「あぁ、ペトラ、丁度良い所に来たな。お前に頼みがある」 「兵長? 何でしょうか?」 こっちを見ている女が居るが、これ見よがしに俺はペトラを連れて執務室へと入った。 「兵長、それで……ご用は何でしょう?」 「あ、あぁ……茶を淹れてくれ」 「はい」 実は、用はもう済んでいる。 外で見ていた女に、見せたかっただけだからな。 いつから、こうなったのか…… 外に居たのは、俺の女だ。 ナマエとはもう、付き合って2年になるのだが、最近どうも上手く行かねぇ。 「どうぞ」 「あぁ、すまねぇな」 「あっ、兵長!」 「なんだ?」 「そろそろでしたよね? 一緒に注文に行ったのが出来上がるのって……」 「あぁ、そうだったな」 そういえば、そんな事があったな。 引き出しの中から注文票を出して見ると、日付は明日だった。 「明日ですね……」 「あぁ、そうだな」 「明日は私休みなので、代わりに取りに行きましょうか?」 「いや、そこまでは」 「近くの店に行く用事がありますから、序でに……なら、どうですか?」 それなら……と、ペトラに頼んだ。 「なら、序でで悪いが暫く預かって貰えねぇか?」 「はい、それは構いませんが……あ、内緒ですもんね」 紅茶が無くなると、ペトラはカップを洗って出て行った。 今にしてみりゃ、皆が言う様にペトラと付き合った方が良かったんじゃねぇかと……思った自分に驚いた。 リヴァイは、やっぱりペトラが好きだったんだ…… 執務室に迎え入れる顔は、とても穏やかで、最近見ていない顔だった。 「ねぇ、エルヴィン……リヴァイにはペトラの方がお似合いかしらね」 「ナマエにしちゃ、随分弱気だな」 「このところ、リヴァイは私を見ようともしないから」 特に、何かあった覚えも無いし、喧嘩すらしてはいない。 「気に入らない事があるなら、言えば良いのにね」 「そういう部分で期待出来る相手じゃ無いと思うが?」 「……そうよね、そうなのよね」 気持ちや想いに関して、リヴァイは上手く言えない人だよね。 だからといって、自分から訊くのも違うと思ってしまうのは、本当は怖いからだ。 ペトラと付き合ってるんじゃないかって言われていたけど、ダメ元で告白したのは私だから、「すまねぇ」そう言われる事が怖い。 我慢して付き合ってくれてたとは思えないけど、でも、何も言わない分嫌だと思っても、言えないだけなのかも知れないし…… 「ナマエ?」 「あ、ごめん、何か言った?」 「気分転換に、食事でもどうかな?」 困った顔で笑うエルヴィンに、私も似た様な顔で頷いた。 気分転換も……必要だよね。 食事も、前はナマエが迎えに来ていた。だが、今は来ない。 書類が溜まってる時なんかは、今みてぇに終わるまで没頭しちまうと、下手すりゃ食いっぱぐれる事もあった。 仕方ねぇな……行くか。 食堂でナマエと会っても、何を話して良いかすら、今の俺にはわからねぇ。遅れて行くくらいが、良いのかも知れねぇなと、執務室から出た。 通路の窓から見た月が綺麗で、思わず寄って外を見た。 『手に入らないから、余計に綺麗なんだ』 誰かの言葉を思い出して、ふと視線を落とすと、エルヴィンとナマエが門の方へ歩いていくのが見えた。 楽しそうに、しやがって…… 会話が弾んでいるのだろう、ナマエが後ろで手を組み、前屈みで歩く時は、ほら、下から見上げる様に顔を見て……返事を…… っ、クソッ! 人の気も知らねぇで…… 「あれ? リヴァイ……何見て……」 「……」 「ありゃ、ねぇ、どうなってんのさ?」 「てめぇにゃ関係ねぇだろうが。俺が知りてぇよ」 ハンジの話じゃ、俺とナマエが別れたらしい、という噂が流れ始めていると言うが、そんな話すらしてねぇ。 「まさか……」 「どうしたの?」 「アイツはそれを狙ってるのか?」 「え? 何の話よ……」 別れ話もしたくねぇから、だから、こうして噂が本物になれば良い……と、思っているんじゃねぇかと言えば、ハンジはそれは無いだろうと否定した。 「だが、実際どんなつもりでいるかなど、わかりもしねぇ」 「何で訊かないのさ?」 「……」 わざわざ、嫌な事を言われに行けと? あの日、エルヴィンはナマエを抱き締めてから、部屋に入れていた。そんな場面を見ちまったら、訊ける訳もねぇだろう? 問い詰める事すら、出来なかった。 「別れたくねぇから……かも知れねぇな」 ハンジが立ち去ってから、俺は答えた。 「んー、やっぱり美味しいもの食べると、元気出るわ」 「それは良かったな。それなら、また来るか。4日後は空いてるか?」 「何も予定なんて無いわよ」 エルヴィンは、小さな頃からずっとお兄さんな存在で、いつもこうして構ってくれる。 今回もエルヴィンが居なきゃ……こんな風に笑う事も出来なかったかも知れない。 でも、胸の奥には黒くて重たいものが沈んだまま…… 「ナマエ、お前の好きなケーキだぞ?」 「あ、本当、気付かないなんて……」 エルヴィンは私がどうしたいかなんて、気付いている。でも、何も訊いては来ない。だから私も、いつも話さない。けれど、心配してくれているのがわかるから、私は笑って見せる。 あれから、3日。やはり俺はナマエに声を掛ける事も出来ず、逆に冷たい態度をとっていた。 だが、ずっとこのままでいるのも、良くはねぇよな…… 夜になってやっと決心のついた俺は、久し振りにナマエの部屋のドアを叩いた。 「誰……?」 中から聞こえる声に、「俺だ……」とも言えず、黙っているとドアが少し開いた。 「リヴァイ……?」 「明日の夜は空いてるか?」 「明日は、予定が……」 「……わかった」 用件はそれだけだ……と、背中を向けるとドアの閉まる音がした。 引き留めては、くれねぇ……か。 数分、背中を向けたままではあったが、そこから動けずに居たが、俺は同じフロアの別なドアを叩いた。 「兵長? ど、どう……」 「すまねぇな、預かって貰ってたもんを、取りに来たんだが……」 「あ、どうぞ、今出しますから」 ドアを開けたままも変だなと、一歩中に入りドアを閉めたが、ドアに寄り掛かって待っていた。 「お待たせしました!」 盗まれちゃったら大変なので、隠しておいたんです! と、嬉しそうに渡してくれたのを見て、申し訳ない気持ちになった。 「折角協力してくれたのにな、無駄になるかも知れねぇな……」 「えっ?」 「いや、聞かなかった事にしてくれ。遅くに悪かったな」 礼はまた今度すると、急いで部屋を出た俺は、ナマエの部屋の前に戻った。 立ち去る足音がしない。 閉めたドアから離れられなくて、もう一度開けようかどうしようかと迷っていると、足音が遠くなった。 リヴァイ…… そっと開けて呼び止めようと思ったけれど、リヴァイはペトラの部屋のドアを叩いた。 私は……もう要らないのかな。 ドアを閉めて、座り込んだ。 どのくらいそうしていたかも、わからない。けれども、また、誰かがドアを叩いた。 「エルヴィン?」 助けを求める様な、そんな気持ちで呼んだけれど、そこに居たのはリヴァイだった。 「……悪かったな、俺で」 「ご、ごめ……」 「これを渡しに来ただけだ、要らねぇなら捨てろ」 出された物を受け取ると、リヴァイはすぐに背中を向けて立ち去ってしまった。 今更、何で……? それに、この包みは…… 1ヶ月前、ペトラと仲良く入って行ったジュエリーショップの包み、捨てても良いなんて、序でに何か別れるから可哀想だとでも思ったのかと思って、開ける気にもならなかった。 明日は、エルヴィンと過ごすつもりか? 別れたいとは言わなくても、夜ドアを叩くのが俺では無く、エルヴィンだと思う時点で、俺との関係はナマエの中では終わっているのだろう。 明日が終わったら、俺は……ナマエを諦めようと思った。 ナマエが誰と過ごすかなんて、知れている。休みを取ってあったが、朝のうちに食い物を買って来て部屋に籠った。 夜になり、窓の外のやたらと明るい月を見ながら揃いのカップを並べ、月を相手にひとりで話した。 「これはもう、使うヤツもいねぇのか?」 答える相手も居ねぇ…… 「俺は、何を間違ったんだろうか?」 月が……揺らいだ。 「別れたく……ねぇよ……」 「誰と?」 「そりゃ、お前……と……?」 振り向きたかった。だが、出来ねぇ理由があった。 「予定があったんだろう? こんな所に来てる場合じゃねぇだろうが」 「今日が、何の日か……」 「あぁ、忘れる訳がねぇだろう?」 「忘れて……たの」 椅子に凭れ、月を見上げたままの俺に、ナマエの腕が絡んだ。どこから聞いていたのかと、訊く事も、抱き締め返してやる事も、今の俺には出来なかった。 「リヴァイ……なっ……」 「言うな。月が……綺麗過ぎてな」 頬を刷り寄せたナマエの言葉を、慌てて手で塞いだ。 「誕生日、おめでとう」 何をどこから、話せば良いかわからねぇ。 コクンと頷いたナマエの首から下がる物が、俺の肩に乗っている。 「捨てなかったのか?」 「捨て……なくて良かった」 袖で顔を擦った俺は、ナマエを引っ張り膝に乗せた。 「月に、仕返しだ」 「……?」 「アイツは、俺を嘲笑っていやがったに違いねぇ……」 後ろ向きのナマエの首に食らい付き、服の上から胸を掴み、少しずつ脱がせた。 「あ……恥ずかし……」 「それがイイんだろうが……お預け食らった分、手加減しねぇからな」 「……ん」 小さく返したナマエを、月に見せる様に大きく開かせた。 「ほら、月から丸見えだ」 「や、見て……る?」 「あぁ、ナカまで照らされてる」 窓から月が逃げ出すまで、いつもよりも淫らに絡む俺達を見せてやった。 「……で、何がどうしてそんなにご機嫌なのさ?」 「いつもと変わらねぇ……」 「いや、それは……どう見ても、ねぇ?」 発端は俺にあった。 ペトラに頼んで、誕生日にやるペンダントのデザインを伝えてもらったのだが、店に行ったのを見られていた。 ショックを受けたナマエが、エルヴィンのところに行ったのを、今度は俺が見ちまった。 何故……互いにその一言が言えなかった。 「俺のもん持って歩いて何が悪い」 「ナマエ……それで良いわけ?」 「リヴァイがそうしたいなら……ね」 俺は、無駄にした時間の分も傍に居たい……と、ナマエを抱いて歩いた。 End [ *前 ]|[ 次# ] [ request ]|[ main ]|[ TOP ] |