俺の為の美味いもの


「兵長、どうぞ」
「あぁ、おめでとう」
「ありがとうございます!」

最近結婚したばかりの兵士が、食堂で皆に小さな包みを配っていた。身内だけでひっそりと結婚式をしたのだそうで、そういった場合は、皆にはこうして菓子などを配る事がある。

「チョコレートだ!」

横に居たハンジが、嬉しそうに包みを開けて頬張ると、幸せそうな顔をした。

チョコレートか……

「ん? リヴァイどうかしたの? 要らないなら貰ってあげるよ」
「いや、思い出していただけだ。これはナマエに持って帰る」
「そうだね、美味しいよ。で、何を思い出していたのさ」
「あぁ……」

あれは確か、結婚して最初のバレンタインの時だったな……




「旦那様、申し訳ございません!」

執務室に飛び込んで来たハーラルトが、開口一番にそう言った。

「何事だ!」

普段冷静な執事の慌て振りに、俺はガタリと椅子を鳴らして立ち上がった。

「私共の不注意で、奥様が火傷をなさってしまいました」
「火傷?」

どの程度かと訊けば、指先が赤くなる程度だと言う。

それで……血相変えて報せに来たのか?

「ちゃんと冷やしてやってくれ」
「は、はいっ! それは勿論」
「……もしかして、俺がその程度で大騒ぎするとでも思ったか?」

ポカンと俺を見たハーラルトは、なんと答えて良いかわからない様で、目を泳がせた。

「どうせ、ナマエが料理をしてみたいだとか言って、皆を困らせた挙げ句にそんな事になったんだろう?」
「その通りでございます」
「そりゃ、お前達の責任じゃねぇ。ナマエの不注意だろうが」
「ですが……」

まぁ、取り敢えず座って落ち着けと言って、俺が紅茶を淹れに行けば、ハーラルトはソファーに座った。

だが、急に何故ナマエが料理など……そう思ったが、やってみたい事は皆に迷惑を掛けない程度ならば良いと言ってあった。それに、興味や好奇心を持つ事は決して悪い事じゃねぇ。

「それで、ナマエは何を作ろうとしたんだ?」
「それは内緒にして欲しいと……奥様に口止めされまして」
「……そうか」

何を作りたいのか、少し気にはなったが、帰れるのは明後日だ。俺には関係ねぇか……と、それ以上訊くのは止めた。

「まだ続けると言っていたか?」

その程度で諦めるとも思えねぇな。

「はい、旦那様の許可が出ればという事で、休んで頂いてます」
「面倒を掛けるが、やりたいと言うならやらせてやってくれ。ただ、まぁ……またこんな事にならねぇ様に、気を付けろと伝えてくれ」
「承知致しました」
「あぁ、それから……」
「はい、何でしょう」
「この程度の事で報せに来る必要はねぇ、医者にかかる程なら頼むが、俺が仕事にならなくなっちまう」

大した事じゃねぇが、気になっちまうだろう?

ハーラルトも察したのか、微笑んでいた。




翌日も俺は書類を書いていたが、午後は雑巾が足りねぇと言われて買いに出た。

冷たい風に首を竦めて歩いていたが、街は思ったよりも人が多く、普段よりも甘い匂いがしていた。

「雑巾と……洗剤も足りねぇな……あぁ、あとこれもくれ」
「いつもありがとうございます。1日早いですが、チョコレートどうぞ」
「……?」
「兵長さんは沢山貰うでしょうから、おばちゃんからは要らないかしらね」
「いや、そんな事はねぇ……」
「ただのサービスですよ」
「あ、あぁ……」

ぽん、と、手に乗せられたチョコレートを見て、もしかしたら……そんな期待が俺の中で膨らんだ。

バレンタインデーというやつか。

そういえば、女達が騒いでいたなと思い出し、本部に戻ればそこかしこから甘い匂いが漂っていた。




「お帰りなさいませ、旦那様」

出迎えた使用人達の中にナマエの姿を探したが、見当たらねぇ……

いつもならば真っ先に出て来てくれるのだが、珍しい事もあるもんだと思いながら執事とメイドを見れば、困った顔で俺を見ていた。

「これは、皆で好きに食ってくれ」

馬で持って来るのも大変な量だったが、他にやったりするよりは良いだろうと持ち帰ったチョコレートに、皆も困った顔をした。

「何があった?」
「それが……」

俺は部屋へ向かいながら、ナマエが部屋に閉じ籠っちまったと聞かされた。

「それで、原因は何なんだ?」

ソファーにドサリと身を投げ出し、大きく息を吐いてそう言えば、「それが……」と、執事は項垂れた。

「言いにくい事なのか?」
「旦那様なら、開けて下さるのでは無いかと思いますが……」
「ハッキリしねぇな、俺が直接訊いた方が良いって事か?」
「はい、私共から申し上げるべきでは無いと思いまして」

煮えきらねぇ態度も珍しいなと、俺はナマエの部屋へと向かった。

「ナマエ、帰ったぞ」

だが、返事もねぇ……

「開けねぇと蹴破るぞ!」

それでも、開ける気配はねぇ……

だが、ドアに鍵は掛かっておらず、すんなりと開いた。
ベッドがこんもりと"此処に居ます"と教えているが……近寄っても動かねぇ。よく見りゃ規則的に毛布が上下している。

「……寝ちまってるぞ」

戸口で待っていた執事に言えば、泣いていたのだと言った。

「暫く二人にしてくれ」

そう言えば、執事はドアを閉めて立ち去った。

「ナマエ……何があったんだ?」

泣き疲れて寝ちまうなんざ、よっぽどの事か?

だが、数日振りに帰ったのにこれじゃ、俺も面白くはねぇ。そっと捲って顔を見れば、目元が赤い。

「寝るにはまだ早いぞ……」

目元を指でなぞり、更に涙の跡をなぞると、身動ぎをした。

起きねぇなら……

俺は瞼にキスをして、頬や鼻、最後に唇に触れた。それでも寝ている事に腹が立って、鼻を摘まんでみたのだが……今度は口で息をしている。

面白い……なら、これでどうだ?

鼻を摘まんだまま、口も塞いでやれば……そりゃ幾ら何でも目を覚ますだろう。慌てたナマエの鼻だけ放してやって、そのまま深く口付けを楽しんだ。

「り……リヴァイ……様……」
「せっかく帰って来たのに、寝てんじゃねぇ」
「うっ……ひっ……」
「っ、オイ! 泣くな。意地悪して悪かった、なぁ、だから……」

大声で泣き出したナマエに、俺は成す術も無く……抱き締めて頭や背中を撫でていた。

時折、一生懸命作っただの、上手く出来なかったと言いながら泣いていた。そこから考えれば、泣いている理由は推測出来た。

……料理は出来なかったのだろう。

漸く落ち着いたかと思ったが、今度は俺を押し退けて部屋から走って出て行っちまった。

オイ……俺はどうすりゃ良いんだ?




どうしよう、どうしよう……逃げちゃった……

バレンタインデーというものを聞いて、私もと駄々をこねて作らせてもらったけれど、上手く出来なかった。

あれじゃリヴァイ様に渡せない……

部屋を飛び出した私は、どうして良いかわからず、厨房へ逃げ込んだ。

「これは……?」

そこで見つけたのは、綺麗に包まれた物が沢山。中にはカードの付いている物もあって、『兵長へ』『リヴァイ様』と書かれていた。

チョコレート……? こんなに……

その時、視界の隅にヨレヨレなラッピングと歪なリボンが見えた。

ああ、やっぱりこんな物……

掴んで、捨ててしまおうと思って振り上げた手は、下ろせなかった。

「何しやがる」
「えっ?」
「今、何をしようとした?」
「す、捨てようと……」

恐る恐るリヴァイ様のお顔を見れば、明らかに怒っているとわかった。
そのまま手を引かれ、リヴァイ様のお部屋に連れて行かれてしまった。

「これは何だ?」
「……」

チョコレート……

「お前が作った物じゃねぇのか?」
「……」

リヴァイ様にあげたかった……

「でも、上手く出来ませんでした」
「誰にやるつもりだったんだ?」
「リヴァイ……様に……」
「なら、失敗かどうかは俺が決める。俺のもん勝手に捨てるんじゃねぇ」

え……?

寄越せと手を出しているのを見て、掴んだせいで更に歪んでしまった物を……そっと乗せた。




一瞬呆けたが、ナマエの足に追い付けねぇ筈も無く、ナマエが厨房へ入ったのとほぼ同時に追い付いた。

「これは……?」

こりゃまずかったかと思って、どうするかと考えていると……ナマエが近くにあった包みを掴んで振り上げた。その下には屑籠が見えていた。

「何しやがる」

咄嗟に腕を掴んで止めさせた俺は、ナマエを部屋に連れ帰った。

勝手に捨てるなと言えば、出した手に乗せられたそれは……まぁ、お世辞にも綺麗とは言えねぇ状態だったが、可愛いもんだと思った。
少し引いただけでほどけちまったリボンも、「自分でやったのだろう?」と訊けば頷いた。

「美味そうだ」
「う、嘘です、そんな……」

やっぱりダメです……そう言うナマエの手を止め、小さなチョコレートを取り出した。
少し歪んで、それでもハートの形だろうというのはわかる。

俺は黙って口に入れた。コロコロと転がして、形を整えたそれを、ナマエの口へと移した。

「どうだ、ちゃんと形になっただろうが。わかったら、返せ」

ほら、早くしねぇと無くなっちまうだろうが……そう言えば、慌てたナマエが俺に顔を寄せた。
噛み砕いちまうのは勿体ねぇ……と、ゆっくりと味わいながら舐めて溶かした。

「上手く出来たな」
「リヴァイ様……」
「だが、ちょっと足りねぇなぁ……」
「あ、あの……それは……」
「お前も食ってやる」

俺は、チョコレートみてぇに蕩けたナマエを存分に味わった後、俺も味わえと溶け合った。




確かあの後、大量のチョコレートをナマエが勉強の為とか何とか言って……泣きながら食っていたと聞いたな。

「結局リヴァイはさ……ナマエちゃんが食べたかっただけなんじゃ……」
「なっ、んな事ねぇよ」
「あー、はいはい、ごちそうさま。甘過ぎて喉乾いちゃったよ……」
「てめぇが聞きてぇって言うから、話してやったんだろうが!」

まぁ、確かに……ナマエ程美味いもんはねぇがな。

昼休みの終わりを報せる鐘に、俺は立ち上がった。

さっさと終わらせて、美味いもん食いに帰るか……

End



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