翌朝、来た時とは別なルートで戻る為に支度を始めた。途中、1箇所の拠点整備をする予定だが、後は真っ直ぐ戻るだけだ。 「随分寝相が良いみてぇだな」 出立前に医療班の様子を見に来た俺は、ナマエの寝癖のついた頭を突っつきながら、悪戯っぽく言ってみせた。 「えっ? やだ……」 跳ね上がった髪に指を通して直そうとしているが、何度やっても元に戻るのを黙って見ていた。 「今日も頼むぞ」 「はい! リヴァイも気を付けてね」 「……あぁ」 跳ね上がった髪を撫で付ける様に頭を撫で、俺は持ち場へ戻った。 「大丈夫そうだったか?」 「あぁ、眠れたみたいだぞ」 「そうか、それは良かった」 「そうだな」 安心した様な表情に「それでもてめぇは受け入れねぇんだろうが!」と、言ってやりたくなったが、堪えた。 程無くして、出立となった。 軽快な足取りの馬は、背の主の心中を察すると聞いた事があるが、やはりそうなのだろうか? 時折俺を気にする素振りを見せた。 (いつもと違うと……わかるのか?) 馬にまで心配される様じゃダメだろうと自嘲して、気を取り直し、手綱を握り締めた。 不思議な位、巨人と出くわさない状況が続いた。皆、拠点に着くと口々にこのまま帰れそうだと余裕を見せていたが、エルヴィンもミケも、ハンジですら表情は厳しかった。 過去に何度もこの緩んだ状況を覆す事態が起こっているからだ。 「考えたく無いが、引き締めてくれ」 「そうだね、このパターンは嫌な予感しかしないよねぇ……」 「何だ、色んな奴に会いてぇんだろう?」 「いくら私でもさ、団体様は遠慮したいよ……」 あぁ、目が笑ってねぇな。 ミケもしきりに空気の匂いを嗅いでいるが、不思議そうな顔をした。 「臭うのか?」 「いや、全く臭わないのが不自然でな……」 それぞれが思いを巡らせ、誰も口を開かなくなった。 作業完了の報告が来て、帰還するのみとなった俺達は壁を目指した。 「頑張って! 後は壁に向かうだけだって、もうすぐ帰れるよ!」 私は、何も知らなかった。だから、普通にこのまま帰れるのだろうと……その時迄は思っていた。 拠点からもスムーズに走っていた。 けれども、地鳴りの様な物と同時に、後方に揺らめく影が見えた。 「巨人だ!」 誰かが叫んだ……見えているそれは徐々に近付いている様に見える。 後ろを走る班から煙弾が次々に上がるのを、ただ、見ていた。 「掴まってください」 馬車を引く兵が叫んで、速度が上がった。けれども、影は最早それが何かわかる程に近くなっていた。 (あぁ……帰れない) 漠然とそう思った。 その時浮かんだのは……リヴァイの顔だった。 色んな記憶か流れていく。けれども、それはみんな……傍にリヴァイが居た。 (リヴァイ……) 後ろを走る兵が速度を落として離れて行く…… 「やめて! 逃げてよっ!」 叫んでも……届かない。 横に寝かせていた兵が起き上がり、最悪の事態になったら、馬車から重傷で動けない者を落とせと言った。 寝たままの兵も頷いた。 「そ……んな……うそっ」 「貴女は逃げてください」 そっと微笑んだ兵士は、傷だらけの体に装備を着けていく…… 「や……めて……」 「これが、仕事ですから……」 後方に居たはずの兵士の姿は見えなくなったけれど、巨人は近くなる。 前方、左右、あちこちで煙弾が次々に上がったけれど、私は気付かなかった。 そして、徐々にスピードが落ちている事にも……気付く余裕は無かった。 後方で煙弾が上がった。 複数……そして、緊急事態を知らせる色が混じった。 (出やがったか……) 前方にも見えてきて、煙弾を撃ったが……ほぼ同時にいくつもの煙弾が撃ち上げられた。 (……最悪だな) スピードを落としながら、距離を詰め、討伐指示を出した。 俺も数体倒したところで、道は開けた。 だが、その時、奇行種を煙弾が追った! 連なる煙弾は後方のナマエの居る方へ向かっている様に見えた。 「お前等はエルヴィンの指示に従え」 班員達を残し、俺は煙弾の示す先へと馬を走らせた。 奇行種を視界に捉えたが、馬車との距離はかなり近い。倒している時間はないと判断した俺は直接馬車へ向かった。 「兵長!」 叫んだ兵士はナマエを馬車の端に立たせた。俺はそれをかっ拐う様に、腕を伸ばして馬車から連れ去った。 一瞬の出来事だった…… 直後に馬車はバラバラに砕け……兵士はどうなったかもわからない。 「確りと握って……絶対に離すな」 ナマエに手綱を握らせ、此方に手を伸ばした奇行種に向かって跳んだ。 状況を読んだらしい馬は、速度を上げてすり抜けた。 そのまま、奇行種は削いだが、馬に気を取られ、他にも巨人が近寄っていたのを見落とした。 俺は撥ね飛ばされ、地に落ちた。 (まだ、動ける……) だが、目前に迫る手からは逃れられずに掴まれた。 指を落とそうとしたが、容赦なく締め付けられ、意識さえ保てなくなりそうになった時、横から影が飛び……巨人が倒れた。 「兵長……やりました……初……討伐……」 「あぁ、良くやった! 助かった!」 「……へへ」 手から這い出した俺の近くに倒れていた兵士が、笑った。 だが、そのまま……動かなくなった。 「よく……やった……」 ナマエを俺に渡した兵士、それは重傷であったとわかる。そんな体で無茶をして……ナマエも俺も助けた。立派な兵士だ。 (アイツは逃げられただろうか……) 一応、指笛を鳴らしてはみたが、届く筈も無いだろう。 全身の痛みが……俺の意識を奪って行く。 最後に思うのはやはり、ナマエの事だったな……と、そこで暗転した。 「リヴァイ!」 手綱を持たされ、遠ざかる姿に声を上げたけれど、届く筈も無かった。 馬の扱いなど知らない私はしがみついているしかなく、どうなったのかさえわからない。 暫くすると、馬が止まった。 「戻って! お願い、リヴァイの所へ行って!」 馬に言葉が通じるなんて思わなかったけれど、手綱を引いてもビタリと止まったまま、動かずに……耳を忙しなく動かしていた。 「ねぇ、お願い……あなたのご主人様を迎えに行きたいの」 クイッと急に首を横に向けた馬が、片方の大きな目で、私を見ている気がした。 「お、お願いだから……」 その目をじっと見ていると、馬が向きを変えた…… そしてまた、私を見ている。 (行って……くれるのかしら?) ゆっくりと来た方へと戻り始めた馬に、感謝した。 けれどもそれはすぐに後悔に変わった。 (た、たすけて……止まって……) トップスピードで走る馬から落ちそうになりながら、私は半泣きだったが、馬は容赦なく走る。 馬が止まると、私は落ちた。 そして、目の前には……横たわる二人の姿があった。 「リヴァ……イ?」 打ったお尻の痛みなど吹っ飛び、駆け寄った。うつ伏せで動かない……自分が医者だなんて事すら忘れて揺さぶった。 「起きて! 返事してよ!」 わんわん泣きながら、力任せに揺さぶっていた手を掴まれた。 「勝手に殺すな……揺すったら痛ぇよ……」 「リヴァイ……」 ハッとして、思い出した様に、私はもう一人の方へ行こうとしたが、リヴァイに手を引かれた。 「ゆっくり、眠らせてやってくれ……」 その言葉と声に、理解した。彼はもう目覚めない事を。 ナマエを前に乗せて、馬を走らせた。本隊と思う集団を見つけて駆け寄ったが、数が少ない。 予想以上の犠牲を出した様だ。 エルヴィンの傍に寄れば、「良くやった」と、声にはならないが、言われた気がした。 安心した俺は、再び意識を手放し……馬から落ちた。 次に目を開けたのは、白い部屋だった。 薬品の匂いにカーテンに囲まれた空間…… (あぁ、救護室か……) ぼんやりと天井を見ながら、出立前のハンジの言葉を思い出し、俺は考えた。一度くらいは……伝えたい……と。 「あれ? 目が覚めたの?」 「あぁ、どれくらい寝てたんだ?」 3日……そう言って、ナマエは背中を向けた。怪我の痛みか胸の痛みかわからないが、痛い。 「此方を向いてくれ……」 壁外で見た時の様に、袖で顔を拭う仕草に抱き締めたくなった。 起き上がろうとしたが、激痛に声を出し、叶わなかった。慌てて振り返った顔は、泣き顔だった。 「リヴァイ……」 「何を泣いている、エルヴィンは無事だっただろう?」 皮肉かと思う言葉、こんな事が言いたい訳じゃねぇ……と、顔が歪む。 ふわりと被さったナマエが俺を抱き締めた。 「生きてて……良かった……」 俺もナマエの背中に腕を回して、気遣って浮かしているであろう身体を抱き寄せた。 「このまま……離したくねぇ」 更に力を込めた。痛みも、もう……俺にナマエが近寄らなくなったとしても、どうでも良かった。 「私も、離したくない……」 「お前っ、エルヴィンは……」 思わず離そうとした俺に、離れまいとしがみついたナマエに驚いて、また抱き締めた。 「団長は……ずっと憧れだった。でも、巨人が来て、もう帰れないと思った時に呼んだのは……色んな事を思い出したのは、全部リヴァイだったの」 「……」 「一緒に居て欲しいと……思ったの」 「……」 「そうしたら、来てくれた……」 「あぁ、俺もお前だけは失いたくなかった」 そのまま、互いに生きていて良かったと……暫く黙って抱き締めていたが、俺が眠ってしまった。 その後、医師を連れての調査で多大な犠牲と被害を出した結果を受けて、医師の同行はしないと決まった。 また、待たせる事になるが、あんな思いは二度と御免だと思っていた俺には朗報だった。 ナマエは暇さえあれば、俺の傍に居て世話を焼いてくれている。 仕事に追われる事も無く、揺ったりと共に過ごす時間に、「たまには怪我も悪くない」そう言った俺に、ナマエは頬を膨らませていたが…… 「ちょっとだけ、感謝してる……」 そう言って……起きられない俺にキスを降らせた。 「だが、早く治して……お前を抱きてぇ」 「え、えぇっ?」 「キスの度にコレは辛いんだが……」 掛けられた毛布を持ち上げたモノを指差せば、悲鳴を上げて逃げ出した。 治っても、当分は無理そうだと、溜め息を吐いた。 俺は、失う事の怖さと犠牲となった兵士の尊さを……改めて、深く知った。 End [ *前 ]|[ 次# ] [ main ]|[ TOP ] |