雪は苦手だ。
寒いのも苦手だ。
嫌いではない。
ただ、苦手なんだ。

くしゅん。
小さな嚔をしてシルバーは目を覚ました。
肌寒い。
もそもそと体勢を変えて寝直す。
布団の中に潜っていた顔を出して、窓の向こうを見た。
白くくぐもった窓の向こうには分かりづらいが銀景色が広がっているのが確認出来る。
どうりで寒い筈だ。
自覚すると遅れて震えが体を襲う。
ああ、寒い。
勇気を出して冷たい床に足を下ろし、冷え切った部屋を温めるべくヒーターの元へと向かう。
電源のボタンを押すと速効でベッドへとダイブした。
温もりの残る布団の中に体を滑り込ませ、暖を取る。
よし、今決めた。
今日は絶対に外に出ない。
何が何でも家の中に居よう。
布団に包まれて惰眠を貪る事に決めたシルバーはうとうとと夢の中へと誘われていった。


雪は、寒さは、思い出させる。
氷を連想させる。
氷はあいつそのものだ。
仮面の男。
仮面の男ー…ヤナギに操られたホウオウに攫われたシルバーはブルーと共に脱走するまでの間、辛辣な生活を送った。
親から引き離され、見知らぬ場所で育ち(シルバーは幼かったので両親も故郷も覚えていなかったから当て嵌まらないかもしれないが)徹底的にポケモンの進化に関する知識を叩き込まれた。
寂しいと、怖いと、帰りたいと、泣くことすら許されず。
ただ降り積もる悲しみに、苛み続ける痛みに、堪えていた。
いつしかそんな感情すらも踏み固められた雪の様に凍えて、氷のように冷たくなった。
それでも嫌いにならなかったのは。
ひとえにブルーの存在があったからだろう。
三つ歳が下のシルバーを気にかけてくれた。
シルバーが持っていたハンカチに記された名前を見つけ、名前を呼んでくれた。
寒いからと手袋を編んでくれた。
黒と白でお揃いなのよと笑って、かじかんでいた手を温めてくれた。
いつだってブルーはシルバーという存在を見ていてくれた。
彼女が居たから、踏み固められた雪は和らいだ。
苦手、で済んだのだ。


レム睡眠とノンレム睡眠を繰り返していたシルバーの意識は突然、五月蝿く鳴り響いたチャイムによって夢から現実へと覚醒した。
ピンポン、ピンポン、ピンポーン。
三回続いたインターフォン。
直後、ドンドンドンドンドン!と扉を激しく叩く音。
最後に大声で。

「おーい!シルバー!起きてんだろ?居留守使ってんじゃねーよ!」

「近所迷惑よ!ゴールド!」

「ぶへあっ!」

ゴールドとクリスタルの声が聞こえて、地面に落下音が。
蹴り飛ばされたな。
容易に想像出来る。
くつくつと喉を震わせ、シルバーは布団から起き出し、完全防備をしてから玄関の扉を開けた。
外からは激しい口喧嘩を披露するクリスタルとゴールドの声が聞こえる。
お前等二人揃って近所迷惑だ。
そう言いかけたシルバーの顔面にぼすりと冷たい物が投げられた。
ぼとりと落ちるそれは雪の塊が崩れた物。
雪塗れのシルバーの顔を見たゴールドは顔を真っ赤にして爆笑した。

「だっせーの!シル公ともあろう者が雪玉も避けらんねぇのかよっ!」

げらげらと腹を抱えて笑うゴールドと無言で俯き、佇むシルバー。
ここでいつもはシルバーからの反撃がくるのだが、今回はそれがなかった。

「…シルバー?」

日常茶飯事である筈のシルバーの反撃がない。
違和感を覚えたクリスタルとゴールドが同時にシルバーを呼ぶと、シルバーは面を上げて口角を吊り上げる。

「…やれ。リングマ」

何故、リングマ?
シルバーの手持ちの名前が出てきた事に首を傾げた瞬間、ゴールドだけに大きな雪玉が降ってきた。

「ーなん…っだあぁぁあっ!?」

上を見上げたゴールドの視界に映るのは大きな雪玉とその巨大な影。
驚愕したゴールドは一瞬、判断が遅れたが、持ち前の反射神経で飛びすさった。
一秒。
後、一秒遅かったらゴールドは雪玉に潰されていたに違いない。
どすどすどすっと鈍い音をたてて落下、破壊した雪玉の残骸を目撃したゴールドは真っ青になった。

「ー…甘いな、ゴールド」

「はっ!?ってうおおぉーっ?」

悲鳴を上げてゴールドは逃げ回った。
というのもシルバーの傍でニューラ、オーダイルが大きな雪玉を作ってその雪玉をリングマが渾身の力を振り絞って次々と投げているからだ。

「ひっきょうじゃねーか…っ!」

全力疾走して訴えるゴールドを無視してシルバーはギャラドス、キングドラをモンスターボールから出す。

「ばっ…!おま…っ」

ゴールドがぎょっと目を大きく見開くとシルバーは爽やかに笑った。

「雪塗れになれ」

ギャラドスのハイドロポンプに行く手を遮られ、キングドラの冷凍ビームに逃げ道を断たれる。
絶体絶命になったゴールドに最後と言わんばかりにリングマが雪玉を投げつけた。


ずぼり。
シルバーとクリスタルに救出されたゴールドは嚔をしてからじとりとシルバーとクリスタルを睨みつけた。

「ったくよー…。雪玉投げつけたくらいでこれはなくね?クリスは見てるだけで助けてくんねーしよー」

「自業自得だもの」

「因果応報だ」

ぶーたれた顔でぶつぶつと文句を呟くゴールドを一刀両断するとゴールドは頬を膨らませた。
子供か。
クリスタルとシルバーが呆れてゴールドを見下ろす。

「…よっしゃ!リベンジだ!今度はポケモンなしで雪合戦やろーぜ!」

ふて腐れたと思った次の瞬間にはぱっと明るい表情を浮かべ、白い歯を見せて笑うとゴールドはせっせと雪をかき集めた。
雪玉を生産するゴールドの一生懸命な姿を、瞬きを二、三度繰り返して見つめたクリスタルとシルバーはお互いに顔を見合わせて苦笑を零した。
忙しい友人を持つと苦労する。
ゴールドの提案にのったシルバーとクリスタルは雪玉を作り始めた。


ポケモンの力を借りないでの雪合戦は少人数であるにも関わらず、白熱の戦いを繰り広げた。
勝敗は引き分けで勝者も居なければ敗者も居ない。
雪塗れの三人は何が可笑しいのか楽しそうに笑っている。

「最後に雪だるまを作りましょうよ!」

赤く上気した頬で笑ったクリスタルの提案にシルバーが頷き、ゴールドが立ち上がった。

「どーせだったら個性的なの作ろうぜ!」

「個性的?」

「普通の雪だるま作るんじゃつまんねーだろ?オレ達の雪だるまの方が良くね?」

私達だけの雪だるま…。
そう呟くとクリスタルは一つ頷いた。

「確かにそうかもね」

「んーじゃ、クリスは星な!」

びしりと指で差されたクリスはきょとんと首を傾げた。

「何で星?」

「シンボルだからか?」

「正解!そっちの方がオレ達らしいだろ!」

分かる様な分からない様な微妙な理屈だ。
いや、ゴールドは小難しい事を考えるのは苦手だからフィーリングで言っているのだろう。

「それじゃあ、シルバーは」

クリスタルがシルバーに顔を向ける。
オレは?
心の中で反復するとゴールドとクリスタルが声を揃えて断言した。

「月ね!」

「月だな!」

「月?」

僅かに首を傾けるシルバーを放置してクリスタルとゴールドは会話を続ける。

「でも、月にも色々あるじゃない?満月、半月、三日月…どれかしら?」

「シルバーは三日月だろ。満月みたいに丸っこくねーし、尖った感じがシルバーっぽいだろ?」

失礼な。
ゴールドの物言いにカチンときたシルバーは不適に口角を吊り上げて反撃に出た。

「オレが三日月ならお前は太陽だな。暑苦しい事このうえないお前にピッタリだ」

「あんだとぉ?もっぺん言ってみやがれ!」

「何度でも言ってやる。あ・つ・く・る・し・い」

ゴールドに聞こえる様に一字一句切ってからゆっくりと、けれど、はっきりと発音する。

「カッチーン。こんにゃろぉ…表出ろ!」

「馬鹿が。既に外だろ」

炎と水の様に対照的な二人が言い争う。
ゴールドは彼の相棒の様に燃え盛る火が如くに瞳をぎらつかせ、シルバーは彼を慕うオーダイルの様に静かに流れる水が如くにゴールドから発せられる言葉を受け流す。
永遠に続くであろう口喧嘩に終止符を打ったのはクリスタルだった。

「喧嘩はっ、止めなさーいっ!!」

怒声と共に雪の塊が飛んできた。
突然の事態に身体の反応が遅れたゴールドとシルバーは顔面で雪玉を受け止めた。
ぼとぼとと雪が落下する。
雪で隠された視界には腰に手を当てて眦を吊り上げるクリスタルと彼女の隣に並ぶエビワラーが映った。
おそらく、超速球で飛んできた雪玉はエビワラーの高速パンチで投げられた物だろう。

「どうして貴方達は顔を合わせればすぐに喧嘩するのっ!ゴールド、貴方は人の神経を逆なでする言葉を言い過ぎ!シルバーが怒っても仕方ないわ。それからシルバーもシルバーよ!売り言葉に買い言葉なんてしないの!」

ゴールドとシルバーを正座させて、ポケモン塾の子供達にするように一喝する。
クリスタルの説教を大人しく聞いたゴールドとシルバーは声を揃えて頭を下げた。

「悪ぃ」

「すまなかった」

素直に謝る問題児兼不良をじっと眺めたクリスタルは据わっていた目元を和らげた。
凄まじい剣幕であったクリスタルが微笑を零した事に胸を撫で下ろす。

「分かったなら良いの。さ!身体も冷え切ってるし、お風呂に入って身体を温めましょう!」

「おう!」

「…ああ」

頷くと三人は身体を温めるべく近くの温泉へと足を運んだ。



「…あ、雪」

ひらひらと雪が舞う。

「綺麗ねー」

「雪見温泉っつーのもまたオツなもんだなー」

顔に当たる雪は当然の事ながら冷たい。
寒さも雪も苦手なのは変わらないけど。
隣で笑うこいつらが居れば、いつか、苦手である寒さも雪も克服出来る気がする。

「また、雪が積もったら雪合戦でもするか」

珍しくシルバーから遊びのお誘いを受けた。
両目を丸くさせたクリスタルとゴールドは瞬時に満面の笑顔を浮かべる。

「なら次はバクたろう達の雪だるまも作ろうぜ!」

「等身大のメガぴょん、作れるかしら…」

楽しそうに笑う太陽と要らぬ懸念をする星に静かに三日月が微笑んだ。


その夜、シルバーの隠れ家の近くには太陽と星と三日月の雪だるまが仲良く並んで佇んでいたのが確認されたらしい。


**************
ジョウトリオはいつも賑やかであれば良い。
ゴールドとシルバーが喧嘩してその仲裁を行うのがクリス。

ちなみにクリスタルが優しく煌めく星なら、ゴールドは周りを明るく照らす太陽で、シルバーは静かに包み込む月というイメージです。


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