約束の為の約束 2
Until a day of an appointment


翌朝、厩舎へ行けば、リヴァイは既に馬の世話をしていた。

「遅かったな……具合でも悪いのか?」

人の気も知らないで! と、怒鳴り付けたくなったけれど……勝手に見たのは私だった。

「何でもない」

フイッと向きを変え、自分の馬に向かった。八つ当たりなんて、それこそガキだと言われるだけだと……また、悔しくなった。

「オイ、ナマエ……」
「な、何よっ!」

急に後ろから声を掛けられ、私はビクッとして振り返った。

「さっきから馬が困ってる様だが、本当にどこも悪くねぇのか?」
「え……?」

よく見れば、私は馬の顔にブラシを掛けていた。そりゃ、馬も困るよね。

「ご、ごめんね……」

馬は大きな目でじいっと見ている。困った様に笑って見せると、『しっかりしろよ?』といった風に、フンッと鼻息を掛けて横を向いた。

「何かあったのか?」
「な、何もないよ、何も……」
「わからねぇと思うか?」
「何が……?」
「お前が嘘吐いた時は、言葉を繰り返すんだ」
「えっ?」

変わらねぇなと頭を撫でられた。また、私は子供扱いだ。

「大丈夫、大丈夫と言った時は、大丈夫じゃぁねぇ時だ。今も、何もない、何もと繰り返しただろうが。それに、さっきから1度も俺の目を見てねぇ」
「それは……」

私は返す言葉も見つからなくて、足元に視線を落とした。




厩舎に来たナマエは、様子がおかしかった。いつもなら、真っ先に目を見て来るが、合わそうともしない。
それどころか……一体何をやってるんだと笑っちまいそうになった。

馬の鼻にブラシ掛ける奴なんざ見た事がねぇが、いい加減馬も困ってる様子だったから、近寄った。

後ろから声を掛ければ、あからさまに驚いて見せた。
だが、何でもねぇとぬかしやがる。
お前だけ見て来たんだ、わからねぇと思うなよ?

だが、何故言わねぇんだ?

俯いたままになっちまったが、そんなに言い辛い事なのか?

「ほら、飯食ったら街へ行くんだろう? 菓子も買ってやるから……」

頭を撫でながら言ったが、手を弾かれた。

「また、子供扱いしてっ!」

悔しそうな顔で俺を見たナマエは、走り去ろうとしたが、俺は咄嗟に腕を掴んだ。

「離してよっ!」
「そうはいかねぇ……」
「くっ、はな……せっ」

振りほどこうとするナマエを俺は力一杯引き寄せた。
胸に当たって小さく悲鳴を上げたが、構うもんかと、抱き締めた。

「何がそんなに気に入らねぇんだよ」
「……」
「俺には言えねぇのか?」

腕から逃れようと、ナマエはもがくが、離してやるつもりはねぇ。

「……あと、2年だ」

その日を俺は待っているんだ……わかるか? お前が大人になるのを待っているんだ。
急に大人しくなったナマエを、今度はそっと抱き締める。
ガキだと思ってねぇと、俺も辛い。

「なぁ、あと2年だ」
「でも、その前に誰か……」
「有り得ねぇな」
「昨日だって……」

あぁ、見ていたのはお前だったのか……
それで、妬いてくれたわけか?

「俺が嘘を言ったのは……1度だけだろう? だが、それはお前の為と思ったからだ。戦い方など知らねぇまま、穏やかに暮らして欲しかった……」
「そんなの、知らない!」
「あぁ、そうだな」

あの時、いつかナマエは地上で暮らせる様にしてやりたいと思っていたんだ。
だが、その前に俺は……選択を迫られた。

『仲間と一緒に、死ぬまで牢で暮らすか、兵士になれば、仲間は見逃してやる。どちらも嫌だと言うならば、皆の命も無いだろう』

今にして思えば、俺が兵士になる以外の答えは用意されていなかった訳だが、ナマエまで兵士になっちまうとはな……

「お前の気が変わらねぇ限り、何も変わらねぇよ」
「か……わる、訳無いでしょう? ここまで来たのに」
「なら……」
「でも、自信が無い……なくなっちゃった」

確かな約束は無い、俺はあの日、ナマエが言おうとした言葉を遮った。その言葉は、想いは、同じだと思いたかった。
だが、それは俺の都合でしかねぇ。

「どうしたらいいんだ?」
「わからない、わからないから困ってるの。ただ、待つだけなんてもう出来ないよ……」

俺に抱き着いたナマエの腕は心地好い。昨日の女は気持ち悪いとさえ思った。それが何を意味するかなんて考える迄もねぇだろう。

少し屈んで、ナマエの頬に唇を寄せ、そっと触れた。

「約束……だ」

もう一度、今度は瞼にキスをした。

「お前にしか、こんな事は出来ねぇよ」

泣き出したナマエを俺はずっと抱き締めていた。今すぐ、こうしている間に2年という時間が流れてくれねぇかと……思いながら。




それから、また1年経ったある日……

俺は偶然、数人の女達に連れて行かれる様にして歩いていくナマエを見た。

あまりいい雰囲気じゃねぇな……

後を付ければ、俺を呼び出した事のある女達にナマエが囲まれていた。
すぐにでも助けたいところだが、たぶんそれでは繰り返すだけだろうと思い、様子を見ていた。
ナマエは喧嘩では負けないだろうが、乱闘となったところで俺は飛び出し、全員に蹴りを食らわせた。当然、ナマエにもだ。

「下らねぇ事をやってくれるな。そんな事をしても、俺はお前等を嫌う事はあっても、選ぶ事はねぇだろうよ」

俺は、瞳を揺らすナマエの手を取って立たせ、抱き寄せた。

「コイツは……別だがな」

背中の手をナマエの後頭部にずらし、俺はナマエに口付けた。

呆然と見ている女達は、これで大人しくなるだろう。

「喧嘩両成敗だ、さっきの一発で無かった事にしてやる。持ち場に戻れ!」

咄嗟に立ち上がり、敬礼をした女達は走り去った。

「リヴァイ……」
「約束の更新だ。俺のファーストキス……ってやつだぞ」

大きく目を見開いて、ポカンと口まで開けやがったが、そこは喜んでくれるとかじゃねぇのかよ……と、恥ずかしくて横を向いた。

言うんじゃなかった……

「うそっ! 本当に?」
「……」
「あ、ごめんね……」
「もういい、お前もさっさと戻れ……」
「やだ、だってまさか……」
「もう言うな、クソッ」

柄じゃねぇ事言うからだと思ったが、言っちまったもんはどうにもならねぇ……

「リヴァイ……」
「さっさと戻れと……」
「私も、初めてなんだよ……?」

そこまでは考えて無かった……

「すまねぇ……」
「約束……してくれる?」
「何をだ?」
「誰にもしない……って」
「あぁ、約束しよう」

ぎゅっと抱き締めてくる、ナマエの腕は、変わらずに心地好い。

また1年、あと1年……
俺は日々成長していくナマエを待ち続ける。

「なぁ、ナマエ」
「なに?」
「あと、1年だ……」
「うん」

もう、ガキだとは言えねぇな……

逸る気持ちを押し遣って、俺はまた、牽制の日々だ。
お前を狙う野郎共を削いでやる。

きっと、すぐにその日は来るだろう。
そうしたら、好きなだけ一緒に居てやるよ。

だから、俺の傍を……離れるなよ。

End



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