諦める前に 2



幹部の部屋の集まるフロアで、俺の部屋は皆とは離れている。当然隣は空いているから、そこを綺麗にしてナマエの荷物を運び込んだ。

必ず何処かで見ている筈だ……

荷物を運ぶのも並んで歩いて、それとなく俺は周りを見ていた。

「此処なら、普通の兵士はなかなか来れねぇだろうが、夜は俺の部屋で寝ろ」
「そ、それは……」
「単に寝ろと言ってるだけだ、何かある訳じゃねぇ……」
「そ、そっ……そんな事は思って無いです」
「俺は隣の部屋のソファーで寝るから安心しろ」
「それは申し訳ないです……」

俺は何処でも平気だと言えば、困った顔で俯いちまった。

「ひとりにしておく方が危険なんだ」
「……はい」

仕事も今日は一緒に行動して、食事も並んで食った。表向きは、内緒で付き合っていたのだが、今回の事で黙っている訳にも行かなくなったという筋書きらしい。

それから数日、特に何も動きは無かった。




あれから、私は兵長とハンジ分隊長のどちらかと一緒に過ごしていた。こうしてみると、幹部の皆さんのお仕事は思った以上に大変だという事がわかった。

それなのに、私の事を気遣ってくれたり、合間の時間や休日に街へ連れ出してくれたりもした。そのお陰で、私は怖いという事すら忘れてしまっていた。

「今日の訓練はハンジとだな?」
「はい」

見える範囲でなら、同期と食事をしても良いと言われて、私は皆のところへ座った。

普段あまり話さなかった娘まで、心配してくれていたり、色々と質問されたりしたけれど、「元気で良かった」と言ってくれたのが嬉しかった。

良い事ばかり……

兵長はとても優しくて、近くにいてくれるだけでとても安心する。こんな人がずっとそばにいてくれたらと……思う様になった。

男の人は皆嫌なものだと思っていた事が、とても失礼だったとわかった。今まで、好きだと言ってくれた人まで、私の方が嫌な目で見てしまって……逃げてしまっていた。

嫌な人なんて、あまりいないのかも知れないのに……




ナマエを見ながら、ハンジと食事をしていた。あれから何事も無く過ごしているのは、こうして張り付いているからだという事はわかっている。

「そろそろ、次行こうか」
「あぁ、頃合いは良いんじゃねぇか?」
「そうだね、部屋の場所も……お誂え向きだって事にも気付いてるかな?」
「あぁ、その時間は与えてやった筈だ。俺にかっ拐われて焦ってる筈だからな」
「うんうん、そりゃそうだよねぇ」

あまり焦らすと良くないだろうという意見も一致して、明日の夜に動こうと決めた。

「明日の休みは、買い物に行きてぇんだが、付き合って貰えるか?」
「はい、特に何も無いので構いません」
「あぁ、すまねぇな」
「そんな、兵長にはこんな事になって、ご迷惑ばかり掛けて……」
「嫌なら首を突っ込んだりはしねぇよ」
「……?」
「気にするな……って事だ」
「は、はい」

淹れてやった紅茶を飲みながら、ナマエは微笑んだ。こんな事でもねぇと、こんな風にする事も無かっただろう。

ゆっくりと並んで座り、本を読んだり、たまに会話をする程度だが、悪くない。

「そろそろ寝るか?」
「はい、おやすみなさい」
「あぁ、ゆっくり休め」

パタン……と、寝室のドアが閉まるのを見て、俺はまた本の文字を辿った。

不思議なもんだな……

気に掛かる事はあるが、自分の部屋に他人が居る事に安心するなどと思わなかった。本を戻した俺も、ソファーで目を閉じた。

翌日の朝食も離れて座った。

向かいに座ったハンジが、夜の段取りを説明しているが、端から見れば他愛もない話をしている様にしか見えないだろう。本当に器用な奴だ。

「オイっ……!」

一瞬、ほんの一瞬だが、目を離した隙にナマエが消えた。全身が凍る様な状態になったが、手にはじわりと嫌な汗が滲んだ。

ゆっくりと見落とさねぇ様にと見回すと、食事をしていた奴等と食器を片付けに行ったナマエが、皆に手を振ったのが見えた。

「リヴァイ?」
「あ、あぁ……ナマエを見失っちまったが、片付けに行っていた様だ」
「そっか、そんなにリヴァイはナマエちゃんを愛してる訳だ」
「っ、何を……」

馬鹿な事を言っていると言おうとしたが、「戻って来たよ」と言われて飲み込んだ。

「おはようございます、ハンジ分隊長」
「おはよう! 今日は出掛けるんだって?」
「はい」
「楽しんでおいでね」

不思議そうな顔をしたナマエの頭を撫でると、じゃあねとハンジは席を立った。




ハンジ分隊長の買い物に付き合った事はあったけれど、兵長とは、夜に食事に連れて行って貰った事しか無かった。

何を買うのかな……

兵長が買い物って……普通にすると思うけれど、全く想像がつかなかった。

「誰が見てるかわからねぇから……な」

考えながら歩いていて、人にぶつかってしまった私に、兵長が手を出してくれた。

「すみません……」

そっと掴むと、兵長も握ってくれた。通りに出れば、必ず兵長が馬車の通る方を歩いてくれて、人が多ければ、自分の方へ引き寄せてくれる。
自然にそういう事が出来るって、素敵だと思いながら、そうして貰える事に嬉しくなった。

「先ずは此処だな……」

手を引かれて入ったのは、ああ、成る程と思うお店だった。色々な掃除用具が置かれていて、新商品が入ったと言ったお店の人と、真剣な顔で話している。

「待たせちまったな……」
「いえ、色々あって見ていて楽しかったです」

雑巾と箒と、新商品を注文した兵長は、届けて貰うからとそのまま店を出た。次に向かったのは、ハンカチやスカーフを扱う店で、そこでも兵長はビックリする程注文して、また手ぶらで店を出た。

私は、荷物持ちではないのかな……?

「もう、昼か……」
「えっ? もうですか?」

いつの間にそんなに時間が経っていたのかと、兵長も驚いているのを見て、私は笑ってしまった。楽しいと時間はとても早いんだと……聞いた事があったのを思い出した。




気付けば、昼になっていた。ひとりで出れば、確実に部屋に戻っている時間だが、あっという間に過ぎた様に思う。

「何か、食いたい物や行きてぇ店はあるか?」
「兵長が決めて下さい」

付き合わせてるんだから、遠慮するなと言うと、ナマエは近くのカフェのテラスを見ていた。そこには男女が数組、楽しそうにしているが……

「あそこが良いか?」
「え、でも……」
「俺に似合うかはわからねぇが、そうそうそういう機会もねぇと思えば、悪くねぇかもな」
「あそこが……良いです」

偽物ではあるが、一時だけでも周りの奴等の様に振る舞えればと、ナマエの手を引いてテラスに座った。

こんな時はどうすりゃ良いのか……

さっぱりわからねぇ俺は、然り気無く周りの男の様子を見ていた。

「これ、凄く美味しいです! 少し如何ですか?」
「そうじゃねぇ……みたいだぞ?」

手をつけていない方を俺に向けて、皿ごと寄せたが、俺は小さく口を開けてみた。すると、ナマエは少し周りを見回してからフォークに刺して差し出した。

「……美味いな」

ならばと、俺のもどうだと差し出せば、ナマエは笑顔で頬張った。
和やかに食事を済ませ、服や雑貨も見て回った。礼にとまた、夕食も一緒に食べた。

「1日付き合わさせて悪かったな……」
「そんな事無いです、楽しかったです」
「そうか、なら良かった」

帰りは腕を組めと言って、出来るだけ仲が良く見える様に歩いた。勿論、兵団内に入ってからもだ。

確実に見ている……

街でも、何度か射る様な視線があった。だが、誰かまではわからない。それでも、尾行されているのはわかっている。今も、視線を感じている。

餌は撒いたぞ……

俺は、通路の窓から見ていたハンジに合図した。




「今日は疲れただろう? 何も起きねぇし、こっちの部屋でゆっくり休め」
「はい」

寝る頃になって、ナマエを隣の部屋へ移動させた。通路の少し先の空き部屋のドアが、ほんの少し開いている……

その角度からなら……

少し我慢しろ……と、俺はナマエの顔に角度を変えて顔を寄せた。あそこから見ているならば、キスしている様に見えるだろう。

「鍵とカーテンはきっちり閉めて、灯りは寝るまで点けておくと良い」
「はい、おやすみなさい」
「あぁ、じゃあな」

ドアの鍵を閉めるのを確認して、俺も戻って鍵を閉めた。

人気の少ないフロアで、すぐ上は屋上になっていて、テラスのついた部屋……屋上には前以てロープを投げておいた。

さぁ、どう出る?

ナマエの部屋には、ハンジと数人の兵士を配置してあり、ドアからでも、窓からでも対応出来る。ナマエは部屋に入ると、揺ったりと座れる大きさの頑丈なクローゼットに隠れる手筈になっていて、中にはクッションや毛布を用意して休める様にもなっている。

無難にロープでテラスに降りて、窓からだろう……

誰もがそう思った。だが、事件は意外な程呆気なく終わりを迎えた。

「まさか、返しに来るとはなぁ……」
「ああ、ノックが聞こえた時にはさ、真っ正面からヤケクソで刺されちゃったりするかと思ったよ」
「も、申し訳ありません……」

ハンジに縛られ、床に座った男は、盗ったは良いが冷静になって考えたら怖くなり、返す機会を窺っていたそうだ。ナマエに振られて悲しくて悔しくてやっちまったそうだが、ナマエも断り方が悪かったと謝っていた。

皆が引き上げた後、残された俺とナマエは取り敢えず茶でも飲むかと俺の部屋に入った。

「色々、ありがとうございました」
「無事解決して良かったな」
「はい。私も相手の気持ちを考えないで、悪い事をしたと思ってます」
「まぁ、そりゃ……俺も言えた義理じゃねぇ」

解決しちまったら、こうしている事も出来なくなっちまうんだな……

何か言おうとしても、良い言葉が浮かばなかった。ナマエも何故かカップの中を見詰めていて、言葉を発しねぇ。

「も、もう一晩……荷物も片付かねぇだろうから、泊まっていけ」

やっと出たのは、精一杯でこれかと思う様な、拙い言葉だった。

「そ、そうですね、そうさせて頂けると、た、助かりますです」

ナマエの返事もどこかたどたどしくて、思わず笑っちまった。すると、ナマエは頬を染めて俺を見た。

「一緒に居て下さったのが、兵長で良かった。男の人も、嫌な人ばかりじゃないってわかりました」
「……そうか」
「私も頑張って……兵長みたいな人を探そうと思います」

俺みたいなのを探す……?

「俺じゃ……駄目か?」
「えっ? そ、そそっ、そんな……っ」
「駄目……なのか?」
「駄目って、そんな訳無いですけど、有り得ない」
「……言った筈だが」
「……?」
「嫌なら首を突っ込んだりはしねぇ……と。俺は最初から、お前が気になっていたんだ」

大きくなったナマエの目が、揺れて閉じていくのを見ていると、大きな雫が落ちた。

「兵長みたいな人じゃなくて、兵長が良いです……」
「あぁ、俺もお前が良い」

そっとそっと腕の中に収め、やっと……捕まえた。

その夜は、抱えて眠った。
目覚めても、事件が解決しても、この想いもナマエも穏やかな時間も……無くならないと抱え込んだ。

End



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