昔、捨てた夢を拾うのも悪くない。

それはカガリの本心から出た言葉だった。

一度は死ぬ筈だった。
理由は分からない。
けれど、命拾いをした。
そこに意味はあるのか、なんて自分にも他人にも分からないけれど、これだけは言える。
自分の人生は自分で決めるもんだ。
自分で決めた事に対して降り懸かる責任は全て自分で取るべきだ。

それが、ホウエン地方を震撼させる事件を引き起こした集団の幹部であったカガリが伝説のポケモン同士の闘いに身を投じて得てきた信念だ。

そして、その信念を掲げたカガリが選んだのは。
昔捨てた夢を拾うー…つまりはポケモンコーディネーターを目指す事だった。
コンテストにはまだ出場しない。
バイトをしながらきのみを育て、ポロックを作り、ポケモンのコンディションを整える。
まずはキュウコンで美しさ部門を制覇する。
その目標を達成する為に目下努力中だ。


現在、カガリはポケモンコンテストのマスターランクの会場に居た。
理由は一つ。
ポケモンコーディネーターとポケモンを見る為だ。
マスターランクにまで昇り詰めた彼等の実力は折り紙付きだろう。
無表情の仮面の下でわくわくする気持ちが高揚して、カガリの胸を高鳴らせた。
隣では少女達がきゃっきゃっと談笑をして、コンテストが始まるのを心待ちにしている。
コンテスト司会者が喋り始めたのと同時に出場者が姿を表した。
美しく、たくましく、格好良く、可愛らしく、賢さを競ったコンテストが、白熱のショーが幕を下ろす。

「きゃあぁっ!ルビー君よっ!」

突然、色めきだった会場。
それは特別ゲストとして呼ばれた一人の子供が登場した事によるものだった。
僅かに目を見開く。
だが、ホウエン地方の全コンテスト、全部門を制覇した少年は確かにマスターランクのゲストに相応しいと納得して口元を緩めた。
……久しぶりだねぇ。
後で声でも掛けようか。
微笑するとカガリはルビーから視線を外して、別の選手へと移した。
さて、マスターランクの出場選手。
お手並み拝見といこうか。


全ての選手が演技を魅せ終え、最後の締めくくりにルビーが手短にかつ美しく、たくましく、格好良く、可愛らしく、賢さを感じるショーを魅せた。
会場に拍手喝采が沸き起こる。
大反響に司会者は満足そうだ。
相変わらず、良い魅せ方をする。
くつくつと喉を震わせ、小さく笑うと隣に座る少女達の会話が聞こえた。

「やっぱりルビー君は格好良いよねっ!」

「だねっ!落ち着いてて大人っぽいし、コンテストの時は輝いてるしねー」

「この後声でも掛けちゃう?」

くすくすと笑い、色めき立つ少女を一瞥してカガリは小さく溜息をついた。
…この少女達にとってはルビーはアイドルの様な物なのだろう。
仕方のない事だと思えども、少女達の言葉が憐れに思えてならない。
実際のルビーは容姿は整っているが、大人とは掛け離れた子供だし、はしゃぐ時は思い切りはしゃぐ。
藍色の瞳を持つ少女に対しては酷く意地の悪い事を言うし、優柔不断な態度を取る事もしばしばだ。
決心した後の行動力には目を見張る物があるが、そこまでに辿り着くのに時間を掛ける。
自分勝手な思考を持つ所もあり、優しさを隠す捻くれた所もある。
少女達の言う「ルビー」とはテレビ画面上に映る他人に対しての仮面を被ったルビーに過ぎない。
他人行儀なルビーは確かに礼儀正しいが、そこに彼らしさは窺えない。
そんな彼に幻想を抱いた少女達の夢が壊れる事の無いようにと願って、カガリはルビーが居るであろう控室へと向かった。
ほんの少しだけ疼いた良心に従って、誰に向けてだか分からない親切心のままに声を掛けた。

「久しぶりじゃないか」

「カガリさん!?」

丁度、ルビーは控室から出ていく所だった。

「この後暇ならミナモのデパートのカフェで珈琲でもどうだい?」

ドアノブに手を掛けるルビーに薄く笑って誘うとルビーはにこりと笑って頷いた。

「本当ですか?ありがとうございます。お言葉に甘えさせて頂きますね」

「じゃあ、早速行くとするか」

「はい」

ルビーを伴ってマスターランクの会場を出ていく途中、擦れ違った少女達に一瞥をくれる。
ルビーの隣で歩くカガリを見た少女達はがっかりと肩を落としていた。
落胆する名も知らぬ少女に心の中ですまないね、と謝って苦笑する。
突然、苦笑し出すカガリを怪訝な表情でルビーは見上げた。

「どうしたんですか?突然、笑い出して」

「いや、何でもないさ。…ただ、罪な男だな、と」

「ええ?ボクがですか?」

心底、心外だというルビーに呆れて物が言えない。
自覚が無いのか知らないが、制裁は与えるべきだろう。
溜息をつくとカガリはルビーの額を軽く小突いた。

「痛っ!」

小突かれた拍子に被っていた帽子が僅かにずれて、普段は隠されたルビーの黒髪が垣間見える。

「…充分罪な男さ。理由なんて教えてやんないけどね」

自分で考えな。
言外に言ってやるとルビーは困った顔で微笑を作った。

「ああ、着いたな。ほら、あの店だ」

カガリが指差した先は落ち着いていてゆっくりと休む事を目的としたカフェだった。
店内にはクラシックが流れ、珈琲を片手に小説を読む者や、軽食を取りながら仕事のプロットを考える者、勉学に励む者等様々だ。
店員に案内され、柔らかそうなソファーに腰掛ける。

「エスプレッソ」

「ボクはカフェオレで」

注文を取りに来た店員に頼むとルビーは視線を店内全体に巡らし、微笑した。

「落ち着いていてリラックス出来るカフェですね」

「ああ、あたしも気に入っているんだ」

「確かにカガリさん好みですね。このカフェ全部」

「分かった様な口を聞くじゃないか」

「カガリさんと一度も関わった事のない人達よりはカガリさんを知っているつもりですよ」

澄ました顔でカフェオレを口にする。
カガリは一瞬きょとんとしてからくつくつと喉を震わせた。

「…何か可笑しな事、言いましたか?」

忍び笑いをするカガリを眉を寄せて見つめたルビーは口を尖らせた。

「天然とは困った奴だ」

くすくすと笑い出したカガリは腹を抱えて涙を浮かべる。
体を震わせるカガリをしばし見つめたルビーは諦めた様に肩を竦めてカフェオレを飲み干した。
収まらない笑いを堪え、ルビーをちらりと見たカガリは瞼を閉じた。
思い出すのはバンダナと青い服を纏った少女。
八重歯がきらりと光る無邪気な笑顔の少女に「サファイアも苦労するね」と語り掛けて「頑張んな」とエールを送った。

**************
カガリさん主体のお話。
淡々としすぎた。
ルビー君は罪な男でサファイアちゃんとカガリさんは仲良しだったりする。
という背景が後ろにあったりなかったり。
今度サファイアちゃんとカガリさんが仲良くなる話が書きたい。



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