特に変わった事も、娯楽も少ない兵団での生活で、皆が噂に興味を持つのは当たり前というか、これはもう必然的な事と言えよう。 今度は何だ……? 俺の噂も尾ひれが付いて、面白おかしく伝わってたりするが、ここ数日はどうやら俺の事じゃねぇ様だが、なかなか俺に言って来る奴が居なかった。 『憲兵団から来る奴がいる』 やっと耳に届いたのは、そんな噂だった。 それならば、エルヴィンから軽く聞かされていた。どんな野郎が来るのか……そりゃ噂にもなるだろう。 駐屯兵団からは、どうやっても人数が足りなくなる調査兵団に、希望者を募ったりしている。中には、規律に反した者などが此方に送られて来るというケースもある。 だが、実力の有る者程、壁の奥に入れるシステムに守られた憲兵が、わざわざ調査兵に志願するなど有り得ねぇ。 物好きか、ならず者か…… 噂の内容は、そんなところだろう。 数日後、俺はエルヴィンに言われ、噂の主、憲兵団からの移籍者を出迎える事になった。 エントランス……と言う程立派ではないが、そこに1台の馬車が到着した。 大きな荷物を幾つも御者が降ろし、馬車の中から現れたのは……女だった。 「お前が……憲兵団からの移籍者か?」 思わず、本当にそうなのか? といった感じで訊いちまった。 「お出迎えありがとうございます。ナマエと申します。宜しくお願い致します」 敬礼をしてそう答えた。 こいつが……か? 何故か、経歴だけ昨日見せられていた。 訓練兵団を次席で終え、優れた対人格闘の腕により、幹部の護衛を務める特殊な部署で、調査兵団で言うところの分隊長と同じ地位にある……との事だった。 だから、俺が出迎えたのだが……情報は何かの間違いか? 「どうか……なさいましたか?」 馬車を帰し、荷物を確認したナマエは、俺を見てそう言った。 「いや、俺はリヴァイだ。此処で慣れるまでは、俺がサポートに付く。宜しく頼む」 「リヴァイ兵士長殿?」 「あぁ……リヴァイでいい。敬礼も要らねぇよ」 ビシッと再び敬礼して固まった。それを解かせて荷物を持ってやると、申し訳なさそうな面で着いて来た。 「すみません、私の部屋は……」 「今向かっているが?」 「ありがとうございます。でも、此方は……」 向かっていたのは幹部の自室が集まる、一般兵とは異なる建物だ。 「お前は移籍して来たとは言え、幹部クラスだ。此方が妥当だろう?」 「そんな、此処では新米です」 「上の決めた事だ、有り難く従っておけ」 「はい」 与えられた部屋は、俺の部屋の真下だった。 「此処だ。何かあれば、上の階の同じ場所が俺の自室だから、そこに来い。昼間は執務室に居るがな」 「はい」 取り敢えず、荷物を中に入れさせ、エルヴィンの所へと案内しがてら俺の執務室を教えた。 「連れて来たぞ」 ドアを開け、入れと促せば、エルヴィンの前に進み出て、綺麗な敬礼と共に自己紹介をしたのだが……俺と同じ様にエルヴィンも驚いていた。 俺と変わらない背丈の、長い黒髪が印象的な美しい女……スタイルも悪くねぇ。間違っても精鋭には見えねぇよな。 「そこに座ってくれ、疲れただろう?」 エルヴィンが自ら紅茶を淹れて戻ると、ナマエは酷く驚いていた。 「此処じゃ当たり前だ、気にしないでくれ」 「い、頂きます」 少しは落ち着いたのだろうか、ナマエの表情が緩んだところで、本題へと入った。 「移籍の理由が書かれていないのだが、説明してもらえないだろうか」 「私の……希望です」 目線を落とし、膝にあった手をぐっと握ってナマエは答えた。 「そう言えと言われて来たって事だろうな?」 俺はカップを置くと、わざとドサッと音を立ててソファーの背もたれに体を預けた。 続いてエルヴィンも足を組んでふんぞり返った。 「ああ、憲兵の奴等のやりそうな事だ」 「てめぇらの気に入らねぇ奴は、都合よく消えろってか?」 「そうだな、よくやるよ……まったく」 「あの、お二人とも……」 「あ? 今此処には団長も兵長も居ねぇよ、なぁ、エルヴィン?」 「ああ、そうだな……リヴァイ。ナマエも大変だったな、振り回されて……」 別に、誰にも言わねぇから……本当の事を話しちまえと、世間話をするかの様に話していると、ナマエは話してくれた。 上官と意見が合わず、護衛のやり方での不備を指摘したら飛ばされたと言った。 「あぁ、そいつは地位を守りたかったんだな。小せぇ男の下に就いちまったのは不運だったな……」 「そうだな。ナマエ、此処での希望はあるか?」 団長の顔に戻ったエルヴィンが、真っ直ぐにナマエを見た。 「はい、出来れば護衛を続けたく思っています。ですが、対人格闘以外の訓練を殆どやっていなかったので、調査に向けてのご指導をお願いします」 「……悪くねぇな」 「そうか、それなら暫くはリヴァイに預けよう」 「あぁ、引き受けた」 「ナマエ、護衛の件は検討しておく。先ずは調査で生き残る為の訓練に励んでくれ」 「はい!」 立ち上がり、また敬礼をしたナマエは、大きな声で返事をした。 「そんなに気張るな、持たねぇぞ?」 真面目な奴……そんな印象だった。 「つ、強いです!」 翌日から早速、俺の班と共に訓練を始めたナマエは、対人格闘は班員とでは物足りない様に見えた。「相手してやる」と、少し軽く見ていた俺は言ったが、気を抜けば俺もヤバいと思うレベルで、危うく本気になりかけた。 「お前もなかなかだ、悪くねぇ」 「でも、兵長には及びません」 悔しそうな顔をした事に、俺の口角は上がっていた。久し振りに遣り甲斐がありそうだと思った。 「終わったら、街へ行くぞ」 そう言って、また、ナマエと組んで訓練を続けた。 日用品を買い足したり、案内がてら街を歩いた。 「夕食に間に合いません!」 「んな事はわかっている」 「で、では……」 「飯食って帰れば良いだけだろう?」 何故だろうか、部下と街へ出ても食事に間に合わなかった事はねぇが、急いで帰る気にもならなかった。 酒場で酒を飲みながら、飯を食っていたが、そこで俺は気付いた。 やたらと周りの奴等が見ている…… 不愉快なその視線は全て、ナマエに向けられていた。誰が見ていようが、関係ねぇと思いながらも、何故不愉快に思うのかはわからなかった。 「ご馳走様でした」 「いや、俺が少し飲みたかっただけだ、付き合わせて悪かったな」 「そんな事ありません、私も上官とはいえ、男性と食事に行くのは久し振りで緊張しましたが、とても楽しかったです」 帰りに歩きながら話していたが、酒場でもそうだったが……ふわりと笑った顔がもっと見たいと思った。 「そうか、俺で良ければまた付き合え」 ……何を言ってるんだ? 俺らしくもねぇなと思ったが…… 「ありがとうございます、是非お願いします」 「あ、あぁ……」 満面の笑みで答えたのを見て、俺は必死に「社交辞令だ」「上官への気遣いだ」と、頭の中で繰り返した。まったく……訳がわからねぇ。 噂は日々変わっていった。 最初はどんな男かというものだったが、実際に来たのは女だった。そこから噂は2つに別れ、お高くとまった奴だろうと女は噂をしていたが、男は容姿からどんな性格かと興味津々だった。 「お前は真面目だな……」 「そうですか? 当たり前の事をやっているだけだと思いますが」 「まぁ、そうだろうが……なかなかそこまではやらねぇなと思ってな」 訓練が終われば、装備の点検は当たり前だが、毎度ある程度までバラしてやる奴は居ねぇ。だが、ナマエは毎回そこまでやる。 「自分の命を預ける物ですから……」 「優等生な答えだな」 「……誉められてはいない気がしますが、何故でしょうか?」 「さぁな。さっさとしねぇと飯に遅れるぞ」 クッと笑えば、困った顔で作業の手を速めた。 本来ならば、俺では無く、そろそろ他の奴等に任せるべきなんだろうが……訓練も執務も食事も、エルヴィンに任されたからと言って、出来る限り俺が付いていた。 他の奴に任せたく無ぇ…… 本音はそこである。 だが、ナマエの初の壁外調査を終えた時に、エルヴィンから指示があり、護衛の任に就ける……と、ナマエを取り上げられた。 本人の希望であり、在るべき場所なのだろうが、瞳を輝かせて礼を言われた俺は酷く不機嫌になった。 「うわっ、何があったのさ?」 「あ? 何もねぇよ」 「いやいや、それ、鏡で見てごらんよ……不機嫌丸出しでしょ、どう見ても」 ……てめぇで見ても、不愉快極まりない顔に見えた。 「……確かに、ひでぇな」 ハンジの呆れた顔が、更に不愉快さを助長させた。 「そうだ、今度ね……久し振りに人気投票やろうと思ってさ、リヴァイは恋人にしたい女性って誰だと思う?」 ナマエの顔が浮かんだが、脈は無さそうだと。打ち消した。 「……俺にそれを訊くのか?」 「まあ、参考までに……」 「……居ねぇよ。てめぇは要るのかよ?」 「あー、残念ながらね……」 「なら、何故そんな事をする必要があるんだ……?」 そういう話題は、やる気を起こさせたり楽しくなると言うが、俺にはよくわからなかった。だが、頭に浮かんだナマエの事を考えると、少しだけだが、良いところを見せたいと思う気持ちがある事に気付いた。 これがハンジの言うやる気なんだろうか……? 数日後、投票の見張りをさせられた。 浮かれた顔の兵士達を見ていると、確りしやがれと思う反面、羨ましくも思った。 「兵長は投票しないんですか?」 その言葉に、少しだけ狼狽えた。 「俺は見張りだからな……」 だが、まだ誰も来ていない時に……こっそり入れておいた。俺まで浮かれてそんな事をしては、示しがつかねぇだろうと言えば、横で聞いていたらしい女が、「兵長が誰かに投票するの嫌です」と言われた。 意味がわからねぇな…… 「見張りありがと、後はやっておくよ」 人が来なくなった頃、ハンジに言われて解放された俺は、執務室に戻ったが……仕事が手につかなかった。 「結果が出たよ」 投票から3日後、ハンジの執務室を覗くと、ニヤニヤと笑いながら言われた。 「そうか……」 素っ気なく答えはしたが、気になって来ちまった。俺はナマエに入れた…… 「いや、やっぱりさ……あの容姿は目立つんだねぇ……」 「誰の話だ?」 「あ、そうそう……男の1位はほら、またまたリヴァイだよ〜!」 「チッ、面白がってるだけだろうよ?」 そんな事はどうでも良い…… 早く教えろとも言えず、わかっていて焦らされている様な状態に苛つきながらも、俺は女の方の結果を待った。 「こっちが知りたくて来たんでしょ?」 「んな訳……」 「ほら、1位はダントツ! ナマエちゃんだよ!」 「……っ、そうか」 それがどうしたという……顔は出来なかった。 「リヴァイ、気になるならそう言っても良いんだ……別に恥ずかしい事でも、おかしな事でも無いんだからさ」 「だが……」 コイツには大概の事はバレちまう……他の奴には気づかれねぇのに…… 「いつ、発表なんだ……」 「すぐ出来るけど?」 「……明日まで、待ってくれねぇか」 「……?!」 驚いた顔のハンジは、掲示板に貼るのだろう紙を机に伏せた。 「まだ、結果は出てない。出るのは明日の午後かなぁ〜」 「すまねぇ……」 「さっさと行きなよ、誰かに先を越されない様にね」 「あぁ……」 ハンジの執務室を飛び出した俺は、ナマエに告白しようと思った。だが、暫く走ってから、今日はエルヴィンの護衛で留守だった事を思い出した。勢いでどうにかしようと思った……その勢いを削がれた。 だが、発表されてからでは遅い。皆取られまいとナマエに告白しちまったら、俺にはきっと勝ち目はねぇ。 俺は門の近くで待った。戻って来たところで捕まえるしかないと思ったからだ。 「リヴァイ、出迎えか?」 「お前じゃねぇ……」 エルヴィンは俺の態度や言葉で理解したのか、口元に手を当てて笑いやがったが、俺はそれどころじゃなかった。 「皆、ご苦労だった。今日は此処で解散しよう。ゆっくり休んでくれ」 「「はっ!」」 敬礼を解かせたエルヴィンが、俺をチラッとみたが、無視だ。 ゆっくりとナマエに近寄ると、不思議そうに俺を見た。 「無事、戻ったな。初の任務はどうだ?」 「はい、思ったよりも……大変だと思いました。憲兵団とは……違いますね」 「あぁ、敵が多いんだ……」 ……こんな事を話したい訳じゃねぇ。 だが、いざとなると……なかなか言えるもんでもねぇ。 他の者が居なくなり、ナマエにの自室の方へと歩き出した。 「話がある……」 部屋に入ろうとしたナマエを引き留めた。 人生初の告白は、成功した。 俺は、未知の領域に踏み出した……これから、どんな事が起こるのかと思うと、胸が温かくなった。 End [ *前 ]|[ 次# ] [ request ]|[ main ]|[ TOP ] |