大学を卒業して、今日は入社式だ。 真新しいスーツを着た奴等の波に流される様に建物へと入った。 俺は運が良かったのか、就職活動というものをしなくて済んだ。大学で新たなネットワーク展開の構想などの論文を幾つか書いたりしていて、それが企業の目に触れたらしい。数社からオファーを貰い、この会社に決めたのだ。 会場に入り、壇上で話し始めた男が、会社を決める切っ掛けとなった。 エルヴィン・スミス…… 俺は、彼を知っている。 高校に入った辺りから、時折俺は不思議な夢を見た。巨人と戦う兵士という役柄の俺は、あの男の部下だった。 現実には有り得ねぇ世界だったが、俺は彼を信頼していた。 何の躊躇いもなく、俺は此処に決めた。 出社は明日からだと言われ、解散となって外に出ると……見知った顔が見えた。 「あ、あれっ?」 「お前も此処に就職するのか?」 「そう……だけど、リヴァイ君も?」 「あぁ、奇遇だな」 ナマエ……こいつは高校の同級生だ。大学は別なところへ行ったから、それっきりだったが、俺は割と気に入っていたと思う。 だが、気の合う仲間といった付き合いだった。 「リヴァイ君なら、もっと大手に行くと思ったけど……」 確かに、この会社は設立からそんなに経っておらず、知名度も低い。 「だが、数年で化ける」 「へ、へぇ……私はラッキーだったかな。凄い所に入れちゃった?」 「あぁ、多分な」 「頑張らなくちゃ」 「先ずは回りを見てからにしろ、変に意気込んで空回りしても意味はねぇぞ」 「なるほど、さすが兵……っと、リヴァイ君だね」 「……?」 言いかけてやめた……様な? それが気になったが、ランチでもどうかと言われ、そんな時間かと頷いた。 入社式の後、誰か知り合いでもいないかなぁ……なんて、何となく吐き出されて来る人を見ていた。 まだ新しい……これからの会社という事で親は反対したけれど、事業拡大という採用枠の拡大で私は入れたのだろうと思う。 壇上に立ったエルヴィンを見た時は、驚いた。でも、彼が採用に手心を加えるとも思えないし、ましてや……記憶があるかも定かではない。 「あ、あれっ?」 「お前も此処に就職するのか?」 「そう……だけど、リヴァイ君も?」 「あぁ、奇遇だな」 リヴァイを見つけた。 嬉しくて飛び跳ねそうになったけれど、彼に過去の記憶は無い。高校で出会っていたけれど、全くその気配は無かった。 それでも会っちゃうなんて……運命なのかな。でも、残酷だよ。 『例えお前が忘れても、俺はお前を忘れねぇ! 何度生まれ変わろうと、お前を探し出す!』 『私も絶対に忘れない』 恋人……だった。 約束……した。 でも、リヴァイは忘れてしまった。 いけない、"兵長"って呼びそうになった。 「丁度良い時間だから……ランチでもどう?」 咄嗟に話題を切り替えた。 同じ会社とは言え、部署が違えばあまり会う事も無いだろうな……と、それはある意味ラッキーだと思いながら、近くに良い店は無いかと二人で探した。 入社式の出来事を忘れちまうくらいに、仕事はハードだった。昼に昼飯が食えねぇ状況が……終電に乗れねぇ様な日が……半年続いた。 「よし! プロジェクトは始動した!」 上司の言葉に、そこに居た奴等は机に突っ伏した。 半年掛かりで組み上げた……新たなシステムが稼働したのだ。だが、これからが本番だろう。すんなりと問題も無くというのは有り得ねぇ、必ず問題は発生する。 ふぅっと息を吐いた俺は、人の殆ど来ねぇ休憩所へ向かった。 作った場所が悪かったのか、人の流れの無い場所にあるからか、まず人に出くわさねぇ……穴場だったのだが……? 珍しいな、先客か…… 気配に気付いたのか、振り向いたのはナマエだった。 「リヴァイ……」 「あぁ、久し振りだな」 「あ、ごめん、呼び捨てにしちゃった……」 「もう学生でもねぇ、気にするな」 少し元気のねぇ面に、何かあったのかと訊けば、ナマエは困った様に笑った。 「仕事はね、覚えたし大丈夫なんだけど……人間関係がしんどいかなぁ」 「そうか」 「そっちはどう? 何か凄い事やってるって噂だけど」 「あぁ、まぁ……順調だ」 新人なのに凄いよね……と、ナマエは明るく振る舞ってはいたが、溜め息が多かった。 見ていて胸が苦しくなったが、俺にどうしてやれる事でもねぇなと、そろそろ戻ると言ったのを見送った。 それから何度か同じ場所で会ったが、仕事の話や近況報告をする程度で特に変わった話題も無かった。 だが、ある日……珍しく定時で上がった俺が外へ出ると、そこにはミケが居た。 初対面な筈だが、互いに見たまま動けずにいると、「わかるのか?」と、ミケが近寄った。 「匂いでも嗅ぐのか?」 「記憶があるのか……なら……」 何かを言いかけたところへ、ナマエが駆け寄った。 「お待たせ……って、あれ? 二人とも知り合い?」 「いや……」 「俺が車のキーを振り回してたら飛ばしちまって、拾って貰ったんだ」 指でくるくると回しながら、ミケがナマエに言うと、「そうだったのね……」と言ったナマエの顔は悲しそうにも見えた。 「じゃあ、お疲れ様……リヴァイ」 「あぁ……」 二人で去って行くのを見ながら、俺は言いかけた言葉は何だったのだろうかと……気になった。 「アイツに記憶は無いのか?」 「残念ながら……ね」 運転しながら、ミケは私に言った。 ミケさんは、バイト先の先輩だった。そのままその店の社員になり、先日遊びに行った時、デートに誘われたのだ。 「アイツは良いのか?」 「だって、覚えてないのに……どうしようも無いじゃない?」 「だが……」 私とリヴァイの関係を知っているからか、困った様子のミケさんはそう言ったけれど、高校の時に出会ったけど覚えていなかった……今も変わらないと言えば、黙ってしまった。 一緒に食事をして、家の近くまで送ってもらった。 「俺もお前が好きだった……だから、誘ったんだ」 そう言ってから、小さく「また好きになった」と顔を近づけられ、私は咄嗟に押し戻してしまった。 「ご、ごめんなさい……あの、そんなつもりじゃ……」 フッと笑ったミケさんが、私を見た。 「出会ってなければ、チャンスはあっただろうがな、記憶があるとか無いとかじゃ無いだろう?」 「……」 「お前は、俺を好きにはならないだろう……」 そう言われて気付いた。私は……記憶が無いリヴァイにも恋をしていたのだと。だから余計に、覚えていない事が悲しくて悔しくて見ない振りをしていたのかも知れない。 「好きに、なれたらと思ったの。でも、そんなの失礼だったよね」 「俺はそれでも構わなかったが、嘘は御免だからな」 ポンポンと……いつかもそうやって頭を叩いていてくれた。それは、いつだったのか…… 「また、俺はこんな役回りなんだろうな。まあ、話くらいはいつでも聞いてやるから、また遊びに来いよ」 「ミケさん……」 ありがとうとごめんなさいと言えば、またなと車は走り去った。 見えなくなるまで見送ってから、とぼとぼと歩いた。 部屋に戻った俺は、仲良さそうに歩いて行ったナマエとミケを思い出していた。 ナマエに恋人が居るなんて、考えた事すら無かった事にバカかと笑い、その相手がミケである事に……なぜか腹が立った。 「俺は……」 高校の頃、ナマエ以外の女を近くに寄らせなかった。それは単に他の女が気に入らなかっただけだと思っていたが、もしかしたら、好きだったのかも知れないと思った。 だが、ナマエは俺を見ている様で、いつも遠くを見ている様な気がしていた。 再会しても、俺の後ろに誰か居るのかと振り返りたくなる程に……ナマエの目は俺をすり抜けて行った。 気付かなければ良かったと……思った。 それなら、告白でも何でも出来たかも知れねぇが、駄目だとわかっていて出来る程、俺は馬鹿にもなれねぇ。 時には、馬鹿になれる奴の方が……敢えて道化になれる奴の方が俺は立派だと思うが、なれねぇ俺は……黙っているしか出来ねぇ。 ゴロリと寝返りを打ったところで、状況が反転する訳もねぇがと鼻で笑った。 [ *前 ]|[ 次# ] [ request ]|[ main ]|[ TOP ] |