「分隊長、お土産です」 花を持ったモブリットが、にこやかに戻って来た。 「どうだった?」 「丁度お客さんが切れたので、すんなりと入ってくれました」 「また、邪魔が入らないと良いんだけどね」 「それは大丈夫かと。出る時にカードを裏返して来ましたから、お客さんが来る事は無いでしょう」 「流石だね」 後は、成り行きに任せるしか無い。 「でも、分隊長さん……あの娘はわかりますが、兵士長さんがまさか……」 「うん、間違い無いと思うよ。そうじゃ無ければ、さっさと買って行ってしまった筈だから」 何度か一緒に来たけど、その度に切なそうな顔で見ていたしね…… 「自覚が無いのが……問題なんだけどね」 「あ、あら……兵士長さんって見かけによらず……?」 内緒ね……と、合図すれば、お似合いねと笑っている。 リヴァイ、後は自力でどうにかしてよね。 モブリットが出て行っちまうと、当然だが二人きりになっちまった。 決まったかと訊かれても、こんな時に贈る花を……俺が知る訳もねぇだろう? 「さっぱり、わからねぇ……」 振り返って答えると、怯えている様にも見えた。 花より、お前が良いんだが…… そう思ってやっと、答えを見つけた気がした。花をやれば、笑うかと思った。それは俺にも、笑い掛けて欲しかったからだ。 だが、わかったのは其だけじゃねぇ。怖がっているのだろうという事も……だ。 こりゃ、どうしようもねぇな。 わからねぇと言った俺に、相手はどんなタイプか、好みの色は……と、次々と質問されたが、考えてみりゃ何も知らねぇ。 「あ、あの……」 「すまねぇな、何も知らねぇんだ」 「では、どんな感じの方か、教えて頂けますか?」 「いや、それよりも……」 「……?」 「お前が貰ったら嬉しい花を、教えてくれ」 「私が……?」 少し困った様な顔をしたが、すぐにその理由がわかった。 高そうな見映えの良い花では無く、それらの花に添えて飾る様な花を指差した。 「この花が私は好きですが、贈り物には……」 「……悪くない」 「えっ?」 「それを、全部くれ」 「これ、全部ですか?」 他の花の様には売れなかったのか、どの花よりも残っていた。 「あぁ、あるだけ全部だ」 それだけ買えば、少しは売り上げにも貢献出来るだろうかと、こうなりゃもう自己満足だろうが構わねぇと思った。 オロオロとしながら、女は抱える程の花を持ち、「これで宜しいでしょうか?」ともう一度訊いた。 「あぁ、包んでくれ」 「少々お待ち下さい」 花の向きを整え、丁寧に束ねていく手元……ではなく、真剣な顔を見ていた。 「お前……名前は?」 「ナマエです」 「そうか、ナマエか……」 いつも来ていたが、それすら知らなかった。 どんな人にあげるんだろう…… 気になったのもあるけれど、私に出来るのは幸せのお手伝いだ。でも、相手の事を知らないって……私の好きな花で良いって……責任重大じゃない? 派手な花では無いけれど、可愛くて私はこの花が好きだった。普段は他の花の引き立て役にしかならないけれど、こんなに沢山で束ねると、思ったよりも立派な花束になるんだと驚いた。 綺麗に……喜んで貰える様に…… こんなに真剣に花束を作った事があったかなと思いながら、長さや向きを変えてみたりしていた。 「お前……名前は?」 何で、名前なんて……? 「ナマエです」 「そうか、ナマエか……」 知らなくて、当たり前だよね。ずっと来てくれていたけれど、私もつい最近……兵士長さんだって知ったばかりで、お客さんと店員の関係なんてそんなものだと納得した。 綺麗に出来たら、また来てくれるかな…… 恥ずかしくて接客もした事無かったけれど、こうして好きな人の役に立てるなら、それも良いかなと思った。 好きな……人……? 思わず顔を上げると、目の前に顔があって……バッチリと目があった。 「どうかしたか?」 吸い込まれそうな瞳に、見蕩れてしまった。 「いえ、これで如何でしょうか」 「あぁ、綺麗だ」 自然と、とても穏やかな気持ちでそう訊くと、花束では無く、私を見たままそう答えてくれた。 まるで、私が言われたみたい…… 「ありがとうございます」 危うく勘違いしそうになったけれど、仕上げてしまおうと手元を見た。 「ここからじゃ聞こえないね……」 「そうですね……」 戸の隙間から、良い歳して覗きですかとモブリットには呆れられたけれど、心配なだけだと、二人で覗いていた。 「あら、あの花……」 「ん……?」 「あの娘の好きな花なんですが、花束には向かないのに……」 「あ、全部持った。結構あるね……」 「あんなに沢山、買って下さるのでしょうか?」 「……だろうね」 働くばかりで使い途が無いと言っていたと言えば、驚いている。 「兵長、良い顔してますね……」 「なんだ、結局見てるじゃん」 「気になるじゃないですか」 「あ、見詰め合ってる……!」 凄く良い雰囲気なんだけど、買ってそのまま出て行っちゃうんじゃないかと……心配になった。 綺麗だと思ったのは、初めてまともに見た笑顔と、澄んだ瞳だった。 この状況なら、花の事だと……思ったよな? 最後の仕上げに、リボンを結んでいる。金を払って受け取ったら、その後はどうしたもんかと考えた。 「出来ました」 満面の笑み……これを見られただけで、充分だろう。 「あぁ、ありがとう。これで足りるか?」 花の値段と本数から、少し多目に渡した。 「お、多いと思います! 今お釣りを……」 「釣は良い、手間賃だと思って取っておけ」 「そんな訳には……い、今すぐお持ちしますから」 慌てて計算しているナマエの前から、俺は花束を取ってドアへ向かい、そのまま外へと出た。 追って来る気配を感じながら、立ち止まると、振り返った。 「……受け取ってくれ」 店を出て来たナマエに、押し付ける様にして花束を渡して立ち去る……我ながら良い方法だと思ったのだが、背中を向けた途端に服を掴まれた。 「ま、待って下さい! やっぱり、これじゃ気に入らなかったんでしょうか?」 「いや、望み通りだ」 「それなら、何で……」 「花をやる相手なんて、他に居ねぇ。最初から、お前にやるつもりで頼んだんだ」 「それってどういう意味……ですか?」 顔だけ向ければ、不思議そうな顔で見ているが、嫌な顔をされないだけましだろう。 「俺も人並みに、そういう事をしてみたかった。花は、付き合わせた礼だと思ってくれ」 悪かったな、だが…… 「……楽しかった」 いつの間にか、掴んでいたナマエの手は外れていた。 何だろうか、結果云々よりも、どこか清々しい様な気分だ。 来る時よりも、歩き出した足は軽かった。 「どういう事なの……?」 頭の中がいろんな言葉でいっぱいになって、何をどう言って良いのかわからないでいると、兵士長さんは歩いて行ってしまった。 最初から、私の為に……? からかわれただけなのか、花をくれる人も居ないだろうと馬鹿にされたのかと考えたけれど、「楽しかった」って言った横顔は、とてもそんな風には見えなかった。 「ナマエ、忘れ物よ」 「お姉ちゃん……?」 「お花、嬉しかったんでしょう? それなら、これ持って追いかけなさい」 私が作ったチョコレート…… 花束と取り替えられ、ドンッと背中を押された私は、一瞬振り返ってお姉ちゃんを見てから走り出した。 ああ、そうだ……私も他の人みたいに、作ってみたかったんだ…… 仕事もあるし、兵団の偉い人に届けるなんて無理だってわかっていた。でも、想いながら作ってみたかった。 「待って……待って下さいっ!」 叫んだつもりだけど、走りながらじゃダメだったのか、止まってくれない。もう少し近付いてから……と、「兵士長さん!」と呼んだ瞬間、足がもつれた。 ああ、もっと運動しておくんだった…… 目を閉じて、来るべき痛みに備えた。 「ったぁ……」 思わず、声を出す程痛かったのは、膝でも手でも無く、鼻だった。 「オイ、大丈夫か?」 目を開けても真っ暗で、状況を把握するのに時間が少し掛かった。 「すみません……」 助けて貰って、転ばずに済んだけれど……兵士長さんのお腹に顔から突っ込んだみたいだった。 「どこか怪我したか?」 「え?」 「痛ぇって、言っただろう……?」 「大丈夫です、転んだと思い込んでいたので……い、痛くないです。ありがとうございました」 流石に、助けて貰って鼻を打ったとは言えない。 そ、そんな事よりも…… 「これを渡したくて……」 持って来た包みを、兵士長さんの胸の辺りに押し付け、「どうぞ」と……受け取ってくれたら、走って逃げようと思った。 皆が浮かれる気持ちが、少しわかった気がする。 そんな事を考えながら歩いていると、後ろで声がした気がしたのだが、街はまだ人も多い時間だ。俺にゃ関係ねぇだろうと歩いていたが、「兵士長さん!」そう聞こえて振り向いた。 なん……っ、だ? いきなり腹にタックルかと思ったが、蹴躓いた様だった。怪我もしてねぇ様で安心したが、一体どうしたのかと不安になった。 「これを渡したくて……」 持っていた包みを押し付けられ、俺は咄嗟にナマエの両手首を掴んだ。 「逃がさねぇ……」 「えっ?」 受け取ったら、逃げちまうだろう……そう思ったのは正解だった様で、ナマエは酷く困った顔をしている。 「これは……何だ?」 「チョコレート……です」 「何故、俺に……」 花を買ったサービスか? だが、他の客が貰っているのは見ていない。ならば何だと考えたが、ナマエの言葉を待った。 [ *前 ]|[ 次# ] [ main ]|[ TOP ] |