それが恋とは知らずとも 2


私は今、とんでもない所に来ていた。

調査兵団の敷地内、それだけでも友人に自慢出来そうな場所だけど、更に驚くだろう……あの、人類最強と呼ばれる兵士長様の自室なのだ。

なんて、他人事の様に考えてでもいないと……やっていられない。

人の顔を覚えるのが苦手だった私は、当然……英雄であるこの方の顔も覚えてはいなかった。けれども、店を始めるにあたり、父からこれだけはと言われたのは、お客様の顔はきちんと覚えなさいという事だった。

「あの……先日コーヒー豆を買っていかれましたよね?」
「あぁ、覚えていたのか」
「はい。それと……以前どこかでお会いしたりしてません……よね。や、やっぱりいいです」
「何故……そう思った?」
「な、なんとなく……です」
「……誘い文句か?」
「めっ、滅相もない!」

ガタンと立ち上がって……そこは全力で否定した。

部屋に連れて来られて、まだ寝るには早い時間だからか、ソファーに向かい合って座っていたけれど、どうしていいかわからず、落ち着かない。

「わかった、取り敢えず座っとけ」

兵士長さんが、私が座ると立ち上がって「待ってろ」と言った。
部屋にある簡易キッチンの様な場所に立ち、暫くするとコーヒーの香りが流れて来た。

「あ、これ……」
「わかるか? 買った豆だ」

飲めと差し出されたコーヒーは、店で淹れるものより美味しく感じた。




青い顔をしていたが、コーヒーを淹れてやって……落ち着いた様にも見えた。
まぁ、あんな事があって平然としていられるのもどうかと思うが、今度は俺が落ち着かねぇ。

ガキっぽい印象だった女と勝ち気な瞳は……色香を含んだ瞳の大人の女に変わっていた。

「飲んだら、寝室は貸してやるから休め。シャワーも使いたければ使って構わねぇ……」
「そ、そんな、私は此処で充分ですから、お疲れでしょう? ちゃんと休んで下さい」
「行かねぇなら、抱いて連れて行って一晩中抱いていてやるが……?」

どうする? と、見れば、先程の様に慌てて立ち上がった。

「お、お借りします……」

真っ赤になったナマエは、スムーズとは言い難い動きで寝室の方へ向かった。
俺は着替えを出しておこうと一緒に入ったが、狼狽える姿に笑っちまった。

「お前も着替えてから寝ろ」

背格好はあまり変わらねぇ……部屋着を出して渡してやった。
ついでに予備の毛布も用意して、俺は部屋を出たのだが……ナマエがシャワーを使いたいと付いて来た。

「タオルは後で置いといてやる」
「ありがとうございます」

押し込んでドアを閉め、すぐにタオルを取りに行ったが……そんなすぐに開ける訳にも行かねぇと、少し待った。
シャワーの音が聞こえて漸くドアを開け、タオルを置いて出ようとしたが……ドアを隔てた向こう側には裸の女。
ドアに掛けた手にハッとした俺は、急いでソファーへと戻った。

これじゃ、悪戯しようとしたガキじゃねぇかよ……

妙な心拍数と後ろめたさと……落ち着かない気持ちに、どうせなら見ておくくらいすれば良かったと、溜め息を吐いた。

寒さに震える程では無いが、夜は冷える。暖炉で部屋を暖めて待つ事にしたが……やはり落ち着かない。

俺があの時の男だとわかれば、どんな顔をするだろうか……?

淡い期待を抱く胸とは裏腹に、あの時の事は恐怖しか残って無いかも知れねぇ……そんな思いもあった。

「ありがとうございました」

シャワーを終えて出て来たナマエへと振り返ると、服を胸に抱えた姿が見えた。

「暖炉……」
「どうかしたか? 珍しいもんじゃねぇだろう?」
「はい、あの……干したい物があるのですが……」

宜しいでしょうか? と、困った顔で訊かれて、嫌だと言う奴もいねぇと思うが……

「あぁ、構わねぇよ……」

だが、一体何を干すというのか?

俺がいつもハンカチや下着を干すのに使う物を貸してやったが、干した物を器用にタオルで隠してあった。

「すぐ寝るか?」
「いえ、まだ髪を……」
「あぁ、なら、ドアはまだ開けておけば、部屋も少しは暖まるだろう」
「はい、ありがとうございます」

そのまま寝室へ入ったナマエだが、髪を拭きながら出て来た。

「すみません……髪を梳かせる物があればお借りしたいのですが」
「あぁ、確か……」

引出しを開けると、ブラシと櫛が入っていた。どちらが良いかわからず、両方見せると、ブラシと言われた。
暖炉の前に座らせ、長い髪を梳くのを見ていた。

だが……向きを変えたナマエの、豊満な胸が……俺の服では窮屈そうにしているのだが、思ったよりも揺れた。

まさか……?

俺の視線には気付いていないナマエが腕を大きく動かす度に、揺れる。前屈みになればもう、それは明らかだった。

下着着けてねぇ……

そこでやっと干された物を思い付いた。だが……そうなると……当然下も?

俺の服が直接触れているのか……?

服であって俺ではないが、何故か自分の手を見ちまった。
変な興奮を覚えた俺は立ち上がり、シャワーを浴びに行った。




どうしても、下着をまた着けるのは嫌で、洗ってしまった。明日までに乾くかは疑問だったけれど、洗ってないよりはましだと思った。

部屋へ戻ると暖炉が目に入り、すかさず干していいかと訊いてしまった。
許可は出たものの、流石にそのままという訳には行かず、タオルを上から掛けて目隠しにした。

髪を梳かしたいと言えば、ブラシと櫛を見せてくれた。男の人に訊いてもどうかと思った私は驚いた。

綺麗な髪してるから……手入れもきちんとしてるのかな……?

暖炉の前でやるといい……と、椅子まで用意してもらった。とても優しいと思いながら、店を出た時の事を思い出した。

他の人ならきっと、見て見ない振りだったのではないか?
何故、兵士長さんは助けてくれたのだろう……?

そんな事を考えながら梳かしていると、前屈みになっていて……自分の胸とご対面……という格好になっていた。

そっと兵士長さんの方を見ると、何やら自分の手を見て立ち上がり、浴室へ行ってしまった。

ふぅ……っと大きく息を吐いて、緊張を解いたけれど、今度はまた『一晩中抱いていてやる』と言われたのを思い出し……シャワーを浴びているだろう姿まで想像してしまった。

そこである疑問に突き当たった。

何故、会った事があると思ったの?

最初に会ったのは店だった。その時、一瞬驚いた様に目を見開いた。それが不思議で声を掛けたけれど、特に何も言わなかった。
2度目はさっき……助けて貰った時……。
……あれ……?

『一気に昇れ、振り向くな! 二度と来るんじゃねぇぞ!』

さっきのは……違う……

『表へ逃げろ! 振り向くな!』

2つの叫ばれた声が反響している。
とても良く似た声に戸惑った。一体何処でと考えて、ペンダントを握った。

地下へ行った時の、優しいお兄さん……?

答えが出た。
あの後、お礼が言いたくて、怪我をしていないか心配で探しに行った。けれども、見つからずに追われて……とても怖い思いをした。
それ以来、思い出すのは怖いという事ばかりで、忘れてしまっていた。

戻って来たら訊いてみよう……そう思ったのだけれど、なかなか戻って来ない。少し長いなと思ったけれど……それから暫く待っても戻って来なくて、私は椅子に座ったまま眠ってしまった。




……ったく、何でいきなり……?

普段滅多に変な想像すらしねぇが、あの程度で勃っちまった……と、焦ってシャワーを浴びていた。

このままじゃどうにもならねぇなと思い、仕方無く片手で掴み、出すもん出しちまえとしごいたが、どうした事か……普段よりも体が熱い。

頭の中では、先程まで此処を使っていたナマエの姿を想像して、手の動きが速まる。

「ナマエ……」

切なくなって名を呼びながら、勢い良く放った。
普段感じる感覚とは違う……更に強い快感に戸惑った。

洗いながら湯を張り、戻る迄に寝室へと入っていてくれる事を願った。

いつまでもそうしている訳にも行かず、部屋に戻った俺は溜め息を吐いてしまった。

こんな所で寝やがって……

無防備過ぎる姿に眉が下がったが、髪に触れてみると、既に乾いていた。

抱き上げてベッドへと運ぶ途中で、ナマエがビクッと身体を跳ねさせた。それに驚いて起き上がろうとしたのか、暴れてしがみつかれ、一緒にベッドへと倒れ込んだ。

「っオイ、大丈夫か?」
「だ、大丈夫……お兄さん……」

お兄さん……?

何寝惚けてやがる……そう思ったが、お兄さんと呼ばれたのは初めてでは無い。

「俺は大丈夫だが、退かねぇとお前が危険だぞ?」

完璧に俺が下に敷かれた状態で、まだしがみついている。

「ん? ……えっ? 何で……?」
「寝てたから運んでやったら暴れたんだ……」
「すみませ……んんっ?!」

横に退けばいいものを、何故か下にずれたナマエは、俺の***に引っ掛かって止まった。

「な、何っ?」
「『何』じゃねぇ、『ナニ』だ……下へ動くな……」

バッと横に降りてそこを見たナマエは声も出ない様で、そのままじっとそこを見ていたが、ピクリと動いたのを見て、涙目で俺を見た。

「そんな目で見るな……」

我慢出来るものも出来なくなっちまう……

「地下の……お店のお兄さん……?」
「思い出したのか?」

コクコクと頷いて、起き上がった俺に抱き付いて来た。

「心配で戻って探したけど居なかった。迷って追われて……怖い思いをして、忘れてしまって……」
「怖いって、まさかヤられ……」
「そ、それは無かったです。逃げられました」
「そうか、無事で……良かった」

安心した俺は、抱き締めて息を吐いた。

「それと、あの……このペンダントはとても高価な物だって……」
「あぁ、そうかもしれんが、金にならなきゃ飯も食えねぇし、お前に似合うと思ったから売ったんだ」
「凄く……嬉しいです。ずっとお礼も言えないままで……」
「あぁ、逢いたかった」
「えっ?」
「ずっと……お前の瞳が忘れられなかった」

瞳を覗き込む様に近寄せた顔に、ナマエが目を閉じた。唇同士が触れても拒まなかった。
ゆっくりと絡み肌を重ねた。揺さぶりながら、揺さぶられる想いの名を探した。

「好きだ……」

溢れ出した想いと、心地好さに包まれながら……俺は思い出した。

『リヴァイ、これはインディゴライト……想いが通じ合う石なのよ。いつか貴方にも、素敵な人が見つかります様に……』

俺に色んな事を教えてくれた、老婆がそんな言葉と共にくれた物だった。



翌日俺は地下へ行き、ナマエの傍にはハンジが付いていた。
昨日追い払った奴等を探し、リーダーを押さえて依頼主を吐かせた。

「アイツに二度と構うな……俺の女に手を出したら、どうなるか……地下の奴等ももう、お前に手は貸せねぇだろうよ」

首に当てたナイフを仕舞い、蹴り飛ばして俺はその場を後にした。



その後、特に問題は起きてねぇ……

起きようがねぇとでも、言うべきか? 時間が許す限り、俺が一緒に居るから……な。

End


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