想いを伝える為の日に 2



「分隊長、お土産です」

花を持ったモブリットが、にこやかに戻って来た。

「どうだった?」
「丁度お客さんが切れたので、すんなりと入ってくれました」
「また、邪魔が入らないと良いんだけどね」
「それは大丈夫かと。出る時にカードを裏返して来ましたから、お客さんが来る事は無いでしょう」
「流石だね」

後は、成り行きに任せるしか無い。

「でも、分隊長さん……あの娘はわかりますが、兵士長さんがまさか……」
「うん、間違い無いと思うよ。そうじゃ無ければ、さっさと買って行ってしまった筈だから」

何度か一緒に来たけど、その度に切なそうな顔で見ていたしね……

「自覚が無いのが……問題なんだけどね」
「あ、あら……兵士長さんって見かけによらず……?」

内緒ね……と、合図すれば、お似合いねと笑っている。

リヴァイ、後は自力でどうにかしてよね。




モブリットが出て行っちまうと、当然だが二人きりになっちまった。

決まったかと訊かれても、こんな時に贈る花を……俺が知る訳もねぇだろう?

「さっぱり、わからねぇ……」

振り返って答えると、怯えている様にも見えた。

花より、お前が良いんだが……

そう思ってやっと、答えを見つけた気がした。花をやれば、笑うかと思った。それは俺にも、笑い掛けて欲しかったからだ。
だが、わかったのは其だけじゃねぇ。怖がっているのだろうという事も……だ。

こりゃ、どうしようもねぇな。

わからねぇと言った俺に、相手はどんなタイプか、好みの色は……と、次々と質問されたが、考えてみりゃ何も知らねぇ。

「あ、あの……」
「すまねぇな、何も知らねぇんだ」
「では、どんな感じの方か、教えて頂けますか?」
「いや、それよりも……」
「……?」
「お前が貰ったら嬉しい花を、教えてくれ」
「私が……?」

少し困った様な顔をしたが、すぐにその理由がわかった。
高そうな見映えの良い花では無く、それらの花に添えて飾る様な花を指差した。

「この花が私は好きですが、贈り物には……」
「……悪くない」
「えっ?」
「それを、全部くれ」
「これ、全部ですか?」

他の花の様には売れなかったのか、どの花よりも残っていた。

「あぁ、あるだけ全部だ」

それだけ買えば、少しは売り上げにも貢献出来るだろうかと、こうなりゃもう自己満足だろうが構わねぇと思った。

オロオロとしながら、女は抱える程の花を持ち、「これで宜しいでしょうか?」ともう一度訊いた。

「あぁ、包んでくれ」
「少々お待ち下さい」

花の向きを整え、丁寧に束ねていく手元……ではなく、真剣な顔を見ていた。

「お前……名前は?」
「ナマエです」
「そうか、ナマエか……」

いつも来ていたが、それすら知らなかった。




どんな人にあげるんだろう……

気になったのもあるけれど、私に出来るのは幸せのお手伝いだ。でも、相手の事を知らないって……私の好きな花で良いって……責任重大じゃない?

派手な花では無いけれど、可愛くて私はこの花が好きだった。普段は他の花の引き立て役にしかならないけれど、こんなに沢山で束ねると、思ったよりも立派な花束になるんだと驚いた。

綺麗に……喜んで貰える様に……

こんなに真剣に花束を作った事があったかなと思いながら、長さや向きを変えてみたりしていた。

「お前……名前は?」

何で、名前なんて……?

「ナマエです」
「そうか、ナマエか……」

知らなくて、当たり前だよね。ずっと来てくれていたけれど、私もつい最近……兵士長さんだって知ったばかりで、お客さんと店員の関係なんてそんなものだと納得した。

綺麗に出来たら、また来てくれるかな……

恥ずかしくて接客もした事無かったけれど、こうして好きな人の役に立てるなら、それも良いかなと思った。

好きな……人……?

思わず顔を上げると、目の前に顔があって……バッチリと目があった。

「どうかしたか?」

吸い込まれそうな瞳に、見蕩れてしまった。

「いえ、これで如何でしょうか」
「あぁ、綺麗だ」

自然と、とても穏やかな気持ちでそう訊くと、花束では無く、私を見たままそう答えてくれた。

まるで、私が言われたみたい……

「ありがとうございます」

危うく勘違いしそうになったけれど、仕上げてしまおうと手元を見た。




「ここからじゃ聞こえないね……」
「そうですね……」

戸の隙間から、良い歳して覗きですかとモブリットには呆れられたけれど、心配なだけだと、二人で覗いていた。

「あら、あの花……」
「ん……?」
「あの娘の好きな花なんですが、花束には向かないのに……」
「あ、全部持った。結構あるね……」
「あんなに沢山、買って下さるのでしょうか?」
「……だろうね」

働くばかりで使い途が無いと言っていたと言えば、驚いている。

「兵長、良い顔してますね……」
「なんだ、結局見てるじゃん」
「気になるじゃないですか」
「あ、見詰め合ってる……!」

凄く良い雰囲気なんだけど、買ってそのまま出て行っちゃうんじゃないかと……心配になった。




綺麗だと思ったのは、初めてまともに見た笑顔と、澄んだ瞳だった。

この状況なら、花の事だと……思ったよな?

最後の仕上げに、リボンを結んでいる。金を払って受け取ったら、その後はどうしたもんかと考えた。

「出来ました」

満面の笑み……これを見られただけで、充分だろう。

「あぁ、ありがとう。これで足りるか?」

花の値段と本数から、少し多目に渡した。

「お、多いと思います! 今お釣りを……」
「釣は良い、手間賃だと思って取っておけ」
「そんな訳には……い、今すぐお持ちしますから」

慌てて計算しているナマエの前から、俺は花束を取ってドアへ向かい、そのまま外へと出た。

追って来る気配を感じながら、立ち止まると、振り返った。

「……受け取ってくれ」

店を出て来たナマエに、押し付ける様にして花束を渡して立ち去る……我ながら良い方法だと思ったのだが、背中を向けた途端に服を掴まれた。

「ま、待って下さい! やっぱり、これじゃ気に入らなかったんでしょうか?」
「いや、望み通りだ」
「それなら、何で……」
「花をやる相手なんて、他に居ねぇ。最初から、お前にやるつもりで頼んだんだ」
「それってどういう意味……ですか?」

顔だけ向ければ、不思議そうな顔で見ているが、嫌な顔をされないだけましだろう。

「俺も人並みに、そういう事をしてみたかった。花は、付き合わせた礼だと思ってくれ」

悪かったな、だが……

「……楽しかった」

いつの間にか、掴んでいたナマエの手は外れていた。
何だろうか、結果云々よりも、どこか清々しい様な気分だ。

来る時よりも、歩き出した足は軽かった。




「どういう事なの……?」

頭の中がいろんな言葉でいっぱいになって、何をどう言って良いのかわからないでいると、兵士長さんは歩いて行ってしまった。

最初から、私の為に……?

からかわれただけなのか、花をくれる人も居ないだろうと馬鹿にされたのかと考えたけれど、「楽しかった」って言った横顔は、とてもそんな風には見えなかった。

「ナマエ、忘れ物よ」
「お姉ちゃん……?」
「お花、嬉しかったんでしょう? それなら、これ持って追いかけなさい」

私が作ったチョコレート……

花束と取り替えられ、ドンッと背中を押された私は、一瞬振り返ってお姉ちゃんを見てから走り出した。

ああ、そうだ……私も他の人みたいに、作ってみたかったんだ……

仕事もあるし、兵団の偉い人に届けるなんて無理だってわかっていた。でも、想いながら作ってみたかった。

「待って……待って下さいっ!」

叫んだつもりだけど、走りながらじゃダメだったのか、止まってくれない。もう少し近付いてから……と、「兵士長さん!」と呼んだ瞬間、足がもつれた。

ああ、もっと運動しておくんだった……

目を閉じて、来るべき痛みに備えた。

「ったぁ……」

思わず、声を出す程痛かったのは、膝でも手でも無く、鼻だった。

「オイ、大丈夫か?」

目を開けても真っ暗で、状況を把握するのに時間が少し掛かった。

「すみません……」

助けて貰って、転ばずに済んだけれど……兵士長さんのお腹に顔から突っ込んだみたいだった。

「どこか怪我したか?」
「え?」
「痛ぇって、言っただろう……?」
「大丈夫です、転んだと思い込んでいたので……い、痛くないです。ありがとうございました」

流石に、助けて貰って鼻を打ったとは言えない。

そ、そんな事よりも……

「これを渡したくて……」

持って来た包みを、兵士長さんの胸の辺りに押し付け、「どうぞ」と……受け取ってくれたら、走って逃げようと思った。




皆が浮かれる気持ちが、少しわかった気がする。

そんな事を考えながら歩いていると、後ろで声がした気がしたのだが、街はまだ人も多い時間だ。俺にゃ関係ねぇだろうと歩いていたが、「兵士長さん!」そう聞こえて振り向いた。

なん……っ、だ?

いきなり腹にタックルかと思ったが、蹴躓いた様だった。怪我もしてねぇ様で安心したが、一体どうしたのかと不安になった。

「これを渡したくて……」

持っていた包みを押し付けられ、俺は咄嗟にナマエの両手首を掴んだ。

「逃がさねぇ……」
「えっ?」

受け取ったら、逃げちまうだろう……そう思ったのは正解だった様で、ナマエは酷く困った顔をしている。

「これは……何だ?」
「チョコレート……です」
「何故、俺に……」

花を買ったサービスか?

だが、他の客が貰っているのは見ていない。ならば何だと考えたが、ナマエの言葉を待った。



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