ある日突然、俺は思い出した。 これは本当に俺の記憶なのだろうかと思う程に……壮絶な世界で、映画の中に入り込んじまったと言われた方が、まだ信じられそうな気がした。 巨人が人を食う……そして、俺の恋人も……奴等に殺された。 『ナマエ……』 過去の俺が、愛しそうにに呼んだ名前。そこから全てを思い出したんだ。 「オイ、こりゃ……お前の時より厄介だぞ?」 壁に囲まれた狭い世界、そこで探すのももちろん大変だっただろうが……規模が違いすぎるだろう……? 落胆しかけた俺だったが、ひとつ、救いとも言える情報があった。 『姿形は変わらないみたいよ』 ナマエは確か……そう言った。 俺とナマエは、いつからかはわからねぇが、転生する度に出会っているのだという。先に死んだ方は記憶を失い、残された方は記憶を持って生まれ変わるのだという。 前世……など、普通に考えて有り得ねぇ。しかも、そこは地球じゃねぇとでもいうのか? 気になって調べたが、過去に巨人が居たという記録は何処にも無かった。 「本当に、お前は居るのか?」 約束した。ナマエが「またね」と言って目を閉じた、あの時の事も覚えている。 俺は何としても探し出す、それだけだ。 それから1年、俺は色々と手を使って探した。 日本に生まれたが、何故か名前も昔と同じであるという事から、ナマエも名前は変わっていないと思った。 だが、そこで俺は……見落としている事があると気付いた。 これだけ探して居ねぇとなると、やはり…… そう、俺はナマエと離れてから、30年経ってから病気で死んだ。ということはだ、あれか? そのくらい歳上まで範囲を広げるべき……なのか? 漠然と、今の俺の年齢から考えて、恋人となりそうな年齢に絞って探していた。 まさか、まだ赤ん坊とか言わねぇよな? ……やり直しだ。 途方もない事だな……と、大きく溜め息を吐いたが、それでも、諦めるという選択肢は無かった。 「来週から支社の方へ行ってくれないか?」 そんな時、業績不振な支社をどうにかしてこいという辞令を出された。 断る理由も無く、そこでもまた探せる……と、俺はそこへ向かった。 「……という事で、業績アップの為に来てくれた本社のエリートだ。居る間に色々教わろう」 「別にエリート等と思ってない。そういのは好きじゃない……」 「それは失礼した。よろしく頼むよ」 支社長に紹介された俺は、何か言えという顔をされ、皆の方を見た。大半は俺より歳上で、きっといい顔はしてないだろう。何を言っても良くは聞こえないんだろうと思ったが、口を開こうとした時、彼等の背後のドアが開いた。 「すみません、遅くなりました!」 息を切らせ、駆け込んできた……その姿に、俺は声も出なかった。 ナマエだ……! 探しても見つから無かったが、自分から俺の胸に飛び込んで来たのかと思った。 「……か、カッコイイ! 新人さん?」 「ば、バカ……ナマエっ」 近くに居た同僚を揺さぶりながら、興奮気味に訊いている。目はしっかりと俺を見ていたが…… 「聞こえてるぞ、彼は今日からお前の上司だ。それで、今日は何で遅れたんだ? 昨日は電車の遅延だったが……」 「目覚ましを掛け忘れ、スマホは充電が切れてまして……」 同僚を盾にして、隠れた姿に笑いそうになったが、そこは我慢した。 「支社長、いつもなのか?」 「ああ、恥ずかしながら……」 「そうか、なら、まずそいつから躾よう」 「それは有難い」 「許可が出た。お前は今日から俺の補佐をしろ」 キョトンとしたまま、私ですか? と、自分を指差したナマエを、周りの者が押し出す様にして、俺の前に来た。 「躾甲斐がありそうだな」 「よ、宜しくお願いします」 皆の手前もある、ナマエとも初対面だ。高鳴る胸も抱き締めたい衝動も……全て隠し、無表情を装った俺はナマエを見ていた。 個室を与えられた俺は、早速ナマエに荷物を持って来いと指示をした。 「先ずは何をしましょう?」 自分の道具を片付け終えたナマエが、社内を案内しますか? それとも、近所の美味しい店でも……と、落ち着かない様子で言っているが、そんな事よりも…… 「決まっている、掃除だ!」 「へっ?」 それから半日は掃除に費やした。 「……まあまあだな」 「つ、次は……」 「飯だな」 疲れきった顔を少し綻ばせたのを見て、俺はホッとした。 こういう事は得意ではない…… 「ほら、さっさとしねぇと置いて行くぞ」 「案内するの私ですよ?」 「来なきゃ適当に食う」 「……さあ、行きましょう!」 並んで歩く事も、話しながら歩くのも、懐かしいとさえ思う。 「なぁ、お前は付き合っている奴は居るのか?」 「いきなり直球ですね……」 「すまねぇ、回りくどいのは苦手だ」 「残念ながら、誰も。なんかそういう気にならなくて」 「そうか」 「部長はどうなんですか? モテそうですよね」 俺は間抜けな顔になったのだろう、ナマエにそんな事を言われるとは思ってもみなかった。覚えていないのだから当たり前なのだが、それでも、少しショックを受けちまった。 「興味が無かった」 記憶は無くとも、約束を守っていたのか……それとも、そう仕組まれているのか、俺は誰にもそういう感情を持たなかった。 「勿体無い……」 だから、お前が言うな。 そうか? と、俺はクッと笑った。 「ここ、美味しいんです」 連れられて入った店は、洋食の店で色々あるメニューの中から、俺はビーフシチューと小さめのステーキがセットになっている物を選んだ。 注文のあと、店員がライスかパンかと訊いたのだが…… 「「パンで」」 ほぼ、同時だった。 「珍しいですね……」 「お前こそ……」 和食なら、普通に米も食うが、洋食には必ずパンを頼んでいた。勿論、周りの奴等は不思議そうにしていたが、今思えば記憶に無い記憶だったのだろうとわかる。 「洋食は、パンじゃないと嫌なんですよ……」 「あぁ、そうだろうな。俺もだ」 「……?」 まずかったかと思いながら、話題を変えた。 食い方も、細かい仕草も……記憶の姿と重なる。前回、ナマエもこんな風にもどかしく思って俺に接していたのだろうかと思うと、これはこれで楽しくも思えた。 午後は社内の案内を頼み、その後は資料に目を通すだけで終わった。 「今日は終わりにするか……」 「はい」 黙々と読んでいきながら、気になる箇所に付箋を付け、ナマエにはその部分の抜き出しを頼んでいたが、終業時間を過ぎても文句ひとつ言わずにやっていた。 「付き合わせちまったな……」 「どうせ、暇ですから」 「そうか……俺もだ」 家はどの辺りかと訊けば、駅が同じだった。昼はきちんと個々に払ったので、夜は俺が出してやると言って、駅前で軽く飲みながら食った。 「ご馳走様でした」 「あぁ、ちゃんと確認してから寝ろよ? 明日は遅れるな」 「はい」 それでは……と、ナマエが歩き出したのは、俺が行きたい方向だ。 「あれ? 部長?」 「俺もこっちなんだ……一人で歩くよりは良いだろう?」 「はい」 近くなら送ってやっても良いかと思いながら歩いていると、俺が引っ越してきた建物の前に着いた。そのまま入ろうとするのを見て、ここかと訊けば、はいと答えた。 「そうか……」 俺も入ろうとすると、ナマエも驚いていた。 「俺も此処だ」 「3日前に越して来た……」 「あぁ、そうだ」 「凄い偶然ですね……」 本社に戻るまでの仮住まいとして、会社が見つけてくれた物件で、俺が選んだ訳じゃねぇ。だが、これも全ては運命なのかと……らしくねぇ事を考えた。 ナマエの部屋は3階で、俺は4階……ポストの位置からして、俺の部屋の下になる。 「遅刻する心配は無くなったな」 「えっ?」 「毎朝俺が迎えに行ってやろう」 ニヤリと笑えば、小さく悲鳴を上げたナマエが、エレベーターのボタンを押した。狭いエレベーターの中で、密室だなと考えるが、すぐに扉が開いてナマエが降りた。 「お疲れ様でした。おやすみなさい」 「あぁ、明日は7時半には出られる様にしておけ」 手で押さえていたドアを離し、此方を向いたままのナマエが見えなくなるまで見ていた。 会えたな……本当に、会えたんだな…… すぐにまた開いたドアから出た俺は、通路から空を見た。 偶然ってあるんだな…… まさか、同じ建物に住んでいるとは思わなかった。 ベッドに転がって考えていたけれど、もうひとつ気付いた。 こ、この上で……寝てるよね? 古いマンションの間取りなんて、そうそう変わらない。となれば、寝室も同じだろうと思うと、変にドキドキしてなかなか眠れなかった。 今日初めて会ったばかりなのに、不思議な人だと思った。好みが合うのもそうだけど、何だろう? とても優しい顔をして見られている気がした。 「寝坊したらまずい……」 目覚まし時計をセットして、スマホも充電して、明日の服まで用意した。 おやすみなさい…… 天井を見ながらそう言って、私は目を閉じた。 翌日からナマエと共に出社して、仕事中も帰りも一緒という……それなりに幸せな生活をしていたのだが、1ヶ月経っても進展させる事が出来ないでいた。 何と言えば良いんだ…… 毎朝、毎晩、考えるのはそればかりで、やはり俺には向いてねぇと項垂れた。 今日は休日だったが、ナマエには会えない。単なる上司と部下ではデートすら出来ねぇ…… 不機嫌になった俺は、ソファーにドカッと倒れ込み、床に落ちた手で床を撫でた。 お前は……何をしてる? ここ数日、ナマエが時々不思議そうに俺を見たり、何か言いたそうな顔をしていた。覚えてはいなくとも、意識し始めたのかと、嬉しく思っていた。 何の気なしにスマホを取ると……メールが届いた。 『聞いて貰いたい事があるのですが、お時間ありますか』 それは、ナマエからだった。 『何も予定はない。部屋に来るか? 外に出るか?』 急いでそう返した。 『お部屋に伺います』 その返事を見て、酷く緊張した。 顔を洗って気持ちを落ち着けようとしたが、立ち上がったと同時にチャイムが鳴った。 「お休みの日にすみません……」 そう言って俯いたナマエを部屋に通し、待ってろと紅茶を淹れた。 最後にジャムをひと匙垂らして、ゆっくりとかき混ぜた。 「部長、これ……?」 「好きそうだと思ってな……」 「はい、好きです」 少し気持ちが和んだのか、ゆっくりと飲みながらナマエは話し始めた。 昔から繰り返し見る夢を、最近毎晩見るようになって、必ず最後は同じ場面なのだという。そしてそれは……前世での、別れの場面だった。 「そこで、見ている相手は逆光なのかシルエットで顔はわからないんだけと、部長に似てるなって思って……それで、おかしいかも知れないけれど、凄く聞いてもらいたくて……」 「そうか……そんな夢を見ていたのか。その時、お前は何と言ったかわかるか?」 「たしか、『今ね、空をまるごと抱き締めていたの。ついでに……もね』って」 名前も言った筈だけど、どうしてもそれは思い出せないと言った。 「それは、『今ね、空をまるごと抱き締めていたの。ついでにリヴァイもね』と言ったんだ」 「えっ? まさか?」 「それに俺はこう答えただろう?『妬けるな。俺だけで良いだろうが』そうしたら、お前は『空にまで妬くなんて……』と、困った顔をした。そうだろう?」 「えっ? 何で知って……?」 ポロポロと涙を溢しているが、それにも驚いているナマエをそっと抱き締めた。 「ずっと、探していたんだ……」 落ち着くまでそっと抱えていた。そのあと、ゆっくりと記憶を辿り伝えていくと、ナマエもいくつも覚えている事があった。 「思い……出した。またね……って言ったら、またな……って言ってくれたの」 「あぁ、そうだ。待たせたな」 「リヴァイ……」 不思議なことに、今回はナマエも記憶を取り戻した。それが何を意味するのかは、俺にもわからねぇ。もしかしたら、もう次はねぇんだろうとも思ったが、そんな事はどうでも良かった。 今までは、どちらかが短命だったのだろう。 今度は……きっと今までに無いくらい、長く共に居られる。そんな気がした。 俺達はきっと、こんな時を……こんな場所を……探す旅をしていたのかも知れねぇな。 探して見つけて恋をして……愛する者を失った。 もう、失いたくは無い。だが、いつか来るであろうその時は、一緒に目を閉じたい。 これ以上無いと言える程の、幸せな一生を抱いて…… End [ *前 ]|[ 次# ] [ request ]|[ main ]|[ TOP ] |