最近、俺は本屋に通っている。気に入った本を探すという口実もあるのだが……目当ては店員のナマエという女だ。 兵団でも、ハンジが特に気に入っている本屋で、「こんな感じの本が欲しい」という、曖昧な注文をしても、探して届けてくれるらしい。 俺は何度か、ハンジの執務室に本を届けに来たナマエを見ていて、特に会話もした事は無いが……何故か気になり、それは惹かれているのだと知った。 以来、こうして暇な時は本屋へと足が向くのだが…… 「いらっしゃいませ」 目の前で言われ、俺はかなり驚いた。 「あ、あぁ……」 思わず返事をした様になっちまったが、向こうは特に気にする様子も無く、棚の整理をしている。 普段は店の奥から店内を見ている感じで、他に客もおらず、間近にいる状況は初めてだった。 背中合わせの状態で、後ろの棚を整理しているのはわかっていたが、たまたま、下の方にある本が気になって手を伸ばした俺は、1歩さがって屈んだ拍子に……ナマエをケツで押しちまった。 「きゃぁっ!」 「すまねぇ!」 当たった感触と悲鳴に振り返ると……見ちゃならねぇと思う光景がそこにあった。 上半身は本の山に埋まり、ケツを突き出した格好の上に、スカートは捲れ上がっちまって、昼間にゃ不似合いな程、色気のある下着が丸見えだ。 小振りだが、そそる尻だな…… 思わずゴクリと喉が鳴ったが、妄想しかけて動揺した俺は、助けるよりも先にスカートを直してやった。 「た、助けて……下さい……」 崩れた本の下敷きになったままだったナマエの助けを求める声で、俺はハッとして慌てて引っこ抜いた。 「すまねぇ……大丈夫か?」 「なんとか……」 しゃがんで膝に座らせ、埃や顔に掛かった髪を払ってやったのだが、額に怪我をさせちまった。 「切れちまったな……」 ハンカチで押さえてやると、すみませんと小さく言われたが、やったのは俺だ。 「跡が残らねぇといいが……」 「だ、大丈夫です」 「医者に行くか?」 「いえ、そこまでする程では無いと」 「なら、何かあったら俺に言ってくれ。傷が残る様なら……責任も取る」 「え? そんな、大丈夫ですから」 膝に座らせたままだった事に気付いたナマエは立ち上がり、「気にしないで下さい」と、困った顔をした。 「本当に何かあったら……」 しつこいかと思ったが、俺も心配だった。そんな事で……好きな奴にでも振られちまったらと思うと、胸は痛む。 「本を……お探しでは?」 「あぁ、そうだったな。だが、その前に手当てだろう? 道具はあるか?」 取って来ます……と、店の奥へと入って行ったのを見て、俺は額に手を当て、大きく息を吐いた。 一体、何をやってるんだ……? 気持ちを伝えるどころか、まともに話したのもこれが初めてだというのに、怪我をさせちまうとは……と、崩れた本を積み直した。 「お待たせしました」 「あぁ、そこに座ってくれ」 「はい」 消毒をして薬を塗り、ガーゼを当てた上から包帯を巻いてやった。 その姿に……俺は顔をしかめた。 「どうかしましたか?」 「すまねぇな……」 包帯は上手く巻けたが、痛々しい姿に苦しくなった。もっと酷い怪我など、嫌という程見ている筈だが、何故なのか…… 「だ、大丈夫です、そんなに痛くもないですから……」 「そうか……?」 「はい、ありがとうございました」 にっこりと笑った顔を初めて見た。 普段は遠巻きに見ている感じで、睨まれているのかとすら思っていたが、この顔に包帯があるのが悔しいと思った。 「今日はどの様な本を……?」 「女が好きそうな恋愛小説を2冊、見繕って貰いたい」 「恋愛小説……ですね? もう少し待って頂くと、人気の作家の新しい本が入りますが……」 「なら、届けて貰えるか? ハンジの物があれば、序でで構わない」 「入りましたら、お届けします」 「あぁ、頼む」 予約票というものを書いているのを見ていたが、名前も聞かずに俺の名前を書いていた事に驚いた。 「大事に……してくれ」 帰る時にそう言って、傷の近くに触れると、「はい」と返事をした。 「ありがとうございました」 見送られて店を出たが、気持ちは落ち着かなかった。 『リヴァイ兵士長様』と書いた予約票を見ながら、私は色々と考えていた。 ハンジ分隊長さんの所で、何度か見掛けて……それから何度もここに来てくれている。名前も、ハンジ分隊長さんに教えて貰った。見掛けは怖いけれど、とてもいい人だと言っていた。密かに憧れていた人だけど…… 「女性向けの恋愛小説かぁ……」 これは間違いなく、彼女へのプレゼントだろうと思った。見掛けで判断してはいけないと、店主である父には言われていたけれど、今迄に買って行かれた本の種類からいっても異質。読むとは思えない。 傷のある辺りを触って……溜め息を吐いた。 「仕事……しよう」 先ずは崩れた場所をと思って見ると、種類はバラバラではあるけれど、綺麗に積み重ねてあった。 兵士長さんが……? そこで、先程の出来事を思い出した。 絶対、下着見られてる。 今日の下着はどんなだったかと思い出して、血の気が引いていく気がした。適当に出して着替えた……思った以上に布の少ない物だった。 ひとりで百面相かと思いながらも、「責任取る……なんてね、無理でしょう?」と、ひとりごちた。 本屋から戻ると、俺は読みかけだった本を開いた。内容は……恋愛小説だ。 恋愛など、無縁だと思っていた俺にとっては、人の気持ちなどというものには興味も無かった。だが、ナマエが気になり出した時に、このままじゃまずいと思ったのだ。 かといって、人になど訊ける事でもねぇ。たまたま、女達が話しているのを聞いて、恋愛小説というものを読んでみようと思ったのだ。 『こんな風に思ってくれたり、言ってくれる男の人が居たらね……』 『理想だよね。ここまでじゃなくてもいいけどさ、少しは見習えって思っちゃう』 所詮は作り物だと笑っていたが、女はどんな男が好きなんだろうと気になった。 「なかなか、こう上手くは行かねぇだろうな……」 読んでいて、現実的じゃねぇなと思う部分は多々ある。だが、優しくて強くて察しの良い男が相手の話は、女にとっちゃ楽しいのだろう。 これは俺には、真似も出来そうにねぇな…… そうは思いながらも、俺はページを捲っていった。 数日後、ナマエが本を届けに来てくれた。 「お待たせしました! 入荷したばかりの新作です!」 「あぁ、わざわざすまねぇな」 数日振りに見たからだろうか、どこか雰囲気が違う気がして、俺はナマエの顔を見ていた。窓から入った風が、ふわりとナマエの髪を揺らして、そこで、違和感の正体がわかった。 「髪型……変えたのか?」 「えっ? あっ、はい……」 額を出して纏めていた髪が、額を隠す様に下ろしてある。となれば、当然……傷のせいだろうと思った。 「まさか……」 バッと髪の上から額を押さえたナマエを見て、俺は立ち上がった。 「見せてみろ……」 後退ったナマエに、これは間違い無いと思い、追うのをやめた。 「嫌な思いはしてねぇか?」 「だ、大丈夫です」 「男に振られる様な事があれば、俺が責任は取る」 「男? いえ、それ以前に兵士長さんには彼女が居るでしょう? そんな事しなくて良いですから」 コイツは何を言っている? 「俺に女は居ねぇぞ」 「え?」 「居たらそんな事言えねぇだろう?」 「でも、この本は……プレゼントですよね?」 「誰もそんな事は言ってねぇぞ」 「……?」 「俺が……読むんだ」 段々と声が小さくなった。何故、こんな事言ってるのだろうかと、恥ずかしくてどうしていいかわからねぇ。 「俺の事はいい、問題はお前の方だろうが……」 「あの、どうしてそう思われたのかわかりませんが、私にも恋人は居ないです」 「あ? あんな下着着けといてか?」 「下着……?」 ああっ! と、思い出したのか、ナマエは声を上げると、顔を真っ赤にして下を向いた。 「あ、あれはですね、たまたま……取った物を履いただけで……意味は無いんです」 「そうか、そりゃ……好都合だ」 「好都合……?」 「あぁ、俺好みの下着だ。いや、そうじゃねぇ。俺は……だな……」 「な、なんですか?」 オロオロと、下着が欲しいと言うとでも思ったのか、酷く困った顔のナマエに、俺は力が抜けた。 「俺はお前が好きなんだ」 「私だって良いなと思ってます!」 言ってから、互いに顔を見合わせた。 「ええっ?」 「そう……なのか?」 暫く、そのまま固まった。 恋愛小説の様なまさかの展開に、俺は続きを思い出した。こんな時は……確か…… 「こういうのを、運命って言うんだろう?」 そう言って、ナマエの方へ手を伸ばした。すると、少し考える素振りをしたナマエが微笑みながら…… 「赤い糸を信じてますから」 俺の手を取って……主人公と、同じ事を言った。 「その先はまだ読んでねぇが……ハッピーエンドなんだろう?」 そう問えば、ナマエは頷いた。 此処からは、オリジナルストーリーだと笑ったナマエに俺も頷いた。 紅茶を淹れてやるからと、ソファーに座る様に言うと、ナマエはテーブルに躓いた。 ソファーに突っ伏した姿のナマエは、あの日と同じ格好になった。 捲れ上がったスカート……露になった小振りな尻を向けられて、思わず俺はそっと撫でた後、ペチッと叩いた。 「ひゃぁっ!」 「また……この下着か」 「たまたま……」 急いで起き上がったナマエは、スカートを押さえて俺を見た。 「俺以外には見せるなよ?」 「み、見せた訳じゃ……」 「なら、今度ゆっくり見せてもらおうか」 「……」 また、顔を赤くしたナマエの頭を撫でて、俺は紅茶を淹れに行った。 事実は小説よりも奇なり……と言うが、楽しくなりそうだなと、俺は笑った。2度ある事は3度あるとも言うが、是非ともそれは……ベッドの上で見たいものだと、ソファーに座るナマエへと振り返った。 End [ *前 ]|[ 次# ] [ main ]|[ TOP ] |