまであと数分。
サファイアはそれまでの間の数分間で証拠隠滅を図ろうとしていた。
だが、現実はサファイアにそれを許す程甘くはない。
ピンポーン。
チャイムが鳴った。
これ程までに残酷なチャイムの音色を聞いた事があっただろうか。

「サファイアー?上がるよー」

お邪魔します。
そう言って家に上がる声の持ち主が近付く気配がする。
サファイアは焦って、豪快に生チョコを全部口に突っ込んだ。

「サファイア?ここに居たの?どうして返事しないんだよ」

ガチャリとドアを開けてリビングに入ってきたルビーにサファイアは振り向く。

「…は、早かね」

「時間ピッタリだよ。で、何の用だい?」

「よ、用件は特になかよ」

「嘘つき。用があるからって呼び出したのは君でしょ?それにボクも君に渡したい物が…」

そこまで言って口を閉じるルビーをサファイアは怪訝に見詰める。

「ねぇ、サファイア。ボクのチョコレートは?」

サファイアに歩み寄り、手を出すルビー。
その台詞にサファイアは動揺を隠して言った。

「な、なしてあたしがあんたのチョコレートば用意せなあかんの!自惚れんといて!」

「だって、この部屋チョコレートの匂いが充満してるし、それに君からチョコレートの甘い匂いが香るんだもん」

「ざ、残念でした!チョコレートはあたしが全部食べてしまったとよ!あんたの分はなか!」

「いや、残ってるよ」

ニヤリと笑うとルビーはサファイアの頭へと手を伸ばす。

「…へ?」

間抜けな声が漏れるのとルビーがサファイアに唇を重ねたのは同時刻。
後頭部をしっかりと押さえられ、サファイアは「むぐぐー!」と悲鳴を上げた。
深く口づけられる。
舌が侵入してきてサファイアの舌を絡めとった。
それから長い時間をかけてキスをする。
サファイアが解放されたのは彼女が酸素不足でくたくたになってからだった。

「凄く甘くて美味しかったよ。君が作ったチョコレート」

満足そうな笑みを向けられ、サファイアは自分の顔に熱が集まるのを感じる。

「…っ、この…っケダモノーっ!」

「失礼だな。もとはと言えば君がボクのチョコを食べるからだろ?」

「だからあんたのじゃなか!」

「はいはい。強情なんだから。そういう事にしといてあげるよ」

「だから違うって言いよるやろ!?」

「それより、サファイア。ボクからも君にプレゼントがあるから家に来てよ」

サファイアの腕を強引に引っ張って、ルビーは無理矢理サファイアを家に連れて行こうとする。

「あ、そうそう。サファイア。初めてにしては上出来だったよ。本当に美味しかった。凄く、頑張ったんだね」

優しく微笑まれて、暴れていたサファイアはぴたりと抵抗をやめる。

「…本当?」

「嘘なんてつかないさ。凄く美味しかった」

ルビーの言う言葉が本音だと分かる。
嘘じゃないと信じられるから、より一層胸が擽ったくて。
嬉しさで一杯になる。
けれど、このままの流れは何だか気恥ずかしい。
これではルビーにルビーの為にチョコレートを作りましたと言っている様な物ではないか。
事実で合っているけれど。
ああ、それでも。

「ふんっ!どうだか!あんたは嘘つきやけんね!」

「はぁっ!?まったく、君って奴はどうして直ぐに意地を張るんだよ!もっと素直になったらどうなんだ!」

「それやったらあんたも同じじゃなかと!?あんたは大嘘つきやけん!」

ルビーの為に作ったチョコレート。
不安になって全部食べてしまって渡せなかったけれど。
そのチョコレートを美味しいと言って笑ってくれて。
気付いてくれた事が嬉しくて、でも気付かないで欲しかった気持ちもあって。
どれ程甘いチョコレートでも、複雑な乙女心を素直にさせる事は難しいらしい。

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サファイアが情緒不安定すぐる…。
これはアレです。
恋の病にかかった女の子は誰だって不安になってしまうとかそんな感じのお話にしたかったんだ…!



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