最後に呼ぶ名は……2


翌朝、来た時とは別なルートで戻る為に支度を始めた。途中、1箇所の拠点整備をする予定だが、後は真っ直ぐ戻るだけだ。

「随分寝相が良いみてぇだな」

出立前に医療班の様子を見に来た俺は、ナマエの寝癖のついた頭を突っつきながら、悪戯っぽく言ってみせた。

「えっ? やだ……」

跳ね上がった髪に指を通して直そうとしているが、何度やっても元に戻るのを黙って見ていた。

「今日も頼むぞ」
「はい! リヴァイも気を付けてね」
「……あぁ」

跳ね上がった髪を撫で付ける様に頭を撫で、俺は持ち場へ戻った。

「大丈夫そうだったか?」
「あぁ、眠れたみたいだぞ」
「そうか、それは良かった」
「そうだな」

安心した様な表情に「それでもてめぇは受け入れねぇんだろうが!」と、言ってやりたくなったが、堪えた。

程無くして、出立となった。

軽快な足取りの馬は、背の主の心中を察すると聞いた事があるが、やはりそうなのだろうか?
時折俺を気にする素振りを見せた。

(いつもと違うと……わかるのか?)

馬にまで心配される様じゃダメだろうと自嘲して、気を取り直し、手綱を握り締めた。

不思議な位、巨人と出くわさない状況が続いた。皆、拠点に着くと口々にこのまま帰れそうだと余裕を見せていたが、エルヴィンもミケも、ハンジですら表情は厳しかった。
過去に何度もこの緩んだ状況を覆す事態が起こっているからだ。

「考えたく無いが、引き締めてくれ」
「そうだね、このパターンは嫌な予感しかしないよねぇ……」
「何だ、色んな奴に会いてぇんだろう?」
「いくら私でもさ、団体様は遠慮したいよ……」

あぁ、目が笑ってねぇな。
ミケもしきりに空気の匂いを嗅いでいるが、不思議そうな顔をした。

「臭うのか?」
「いや、全く臭わないのが不自然でな……」

それぞれが思いを巡らせ、誰も口を開かなくなった。

作業完了の報告が来て、帰還するのみとなった俺達は壁を目指した。




「頑張って! 後は壁に向かうだけだって、もうすぐ帰れるよ!」

私は、何も知らなかった。だから、普通にこのまま帰れるのだろうと……その時迄は思っていた。

拠点からもスムーズに走っていた。
けれども、地鳴りの様な物と同時に、後方に揺らめく影が見えた。

「巨人だ!」

誰かが叫んだ……見えているそれは徐々に近付いている様に見える。
後ろを走る班から煙弾が次々に上がるのを、ただ、見ていた。

「掴まってください」

馬車を引く兵が叫んで、速度が上がった。けれども、影は最早それが何かわかる程に近くなっていた。

(あぁ……帰れない)

漠然とそう思った。
その時浮かんだのは……リヴァイの顔だった。
色んな記憶か流れていく。けれども、それはみんな……傍にリヴァイが居た。

(リヴァイ……)

後ろを走る兵が速度を落として離れて行く……

「やめて! 逃げてよっ!」

叫んでも……届かない。
横に寝かせていた兵が起き上がり、最悪の事態になったら、馬車から重傷で動けない者を落とせと言った。
寝たままの兵も頷いた。

「そ……んな……うそっ」
「貴女は逃げてください」

そっと微笑んだ兵士は、傷だらけの体に装備を着けていく……

「や……めて……」
「これが、仕事ですから……」

後方に居たはずの兵士の姿は見えなくなったけれど、巨人は近くなる。

前方、左右、あちこちで煙弾が次々に上がったけれど、私は気付かなかった。
そして、徐々にスピードが落ちている事にも……気付く余裕は無かった。




後方で煙弾が上がった。
複数……そして、緊急事態を知らせる色が混じった。

(出やがったか……)

前方にも見えてきて、煙弾を撃ったが……ほぼ同時にいくつもの煙弾が撃ち上げられた。

(……最悪だな)

スピードを落としながら、距離を詰め、討伐指示を出した。
俺も数体倒したところで、道は開けた。

だが、その時、奇行種を煙弾が追った!
連なる煙弾は後方のナマエの居る方へ向かっている様に見えた。

「お前等はエルヴィンの指示に従え」

班員達を残し、俺は煙弾の示す先へと馬を走らせた。

奇行種を視界に捉えたが、馬車との距離はかなり近い。倒している時間はないと判断した俺は直接馬車へ向かった。

「兵長!」

叫んだ兵士はナマエを馬車の端に立たせた。俺はそれをかっ拐う様に、腕を伸ばして馬車から連れ去った。

一瞬の出来事だった……

直後に馬車はバラバラに砕け……兵士はどうなったかもわからない。

「確りと握って……絶対に離すな」

ナマエに手綱を握らせ、此方に手を伸ばした奇行種に向かって跳んだ。
状況を読んだらしい馬は、速度を上げてすり抜けた。
そのまま、奇行種は削いだが、馬に気を取られ、他にも巨人が近寄っていたのを見落とした。
俺は撥ね飛ばされ、地に落ちた。

(まだ、動ける……)

だが、目前に迫る手からは逃れられずに掴まれた。
指を落とそうとしたが、容赦なく締め付けられ、意識さえ保てなくなりそうになった時、横から影が飛び……巨人が倒れた。

「兵長……やりました……初……討伐……」
「あぁ、良くやった! 助かった!」
「……へへ」

手から這い出した俺の近くに倒れていた兵士が、笑った。
だが、そのまま……動かなくなった。

「よく……やった……」

ナマエを俺に渡した兵士、それは重傷であったとわかる。そんな体で無茶をして……ナマエも俺も助けた。立派な兵士だ。

(アイツは逃げられただろうか……)

一応、指笛を鳴らしてはみたが、届く筈も無いだろう。
全身の痛みが……俺の意識を奪って行く。
最後に思うのはやはり、ナマエの事だったな……と、そこで暗転した。




「リヴァイ!」

手綱を持たされ、遠ざかる姿に声を上げたけれど、届く筈も無かった。
馬の扱いなど知らない私はしがみついているしかなく、どうなったのかさえわからない。
暫くすると、馬が止まった。

「戻って! お願い、リヴァイの所へ行って!」

馬に言葉が通じるなんて思わなかったけれど、手綱を引いてもビタリと止まったまま、動かずに……耳を忙しなく動かしていた。

「ねぇ、お願い……あなたのご主人様を迎えに行きたいの」

クイッと急に首を横に向けた馬が、片方の大きな目で、私を見ている気がした。

「お、お願いだから……」

その目をじっと見ていると、馬が向きを変えた……
そしてまた、私を見ている。

(行って……くれるのかしら?)

ゆっくりと来た方へと戻り始めた馬に、感謝した。
けれどもそれはすぐに後悔に変わった。

(た、たすけて……止まって……)

トップスピードで走る馬から落ちそうになりながら、私は半泣きだったが、馬は容赦なく走る。

馬が止まると、私は落ちた。
そして、目の前には……横たわる二人の姿があった。

「リヴァ……イ?」

打ったお尻の痛みなど吹っ飛び、駆け寄った。うつ伏せで動かない……自分が医者だなんて事すら忘れて揺さぶった。

「起きて! 返事してよ!」

わんわん泣きながら、力任せに揺さぶっていた手を掴まれた。

「勝手に殺すな……揺すったら痛ぇよ……」
「リヴァイ……」

ハッとして、思い出した様に、私はもう一人の方へ行こうとしたが、リヴァイに手を引かれた。

「ゆっくり、眠らせてやってくれ……」

その言葉と声に、理解した。彼はもう目覚めない事を。




ナマエを前に乗せて、馬を走らせた。本隊と思う集団を見つけて駆け寄ったが、数が少ない。
予想以上の犠牲を出した様だ。

エルヴィンの傍に寄れば、「良くやった」と、声にはならないが、言われた気がした。
安心した俺は、再び意識を手放し……馬から落ちた。




次に目を開けたのは、白い部屋だった。
薬品の匂いにカーテンに囲まれた空間……

(あぁ、救護室か……)

ぼんやりと天井を見ながら、出立前のハンジの言葉を思い出し、俺は考えた。一度くらいは……伝えたい……と。

「あれ? 目が覚めたの?」
「あぁ、どれくらい寝てたんだ?」

3日……そう言って、ナマエは背中を向けた。怪我の痛みか胸の痛みかわからないが、痛い。

「此方を向いてくれ……」

壁外で見た時の様に、袖で顔を拭う仕草に抱き締めたくなった。
起き上がろうとしたが、激痛に声を出し、叶わなかった。慌てて振り返った顔は、泣き顔だった。

「リヴァイ……」
「何を泣いている、エルヴィンは無事だっただろう?」

皮肉かと思う言葉、こんな事が言いたい訳じゃねぇ……と、顔が歪む。

ふわりと被さったナマエが俺を抱き締めた。

「生きてて……良かった……」

俺もナマエの背中に腕を回して、気遣って浮かしているであろう身体を抱き寄せた。

「このまま……離したくねぇ」

更に力を込めた。痛みも、もう……俺にナマエが近寄らなくなったとしても、どうでも良かった。

「私も、離したくない……」
「お前っ、エルヴィンは……」

思わず離そうとした俺に、離れまいとしがみついたナマエに驚いて、また抱き締めた。

「団長は……ずっと憧れだった。でも、巨人が来て、もう帰れないと思った時に呼んだのは……色んな事を思い出したのは、全部リヴァイだったの」
「……」
「一緒に居て欲しいと……思ったの」
「……」
「そうしたら、来てくれた……」
「あぁ、俺もお前だけは失いたくなかった」

そのまま、互いに生きていて良かったと……暫く黙って抱き締めていたが、俺が眠ってしまった。




その後、医師を連れての調査で多大な犠牲と被害を出した結果を受けて、医師の同行はしないと決まった。
また、待たせる事になるが、あんな思いは二度と御免だと思っていた俺には朗報だった。

ナマエは暇さえあれば、俺の傍に居て世話を焼いてくれている。

仕事に追われる事も無く、揺ったりと共に過ごす時間に、「たまには怪我も悪くない」そう言った俺に、ナマエは頬を膨らませていたが……

「ちょっとだけ、感謝してる……」

そう言って……起きられない俺にキスを降らせた。

「だが、早く治して……お前を抱きてぇ」
「え、えぇっ?」
「キスの度にコレは辛いんだが……」

掛けられた毛布を持ち上げたモノを指差せば、悲鳴を上げて逃げ出した。

治っても、当分は無理そうだと、溜め息を吐いた。


俺は、失う事の怖さと犠牲となった兵士の尊さを……改めて、深く知った。

End


[ *前 ]|[ 次# ]

[ main ]|[ TOP ]


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -