後悔したならやり直せ 1
〜タイミングなんて言い訳だ〜


「オイ、今夜は来るのか?」
「あ、明日休みだね、行く」

会議が終わり、各々持ち場に戻る為に部屋を出て歩き出したところで、ナマエに声を掛けた。

付き合い始めて丸四年ともなると、会話もそれ程気を遣わねぇで済むが、やはりどこか物足りねぇと思う事もある。

「リヴァイ、悪いが書類を取りに寄ってくれないか?」

ナマエが行っちまうと、エルヴィンが俺を呼んだ。まぁ、どのみちやらなきゃならねぇんだから、問題はねぇ。

「今、一緒に行った方が早いな……」
「ああ、そうしてくれ」

団長室は、相変わらずの書類の山だ。その中からスッと俺に渡す書類だけを抜き取るのは、最早神業と言えよう。

「明日は休みだったな」
「あぁ、今日中に要るのか?」
「出来るならそうして欲しいが、頼めるか?」
「回りくどい言い方しねぇで、出せと言えば良い」

クッと笑えば、そうだなとエルヴィンも笑った。

「ところで、リヴァイはナマエとこの先どうするつもりなんだ?」
「あ? どうするもこうするもねぇ、今の関係がお互い良いんじゃねぇか?」
「リヴァイは結婚する気は無いって事か?」
「さあな、ナマエ次第じゃねぇか?」

エルヴィンには、色々と世話になっている。この話も毎度悪い意味で言ってる訳じゃねぇのは承知しているが、相手にその気がねぇもんを、どうする事も出来ねぇだろうが。

「後でまた来る」
「ああ、宜しく頼む」

団長室を出て執務室へ向かうと、通路の先でナマエとハンジが話しているのが見えた。

付き合い始めた頃ならば、駆け寄って来たんだがな……

そう思いながらも、俺は手前の角を曲がった。




「リヴァイは相変わらず、愛想が無いよねぇ……」
「まあ、元々そうだし、付き合い長いしね」

会議の後、何処か寄る所があったのか、リヴァイが執務室へ戻るのを見掛けたけれど、此方を見ても、そのまま曲がって行ってしまった。

以前は、こんな時には私が駆け寄って声を掛けていたのだけれど、私がやらなくなったからといって、声を掛けて来る訳もなく、さっきの会話で用件は済んでいるから、話す事も無いのだろう。

「ナマエは結婚しないの?」
「え?」
「これだけ付き合い長いならさ、そんな話になったりしないのかと思ってさ」
「したくない訳無いよ……でもさ、リヴァイが今のままで良いって言うなら、それもアリかも?」

ハンジにはそう言ったけれど、誰にも言ってない事がある。
付き合って一年、もう、三年も前にリヴァイからプロポーズだったと……あの時はわからなくて茶化して、断った事になってるだろうけど、プロポーズされていた。

それから暫く、リヴァイの態度がおかしくて、でも、別れるとは言われなかったから、私は普通に振る舞っていた。

また、して欲しい……

でも、そんな事は言ってして貰う物でも無いし、ましてや女からするものでもないと思うと、それも出来ない。

「何考えてんのさ、リヴァイみたいな顔になってるよ?」
「うそっ、やだぁ……」

眉間の辺りを撫でていると、「それ、口癖だよね」と笑われた。

ええ、それが……今を生み出したのよ。

あの時、照れたりなどしなければ、違う今があったんだろうな。




あぁ、そうか……

明日は休みだからと、昨日のうちに出来るだけ書類は終わらせておいたのかと、思い出して気が抜けた。

だが、持って来た物と、誰かが置いて行った物を片付けちまおうとペンを取った。

「結婚……かぁ」

暇になっちまった俺は、あの日の事を思い出した。三年前、俺はナマエにプロポーズしたんだ。



「ナマエ、結婚してくれねぇか」
「うそっ、やだぁ……」
「嘘……(じゃねぇ……)」

……しかも、嫌だと?

「もう、リヴァイったら……」



断るにしても、もう少し言い方ってもんが有るんじゃねぇか?

少なからずショックを受けていた俺は、次の言葉が見つからずに笑って躱されたのだ。

あの時の会話は、それだけだった。

今にして思えば、ムードもへったくれもねぇ、仕事の合間に言ったのが悪かったのか、本当に冗談としか思ってなかったんじゃねぇかとすら思うが……

「流石にもう、断られたら立ち直れねぇよなぁ?」

俺は分かりにくいとよく言われるが、ナマエはそんな俺を察して行動出来る。俺もナマエの考えを多少先回りして読む事が出来るだけに、今の関係で問題はねぇ。

断られたのは、他の奴と付き合いたいからかとも思ったが、遠ざけようとしても、ナマエは変わらず傍に居た。

結局、それっきりその話も出来ず、三年も経っちゃ……今更だろう。




書類を出しに行くと、憲兵団で預かっている貴族の娘を預かる事になったと、エルヴィンが言い出した。

「何で俺が、そんな奴の面倒見なきゃならねぇんだ」
「先方の希望でな、護衛にも丁度良いという話なんだ」
「期間は……」
「一週間が、限界だろうと……」
「あ? 意味がわからねぇ」
「憲兵団は、半月で音を上げたそうだ。かなりの我儘娘らしいぞ」
「俺にそれを任せる気か?」

やり方も任せるということで、渋々引き受ける事にした。まぁ、断るという選択肢は用意されてはいない事くらい、俺にもわかっちゃいるがな。

「三日もったら誉めてもらいてぇくらいだがな……」
「考えておこう」

明後日には来るという話だが、明日はナマエとゆっくり出来そうだと思えば、幾分か気持ちは凪いだ。

数日の辛抱だろう……




「ええっ? 何でリヴァイにそんな話が? 多分一番合わないんじゃない……?」
「あぁ、それは俺も言ったんだがな、先方の意向だ。だから、お前も協力してくれねぇか?」
「うん、それは構わないし、多分言われなくてもそうすると思う」
「あぁ、助かる」

リヴァイを指名してくるなんて、狙ってるとしか思えない。放っておける筈がない。

リヴァイ、独身だしね……

「それどころじゃ無くなっちまいそうだからな……」

ソファーに並んで座っていたけれど、リヴァイの膝に乗せられた。

「そう……かもね」

拭えない不安を隠す様に、私から顔を寄せた。

「積極的だな……」

口を離したリヴァイは、息の上がった私を見て、満足そうにペロリと下唇を舐めた。




ナマエの不安などわからねぇ俺は、久し振りにナマエと熱く長い夜を過ごした。

「起きたか?」
「ん、リヴァイは寝たの?」
「あぁ、お前のお陰でぐっすり寝られた」
「……し、知らない」

毛布で顔を隠すナマエに、口角が上がる。ナマエも鍛えているから、まず途中で寝ちまう事は無いが、昨夜は空が白む頃に蕩けた顔で寝ちまった。

「珍しく俺を置いて寝ちまったもんなぁ?」
「もぅ……意地悪言わないでよ」
「悪かった」

毛布ごと抱えると、顔を出す。

いつでも、こんな風に穏やかな朝を共に迎えたいと思うのは、俺だけなのだろうか?

「もう少し……こうして寝てたいな」
「あぁ、午後は街へ出るか」
「うん……」

明日からの事を考えると、ナマエと過ごす時間を少しでも長く楽しみたいと……抱えたまま転がった。




「何なんですの、この対応は! わたくしを誰だと思っているの!」
「あ? んな事知るか! 黙って座ってる事も出来ねぇ馬鹿だという事はわかったがな」

団長室で、このやり取りから始まった。

送って来た憲兵は「お気の毒に」と言って、厄介払いが出来たと急いで帰って行った。

面倒を押し付けやがって……

エルヴィンには一応それなりの対応をしていやがるが、俺にはと考えて口角が上がった。

俺を兵士長とは思ってねぇな……?

「なぁ、何でこんな女預かる事にしたんだ?」
「私が決めた訳じゃない、上からの命令だ」
「こ、こんな女とは失礼な! わたくしと同席出来るだけでも有り難いと思いなさい、一介の兵士の分際でこのわたくしを……」

やはり……な。

エルヴィンを見ると、笑いを堪えていた。

「それでは、リヴァイ……兵士長、あとは頼んだよ」
「あぁ、面倒だが仕方ねぇ」
「え……?」
「一介の兵士長で悪かったな」

驚きと困惑……なかなか面白い顔を見せたが、親父の力をもってすれば、俺など簡単にクビに出来ると豪語していた。




「ほら、着いたぞ」
「な、何ですの? この汚い部屋は……」
「さっきの部屋よりは綺麗な筈だがな、此処が俺の仕事場だ」

汚ねぇと言われてカチンと来たが、貴族の屋敷や憲兵団の建物よりは見劣りして当たり前だろうと、我慢してやった。

「仕事場に案内しろとは言ってないわ、わたくしの部屋は何処なの? 少し休みたいのよ」
「部屋は用意させているが、俺が仕事をしている間は此処に居ろ」
「はあ? 仕事なんてしてないで、接待するのが当たり前でしょう?」
「いちいち煩ぇガキだな」
「煩い……? ガキ……ですって?」

わなわなと唇を震わせ、両手を握って怒りを露にしている。そのまま走って出て行っちまっても、俺の知ったこっちゃねぇ。
その方が清々すると思っていたが、そのまま動かねぇ……

「帰りてぇなら勝手に帰れ、貴族や暇な憲兵と違って遊んでらんねぇんだよ」
「お、お父様に言いつけてやる!」

ドアまで小走りで行ったは良いが、ドアを開けて、そのまままた閉めた。

「どうせ、来た道もわからねぇんだろう? 大人しく座ってりゃ、茶ぐらい出してやるよ」
「し、仕方ないから、居て差し上げるだけですわ!」

口の減らねぇ……

「あぁそうかよ、頼んでねぇがな」

だが、その後暫くは黙って座っていた。俺は約束通り紅茶を淹れてやったが……不味いの何のと文句を言われ、「てめぇで出来ねぇくせに、甘ったれてんじゃねぇ!」と怒鳴ってやった。



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