雷鳴が聞こえたら 6


とても不思議で、でも、とても温かくて幸せな気持ちになった。

「きっと、みんな何度も何度もそういう事を考えて、答えを見つけるのかも知れないですね」
「……あぁ」
「でも、私もリヴァイさんも……そういう事を考える機会が無かったから、今こうして考えているのだと思います」
「そう……なんだろうな」

まさかと思ったけれど、恋というものには縁がなかったと、リヴァイさんは困った顔をした。

それは、私も同じ……

今はリヴァイさんの事を考えているだけで、胸が落ち着かない。それに、ずっと膝の上に乗せていてくれて、恥ずかしいのに嬉しくて……降りたくない。

答えなんて、考えるまでも無いってきっと、こんな感じなんだと思った。

「お前の答えは……」
「見つかりました。でも、その前にひとつ教えてください」
「何だ……?」
「お部屋に泊めて貰ったあの夜、『兵士には惚れるなよ』って言いましたよね?」
「お前、起きて……」
「すみません。あの時はどうしたら良いかわからなくて、寝た振りをしていて……」

小さく息を吐いて、顔を隠す様に少し上を向いたリヴァイさんは、今度は大きく深呼吸してから私を見た。




起きて……聞かれていたのか。

あれはどういう心境だったかといえば、きっと……親や兄弟というものに近かっただろうと思う。

「お前には、幸せになってもらいたいと思った。兵士は死に近い場所に居て、お前を残して逝く場合の方が多いだろう……と、そう思ったからだ」
「リヴァイさんを好きになっちゃいけないって意味じゃ……」
「そうじゃねぇ」

あの時の俺は、ナマエにとってはその対象にすらならないと思っていた。ただ、見守るだけなのだろうと。

「俺は……お前にそういう目で見られるとは、思っていなかった」
「すみません」
「悪い意味じゃねぇ。恋愛沙汰は、俺には関係ねぇとすら思っていた。それに、俺とお前じゃ歳も離れている。あれは今の俺にとっちゃ、てめぇでてめぇの首を絞める様な言葉だろう……」

オイ……

「そんなに見るな……」
「だって……」
「何だ、おかしな事を言ったか?」
「おかしいなんて……でも、それは私がリヴァイさんを好きになっても良いって事で……りっ、リヴァイさんも私が好きって事……ですよね?」
「なっ……」

そういう事……か。

「悪いか?」
「悪くないです」
「そうか」

……悪くねぇ。

そう思った途端、腹が不粋な音を響かせた。

「悪ぃ……」

昼は食ったが、そろそろ日付が変わる頃だと思えば仕方無い事だろうが、雰囲気をぶち壊す天才だろうかと腹を見た。

「お腹……空いてますよね。すみません、気付かなくて」
「別に、お前のせいじゃねぇ……」
「でも、心配して……走って来てくれたんですよね?」
「あぁ、多分……な」
「多分……?」

曖昧な言葉に首を傾げたナマエに、調査の終盤から此処へ辿り着く迄の事を話せば、嬉しいと言われた。それだけ心配してくれていたのかと胸に額をつけて抱き締められた。

だが、俺は……

今にして思えば、己の心配をしていたんだろうとわかる。その時傍に居た誰かに、ナマエを奪われる事を恐れた結果だろう。

想いを理解して受け止めた俺は、胸にある温もりを抱き締めた。




「リヴァイ! どこに居たんだよ、あれっきりどこにも居なくてさ、探したんだよ? 馬も心配そうだったし、リヴァイの分まで仕事させられたし……」

普段ならば鬱陶しいとしか思えないだろうこの状況すら、不思議なことに、穏やかに受け止められた。

「すまねぇ……」
「素直じゃん?」
「……勝手して悪かったと思ってる。それだけだ」

驚いた顔で見ていたハンジだったが、まじまじと俺の顔を見て微笑んだ。

「ふぅん。でも、まぁ……何か良い顔してるから貸しにしとく。落ち着いたら話してね」
「あぁ……」

そんな話をしながらも、ハンジは確りと書類を俺に押し付け、「エルヴィンも心配してたよ」と……肝心な事を去り際にポツリと置いて行った。

行かねぇ訳にもいくまい。

取り敢えず着替えをと自室に向かっていた足の向きを変え、俺は何を言えば良いのだろうかと考えながら団長室へと歩き出した。

あの後……

俺が抱き締めるとナマエの腹も空腹を訴え、ナマエは腹持ちの良さそうな菓子と酒を店から持って来た。
想いが通じた祝いだからナマエが振る舞うと言ったが、それこそ互いの祝いなら折半だと言えば、ナマエは困った様に笑って頷いた。

どうせ祝うなら、ナマエを祝ってやりたい……そんな気持ちだったが、相手が俺というのも不思議な気分だった。

団長室に入った俺は、当然だろうがエルヴィンに叱られた。だが、事情を正直に話せば、エルヴィンは穏やかな顔で「そうか」と、一口で飲み干せる程度の酒を2つのグラスに注いだ。

「祝杯だ」

グラスを合わせクッと飲み干した俺は、ケツの辺りがむず痒くなった。

「なんだ、照れているのか?」
「んな訳……っ」
「そうか? 私はそんなリヴァイも悪くないと思うぞ」
「……」

恋愛感情というものが無いのかと思っていたとまで言われたが、俺自身でさえそう思っていたものを、否定するつもりも無い。しかし、慣れない事に不安はある。

こんな事、他に訊ける奴も居ねぇしな……

「難しい顔して、これからどうしたら良いかとでも考えているのか?」
「……あぁ」
「気持ちはわかるが、そんなものは考えてわかるものじゃない。相手や状況によって違う事を、こうするべきだと言える筈が無いだろう?」

まぁ、そうだろうけどよ……

「失敗から、学ぶ事も多い」
「そうだな」
「失敗を恐れていても始まらないからな、困ったらまた来れば良い」
「あぁ」

考えていても始まらねぇ……か。

にこやかに、俺が持っていた書類の上にドサッと書類を乗せたエルヴィンにドアを開けられ、自室は諦めて執務室へと歩いた。




あの、壁外調査のあった夜から……1ヶ月が過ぎた。
私のなかでは、『あの時のお兄さん』というイメージがかなり強かったけれど、この1ヶ月でリヴァイさんがどういう立場でどれだけ人気があって……どういう人なのかがわかった。

「私で良いのかな……」
「何がだ?」

仕事も大変で、忙しい事もわかっているのに、それでもリヴァイさんは雷鳴が聞こえると、すぐに私の傍に来てくれる。

「リヴァイさんの相手が……」
「まだそんな事思ってんのか?」
「だって、どう考えても釣り合わない」
「なら、俺がゴロツキにでも戻れば納得すんのか?」
「う〜ん……」
「オイ、本気で考えてんじゃねぇ」

でも、でもね……

仕事中は気が張っているから大丈夫だと言っても、書類を持ってまで来てくれるのは良くないと思うのだけど、優しい顔で「大丈夫だ」と言われてしまえば強くも言えない。

「今の俺は嫌か?」
「そっ、そんな訊き方狡いです」
「俺は俺だ」
「はい」
「あぁ」
「ゴロツキでも兵士長さんでも無くて……リヴァイさんが好きです」
「……っ」




そりゃ、反則だろう……?

今が仕事中でなければと思う言葉に、返す言葉も見つからずにナマエの口を塞いだ。

「もうじき仕事も終わるな」
「えっ?」
「こんな天気じゃ寝れねぇだろう?」
「……」
「安心しろ、俺が寝かせてやる」

耳元で静かに言えば、ナマエは後退った。

……煽るお前が悪い。

「怖がる暇なんてやらねぇ」

そんなもんは口実だが、それで怖がる事もねぇなら一石二鳥ってやつだろう?

雷鳴は今も聞こえたが、ナマエの頭はそれどころじゃねぇのか、怯える様子もねぇ。こんな事でもナマエの役に立つなら、此処に居るのも悪くない。

店の外に人の気配を感じた俺は、ナマエの手を掴んで握った。

「ほら、客だぞ」
「はい」

入り口の方を見たナマエは、ぎゅっと俺の手を握り返して微笑んだ。

「いらっしゃいませ、何かお探しですか?」

ほぼ同時に手を緩めると、ナマエはスッと客の方へと進み、俺から離れていった。だが、握り返された手を見れば、不安よりも妙な安心感があった。




それから俺は、空や音を気にする様になった。
壁外調査中に雲行きが怪しくなれば落ち着かねぇだろうなと思いつつ、それは仕方ねぇ事だと割り切れとナマエに言われた。しかし、あれ以来……幸いなことに壁外調査中にヤバいと思う事は未だ無い。

仕事が早々片付いた俺は、ナマエの店に向かった。

「あれ? リヴァイさん……?」
「調子はどうだ?」
「はい、今日も沢山売れました。でも、何で……?」
「あ?」

オイ……

「雷鳴ってないですよね?」
「はあ?」

オイオイ……

「何かあったんですか?」

オイオイオイオイ……ちょっと待て。

「そうじゃねぇだろ……」
「えっ?」
「用がねぇと来ちゃいけねぇのか?」
「そっ、そんなことは……」

まるで、雷鳴が聞こえなきゃ要らねぇみてぇじゃねぇかよ……

「そっ、そんな顔しないでください」
「別に、俺は普通だ」
「違うと……思います」
「……」

泣きそうな顔してんのは、お前の方じゃねぇか……

ナマエは両手で俺の顔を包み、そっとそっと撫でている。

「来てくれて嬉しいのに、恥ずかしくて素直に言えなかったから……」
「んな事は……嫌じゃねぇなら良い」
「でも……」
「俺も、会いに来たとは言えてねぇからな」

ナマエの手ごと少し顔を背けて言えば、正面に戻された。

「大好きです」

あぁ、知っている。

真っ直ぐに見つめるナマエに、頷いて答えた。

「ダメです、ちゃんと言ってください」

言葉にするのは恥ずかしい。だが、ナマエの手が微かに震えている事で、それはナマエも同じだろうと思った。

「好きだ」

らしくねぇ声が出た。

思わず口元に手をやったが、ナマエはそんな俺を満面の笑みで見ていた。それを見ても未だ、俺は本当に俺で良かったのかという疑問と不安は拭えない。

「お前が好きだ」

確かめる様に言って抱き締めれば、ナマエも慌てて背中に手を回した。

雷鳴は聞こえない。

それでも俺で良いのかと言えば、俺が良いのだと答えた。

「きっと、助けて貰ったあの日から……こうなる運命だったんです!」
「あぁ、そうかも知れねぇな」

その、運命とやらが後押ししたのだろうか?
あの日雷鳴が聞こえなければ、今も俺達は距離をおいて見ていただけだったのだろう。




「おや? 聞こえちゃったね」
「あぁ、確かに聞こえたな」

そしてまた、不器用な俺を促す様に雷鳴が鳴り響く。
音に急かされながらも、ナマエの元へと向かう俺は、穏やかな顔をしていると……ハンジが言った。

End



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