午後の会議を終え、溜まっているだろう書類を思い浮かべ、うんざりしながらも 他とは少し離れた場所にある、自分の執務室へ向かう。 遠回りだが、奥まった位置にある階段を目指すのは、好きでなった訳ではないが、兵士長ともなるとすれ違う兵士は皆挨拶してくるのが未だに慣れないからだ。 昼間でも薄暗い、あまり人が通らない階段を昇り終えると、少し明るくなる。 執務室への通路には、幾つもの天窓から光が差し込み、まるでスポットライトの様に床まで伸びていて、その静かな空間は割りと気に入っている。 階段から通路へと曲がりかけた時、ハッとして足を止め、ゆっくり目を向けるとそこには、バサバサとジャケットを振り回しながら、楽しそうに笑う女が居た。 (あのバカ、仕事しないで何してやがる……) 首根っこ捕まえて引き摺って帰るか、蹴りのひとつでも……そう考えながら足を踏み出そうと前を向けば、目の前の光景に身体が動かなくなった。 降り注ぐ光にも負けないであろう美しい姿に、柄にもなく見惚れたのだ。 「綺麗だ……」 ついと声に出ていたことに気付き、慌てて口許に手をやり、目を逸らすように俯いた。 そこに居るのは、初めて想いを寄せた愛しい女で、恋人と呼ばれる立場にある女だ。しかし、その光景はまるで自分を否定しているかのように近寄りがたいもので、立ち竦む。 兵団に来る前の俺は、生きるためなら何でもやった。文字通り、何でも、だ。 泥にまみれ血に染まったこの手は……どんなに洗い流しても汚れたままだ。 (邪な想いで触れたら お前は……壊れてしまうだろうか 血塗られた手で掴めば お前の……光を奪うだろうか) 「それでも、俺は……」 手放すなんて出来ねぇと光の方へ踏み出せば、闇の中から這い出した俺に向かって光の中から抜け出してきたお前が嬉しそうに寄り添う。 「すまねぇ……」 戸惑い、一度は戻した手を伸ばし……震えそうな手で髪を撫でる。触れても消えてなくならないと確かめるかの様に、何度も、何度も。 「リヴァイの手、大好きよ。」 そう言って自分の手を重ね、頬へと俺の手を滑らせた。 見透かすようなまっすぐな瞳が俺を見た瞬間、鼻の奥に刺激が走った。堪らず俺は、小さな頭を胸に押し付けるように抱き締めた。 「俺は……お前と共に……生きたい。」 小刻みに震える身体から絞り出すように溢れたのは、精一杯の想いと、髪を濡らす透明な雫だけだった……。 End [ *前 ]|[ 次# ] [ main ]|[ TOP ] |