瞳の奥に映す想い


対人格闘……巨人と戦う為の訓練で、何故必要なのか疑問だが、身体能力を上げるには良い。

「次は誰だ……?」

見てるだけというのが多いが、時折こうして俺も相手をする。だが、俺の為になる事はねぇ。それでも、体を動かす事は必要だ。

「……なってねぇな、お前は足が動いてねぇ。突っ立ったままで倒せる相手はまず居ねぇぞ」
「はい! ありがとうございました!」

男ばかり、まぁ当たり前だろう。そう思った時、視界の端でひとりの女が俺を見ていた。

「次はお前か?」
「えっ? は、はいっ!」

辺りを女が見回すと、もう誰も残っちゃ居なかった。他は皆それぞれに組んでやっている。

「女は珍しいな……だが、甘くはねぇぞ」




キリっとした目元に、甘さの無い切れのある言葉……そしてあの動き。
対人格闘の時が一番近くで見られる……私にとっては至福の時間だった。

あぁ……兵長カッコいい……

「次はお前か?」
「えっ? は、はいっ!」

え? ちょっと待って? 何で誰もいないわけ?

キョロキョロと見回しても、もう他に誰も残っては居なかった。

『ツギハオマエカ?』

反芻してみても、言葉の意味は変わらない。しかも、咄嗟に「はい」と答えた自分の馬鹿さ加減に呆れても、後の祭りだった。

「始めるぞ、お前から来い」

ゾクゾクする声が間近に聞こえ、これがベッドの上なら……と、妄想している場合でも無い。絶体絶命とも言える場面である。

「はいっ!」

返事は及第点だろう……でも、果敢にも向かって行った私ではあるけれど、兵長の服にすら触れる事も出来ずに、片足で踏まれた。

「やる気あんのか? てめぇ……」
「す、すみませんっ! まだ出来ます!」

あ、何言っちゃってんの? 私……

「当たり前だ、今度は俺から行く」

立ち上がり、服を払おうとした時、兵長の足が上がった。たまたまズボンの裾を払おうと屈んだ真上を足が通った。

ヒッ……?

今……ヒュンって音がしましたよね?

「ほぅ、避けるとはな」

いやいや、避けてないですから……

次に来た足は、避けようとしてよろけた動きが手伝って、また、躱してしまった。兵長が驚いた様な顔をした直後、腹部に強烈な衝撃と痛みを感じた。

あ……見えてもいなかったです、兵長……

後ろに吹っ飛ばされ、空は青いなとか思いながら、私の意識は何処かに飛んで行った。




「オイ、起きろ……」

続けて攻撃を躱した女に、これも躱せるか? と、つい攻撃を仕掛けちまったが、全く避ける事も受け身を取る事もしなかった女を、吹っ飛ばしちまった。

……どう見ても、気絶しちまっている。

誰かに救護室へ運ばせようと思ったが、生憎近くに居なかった。

「時間になったら上がれ!」

仕方なく叫んで、足元を見たが……目を覚ます気配もねぇ。

面倒だ……

男なら蹴飛ばして起こしてやるところだが、女はそうは行かねぇか。

仕方ねぇ……

そう思ったが、思ったよりも力が入っちまったという罪悪感からだろうか? 俺は抱き上げて歩いた。

「リヴァイ、ナマエどうしたの?」
「ナマエ……?」
「そう、今運んでるの、うちのナマエだけど……?」

ハンジに言われ、女を見た。

「対人格闘で俺に挑んで来たんだが……」
「結果がこれか、この娘苦手な筈なのにな……」
「……苦手なのか」
「頭でも蹴っちゃった?」
「いや、頭は躱しやがった」
「ん?」
「連続で躱しやがったから、腹狙ったんだが、避ける事もしねぇから、こうなった」
「腹か、女の子だぞ?」
「……?」

そのまま救護室に着いて来たハンジに、女の腹は大事なんだと説教された。

……悪い事をしちまったと思った。

救護室に運ぶと、ハンジが後は任せろと言って帰された。居ても仕方ねぇだろうと、俺は執務室に戻ったが、心配になった。

手には、腹の感触が残っている。抵抗の無かった腹は……思った以上に柔らかかった。




それから2日、俺は気になっていた。だが、ナマエを見掛けなかった。

「オイ、あいつは大丈夫だったのか?」
「え?」
「ナマエと言ったか?」

俺は書類を持っていくという口実を作り、ハンジのところへ行った。

「ああ、大丈夫だろうけど、休ませてる。内臓に損傷は無さそうだって、医者も言ってたし」
「そうか、じゃあな」

……大丈夫と言うなら、良いだろう。

翌日は食堂に姿を現した。

もう、良いのか?

俺は気になったのもあってか、暫くナマエを見ていた。




お腹は大事だからね……と、ハンジ分隊長に休みを頂いて、のんびりと過ごした。

まさか、お腹に痣が出来るとは……

兵長どれだけ力あるんですか? と、思い出していると、兵長と目が合った気がした。

睨まれている。これは間違いなく睨まれている。出来の悪い兵士に腹が立ったのかな……

嫌な汗が出そうな、蛇に睨まれたカエルな気分で、食事もそこそこに食堂を出た。

見てるのは良いけれど、見られるのはダメだ……

間違ってもお付き合いなど出来ないとわかっているから、見ていられるのだ。

心臓に悪い……

気絶した私を運んだのは、兵長だと聞かされたけれど、お礼も言えなかった。足蹴にされて、適当に運ばせたのだろうと思ったのは間違いだった。
でも、意識が無くて良かったとも思った。もし、意識があったら……その事で気絶しそうな気がした。

中庭のベンチで、思い出しながらお腹を撫でた。

兵長が……うふふ。

変態じゃないと思うけど、思い出……なんて思って、変な笑いを隠す様に俯いていた。




食堂から出ると、中庭にナマエの姿が見えた。

腹を押さえて、俯いている。

まだ……痛むのか?

だが、近寄ろうとして、エルヴィンが呼んでいると伝えられ、俺は後ろ髪を引かれながらも、団長室に向かった。

その後も何度か見掛けたが、様子はおかしくは無い様だった。

立体機動の訓練で、ナマエを追い越した。一瞬振り返って見ると目が合った。俺は枝に乗ったが、ナマエは木にぶつかって落ちた。

オイ……そりゃ、俺のせいか?

「生きてるか?」
「はい、すみません……」
「余所見出来る程上手くはねぇ様だが、何してやがる」
「すみません、置いて行って下さい。ご迷惑をお掛けしました」

俯いちまったナマエを残し、俺は跳んだ。

人を探し、ハンジに伝言を頼んですぐに取って返したが、ナマエはそこには居なかった。

ひとりで戻ったのか?

そのまま本部の方へ少し戻ると、よろよろと木に掴まりながら進む姿を見つけた。
だが、何かがおかしい……?

後ろに降り立つと驚いて振り向いたが、顔色が悪い……しかも、片手は腹を押さえている。

まさか、あの時のせいか?

後ろから見た違和感……よく見ると、ズボンを血が染めている……

「オイ、救護室に行くぞ」

ゆっくりと抱き上げ、跳ぶのは良くないだろうと、俺は出来るだけ急いで歩いた。

「兵長、大丈夫ですから……」

辛そうな顔で言われ、下ろしてやる訳にも行かねぇ。これは、どちらだろうか。健康である証拠なのか、将又、異常があっての事なのか。

俺のせいで……ナマエにもしもの事があったら……俺は……

「下ろしてやるつもりはねぇ、黙ってろ」

なるべく揺らさねぇ様にと、確りと抱え直して運んだ。

「ちゃんと診て貰え」
「はい、ありがとうございました」

ナマエを救護室に入れ、俺は自室に戻った。
翌日こっそりとハンジに訊いたが、ナマエの出血は健康だからだとわかり、俺は胸を撫で下ろした。




それから数日、俺はまた、対人格闘の指導をしていた。

「お前はもう、3度死んでる」

模擬のナイフを首筋に当て、そう言うと……男はガックリと膝を着いた。

「兵長は、何でそんなに強いんですか?」
「死にたくは無かったからだ……」
「……」

冷ややかに見下ろした俺の目は、過去を見ていた。

「お前等は、そうじゃねぇ……」
「はい」
「だが、ヤツラを前にした時、思うだろう? 死にたくねぇ、と……」

それと同じだと言えば、頷いた。だから、訓練とはいえど、それを思い出せと教えた。

「次は……もう居ねぇのか?」

目だけで辺りを見れば、視界の隅にはナマエの姿があった。だが、俺はそっと視界から外した。

苦手だと、言ってたよな……

手加減して相手をするのは、得意じゃねぇ。それに、あれ以来近付きもしねぇのは、俺に対する恐怖だろうと思った。

まぁ、あんな目に遭わされちゃ……誰だってそうだろう。




兵長……今日も素敵です……

何度も迷惑を掛けてしまった私は、以前よりも少し離れて見ていた。また迷惑を掛ける訳には行かない……そう思った。

兵士を見下ろす目は、鋭い。でも、憂いを孕む様なその目は綺麗だと思う。

「ナマエ、兵長ばっか見てないで……やろうよ?」
「あ、ごめん」

見てるだけなら、傷付かない。期待するから裏切られるのはわかっている。

訓練が終わり、通路で立ち止まって同期の娘と話していた。

「最近、あんまり兵長の話しないよね……」
「そうかな?」
「前は毎日キャーキャー言ってたよ……?」
「そ、そこまで?」
「うん、言ってた」

アハハと笑ったのを見て、私も笑った。

「迷惑を掛けちゃって……申し訳ないな……って思ったら、そっと見てるだけが良いかなって感じ?」
「……」
「どうかしたの?」
「な、何でもないよ。でもさ、兵長が好き……でしょう?」
「うん、でも、見てるだけで良い……って思う」
「何で?」
「え? だってそうでしょう? 言ったところで断られるのわかってるし、そんな下らない事で……更に迷惑を掛けるなんて、出来る訳無いじゃん」
「そう……かな? あっ! 私……用事忘れてた。ごめん、行くね」

慌てて走り去ったのを見ていて、何故か後ろを向いちゃいけないと思う気配を感じた。




訓練の後、通路を歩いて角を曲がろうとしたが、会話が聞こえて来た。

「最近、あんまり兵長の話しないよね……」

俺か……?

それに答えたのは、ナマエの声の様な気がした。

迷惑を掛けた……?

嫌な思いというか、痛い思いをさせちまったのは、俺だろう?

俺は思わず踏み出すと、ナマエは此方に背中を向けていた。話していた奴が俺を見たが、咄嗟に人差し指を口に当て、「黙ってろ」と合図した。

察しの良い奴は悪くねぇな……

そいつは、俺が何故声を掛けなかったのかを察した様で、ナマエに質問した。俺が好きか……と。

答えを聞き、目を細めた俺を見て、そいつは立ち去った。
すると、ナマエは俺の気配に気付いたのか、振り向きもせずにそろりと前に踏み出した。

「オイ、逃げるのか?」
「そ、そんなつもりは……」

恐る恐る振り返ったナマエを、俺は冷たい目で見た。

「す……すみません……」

一歩前に出ると、ナマエは後退った。また一歩、もう一歩……と、距離が縮まないまま、移動した。

「お前はそんな目で俺を見ていたのか?」

低い声がナマエの顔を強張らせるが、また一歩近寄ると、ナマエは給湯室のドアに当たった。

更に一歩詰め、俺は手を伸ばした。震えるナマエにお構い無しで、寄り掛かっていたドアを開けた。
内開きのドアに吸い込まれる様に、驚いた顔のナマエが倒れていくのを、腰に手を回して捕まえ、中に入ってドアを閉めた。

ドアに押し付け、何故内側から鍵が掛かるのかは謎だが、これは良い……と、カチャリと鍵を閉めた。

「なぁ、ナマエよ……お前は俺を見て、どんな事を考えていたんだ?」
「い……色んな……」
「あぁ、具体的にはどうだ?」
「そ、それは……」
「言えねぇ様な事なのか?」
「……」

顔を寄せ、「厭らしい事でも考えたか?」と耳に向かって言えば、真っ赤な顔で目を潤ませた。

「例えば……」

こんな事か……? と、耳をペロリと舐め、首筋にキスをすると、ズルズルとナマエの体はずり落ちた。
だが、俺の膝に当たり、それ以上は逃げられねぇ。

「す……すみませ」
「なぁ、教えろよ……」
「え……?」
「お前が想像してた俺は、お前にどんな事をしたんだ?」
「いっ、言えません!」
「そうか、なら、俺が想像した事を……教えてやろうか?」

真っ直ぐに見たまま、唇を重ねた。

「もっと……知りてぇか?」

呆然としたまま、ナマエは頷いた。

続きは……ベッドの上だ……

俺はナマエを自室に連れ去った。




その日から、ナマエと俺は付き合っている。
あの後、連れ帰った俺が何をしたかと言えば……ナマエの腹を撫で、加減出来なかった事を詫びただけだ。

「なぁ……一番近くで、ずっと俺を見てろよ?」

頷いたナマエを見て、俺はそっと耳打ちをする。

「今夜、裸の俺を見に来ねぇか?」

俺の服をキュッと掴んだナマエに、口角が上がった。

End



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