本部に着く頃には、すっかり日も暮れ、そろそろ夕食も終わろうかという時間だった。 途中で夕食を済ませるかと言ったエルヴィンに、リヴァイは首を横に振った。 「暫くまともに食ってねぇだろうから、食堂の奴等には悪いが、何か作って貰う方が良いだろう」 「ああ、その方が良いだろうな。それは私から頼んでおこう」 「あぁ、頼む……」 ナマエは、いつの間にか眠っていた。 どんな思いで過ごしていたのか、また、どんな事を言われたりやられたりしたのだろうか……と、リヴァイは少しだけ腕に力を込めた。 リヴァイの表情が歪むのを、エルヴィンは黙って見ていた。これで、リヴァイの捨て身の脆さが無くなるだろう……そう、期待を込めて。 本部に戻って3日は誰にも知らせず、ナマエの回復に当たった。 3日後には、ナマエの荷物と侍女がひとり来る事になっていた為、隠しおおせるものでもないとの判断からだった。 「起きられそうか?」 本部に着いた夜、なるべく胃に負担の無い物をと作ってもらった具の無いスープも、ナマエは吐き出した。 これはもう、食事は無理だと諦めて医師に相談した。栄養剤の点滴と注射で取り敢えずの回復を図り、食べ物はそれからという事になった。 「あと3日遅かったら、とても危険な状態でしたよ」 医者の言葉に、リヴァイもエルヴィンも表情が歪んだ。立つ事すら儘ならない状態だっただろうとも言われ、移動も辛かったに違いない。 「あの、私は……」 何の為に連れて来られたのか、ナマエは訊いた。何かの役に立つならば、寝ている場合では無いと言うのだ。 「今、お前がしなきゃいけねぇ事は、体を元に戻す事だ。その為に連れて来た」 「でも……」 「辛い思いをしたな……」 リヴァイが頭を撫でようとすると、ナマエは怯えた素振りを見せる。スッと手を引き、寝てろと言ってリヴァイは部屋を出た。 (俺を、怖がっている……?) リヴァイが部屋を出たあと、ナマエは混乱していた。 (リヴァイ様が心配して下さっている……? それなのに、私は一体……) どうして怖いと思ったのか、それは、やはりテレージアの言葉だった。 自分は嫌われていた……そう思うと、どうして良いかわからない。しかし、ナマエはリヴァイに言われた通り、目を閉じた。 ナマエの体が少しずつ力を取り戻し、普通に歩ける迄に回復した頃、兵団内は大騒ぎになった。 「兵長が婚約? うそっ!」 「嘘じゃないって……」 「あっ、見て! あの人かな?」 「……本当なんだ」 ナマエを支える様にして歩くリヴァイの姿を見る事が増え、それはとても目立ったが、文句などを言う者も無かった。 半年後の挙式まで、兵団で預かるという話も、皆の知るところとなったからだろう。 「気分はどうだ?」 「はい、とても良いです」 落ち着くかと、リヴァイはナマエを温室に連れて来た。 「お花が沢山……」 「気に入ったのがあれば、部屋に飾るか?」 「いえ、切ってしまうのは可哀想です」 「そうか……」 (どうすれば、お前はまた笑うんだろうな……) 小さく溜め息を吐いたリヴァイにナマエが気付き、更に小さな溜め息を溢した。 赤く染め、笑うと突っつきたくなるとリヴァイが思っていたその頬は、まだ、痩せたままだった。 ナマエが兵団に来てから、2ヶ月が過ぎた。昼間はどうしても侍女と過ごす事が多いが、夜はリヴァイと一緒にナマエは寝ていた。けれども、彼は何もしないで眠るだけで、ナマエの疑問と不安は大きくなるばかりだった。 リヴァイからは、門の外へさえ出なければ、好きに出歩いて良いという許可も出ていた。そこで、「困った事があったらいつでもおいで」と言ってくれたハンジのところへナマエは向かった。 「ハンジ……様、あの……」 控え目なノックにドアを開けたハンジは、もじもじと立っていたナマエを見て、鼻息を荒くしそうになるのを抑えて迎え入れた。 「よく来たね、どうかしたのかい?」 モブリットに一番良い紅茶をと頼み、ナマエを座らせたソファーの隣に陣取った彼女は、「元気になったね」と笑った。 紅茶を出したモブリットは、ハンジと無言の会話をして部屋を出た。 「さて、何があったのかな?」 他にはもう誰も居ないとハンジが促すと、カップを置いたナマエが顔を上げた。 「何も……無いんです」 「ん……?」 「毎晩一緒に寝て下さるのですが、その……」 「あ、そういう……何も、な訳ね」 「はい……」 恥ずかしそうに目を潤ませたナマエは、「これじゃ私は何の為に此処に居るのかもわからない」とハンジに溢した。 「貴女は、リヴァイが好き?」 「あ、あの……」 「別に誰も聞いちゃいないよ」 「婚約者がありながら、ずっとお慕いしておりました」 「うん、そりゃ良かった」 「え?」 それからハンジは、壁外調査から戻ってパーティーに行ったリヴァイの事を、少しだけ話して聞かせた。 「体調は勿論、沢山傷付いただろう心も、リヴァイは心配している。だから、しないんじゃ無くて、出来ないんだと思うよ」 「それは……」 「その先は、早く元通り元気になって……自分で訊いてごらん」 ナマエの心も、少しだけ元気を取り戻したのか、部屋に来た時よりも穏やかな顔になった気がする。ハンジも先程よりも穏やかな顔で、彼女を見ていた。 (このまま、ゆっくり知れば良い……) そんな気持ちで、ハンジはナマエを部屋から送り出した。 「随分食える様になったな」 「はい、お陰様で……」 更に2ヶ月が経った頃には、見た目もほぼ元に戻り、減らして貰ってはいるが、ナマエは普通に食事が出来る様になっていた。 (そろそろ、伝えても良いだろうか……?) 以前程では無いが、時々笑顔も見られる様になった。 リヴァイは、嫌われてはいないだろうとは思っていたが、ナマエが自分を好きかどうかはわからなかった。 (此処に居るのは、政略結婚だと……親の厄介払いだと思っているのだろうか?) 食事を終えた二人は、リヴァイの提案で温室を訪れていた。 「夜に咲くお花もあるのですね」 「あぁ、しかもな、この花は数年に一晩だけしか咲かねぇらしいぞ」 「綺麗ですね……」 花を見ながら、うっとりとした声でそう言ったナマエを、リヴァイは後ろからそっと抱き締めた。 「お前の方が……綺麗だ」 「あ、あの……」 「お前は、俺の嫁になるのは……嫌か?」 「私は……従うだけで、そんな……」 「もう、名前で呼んじゃくれねぇのか?」 リヴァイは知っていた。テレージアが、 ナマエに何と言ったかを…… きっとその事もあって、あれから一度も名前で呼べないのだろうと…… 「お前の声で、リヴァイと呼ばれるのが、俺は楽しみだったんだ」 (他の奴に嫁に行くとわかっていても、それでも俺は……) 「り……っ」 (リヴァイ様……) リヴァイが腕を少しだけ緩めると、ナマエが腕の中でもがいた。 (どうした……? 嫌、なのか?) リヴァイが腕から解放してやろうと緩めると、ナマエはリヴァイの方を向いたかと思ったら、今度はナマエの腕がリヴァイを捕らえた。 「りっ……」 必死で声を出そうとしているナマエだが、どうしても呼べず、代わりに涙が溢れ出した。驚いたリヴァイは再びナマエを抱き締め、そっと頬にキスをした。 「呼んで……くれるのか? 呼んでるのか?」 顔を歪めながら、ナマエは口を開くものの、音にならず……何度も頷いていた。 「ナマエ……」 リヴァイはナマエを抱き上げ、自室へ急いだ。 部屋へ入るなり、ナマエに「良いか……?」と、リヴァイは訊いた。 何の事だか一瞬わからない顔をしたナマエは、ベッドに置かれて理解した様だった。 「お前が欲しい……」 せつない声でナマエに囁いたリヴァイに、ナマエは両手を伸ばした。 覆い被さる様にしながら、リヴァイはゆっくりとその手に絡め取られ、揃って転がった。 そっと重ねた唇を離すと、ナマエは小さくリヴァイを呼んだ。それに答える様に、今度は深く深く……リヴァイは口付け、上手く言えない想いを伝える様に何度も角度を変え絡めた。 どうしようもない想いを、互いに抱いていた。 「ナマエ……」 服を全て脱がせ、脱ぎ去り、綺麗だ……と、リヴァイが繰り返し、ナマエの身体に口付けを落として行くと、ナマエがまた、リヴァイを呼んだ。 「どうした……?」 「早く……」 「あぁ……」 肌を合わせ、ゆっくりと擦り付けながら、リヴァイはナマエの中へ、奥へと潜り込んだ。 想いも身体も重なり、漏らす吐息すらも惜しむ様に口を塞ぎ、長い長い夜を過ごした。 それから、ナマエは笑顔を取り戻し、リヴァイと共に生きるのだと、清々しい顔でハンジに言った。 リヴァイは守る事を覚え、エルヴィンの思惑通り、更なる強さを手に入れた。 テレージアはといえば、ナマエの様に世間から隠され、全く話題にもならなくなったが、彼女を救い出す者は、待っても現れないだろう。 「ナマエ……もう一度、いや、何度でも、俺の名前を呼んでくれ」 「はい、リヴァイ様」 End [ *前 ]|[ 次# ] [ request ]|[ main ]|[ TOP ] |