調査兵団の専属獣医になって欲しいと、出した手紙の返事の通り、ナマエが俺の元に届いた。 再会を喜び、ナマエの感触を確かめ、そのまま部屋に連れ去ろうとしたのだが……契約に関する話などで、来て早々にナマエはエルヴィンとハンジに取られた。 「……それで、今夜はどうする予定なの?」 ナマエが着いたのは昼過ぎだったが、今はもう夕方になっていた。今から帰らせるなんて出来る時間じゃねぇ。 「あ、あの、この辺りに宿はありませんか?」 「あるけど、空いてるかな? それなら、此処に泊まれば良いんじゃない?」 「そうだな、部屋は余ってるから問題はない」 「……俺の部屋に泊める」 皆が揃って俺を見た。存在が忘れられているかと思うくらい、暫く口を開かなかったからか、言った言葉の内容なのか、驚いた顔をされた。 「そんな顔をするな、俺のベッドを貸してやると言っているだけだ。何も一緒に寝ようとは言ってねぇだろうが」 「うん、まあ、そこまでは考えてないけど、ナマエちゃんはどうなのかと思ってさ……」 「あ、あの……」 「ナマエは俺のだ、どこにもやらねぇ」 笑い転げたハンジと、真っ赤になったナマエ……そして、真顔で「好きにしろ」とエルヴィンは言った。 「話はもう良いか?」 「ああ、明日帰るなら、その前にさっき訊いた事の返事を貰えるかな?」 出張という形で月のうち数日を此処で過ごすか、此方に引っ越して来て、常駐して貰えるのかと訊いていた。 俺は常駐して貰うものとばかり思っていただけに、それには驚いた。 選ぶのは……ナマエだ。 「はい、明日お返事させていただきます」 やっと解放されたと、俺はナマエを連れて団長室を出た。 「一度執務室へ戻って、残りの仕事を片付けちまいてぇんだが……」 「はい、お仕事するリヴァイさんを見てみたいです」 すまねぇと言おうとして、返事に頷いた。 見て、楽しいもんでもねぇだろうがな。 「凄い……綺麗な部屋ですね」 「普通……だろ」 「そんな事無いですよ、きっと性格なんですね」 キョロキョロと見回して、落ち着かねぇのはきっと同じだろう。紅茶でも淹れるか……そう思った時、ナマエが言った。 「お父さんも、此処で働いていたんですね……」 「あぁ……」 「今度連れて行ってやるって、言ってたのに……やっぱり、"今度"と"お化け"は出ないんですね……」 「……?」 「心配だって言いながら、化けて出る事も無くて……」 出たら怖いだろうが…… そう思ったが、ナマエはそれでも、「もう一度会いたかった」と呟いた。 「ロルフは、未だ戦っているんだろう。お前や俺達を守る為に……な。だから、未だ帰れねぇんだろう」 必死に立ち向かって行った、大きな背中を思い出した。 「座っていろ、茶を淹れてくる」 恥ずかしい事を言っちまったと想う反面、どこかでそう思っていたい俺も居るのだろうと思った。 しかし、ナマエが親を失ったばかりだという事を、浮かれて忘れていた。此処へ来るという事は、嫌でも思い出すのだろうと、察する事すら出来ない己の浅はかさには腹が立った。 夕食は外で食わねぇかと誘ったが、ナマエは父親の思い出を集めていた。 「思ったよりも……少ないのですね」 食堂で皆と同じ物を食いたい……それを叶えてやったが、少し困った顔を見せた。 「あぁ、お前の家の……あの食事に比べたら、そう思うかも知れねぇな」 「そうですね……お父さん、いつも沢山食べていたので……」 「あぁ、ロルフは食うからな。たまに足りねぇと言って、外に食いに行ってたな」 「やっぱり……」 ナマエは、ふふっと笑いを溢した。 皆の視線が俺とナマエに集まっていたが、ナマエは気付いちゃいねぇ様で、その後は黙々と食べていた。 食後は馬の様子を見に行き、大人しく繋がれているでかい馬を誉めてやっていた。だが……たまたま空いていた俺の馬の隣で、満足しているそうだ。 俺の馬も、嬉しそうに見えちまった。 「そりゃ……良かったな」 何とも複雑な気分だったが、俺達は邪魔だと言わんばかりに鼻で押し遣られ、厩舎を後にした。 娘が男を連れてきた時、父親はこんな気分なのだろうか……? なぁ、ロルフよ…… 無意識に壁の方を向き、俺は胸の奥でそう問うた。 風呂も済ませ、寝るとなったらやはり、どちらがベッドを使うかで口論になりかけた。 「ベッドを貸してやると言っただろう?」 「でも……」 「どうした?」 俺の服をきゅっと掴んだナマエに、胸も鷲掴みにされた気分だった。 「リヴァイさんに……会いに来たのに、ひとりじゃ寂しいです」 隣の部屋で寝ると言ったからか、不安そうにするが、だからと言って一緒に寝る訳にも行かねぇだろうと考えていた。 「来て……ください」 「……?」 服を引っ張られてベッドに近付けば、嫌でも胸が騒ぎ出す。だが、ベッドに上がったナマエは、壁に寄り掛かり膝を抱えていた。 「隣に座って貰えませんか?」 「あぁ」 残念に思う下半身と、どこかホッとした想いの上半身に戸惑いつつも、俺もナマエの横に座った。 「家に居ても寂しくて、最近こうして寝る事が多いんです」 母親を亡くした時、ロルフがこうして隣に座っていてくれたのだという。ナマエを置いて仕事に行かなきゃならない事もあり、寂しい時はこうしていれば安心出来ると教わったそうだ。 「誰かにぎゅってされてる様な気持ちになるだろう? って、お父さんて見かけによらず可愛い事を言うな……って思ったんですけど、こうすると確かに……寂しく無かったんです」 「そうか、確かに落ち着く。俺もひとりだった頃は、よくこうして眠っていた」 それは、胎児の記憶なのではないか? そう書かれた本があったと、話してやった。 思い出す事は出来ない記憶だが、母親の腹の中というのは、どんな場所よりも安心出来る場所だったのだろう……と。 「そう……かも知れないですね」 「あぁ、ガキの頃は小さくなって隠れている格好だと思っていたが、こうしていると眠れる事もあった」 今にして思えば……安心出来たのかも知れねぇなと話していると、ナマエが少し遠慮がちに俺に寄り掛かって来た。 「こうして、寝ると良い。今はひとりじゃねぇからな……」 片足を伸ばし、ナマエを引き倒して俺の足を枕にさせた。俺はもう片方の膝に肘を着いて頭を乗せると、ナマエの手に手を重ねた。 だが、ナマエはその手を抱える様に、胸に当てた。 鼓動が……伝わってくる気がした。 「ロルフの代わりにゃならねぇだろうが……」 リヴァイさんはそう言ってくれたけれど、代わりじゃ困る。私は……リヴァイさんが好きだから。 「リヴァイさんは、リヴァイさんです。わ、私の好きな人です」 手紙には、『好きだ』と書いてあったけれど、まだ恋人という関係ではないと思う……と、その言葉は使えなかった。 「そうだな、親父の代わりじゃ……好きだと言えなくなっちまうな」 「そ、そんなの嫌です」 「なら、俺を……」 俺を……? 何だろう? 「お前の恋人にしてくれ」 「えっ?」 それは、イメージでは恋人になってくれとか、してやるとか……そういうものだと思っていた私は、驚いてしまった。 「無理にとは……言わねぇが」 自信無さそうな声に、思わず飛び起きた。 「してあげますから……」 「あぁ、宜しくな」 声とは反対に、少し意地悪そうに笑っているリヴァイさんを見て、「やられた」そんな言葉が浮かんだ。 「好きだ」 今度は優しく微笑んでいる様な顔で、そう言うと頬にキスをされた。 「ど……どうぞ」 ベッドにコロンと横になった私は、リヴァイさんに向かって両手を広げてそう言った。 「それは……」 「恋人になったら、その……すぐにそういう事をするものだと聞いたので」 「因みにお前、それは誰に聞いたんだ?」 「シリウスに……」 「シリウス……? あのでかい馬じゃねぇか」 額に手を当てて、大きく溜め息を吐いたリヴァイさんは、「俺達は馬じゃねぇぞ」と私の隣に転がった。 [ *前 ]|[ 次# ] [ request ]|[ main ]|[ TOP ] |