纏わりつく視線


最近、『見られている』と感じる事が多々ある。
自意識過剰かと思って気にしない様にはしていたのだが、どうもそうでは無く……やはり、見られている、

それが例えば殺意や悪意といった刺さるものであれば、対策も考えねばと思うところだが、違う。ならば、恋情の様に絡み付くかといえば、それもまた違う。不思議な感覚が俺に纏わり付いている。

「なぁ、敵意でも好意でもねぇ様な視線を向けられてるんだが、それはどんなもんなんだろうか……」
「えー? 自意識過剰なんじゃないの?」
「最初はそう思ったんだが、もう1ヶ月になる……」
「何それ、面白そう……」

放っておくと終わらねぇ書類を書かせていたが、グッと乗り出して来た顔をファイルで押し返した。

「手は休めるな、終わるもんも終わらねぇだろうが」
「適当に書いてやる……」
「俺は構わねぇが……そんな事してみろ、一生机に向かわせてやる」

それは嫌だと慌てて書いているが、頭が悪い訳じゃねぇ……何でまともに出せねぇのかと毎度悩むが、コイツの頭は巨人が詰まっているのだろうと想像してゾッとした。
間違っても、そんな言葉は口に出来ねぇ。そんな事をしたら大変な事になるのは、体験済みだ。

「でもさぁ、何かある訳じゃ無いんでしょう?」

書類にペンを走らせながら、ハンジが訊いてきた。

「あぁ、特に何も無い。だが、不快なもんだ……」
「ストーカーとか?」
「俺にやって楽しいか?」
「まあ、そういう心理はわからないからなぁ……」

そりゃ、わからねぇが……

「落ち着かねぇ……」
「だろうね、他よりそういった感覚が鋭いというのも困りもんだね」
「チッ、てめぇは気楽でいいよな」

自室や執務室に籠っている時は流石に感じねぇが……出ると大概、纏わり付く。現に執務室を出て、此処まで来る間の数分ですらそれは感じた。
強い視線なんてものは、意外と簡単に誰かを特定出来るものなんだが、訓練中や食事中、休憩時……それとなく探ってはいるが割り出せなかった。

そうだ、男か女かすらわかっちゃいねぇ……

そう気付いて思わず身震いした。

「気に掛けておく……としか言い様もないんだけどさ、何かあったら教えてよね」
「あぁ……だが、何かって何だ?」
「そんなの、私にわかるわけ無いじゃないか……リヴァイ、大丈夫?」
「そうだな、どうかしてるな……」

はっきり言って疲れていた。いつまで続くかもわからねぇ……こんな事に悩まされるなんて思った事も無かった。




書類を受け取った俺は、エルヴィンの元へと向かっていた。

……お出ましか?

また、見られている。人気も疎らな通路を振り返るが、やはりというか当たり前だが、その瞬間は解放される。
見えている数人の顔を記憶した。

「疲れた顔をしているな……」
「あぁ……」

ハンジにした話をエルヴィンにもしてみたが、やはりストーカーかと訊かれた。

「それがわかれば苦労はねぇ」
「……確かにな」
「相手がどんな目的かもわからねぇのはキツい……明らかに殺意とかありゃ納得もいくんだがな」
「そうか? だが、兵団の人間だろう?」
「だろうな……常に監視されてる気分だ」

最悪な気分だ……と、俺は新たな書類を受け取り、執務室へと戻った。

それから1ヶ月が経ったが、尻尾も掴めねぇままだった。




「リヴァイ、リヴァイ、リヴァ〜イ!」

眉間の皺は5割増し、目の下に隈も盛大にオプションを付けた俺は、執務室に飛び込んで来たハンジを蹴り飛ばす気力すら無かった。

「うっわ、酷い顔……」
「悪かったな、元々だ。用件は何だ? 内容によっちゃ生きて帰れるかわからねぇぞ」
「物騒だなぁ、折角尻尾掴んだから来てあげたのにさ……」

思わずガタッと立ち上がった。

「尻尾……だと?」
「まあ、人物までは特定出来ないんだけどさ……」

勿体振らずに早く話せと顎で促した。
だが、そこは慣れたもんで、茶を催促された。仕方なく淹れてやる俺も俺だと思いつつも、この状況を脱する事が出来るなら安いもんだと出してやった。

「これ……拾ったんだ……」

胸のポケットから、1枚の折り畳まれた紙を出した。受け取って広げて見ると……そこには数日前の俺の行動がびっしりと書かれていた。それには、細かい仕草や俺自身も気付いてねぇ癖までも記されていた。

「な……んだ、これは……」

人前で裸にされる事よりも……恥ずかしいと思う様な気分だった。

『次に何を食べるか考えているだろう時に、フォークをくるりと1回転させ、それから刺す』

……よく、見てるな。確かにやっている事があるが、無意識だ。

『トイレから出ると必ず手を見る。洗ったかの確認だろう』

背筋を嫌なものが伝った……

「笑えるでしょ、それ……」

いや、笑えねぇ……お前も読んだのか……そうだよな、だから此処へ持って来たんだよな……と、俺はハンジを見たが、頭は混乱していた。

「でも、一体どんな目的でそれを書いているのかさっぱりわからない」
「あ、あぁ……」

明らかに動揺している俺に、ハンジは元の場所に戻して来ると言って席を立った。
きっと探している筈だから……そう言い残して部屋を出て行った。

思考が纏まらない……目的は輪を掛けてわからなくなった。だが、文字の感じからわかった事がひとつ、多分女だろうという事だった。

その日は夕食も行くのが嫌で、食べなかった。自室に籠った俺は、翌日も休みだったが……部屋から出る事すら躊躇い、心配したハンジの提案にエルヴィンがOKを出し、更に3日の休暇を貰った。食事は運んで貰い……視線に曝されずに済む状態で休めとの事だった。




読書に軽い自主トレ……そして、休みもあと1日となった頃、ハンジが食事と一緒にひとりの兵士を持って来た。

「何だ……コイツは……」

襟を持ってぶら下げられた……文字通り持って来られた状態の小柄な女は、前に出されておどおどとしていて、まるで怯えるウサギか何かの様だ。

「アレを探しに来たのを捕まえたんだ」

アレ……とは、アレか? あの紙か?

「お前が……?」

ポトリと床に落とされ、俺の声にビクッと首を縮め、泣きそうな目で俺をチラッと見てから、「はい、すみません……」そう言った途端にぽろぽろと泣き出した。

「悪気は無いみたいなんだけどね……」

困った顔のハンジに、俺は怪訝な顔になっていただろう。曖昧な言い方も気になった。

「泣いててもわからねぇ、何で俺を付け回したんだ?」
「……」

本格的に泣き出した女は、喋るどころじゃ無くなって、苛立ちと焦りが顔に出ていたのだろう。

「こりゃ無理だね」
「聞いてんだろう? てめぇが話せ」
「仕方ないなぁ……」

ハンジが言うには、女……ナマエは雑誌を作っている父親を助けるために俺を付け回していたと言うが、何の関係があるのか……俺にはさっぱりわからなかった。

「だから、何だというんだ?」

ニヤケたハンジに、嫌な予感しかしねぇが、先を促した。

「人類最強の兵士長様の素顔……」
「……はあっ?」
「って、雑誌に載せたんだってさ……そうしたらバカ売れしたらしくってさ、もっと知りたいって意見が殺到したらしいよ」

ちょっと待て、俺の素顔だ……?

先日見た紙の内容がフラッシュバックしたが、アレを世間に晒されている訳か?
余計な視線やチラ見する奴も増えていたが、総てコイツのせいだったのか?

「一体どんな事を書きやがったんだ?」

地を這う様な声に、ガタガタと震え出した。だが、そんな事は知ったこっちゃねぇ。持ち上げて、目線を合わせる様に見れば、呼吸がおかしい……

「あらら、過呼吸……リヴァイの顔は怖すぎた?」

失礼な奴だと思いながらも、俺からナマエを奪ったハンジが「落ち着いて」と優しく言いながら、素早く対応しているのは素直に凄いと思った。俺なら見ているだけで何も出来なかっただろう……

「大丈夫なのか?」
「落ち着けば大丈夫さ」
「そうか……」

苦しそうにしているのを見るのは、好きじゃねぇ……地下でそんな奴を見たら、その後そいつに会う事はまず無かった。
何も出来ねぇ俺は、どうしていいかもわからず、紅茶を淹れてやる事にした。

「もう大丈夫だよ、リヴァイ」
「あぁ、平気なら……飲め」

出来るだけ優しく言ったつもりだが、それでも一瞬怯んだのを見て溜め息を吐けばまた、ビクッと肩を震わせた。

「ナマエと言ったか……俺はそんなに怖いか?」
「……」
「リヴァイ、それは返事に困るよ……」
「いえ、あの、そ……んな訳では……」
「……そうか、それで……親父は助かったのか?」
「あっ、はい、とても助かりました」

頭を下げる姿を見て、少しだがホッとした。

「まだ、続けるつもりだったのか?」
「……はい、希望がとても多くて」
「リヴァイってば人気者じゃん」

テーブルをバンバンと叩いて笑うハンジには腹が立ったが、この程度の事で人助けになったなら……そう思う部分もあった。

だが、一体どんな事を……?

「クソ眼鏡……てめぇは知らねぇところで色々暴露されて嬉しいか? ったく、他人事だと思いやがって……」
「ま、まあ、それはそうだけどさ……」
「どんな事を書いたか教えろ、次からは直接俺に訊け……わかったか?」
「……?」
「……わかってないみたいよ?」

盛大に溜め息を吐いて、紅茶を飲んでから説明してやった。

今迄に書いたものを全部見せろ、それで取り敢えずは許してやる……と。それから、まだ続けるのであれば、勝手に探らずに俺に直接訊きに来いと言った。

「わ、わかりました……明日にでも本と記事はお持ちします。それで……あの……」
「休憩中や午後執務室に居る時は話を聞いてやる」
「は、はい!」

バッと顔を上げて笑ったナマエに、不覚にも胸が鳴った……

「わかればいい……」

顔を背けた俺に、ハンジの眼鏡がキラッと光った。不味い場面を見られたと……舌打ちしたが、ナマエがまたビクついた。

「お前にじゃねぇ、いちいちビビるな」

その日はそれで二人とも部屋から出して、休んでいたからと言って……落ち着いていたかと言えばそうでは無かった俺は、久し振りに何も考えずに眠った。




翌日、ナマエが2冊の雑誌と次に出る予定の原稿を持って執務室へとやって来た。

「勝手に……すみませんでした」

叱られたガキみてぇな面で俺に頭を下げたが、俺は黙って記事を読んだ。

あの紙を見たからか、どんな恥ずかしい事を書かれたのかと思っていたが、変な覚悟をしていたせいか……記事は思ったよりは普通だった。
恥ずかしくないかと訊かれれば、恥ずかしいのだが、訓練中に怪我をした兵士を運んだり、怪我をした鳥を救護室に連れて行ってどうにかしろと言った事や……書類を散撒いた兵士と共に拾っていた事など、美談にもならねぇ様な事ばかりだった。

「オイ……まさかこれだけの事で本が売れたとか言うのか?」
「えっ? そう……ですが……」
「意味がわからねぇ……」

面白くも何ともねぇし、理解できねぇ……

悩む俺を見たナマエが微笑んだ。

「人類最強の兵士長……そう呼ばれる人がどんな人なのか、興味があるのです。私も……そうです」
「ただの……ゴロツキ上がりの兵士だ」
「でも、兵士にも一般の人にも尊敬されている……凄い人なんです」
「別に俺は……」

何も凄い事など無いと言えば、ナマエはまた微笑んだ。

「俺も、お前の事が知りたくなった」
「えっ?」
「俺の事を教えてやる代わりに、お前の事を教えろ」

気になれば、知りたくなる……

楽しみを見つけた様な、浮いた気分に俺は……心地好い視線を受け止めた。


その後、独占インタビューなど、色々な記事が書かれた。どれも良く売れたらしく、謝礼を貰った。
返そうとしたが、受け取らねぇナマエに俺は……

「なら、これで飲みにでも行くか」

そう言って……初めて誘った。

End


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