その瞬間(とき)を待っていた


人の距離感と関係に付く名は様々あるが、それが変わるのは……いつ、どんな時なのだろうか……




幼馴染みのナマエと一緒に、壁の外を見てみたいと言って、訓練兵団へ入り、俺達は調査兵団に入団した。
それから3年が過ぎたが、俺もナマエも無事、日々を過ごしていた。
変わった事と言えば、俺が兵士長になった事くらいか。

「リヴァイ、明日の予定なんだけど……」
「クソ眼鏡、それは訓練が終わってからでもいいんじゃねぇのか?」
「まあ、そうなんだけどさ……よっと!」

対人格闘の訓練中、更には別々の兵士を相手に背中合わせで話す内容でもねぇだろう……

「エルヴィンが……接待を頼むってさ……ほらっ、詰めが甘いんだって!」
「他じゃダメなのか? あぁ、脇ががら空きだぞ」
「ご指名らしいよ?」
「チッ、面倒くせぇ……ほら、どうした? もう終いか?」

互いの相手を倒し、汗もかかないこれが訓練になるのかは疑問だが、ハンジ曰く「教えてやるのも義務」なんだそうだ。

「お前は足が弱い、あと、脇ががら空きになりやすいから気を付けろ」
「はいっ! ありがとうございました」

走り去る兵士の背中に揺れる翼が、重そうに見えた。

「何で……巨人なんて居るんだろうな?」
「さあね、でも、それを調べるのが私達の仕事なんじゃないか!」
「俺は、倒すのが仕事らしいがな」
「じゃあ、捕まえてよー!」
「そりゃ、俺が決める事じゃねぇよ」

話しながら歩く先に、ナマエの姿を見つけたが、数人の兵士と歓談するそこへは……俺の足は向いちゃくれねぇ。

(楽しそうで良かったな……)

こんな時はいつも、すうっと胸に風が吹き込む様な感覚が俺を襲うが、その意味はわからないままだ。




訓練も、雑務も……リヴァイは近くに居なくなった。
幼い頃から、気付けば一緒に居た。どんな時も……

(見えてるのに、遠くなっていく……)

兵士長になってからは特に、気付けば幹部の人と居て、話し掛ける事も出来なくなった。

自分は、どんなに頑張っても昇格出来ない。首席だったリヴァイと比べるのがおかしいのはわかっている。私の順位なんて、真ん中より下だったから……
それでも、次々と同期が姿を消していく中、生き残ってるのが不思議なくらいだ。

今も、そう……リヴァイはこちらを見ても、来てはくれなくなった。私からなんて……寄って行ける筈も無いのに、出世しちゃったら、変わっちゃうものなのかな。

(幼馴染みなんて……もう要らない?)

周りの話に合わせてはいても、感覚も神経もみんなリヴァイに持っていかれちゃっている自分が可哀想な気までしてきた。

リヴァイが建物に入って行って、視界から消えると、漸く感覚が戻って来た。

外の景色も一緒に見た……生き残ることも出来ていた……あとはもう、何も無い。
約束も、私と一緒にしたい事も、リヴァイにはもう無いのかもしれない。

「ナマエ、どうかしたの?」
「えっ?」
「ボーッとしちゃってさ……」
「あ、うん。何か疲れちゃって」
「だよね、訓練ハードだし……」
「そうだね、戻ろっか……」

リヴァイと訓練したりしていたからか、この程度では疲れない。でも、気持ちが疲れている。それは、わかっていた。




「急に接待とはどういう事だ?」
「先方から、リヴァイも同席させてくれとのご指名でね、出来れば機嫌を損ねたくない相手なんだ」
「……そうか」
「ああ、宜しく頼むよ」
「俺は何も出来ねぇぞ……」

明日はナマエの誕生日だった。18になれば酒も堂々と飲める……と、夜は街へ少しだが出る事になっていた。
だが、仕事と言われれば断れる筈もなく、日を改めるしかねぇな……と、団長室を出た俺はナマエを探した。

中庭の奥の目立たない位置にあるベンチに、頭が見えた。後ろ姿だが、ナマエだと俺にはわかる。
ゆっくりと……何と言おうか考えながら近付いた。

「こんな所でどうした?」

驚いて振り向いたナマエに、悩みごとかと言うと、関係ないと言われた。

「まぁ、色々あるよな」

取り敢えず、隣に座り前を見ていたナマエの横顔を見ていた。
最近まともに話して無かったからか、話す切っ掛けが見つからねぇ……

「何か、用でもあるの?」
「何だ、引っ掛かる言い方するな……」
「だって……最近話す事も無かったからさ」
「……そうだな」

俯いてしまったナマエに、更にがっかりさせる様な事を言わなきゃならねぇのは嫌だったが、言わねぇ訳にもいかない。

「もしかして、明日の事?」
「あぁ……」
「覚えててくれたんだ!」

途端に嬉しそうな声を出した。

「あぁ、忘れる訳が無いだろう?」
「そっか……ふふっ、嬉しい」

笑顔のナマエに、そんなに嬉しい事だったのかと胸が痛む。

「……明日は、予定が出来ちまったんだ。悪いが、次の休みに1日付き合うとかで、勘弁してくれねぇか?」
「えっ……」
「……すまねぇ」
「い、いいよ、無理に付き合って貰わなくても……お仕事なんでしょう?」
「あぁ、仕事だ」
「なら、仕方ないよ……」
「悪いな、休みは空けといてくれ」
「わかった。じゃあね」

無理に笑った様な、複雑な顔で此方を見たが、ナマエは走り去ってしまった。




翌日の夕方、通路の先に身仕度をした団長とリヴァイが見えた。普段見ない服装でドキッとしたけれど、同時に凄く遠くへ行ってしまった様に感じた。

予定が空いてしまった私は、同期の皆が祝ってくれると言うので、街へ出た。

「もう、同期はこれだけかぁ……」
「こら、今日はナマエの誕生日なんだから、そういう話題はやめてよねっ」
「あ、わりぃ……でも、4人か……いや、リヴァイもいるから5人だな」
「流石は首席、凄い出世だよねー!」

ぼんやりと、皆の会話を聞きながら歩いていた私は、たまたま、きれいな馬車だなぁ……と、見ていたら、馬車からリヴァイが出て来た。

「あれ、リヴァイか……?」

立ち止まり、見た姿は間違いなくリヴァイだった。スッと手を差し伸べ、ドレスを着た女性をエスコートして……路地へ消えた。

「何か、羨ましいな……」
「まあ、兵士長様ともなるとね」
「ほらほら、うちらももう行こうよ」

連れられて行った先でお酒を飲んだけれど、味も何にも覚えていなかった。

(仕事って……嘘ついた?)

帰り道も、ぼんやりと歩いていた私は、初めて飲んだお酒に酔ったのか、派手に転んで怪我をした。
胸も痛いし、足も痛い……祝ってくれた皆には悪いけれど、散々な誕生日だと思った。

それから、何日もリヴァイには訓練や通路でも会う事がなかった。




ナマエの誕生日の翌日から、同じ日が休みじゃないため、調整しようと必死だった。
急な接待の代わりに、好きな日に休みをくれと言えば、仕事さえ滞りなくしてくれれば問題無いと、エルヴィンが言ったからだ。

そんな中、仕事を終えて自室へ戻る途中で、いつかの様にベンチに座っているナマエを見つけた。

「ナマエ……こんな時間にどうした」
「……リヴァイ」

振り向きもしないナマエに、少し様子が変だと思ったが、黙って横に座った。

「前はよく、こうやって一緒に星を見たよね……」

空を見上げたナマエを見ても、表情が読み取れない。

「あぁ、そうだな……暫くこんな事も無かったな……」
「リヴァイが……」
「ん? 何だ?」
「リヴァイがどんどん遠くに行っちゃって、見えない……届か……ない……」

空を見上げたまま、 両手も空に向けた。

(見えない……? 届かない……?)

「俺は、此処に居るだろう?」

全く俺を見ることもしないナマエに、胸が痛む。
何故、そんな事を言うのかすら、わからない……

気付けば、声も無く……涙を流していた。

「こっちを見ろ……」

ナマエの体を此方に向けさせ、頬を両手で挟んで俺に向けたが、ナマエの目は俺をすり抜け、遠くを見ていた。

「俺は此処に居るだろう? ちゃんと見ろよ……」
「……見えない、もう、見えないよ」

涙が、俺の手も伝い……流れ続けている。

「目の前に居るのに、もう、お前は俺を見てはくれないのか?」

(そんなのは嫌だ……)

「俺はいつも、お前を見てる……」
「……嘘だ」
「俺は嘘は言わねぇ」
「幼馴染みなんて、もう要らないでしょう? リヴァイにはつり合わない……」

顔を歪めたナマエに、酷く焦った。咄嗟に引き寄せて、胸に頭を抱えた。

「見えないなら……聞いてくれ。俺は生きてるか? 俺は……此処に居るか?」
「……」
「泣くなよ……」
「……」
「いつか……外の世界の果てを、二人で見に行くんだろう?」

言葉を発しないナマエに、焦りが増していく……

「約束……覚えて……?」
「あぁ、忘れてないだろう?」
「でも……」

誕生日の日に見たものは何だったのかと訊かれたが、仕事以外の何でもないと答えた。

「……顔すら覚えちゃいねぇよ」
「疑ってごめんなさい」
「いや、俺も悪かった。ちゃんと話しておけば良かった」

少し顔を上げたナマエは、まだ涙が止まらない……

「幼馴染みは、もうやめたいんだが……」
「えっ……」

驚いて体を離した瞬間、脇に手を通して抱き締めた。

「お前が……好きなんだ」

耳に触れそうな位置で囁くと、俺の頭を抱えたナマエが、もっと派手に泣き出した。

「おい、泣く程嫌なのか……?」

これには流石に俺もへこんだ。
すまねぇ……と、離そうとしたら「私も」と、小さな声で言った。

指で涙を拭い、頬にそっと唇を押し付けた。少しずらして、口の横にもキスをした。嫌がる素振りが無い事を確かめ……唇を合わせた。

長い長い、幼馴染みという関係が変わる瞬間……そうか、こんな風にして変えて行くんだと……納得した。

俺が……見えるか?
ずっと……傍に居よう。



End







おまけ 【衝撃の事実?】

長い長いキスのあと、少し恥ずかしくて目を逸らした。

「このまま……結婚しちまうか」
「ええっ?」
「俺だって、そんな歳だ。縁談断るのも面倒だ…… 」
「えええ〜っ!」
「何でそんなに驚く事がある?」
「だって、同じ歳だと……」
「バカ言え、俺はもう23だ……」
「え……」
「……何だ?」
「ちっちゃくて……可愛かったから……年下かもって思った事も……」
「小さくて悪かったな……」
「いや、あの、昔の話だから……ね」
「……小さくはねぇモノもあるぞ」
「……へっ?」

ニヤリと笑う俺と、青褪めたナマエ……
俺は担いで自室へ急いだ。

「そ、そんなの……絶対無理〜!!」

その後どうしたかって?
勿論……

「フッ、教えてやらねぇよ」

おしまい



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