恋する俺の一発勝負 1


最近、俺は忙しい。
終業時間きっかりに仕事を終えて席を立つ。自室に戻り、汗を流し、私服に着替えて部屋を出る。

夕暮れの町は活気がある。買い物をする者、仕事を終えて家へと帰る者……ぼんやりと眺めていると、視界の隅のドアが開いた。
少し重そうな看板を引き摺り、外へ出した女が入口の明かりを灯すのを見届けて、ゆっくりとそこへ向かった。

ドアを開ければ、来客を知らせるベルがカランと鳴る。

「いらっしゃいませ!」

先程見た女がにこやかに出迎えた。

「いつものお席で宜しいですか?」
「あぁ。いつもの酒と日替わりを頼む」
「はい!」

嬉しそうに笑う……これが見たいがために……俺は毎日ここへ来る。
俺は、店の奥の少し小さなテープルへ向かい、店が見渡せる席へと腰を下ろした。

「また来たんだ……ほとんど毎日だよね〜」
「よっぽど暇なのかしらねぇ?」

先程とは違う二人の女が話しているが……俺の耳がいいのか、声がでかいのか、聞こえている。

「うちらの誰かが目当てかも?」
「だとしたら私はパス……」
「私も……怖そうだから……」

(安心しろ、俺もお前らに興味はねぇ)

「ナマエならどうかな?」

ピクリと俺の耳が反応した。

(ナマエ……早く出てこい)

この店は、マスターの父親と三人の娘で賄っている、どちらかと言えば小さい酒場だ。
無駄話が好きな姉二人と、働き者な末っ子のナマエ……料理も殆どがナマエの作ったものらしい。

店の裏から出て来たナマエが、真っ直ぐに此方へ歩いて来る。その姿を一番長く見ていられるのが、この席に座る一番の理由かもしれない。

「お待たせしました!」

テーブルに酒と料理を置いて、にっこりと笑う。

「美味そうだな」
「お口に合えば良いのですが……」

会釈して、そそくさとカウンターへ戻る姿を見送り、出された料理を見れば、初めてこの店に来た時と同じメニューだった。あれからどれだけ通ってるのか……それにしても……

(会話が続かねぇ……)

俺は初めて来た日を思い出した……




あの日の俺は……王都へ会議に行った帰りで、疲れと苛立ちでまっすぐ帰っても眠れそうになかった。腹も減った気がして、たまたま立ち寄ったのがこの店だった。

シャツの襟を緩め、目付きの悪さと眉間の皺は普段の五割増しだっただろう。
どこから見ても、ゴロツキだったに違いない。それでも、客ですら目を逸らすなか、にこやかに声を掛けたのがナマエだった。
席に案内して、注文を取るだけだが、終始にこやかな対応に癒されたのだ。

「ご注文は……」
「……任せる。酒と、腹にたまるものをくれ」
「お酒は何が宜しいですか?」

カウンターの後ろに並ぶ瓶をちらりと見たが、安い酒が並ぶ。

「金は払える。高いのでも、何でも選んでくれ」

少し困ったように眉を下げたが、「お待ちください」そう言ってカウンターへ向かうのを見ていた。
我ながら、もう少し上手い言い方が出来ないもんかと溜め息をついた。

暫くして運ばれた酒は、この店の中では高い部類だが、値段はそれほど高くは無く、それでいて味は悪くない物だった。

(ちゃんと選んでくれたのか……)

他で同じことを言えば、間違いなく一番高い酒を売りつけようとするだろうと思えば、良心的だ。

続いて出された料理は、大きめに切られた野菜と魚を時間を掛けて煮てある物で、ボリュームも味も満足いく物だった。

食べ終わり、一息ついた頃……周りを見れば、客は俺だけで、ナマエが声を掛けてきた。

「申しわけありませんが、そろそろ閉店なのですが……もう少し飲みますか? 」
「……?」

帰れと言われるものと思って、立ち上がろうとしていた俺はたぶん間抜けな顔をしていただろう。

「私たちも隅で食事をとりますが、ご迷惑でなければ、お食事が終わったばかりですし、もう少しゆっくりなさりたいならと……」

段々と小さくなっていく声にフッと笑いを溢せば「すみません」と俯いてしまった。

「気を遣わせてすまなかった、俺はもう帰るから、勘定を頼む」
「は、はい!」

パタパタとカウンターへ走るのをゆっくりと追った。

「美味かった。酒はどうしてあれを?もっと高いのを売り付けても良かったんだが……」
「それは……料理とお客様の雰囲気で父……マスターが選びました」
「そうか、良い店だな」

そう言えば、満面の笑みを見せた。

「り、料理は私が……」
「あぁ、美味かった」
「あ……ありがとうございます!」

ぽぽんっ! っと音がしそうな勢いで、顔を真っ赤にしているのを見て、そこまで嬉しかったのかと思ったら、もっと見ていたいと……思わず持ち帰りたくなった。

また来てくださいね。そう言ったのは社交辞令だと思いながらも、また来ると言い残して店を出たのだ。




「今日も出掛けるのかい?」

翌日も、支度を終えて部屋を出ようとドアを開けると、そこにはハンジの姿があって、条件反射で蹴り飛ばした。

「何か用か?」
「ったく、それは蹴る前に言わないかなぁ?」
「クソ眼鏡……てめぇが俺んとこに来るなんざ、ろくな用じゃねぇだろうが。一応聞いてやってんだ、さっさと話せ」

パンパンと埃を払うのに顔をしかめて見ていた俺に「いい話があるんだ」と鼻息を荒くする。

「今日もいつもの店に行くんでしょう?」
「……何で知ってやがる」

話した覚えはないが? と、睨んだのだが、笑い飛ばされた。

「リヴァイ、こう毎日出て歩いていて、誰も気付かないと思うかい?」
「……」
「どうあっても目立つんだって自覚はないよね……?」
「だから、なんだ?」

気分良く出掛けたいのだが、眉間に皺が寄っていく……

「いい感じの酒場なんだって?」
「あぁ……」
「目当ての娘が居るんでしょう?」
「……!」
「まぁ、そう睨まないでよ。来週、定例会の打ち上げに使う店を探してるんだけど、頼めないかと思ってね」
「いつもの店があるだろうが」
「それがさ、店主が怪我したらしくて暫く休みなんだよね……」

広さはギリギリ足りそうだが……

「俺に交渉しろと?」
「黙って飲んでるだけなんでしょう?」

それじゃ何にも変わらないでしょ? 頼んだよ〜! そう言って走って逃げやがった……

俺は少し重い足取りで、それでも店に向かった。


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