「リヴァイ、お疲れ様」 「アリーセ……何故此処に?」 リヴァイが用を済ませてナマエの居る部屋に向かうと、控え室の前にはアリーセが立っていた。 「抜けちまって悪かったな。それから……ナマエを危険な目に遇わせちまってすまねぇ」 「良いのよ、ナマエが無事で良かった。ありがとう」 アリーセが優しく微笑むと、リヴァイからは死角となる少し離れたところに立っていた男がアリーセの横に立った。 「リヴァイ兵士長、私からも礼を。貴方の協力が無ければ、この結婚は成立しなかったかも知れない。心から感謝している」 スッと頭を下げた男が顔を上げると、リヴァイは男に向かって敬礼をした。 普段はやりたがらないのだが、上手い言葉も見つからなかった彼は、それがこの場には相応しいと思ったのだろう。 「おめでとうございます」 「ありがとう」 男は王位継承権とは遠い存在ではあるが、王族の一員として庶民のアリーセと結婚するのは難しかった。そこで、互いに違う相手と婚約したと欺きながら話を進めてきたのだ。 アリーセを邪魔に思う貴族や王族から守り、アリーセと釣り合う相手という事でこの任にリヴァイが抜擢されたのだ。 「今度は、リヴァイの番」 「あぁ、だが……」 「ほんと、リヴァイは不器用というか要領が悪いというか……ナマエには本当の事を話しても良かったと思うけど、それもしなかったのよね」 「オイ……聞こえちまうだろうが」 控え室の方をチラと見たリヴァイは、困った顔でそう溢した。 「大丈夫。覗いたら寝てるみたいだったから、入らなかったのよ」 「そうか」 「ええ。だから……ちょっと予定を変更するから、リヴァイは呼びに行くまで待機してて」 「変更?」 「楽しみにしててね」 控え室の前から追いやられ、リヴァイは来た道を戻った。 (一体何をするというんだろうか?) 予定では、花を飾った式場へナマエを連れて行き、ドレス姿のナマエにタキシードを着たリヴァイか告白をするというものだった。 「女の子はね、雰囲気や演出に弱いのよ」 そう言ってアリーセが考えたものだったが、変更とはどうするのかとリヴァイは少々不安であった。 「そーっとお願いします」 「ああ、可愛い妻と義妹の為だ。このくらいは任せてくれ」 「ありがとうございます」 しなくても良い辛い思いをさせてしまった……と、アリーセはナマエの頭を優しく優しく撫でた。 「この娘の代はね、優秀な子が多かったらしくて憲兵団には来れなかったらしいの。でも、そのお陰でリヴァイに会えたのよね」 「彼ならきっと、幸せにしてくれるだろう」 ナマエを抱いて歩きながら、二人は互いに顔を見て微笑んだ。 リヴァイは、一体何をどう変更するのか、何をやらされるんだろうかと控え室で悶々としていた。 (こんな格好をしている時点で、狙い過ぎだと思うんだが、更に何を……) 不安な思いで待つのは、思ったよりも長く感じるものだ。時計を見ても、針は殆ど動いていない。段々と苛立ちが増してきた頃、ドアを叩く音がした。 「リヴァイ、準備が出来たわよ」 「あぁ……」 ドアを開けると、アリーセが小さな箱をリヴァイに渡した。 「これは……」 箱を見れば中味がわかる代物だが、どうしろと? といった顔でリヴァイは二人を見た。 「私達からのプレゼントよ。役に立つ様に頑張ってね」 さあさあ、早く行かないと……といった感じで背中を押され、リヴァイは箱をもう一度見てからポケットに仕舞うと歩き出した。 「上手く……行くのかい?」 「そう思えなきゃ、ここまではやらないわ」 アリーセはナマエが好きな人まで取られたと言っていた事や、この結婚が駄目になってしまったら、このまま結婚するかと冗談でリヴァイに言った事があると話した。 「それで、リヴァイ兵士長は何と……」 不安そうな声に、アリーセは笑って見せた。 「リヴァイはね、「俺がもし結婚するなら、ナマエが良い」って答えたのよ」 だからきっと大丈夫だと言いながらも、アリーセはリヴァイが歩いて行った方を心配そうな面持ちで見ていた。 (二人には、辛い思いをさせてしまったから……) そんなアリーセの思いなど知る由も無いリヴァイは、式場の扉の前で開けるのを躊躇った。 「色々あったみたいだねぇ」 「クソ眼鏡……」 「私も今朝まで知らなかったからさ、聞いた時は驚いたよ。私はそんなに信用できないのかなぁ?」 「敵を欺くには味方からと言うだろう? それだ。ナマエもこの事は知らねぇ」 「ええっ? そうなの?」 「あぁ」 「しっかし、そんな格好までして……弱気になってちゃ上手く行くもんも行かなくなっちゃうよ?」 「そう……だな」 (ここまで来たら、進むしかねぇ) バンバンと背中を叩き、蹴られる前にと逃げたハンジを目で追う事もせず、普段は不愉快に感じる行為に背中を押された様な気持ちになったリヴァイは、ゆっくりとドアを開けた。 噎せるかと思う程の花の香りが出迎え、中を見回したリヴァイは薄暗い中に仄かに明るい場所を見つけた。 (何だ……ありゃ) 祭壇の前には、台の上に寝かされたナマエが居る。この演出は白雪姫という話からアリーセが思い付いたものだが、リヴァイがそんな話を知っている筈も無く、リヴァイは焦って近寄った。 (嫌な想像をさせやがる) こんな風に寝かされているのを見れば、調査兵団の兵士であれば嫌でも思い出す光景があるが、アリーセにはわからなかったのだろう。 「ナマエ……起きてくれ」 そっと確かめる様に頬に触れながら、リヴァイは温もりに目を細めた。 「ナマエ……」 何度か呼んでみたが、余程疲れていたのか起きる気配が無い。 (柄じゃねぇが、確か……) お姫様は王子様のキスで目を覚ます……という事は何故か知っていたリヴァイは、片手でナマエの後頭部を包み、台に手を着いて顔を寄せた。 ゆっくりと額に触れ、頬にも口付けた。だが、ナマエはぴくりとも動かない。こうなれば後はここしか無いだろうと唇を重ね、少し押し付ける様にしていると、ナマエが僅かに身動ぎをした。 (目を覚ましたか?) (ん……? 何だろう……) パチリと目を開けたナマエは、目の前にあるリヴァイの瞳と、追ってやって来た唇の感触に驚いているが、ぼんやりとした頭でこれは夢だと判断したのか、ゆっくりとまた瞼を閉じた。 「ナマエ、また寝る気か?」 「夢じゃ……?」 「夢の方が良かったか?」 嫌われていたり、怖がられてはいないという事はわかっていたが、好かれているかどうかまではリヴァイにはわからなかった。 (夢だと思いてぇのか) 少し待ってみたが、ナマエの返事は聞こえない。悲しそうに顔を歪めたリヴァイは、ゆっくりと身体を起こしてナマエから離れた。 「……夢だと、思っておけ」 「だって、そうじゃなきゃ……こんな事は起きない筈だから」 ナマエは未だリヴァイがアリーセと結婚するのだと信じている。護衛の任を解かれた事で、リヴァイはその事を忘れていた様だ。 「そうだな。ナマエ、俺とアリーセは何でも無い。アリーセは今日、他の男と結婚したと言っても、これは夢だと思いたいか?」 「だって、そんな……まさか……」 (何でも無いって……あんな……) ドア越しに聞いた事や納戸の中で聞いた事が、ナマエの頭から離れない。 「俺はアリーセの護衛だった。お前も"声"を聞いただろうが、俺はアリーセには触れちゃいねぇ。お前が考えているだろう事は何も無い」 「どういう事かわからない」 「婚約者の振りをしていただけだ」 ナマエが来ていたあの夜も、リヴァイがアリーセの部屋を訪ねるのも、部屋に居ると思わせておいて、恋人のところへとアリーセは出掛けていたのだとリヴァイが説明すると、ナマエはやっと理解出来た様だった。 「お前が今着ている物は全て、俺が揃えた物だ」 「えっ……?」 「今日、あのまま何も起こらなければ、いつかこうしてお前と式を挙げたいと告白する段取りだった」 「そ、それって……ええっ? 待って、ちょっと待ってください。頭が追い付かない」 起き上がり、顔を両手で覆ったナマエは、必死に考えている。その横でリヴァイはまた、ナマエの言葉を待っている様だ。 (急にこんな事を言われても、困るんだろうな。あまり、良い答えは聞けないだろう) それでも、此処にナマエを残して出て行く事は出来なかった。 「兵長……」 「何だ?」 少し情けない顔をしたナマエは、そろりとリヴァイを見た。 「兵長は、私が好きなんですか?」 すみません……と俯いたナマエだが、他に何と訊けば良いのか思い付かなかったのだろう。 「あぁ、先にそれを言えば良かったな」 「……」 「俺はお前が好きだ」 「わ、私のどこが……」 本人の口から聞いても、ナマエはやはりどこか信じられないといった顔をしている。 「お前は、姉と比べられてばかりで自己評価が低い様だが、俺はお前の努力する姿勢に惹かれた。何かあると、声を掛けてくれたのが嬉しかったというのもあるだろう」 「そんな風に……」 「俺がそういう目で見ていたのは、嫌か?」 「違います! そうではなくて、あの……嬉しいですが、信じられないと言いますか……」 嬉しいという言葉に表情を緩めたリヴァイだが、目を閉じてポケットの上から箱を確かめる様に撫でた。 (役に……立ちそうだ) 「ナマエ、そこに立ってくれ」 「は、はい」 慌てて台から降りたナマエは、何を考えたのか敬礼してしまった。すると、クッと笑いを溢したリヴァイがナマエの頬を撫でた。 「その格好には似合わねぇな」 「す、すみません」 恥ずかしそうにしているナマエを見ながら、リヴァイはポケットから箱を取り出してゆっくりと片膝を着いた。 (な、何だろう……) ナマエを見上げるリヴァイの目は、今までに見た事の無いもので、ナマエは目が離せない。 「ナマエ」 「はい」 「俺と結婚してくれ」 (何でいきなりそうなるの……? 好きって今聞いたばかりで、私はまだ何も答えられてなくて……) 何と答えて良いかすらもわからず、ナマエは大きく目を見開いたまま、リヴァイが箱を開くのを見ていた。 「勿論、今すぐにとは言わねぇ。だが、想いを見せろと言われても方法がわからねぇ。俺はそのつもりでいる、そのくらいの気持ちでいるという意味だと思ってくれ」 「私は……」 何度も大きく深呼吸するナマエを見て、リヴァイは急かす言葉を飲み込んだ。 「私も、兵長が好きです。でも、私が相手で良いのかわかりません。だから……」 ナマエはリヴァイの方へと、震える手を差し出した。 その手に迷わず指輪を嵌めたリヴァイが、これで納得出来るか? とナマエを見上げると、ナマエは対となる指輪を手に取り……リヴァイの手にも指輪を嵌めた。 「後悔、しないですか?」 「あぁ、するつもりは無い」 立ち上がったリヴァイはナマエを抱き締め、「共に生きてくれ」そう囁いた。 リヴァイが想いに気付いたのは、婚約者の振りをする護衛を引き受けた後だった。 ナマエが想いに気付いた時には、リヴァイは既に婚約していた。 ここで想いを伝えなければ、後悔しか残らなかっただろう。 「はい」 いつかこうしてまた、二人で並ぶ日の為に……ナマエは確りと答えた。 リヴァイはナマエの返事に頷くと、抱き上げてドアへと向かった。二人で歩く、未来への扉を開く為に。 End [ *前 ]|[ 次# ] [ request ]|[ main ]|[ TOP ] |