Relation of a secret 1



この日、俺は……俺の中の何かが壊れる音を聴いた……

それは、何だったのだろう……




夕食後の談話室は、珍しく男ばかりだった。隅の方で何人か女も居たが、いつもならば煩いくらいの会話が、今日は男達から聞こえていた。

「あー、どっかにイイ女居ねぇかなぁ」
「そんな簡単に見つからねぇよ……」

若い男の考える事など、似たり寄ったりだ。そこから、当たり前の様に性欲処理の話になると、聞こえていたのだろう。残っていた数人の女は部屋を出て行った様だった。

窓際で彼等に背を向けながら、俺は新聞を読んでいた。

「そう言えば、同期のアイツ……誘えばヤらせてくれるって噂だよな?」
「ああ、聞いた事ある」
「この際、誰でも良い……」

そんな話になり、男達は盛り上がっているが、「部屋に連れ込むか」という段取りを始めたところで、俺は新聞をバサッとテーブルに投げた。

「オイ、てめえ等……」
「へっ、兵長?」

話に夢中で、俺の存在に気付いていなかったのだろう。

「今のは、集団暴行の段取りか?」
「そ、そんな訳無いじゃないですか」
「そうか?」
「それは犯罪ですよね。そんな事しませんよ……」
「なら良いんだが、聞いていた事を実行すれば、犯罪だ」

口の上手い奴が誘い、皆が待つ部屋へと連れ込み事に及ぶ。どう考えても、女は騙されたと思う様な……作戦とも計画とも呼べねぇお粗末なものだ。

「そんなにヤりてぇなら、娼館があるだろう? 手近なところで済まそうってのが、そもそもの間違いだ」

実際、そういう事で揉める事がある。上官として、それを未然に防ぐ義務もある。

「決まった相手が居ねぇなら、金で解決出来る。持て余してるなら尚更、相手は商売だからな……お前等みてぇなガキを満足させるくらい、朝飯前だ」
「でも……」

そこに居た全員、行った事が無かった様で、恥ずかしいだのなんだのと声が小さくなった。

「そんな事で我慢できる程度なら、自分でどうにかしとけ」
「そう……ですが」
「兵長は……よく行くんですか?」
「気分転換程度で、たまにだがな」

そう答えれば、皆の興味深々な目は……背中を向けたままでもわかった。

「どっ、どういう事を……」
「んなもん、説明してもしょうがねぇよ。行って見てみろ、それが一番だろうよ」
「でも、何処へ……」

すぐ近くの街には、何軒も娼館がある。店によって当り外れもあるが……初心者向けだろうと思う店を教えてやった。

「翌日が休みか、訓練の無い日に行くと良い」
「わかりました!」

一人では心細いと、皆で行く相談を始め、まぁ、こんなもんだろうと新聞に手を伸ばした。

娼館か……暫く行ってねぇな……

態々行くのも面倒で、風呂の序に済ましてたなと思い出し、たまには行ってみるかと考えたが、やはり面倒だ。

いつ行くかと騒いでいたが、決まった様で……男達はゾロゾロと部屋を出て行った。

そろそろ、俺も戻るか……

大きく伸びをすると、少し離れた所でカタンと椅子の音がした。

まだ、誰か居たのか。

出て行くのかと思えば、足音が近付いた。

「兵長、折り入ってお願いがあるのですが……」

その声に振り返れば、真剣な顔で俺を見ているのは、ナマエだった。

「俺に……?」

間違っても、俺に声を掛けて来るなんて事は無いだろうと思う、真面目で大人しい女だ。
告白……とも違う雰囲気に、何かに困っているのだろうかと思った。

「話してみろ、俺に出来る事なら聞いてやる」

これも、上官の務めだろう……そんな感覚だった。

「ありがとうございます」
「まだ、聞いてねぇ」

深々と頭を下げたナマエが頭を上げ、握った手を震わせながら俺を見ている。

余程の事……なのか?

どんな事を頼まれるのかと考えながら待ったが、想像もつかなかった。

「わ、私を買っていただけませんか?」

咄嗟に、言葉も……出なかった。

買うって、そりゃ……

ナマエの口から出るとは思えねぇ言葉に、違う意味でもあるのかと考えるも、見つかる訳もねぇ。

「理由を、話せるか?」

ガタガタと震えている。そんな状態でこんな事を言うには、訳があるのだろう。
一晩付き合えと言われるのも断るのも慣れたが、これは思ったよりも効いた様で、目の前に立っているナマエの……顔が見れずに握られた手を見ていた。

「どうしても、お金が要るんです……」

父親が倒れ、その治療費は給料からの仕送りでは足りず、兵士を辞めて働いてもそれ以上の給料を貰える所など無い。
けれども、兵士の副業は禁止されていて、それ以上稼ぐ事も出来ない。

さっきの男達の話を聞いていて、これしか無いと思ったと……ナマエはまた、深々と頭を下げた。

「意味は、わかっているのか?」
「はい」
「経験はあるのか?」
「あり……ません」

震える声で答えたのを聞いて、俺は顔を上げた。

「そうか、それなら……覚悟を見せてみろ」
「覚悟……ですか?」

何をどう見せるのかと、狼狽えている。

「今此処で、全部脱げ。脱いだらテーブルの上に座って大きく足を開いて見せろ。それが出来たら、もう一度さっきの願いを言ってみろ」
「……」

大きく見開いた目からは、涙が零れ落ちた。

お前に、そんな事は無理だろう?

無理だと言って泣き出せば、返せる宛が無くても貸してやると言うつもりだった。だが、ナマエは泣きながら服を脱ぎ始めた。

オイ、お前……

俺が座っている椅子の前のテーブルの上に上がり、ナマエは俺の目の前で大きく足を開いて見せた。

「私を……買ってください」

必死に耐えている姿を見て、俺の頭の中で、何かが切り替わった気がした。

「契約成立だ」

目の前のナマエの中心へと顔を寄せると、そこへ口付けた。

「もう、服を着て良い」
「ありがとう……ございます」

そう言ってテーブルから降りようとしたが、ナマエはそこで気を失っちまった。

ここまでの覚悟を見せられては、言った俺も出来る事はしてやらねぇとな……と、服を着せて自室へと連れ帰った。




「ここ……どこ?」

ベッドの上で目を覚ました私は、きちんと服を着ていて、ひとりだった。

あれは、私の妄想か何か……?

そう思いたかったけれど、見た事の無い部屋に居る。兵長の「契約成立だ」と言った声が、頭に残っている。そして……

ここに、キスしてた……

「どうしよう……」

服の上から触れてみたけれど、何がわかる訳でもない。

「気が付いたか?」

顔を上げれば、戸口に兵長が立っていた。お風呂に入っていたのだろうけれど、腰に巻かれたタオル以外は何も着ていない。

「す、すみません……私……」
「気を失っちまったから、連れて来た」
「……ありがとうございます」

思わず、目を逸らしてしまった。男の人の裸すら見た事の無い私には、どうして良いかわからなかった。

「ちゃんと見ろ、お前が望んだ事だろう?」

そう……ですよね。

頑張って目を向けると、兵長は……タオルを取った。当然、下着も何も履いていない。

「今夜は帰るか? それともヤってくか?」

別にどちらでも良いといった感じで訊かれて、目のやり場と返答に困った。




風呂から出ると、ナマエはベッドに座っていた。寝てると思っていたから、タオル一枚で出て来たが……

何やってるんだ?

足を開いて、そこに触れている。自慰……という訳でも無さそうで、不思議そうに首を傾げた。

声を掛けると俺を見たが、裸同然の格好だからか目を逸らされた。それが何でか気に入らない俺は、ちゃんと見ろと言って此方を見ると……タオルを取った。

男の裸すら、まともに見た事もねぇんだろう?

「今夜は帰るか? それともヤってくか?」

俺はどちらでも構わねぇが……

「兵長にお任せします」

暫く考えている様だったが、ナマエはそう言ってまた、まっすぐに俺を見た。

「経験がねぇんだろう? 最初だけでも、そうしたい相手は居ねぇのか?」
「そういう相手は居ません」
「……そうか」

どこかで、俺が良いと言ってくれないかと思っていたのか、降下した気分を落ち着け、金の為だよなと再確認した。

「なら……先ずはこれを受け取れ」
「これは……?」
「お前の水揚げの金だ」
「水揚げ……ですか?」
「簡単に言えば、娼婦の処女を抱くのに支払うもんだ」

目を丸くしたナマエは、「失礼します」と包みの中を見て、ぽかんと口まで開けている。

「相場はそのくらいだろうが、足りねぇか?」
「わかりません。でも、多過ぎると思います」
「多い分には、問題ねぇだろう? 買ったのは俺だからな。そのくらい払っても見合うと思うから出した」

不安そうに見たナマエは、それでこの先俺が良いと言うまで縛られるとでも思っているのだろうか?

「後は、その都度働きに応じて払っていくつもりだが、何か質問はあるか?」
「兵長の仰る通りで構いません」
「あぁ、それから……」

お前が必要な額を稼ぐまでの間、この関係は続けて行く事で異存は無いかと訊けば、ナマエは「はい」と答えた。
そして、その間この部屋に出入りする事を不審に思われない為に、表向きは付き合っているという事にするのはどうかという質問にも、「はい」と答えた。

「そ、それで……今夜は……」
「明日は仕事か?」
「いえ、休みです」
「なら、問題はねぇな」

頷いたナマエは黙って服を脱ぎ、両手を着いて頭を下げた。

「宜しくお願い致します」
「プライベートでは、リヴァイと呼べ」
「わかりました」
「最後にひとつ……訊いておく」

俺は、初めてだが優しくされたいかと……訊いた。

「最初だけ……お願いします」
「わかった」
「ありがとうございます」
「今だけ、俺を本物の恋人と思え。俺もそう思って……お前を抱く」

気持ちの準備が出来たら、名を呼べと背中を向けた。

準備が必要なのは……俺の方だろう。

愛しい女を抱いた事など無い。この先、そんな事も無いだろうと思い、この時だけでもそんな気分をを味わいたいと……ゆっくりと息をしながらナマエを想った。



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