……ついてねぇ。 今日1日だけで、何度その言葉を使ったのだろうか? 昨日の夕方王都に入り、今日は朝から会議の予定だった。それはいい、仕事だと思えば何とでもなる。 だが…… その後とんでもねぇ目に遭い、途方に暮れるしかねぇとは……まさにこんな時の事だろうと、妙に納得していた。 あぁ、ついてねぇのは出掛ける時からだったなと思い返せば、俺の横では、困ってるのか怯えてるのかわからねぇ女が俯いている。 「ちょっと待て、補佐はモブリットって話だっただろう?」 「ああ、その予定だったのだが、ハンジの方がやはりモブリットじゃないと務まらないという話になってな……」 「それで、これ……か?」 「リヴァイ、そんな言い方は良くないぞ。彼女……ナマエはモブリットの推薦だ」 んな事知った事か…… 確かに見た事はあるが、名前すら聞いた事も無かった。 元はと言えば、ハンジが会議をダブルブッキングしやがった事が原因じゃねぇか。 それでも俺は、仕方無しに会議の為に王都へ向かう馬車に乗った。 「部屋はひとつだ……」 「はい、伺っています」 「……」 「……」 「承知で来てるのか?」 「はい……」 夕方着いて泊まり、朝一番から会議だ。モブリットとハンジの予定だったから、部屋はひとつしか用意がねぇ。 「ソファーでも、ゆ、床でも構いませんので……」 「俺の印象ってヤツは、どうなってやがるんだ……」 盛大に溜め息を吐けば、そこからは会話も無く目的地に着いた。 部屋はツインで、ベッドは二台ある。それで、ソファーや床を使うという必要はねぇ。 「お前はそっちを使え」 「でも……」 「命令だ」 あれこれ言っても面倒なだけだと思った俺は、手っ取り早く命令だと言えば従うだろうと思った。 案の定、ナマエは敬礼をして、片方のベッドの横に荷物を置いた。 「何か食いたい物はあるか?」 「お任せします」 「この辺の店で、知っている店や行きたい店はあるか?」 「いえ……」 「俺は大体わかってるから、言われた物も食いてぇ物もある店を選べる。だから、訊いている」 「す、すみません」 結局、ナマエは特に思い付かないと言って、店は俺が選んだ。 食い物の旨い酒場で、酒を飲みながら食っていたのだが、やはりナマエは俺が怖いのか……会話が弾む訳でもないからか、酔い潰れちまった。 「程々にしとけと言ったんだがなぁ」 ほぼ俺のせいだろうと思えば、仕方ねぇかと思い、背負って帰って寝かせてやると、俺はシャワーを浴びた。 ガバッと起き上がった私は、此処が何処だか把握するまでに少し時間が掛かったけれど、仕事で王都に来ている事を思い出した。 そして、兵長に迷惑を掛けてしまったのだという事に行き当たり、ベッドの上に居る事すら申し訳無いという気持ちになって床に座った。 私も、分隊長の様に蹴られるのだろうか…… シャワーの音が聞こえているから、そこに兵長が居るのは明らかだ。終わって出て来たら、きっと叱られる。 シャワーの音が止むと、代わりに私の心臓の鼓動が煩いくらいに速くなった。暑くも無いのに汗が滲んで来て、手が震えている。 どうしよう……どうしよう……どう…… 「オイ」 「ヒイッ」 声を掛けられ、あらぬ想像をしていた私は、驚いて踞った。 「俺だ、別に何もしねぇ……何かあったのか?」 「な、何も……」 「なら、何故そんなところに座っているんだ?」 「これは、その……」 「顔色も良くねぇな、具合が悪いのか?」 返事をする間も無く、兵長は私を持ち上げるとベッドに寝かせた。 私の想像では、ふざけるなと蹴られる予定だったのに…… 「ほら、水だ」 「えっ? あっ、ありがとうございます」 怒るのを通り越して呆れて行ってしまったのだと思っていたのに、兵長は水を持って来てくれた。 「吐き気はねぇか?」 「だ、大丈夫です」 ベッドに座って俯いていると、空になったコップを、隣のベッドに座っていた兵長が私の手から取った。 「すみません……」 「いや、付き合わせて悪かったな」 スッと立ち上がった兵長が一歩踏み出すと、兵長の腰に巻かれていたタオルがハラリと落ちた。 「っ……」 目の前には、露になった下半身……? えええっ? 叱られる恐怖で全く気付いてなかったけれど、そうだ、お風呂上がりだったのだと思いながら、咄嗟にタオルを拾ってしまった。 「あ、あの……これ……」 下半身から目を逸らそうと、兵長の顔を見ると、大きく目を見開いて固まっていた。 油断……した。 見ろと言わんばかりに、ナマエの目の前に下半身を曝す事になり、俺はショックのあまり隠す事すら出来ずに呆然としちまった。 ハッとして体の向きを変え、後ろ手に差し出されたタオルを受け取った。 「ついてねぇ……」 いや、付いてるもんは付いてるんだが…… そういう問題じゃねぇ 寝てるからと油断して、着替えを持って入らなかった事を後悔したが、今更だ。 「すまねぇ……」 「へ、兵長の立派なのなんて見てませんから!」 「……」 「……!」 「見て……」 「ふっ、不可抗力……です」 立派って……なぁ? 粗末と言われなかっただけマシ……なのだろうが、俺とした事がと落ち込んだ。 「平気なら、お前も浴びて来い」 「えっ? あの、それって……」 「……?」 ひどく慌てた様子のナマエを見て、俺も慌てた。 「変な意味じゃねぇ!」 「すっ、すみませんでしたっ」 バッと立ち上がったかと思ったら、風呂場へと走ったナマエは……ソファーに足を引っ掻けて吹っ飛んだ。 オイ…… 足を押さえて転がるナマエに近寄って、しゃがんで起こしてやろうとすれば、足を押さえていた手は、目を覆った。 「見えて……ます……」 「っ……!」 急いでベッドの方に戻った俺は、着替えを取り出し、すぐに着た。 「もう、俺は寝る!」 こんな時は、そうだ。これ以上何か起きる前に、寝ちまうに限る…… クソッ……大失態だ。 そのまま毛布を被り、根性で寝た。 「……どこ行きやがった?」 目覚めると、隣のベッドは裳抜けの殻だった。 荷物はそのまま、逃げ出したりした訳では無さそうだが、一体……? 待ってりゃ帰ってくるだろうと、顔を洗いに行くと、嫌な予感がした。 こりゃ……ナマエの脱け殻か? 服と下着が置いたまま……だった。 まさか……? 恐る恐る浴室を開けると、足が見えた。もう少し開けて見ると、大の字で倒れている。 ……丸見えだぞ。 いや、そうじゃねぇ……と、抱き起こしたが、冷たい。裸だが、この際そんな事を気にしている場合じゃねぇ。胸に耳を当て、心音を確認した俺は抱き上げた。 滑って転んで気絶したのだろうが、だとすると、一体何時間この状態だったのだろうか? 今は、そのまま寝ている感じだ。ベッドに下ろせば、コロンと背中を向けた。 コイツも、兵士なんだな…… 背中には、大きな傷が二ヶ所もあった。見れば、腕や足にも数ヶ所見え、生き残ってきてるのだと思った。 「ん……っ?」 「起きたか?」 「……ん?」 「痛くねぇか?」 「ひゃあぁぁぁぁぁぁ!」 裸で何を、痛い? パニックになっているナマエの頭を俺は撫でた。 「い、痛いっ」 「だろうな、派手に打ったみてぇだな」 やっと状況を把握したのか、真っ青になって謝っていた。だが…… 「朝飯食ってる時間が無くなる……支度出来るか?」 「い、今すぐ!」 今更だが、着替えにくそうにするナマエを置いて、俺は顔を洗いに行った。 ……全くもってついてねぇ。 朝食をと行った店は臨時休業、代わりにと入った店は想定外の不味さに、文句を言いそうになった。 眉間の皺を深くしつつ、それでも何とか俺達は、会議のある建物を目指していた。 モブリットと共に、のんびりと会議場へと向かっていた私は、そう言えば……と、思い出した。 「あ、ねぇ、リヴァイは誰と会議に行ったの?」 「あの案件でしたら、ナマエがよくわかっているので頼みました」 「モブリット……」 「あっ、説明していません……でした」 ヤバい、これは非常にヤバい。 爽やかな朝にはそぐわない、嫌な汗が私とモブリットを伝っている。 「まずいですね……」 「無事に戻ってくれれば良いけど、そうは行かないよね」 「ええ、そうですよね」 ナマエは、"兵団一不運な女"という呼び名を持つが、リヴァイと接点が無かったから、知る筈も無い。 「今更……だよね」 「私も、今回は派手に蹴られるでしょうね」 今更どうする事も出来ない……先程とは打って変わって、重い足取りで黙って歩いた。 [ *前 ]|[ 次# ] [ main ]|[ TOP ] |