広い…… 屋敷の庭を狭いと言った意味がわかるくらいに、見渡す限り全てが庭なのだ。屋敷の庭も、訓練場よりも広いんじゃねぇかと思うが、スケールが違う。 小一時間ほど進むと、遠くに見えていた森が、かなり近くなった。 「疲れねぇか?」 「大丈夫です」 少し休むかと訊いたが、ナマエは早く行きたいと笑った。 途中、小さな川があった。馬が軽く飛び越せるそれを、子供の頃は越えられずに引き返したのだと言っていた。 辛い事も悲しい事も、この時ばかりは忘れていられたのだろうか…… そう思いながらナマエの後に付いて走ると、森の外れまで来た。 「入らねぇのか?」 止まって森の奥をを見ているナマエに訊けば、また明日……と、森に沿って右へ進んだ。 「ひとりより、楽しいですね」 「あぁ、そうだろうな」 「馬なら、リヴァイ様と同じ速度で同じものが見れます」 「そうか……そうだな」 「はい」 以前、パーティー会場からナマエを早く遠ざけたくて、抱いて歩いた事がある。それ以来、ナマエは自分は歩くのが遅いと思っている様だ。 そのまま並んで馬を歩かせていると、道が見えた。 森を切り裂く様に割りながら続く道へと進めると、先の方に建物が見てえ来た。 「あそこが、森の離れです」 「結構遠いんだな……」 途中にも、小さな森が右手の方にあった。その奥にも建物があった様に見えて、きっとそこなのだろうと思っていたが、走り続けていた訳じゃねぇが、ここまで遠いとは思いもしなかった。 屋敷と変わらねぇ…… 正面のエントランスを避け、裏へと回り込むナマエに付いて行くと、反対側には湖があった。森に大きな穴を開けた様に開けた場所は、止まってうっとりと見ているのも頷ける程に綺麗だった。 「中に入れるのか?」 「鍵は掃除に来た者が、開けておいてくれたそうです」 「不用心だな……」 「この辺りに人は入って来ません……」 「……そうだな」 掃除はしてあると聞いたが……寝室は見ねぇとな。 馬を降り、ナマエに向かって手を伸ばすと、飛び付く様に腕に収まった。 出来るじゃねぇか…… いつもそうだと良いのだが、きっとこの解放感がそうさせたのだろう。 馬から降ろして貰うと、額にキスをしたリヴァイ様のお顔が変わった。 そのまま中へと入って行くと、キッチン、ダイニング、ベッドルームと回り、眉間の皺が深くなって行く事に……私は何も言えずに付いて回った。 「なってない……」 ポツリとそう仰って、何かを探している。 「お前は馬の世話をしていてくれ」 掃除用具を見つけたリヴァイ様は、頭と口元を布で覆って……見た事のないお姿でキッチンへ行ってしまった。 潔癖症…… テーブルの裏側まで指を滑らせてチェックしていたのを見て、私はお邪魔になるという事だと納得した。 「リヴァイ様はお忙しいみたいです」 2頭の馬を馬小屋へ連れて行って、世話をした。 「明日はもっと、色んなものを見に行きましょうね」 ブラシを掛けたりお水をあげたりしていると、リヴァイ様のお側に居られない寂しさが伝わってしまったのか、大きな目がじいっと私を見ていた。 「だ、大丈夫ですよ……」 ふふっと笑うと、2頭は揃って私に鼻を寄せた。 「まぁ、こんなもんだろう……」 一通り済ませ、道具を片付けようとした時、使用人達が建物の中へと入って来た。 「旦那様……そのお姿は……」 「気になるところを掃除していただけだ」 執事に訊かれて答えていると、侍女がキョロキョロと辺りを見回している。 「旦那様、奥様は……」 「……!」 俺は掃除用具を預け、馬小屋に走った。 掃除に夢中になっちまった…… 世話が終われば来ると思っていたが、きっと言われた通りそこで待っているのだろう。 馬小屋を覗くと、2頭とも此方に尻を向けている。 「何だ……?」 俺の方を見向きもしねぇ馬の見ている先を見れば、積まれた草の上で膝を抱えて眠るナマエが居た。 「見張っててくれたのか」 ポンポンと馬の背中を叩いて、ナマエを抱き上げて離れに戻った。余程疲れたのだろうか……ベッドに寝かせてもまだ、眠っていた。 ナマエを置いて厨房に行くと、夕食はまだ……と、困った顔をされたが、明日の昼は持って行ける物を朝食と一緒に用意してくれと頼むと、任せて下さいと笑顔で答えた。 「あぁ、旨いのを頼む」 明日の予定を執事と話し、夕食の前にナマエを起こすと、起こしてくれなかったと拗ねて見せた。 「あんな所で寝ちまうくらい疲れてたんだろうが……だが、そうやって思ってる事は言えば良い」 「リヴァイ様……」 「何だ?」 「大好き……です」 ぎゅっと首に抱き着かれ、抱き締めた。 「あぁ、俺もだ」 暫くそうしていると、ナマエの腹が鳴った。ほら、行くぞと手を引けば、恥ずかしそうにしながらも、俺の手を握っていた。 夕食の片付けと風呂の支度が終わると、皆は近くの建物へと去って行った。 「二人きりですね」 「あぁ、寂しいか?」 「そ、そんなこと……」 俺が居れば良いと笑うナマエを、担いで風呂に向かった。 飲み物も用意してあり、昼間の話や明日の話をしながら、のんびりと二人で浸かった。 「こ、このまま……ですか?」 「どうせ脱ぐんだ……それに、此処には誰も居ねぇだろう?」 拭いてやって……新しい服を持たせて抱き上げると、そのまま部屋に向かった。何とも言えねぇ解放感に、思わず笑っちまった。 こんな事はもう出来ねぇだろうと言いながら、ソファーをテラスに引っ張り出して並んで座った。 「……落ち着かねぇな」 「はい……」 顔を見合わせて笑い、顔を寄せた。 「こんなところで……」 「月しか見てねぇだろう?」 「でも、見られてます」 「すぐに気にならなくなる……」 明日の事を考えると、やはり無理はさせたくねぇ……だが、我慢もしたくねぇ。 ならば……と、俺はナマエを俺の上に座らせた。 自分で動いてみろと、無理は承知で言えば、ナマエは泣きそうな顔をするかと思えば、腰を浮かしたり揺すったりと……恥ずかしそうにしながらも、「気持ち良いですか?」と、頑張った。 くたりと寄りかかったナマエを抱き締めて、深く深く繋いだまま、目を閉じていた。 「そろそろ、終いにするか……」 物足りない顔のナマエを下から突き上げれば、森に響きそうな声で啼いた。それでも、まだだと奥に放てば、倒れ込んだ。 綺麗にしてやって、そのまま裸でベッドに転がった。 抱き締めて眠る……この幸福感は手放したくねぇな…… 温もりと柔らかさにゆっくりと息を吐きながら、目を閉じた。 「行くか!」 「はい!」 いつもよりも早く目覚めたナマエと、朝食を済ませて支度をした。装備を着けた俺は、私服だと様にならねぇなと思っていたが、ナマエが「格好いいです……」そう言ったのを聞いて、まぁ良いかと思った。 「昼食です」 「わあ、ありがとうございます」 「い、いえ、そんな……」 嬉しそうに受け取ったナマエを見て、作った奴も嬉しそうだった。 そこに居た者全員に見送られ、俺達は森の奥へと駆けた。 森と言っても、木々の間隔があり思った程暗くもない。 スピードを緩め、周りを見ながら散策した。 「リヴァイ様……何か居ます!」 「ありゃ……リスだな」 「可愛いですねぇ……」 連れて帰りたいと言ったが、そう簡単に捕まるもんじゃねぇ……見るだけで我慢だと言うと、そうですよねと微笑んだ。 「あ、あそこ……」 馬を止めたナマエが指差したのは、子熊だった。 「二匹で遊んでますね」 微笑んで見ているが……子熊が居るという事は……と、俺は辺りを警戒していた。 すると、子熊の向こう側にでかいのが出やがった。立ち上がり威嚇しているのだろう…… 「ナマエ、ゆっくりと下がれ……」 ブレードに手を掛けた。だが、抜く気にはなれなかった。 睨み合ったまま、距離をとっていく…… 襲い掛かっては来ねぇなと、迂回して先へ進んだ。 「こ、怖かった……」 「あぁ、だが、襲って来なくて良かった」 「そうですね、怖いですよね」 「いや、俺はお前を守る為に……子熊の母親を殺しちまう事になっただろう。だが、あの熊も子供を守りてぇだけだ。無駄な戦いは無くて良いだろう?」 「そ、そうですよね……」 ハンターなら、姿を見せた時には撃っていただろうとナマエは言ったが、目の前で母親を殺されてぇ奴は居ねぇだろう……例え、熊であってもな。 その先は、行った事が無いという場所まで行った。そのまま進むと、長い事手入れをしていないだろう、領地を示す塀に行き着いた。 「ボロボロ、ですね……」 「こんな所まで見に来ねえんだろう?」 「そうですね。作ってから誰も見ていないのかも知れませんね」 丁度昼だと、そこで持たせて貰った物を広げ、馬を休ませた。 「楽しかったか?」 「はい、とても」 夕方までには離れに戻り、そこから城へ戻れと言った。俺は今日中に本部に行くと伝えると、ナマエの顔が少し沈んだが、すぐに顔をあげて「はい」と答えた。 「城に泊まって、ゆっくりしていろ」 母親とは、誕生パーティー以来会っていないだろうと言えば、ナマエは俺に抱き着いた。 「ありがとうございます」 「俺が居ないと退屈だろう? ゆっくりと滞在させて貰えば良い」 「でも……」 「帰った時には、出迎えてくれ」 「はい、必ず」 俺達はまた馬に乗り、離れを目指した。 城にナマエだけ残す事も、執事に頼んであった。 寂しいと思うよりは、良いだろう…… 皆に見送られ、日が暮れないうちに……と、俺はひとりで城を出た。 まだ、調査にも出てねぇのに、早く帰りてぇと……思った。 End [ *前 ]|[ 次# ] [ request ]|[ main ]|[ TOP ] |