change lonesomeness into power 仕事の後、エルヴィンとの打ち合わせが終わり、俺はやっと自室へ帰れると思いながら歩いていた。 あの日感じた視線はその後一度も感じる事はなく、勘違いだったのだろうと、記憶の隅に押し遣られていた。 角を曲がり、部屋の前の通路へ出たところで、部屋の前に人が立っている事に気付いた。 (またか、勘弁してくれ……) 疲れが倍増した気がした。 調査兵団(こんな場所)に居るからか、時々こうしてやって来た話した事も無い兵士に、一夜だけと言われる事がある。だが、俺は一度も首を縦に振った事はない。 気持ちはわからないこともないが、俺にはそんな感傷は要らない。 「そこで何をしている……」 髪の長い、スタイルのいい女だと思ったが、それだけだ。興味がある訳でもない。 「用が無いなら、退いてくれ」 「……」 俯いたまま、何も言わない。 ハンジにも、そういった心理やら心情といったものは聞かされた。断るにしても、出来るだけ優しくしてやれと…… 「すまねぇが、疲れているんだ……」 そこで大概は走り去るか抱き付いて来ようとするから、必要以上に近寄らない。 その女は、どちらでも無く……スッと顔を上げると、まっすぐに俺を見た。 「……リヴァイ」 ……俺は、目を疑った。声は確かにナマエだろうとわかった。どんな宝石も敵わないだろうと思っていた、大きな薄い水色の瞳も、目の前の人物がナマエであると俺に教えている。 「何で来たんだ、来るなと言ったはずだが?」 「会いに来てくれないと思ったから、自分で会いに来た」 「……そうか、なら、用は済んだな? 自室に戻れ」 「……リヴァイ」 「俺は会いたいなどと思っていなかった」 そうだ、こんな所でなんか会いたくは無かった。 「……」 「早く戻れ」 「やっぱり、私は捨てられたの?」 「……」 「拾ったけど、邪魔になったから捨てたの?」 「自由に生きろと言ったはずだ……」 「じゃぁ、私が自由に決めてここに来た事に、文句は無いよね?」 「……」 ふわりと微笑んで俺を見たナマエは、俺の記憶の中のガキじゃ無くなっていた。 たかが3年でこんなに変わるもんだったのかと驚くと共に、何のために冷たく突き放したのかと悔しくなった。 「勝手にしろ、お前が選んだ人生だ」 「うん、勝手にする」 部屋の前からナマエが動いた。俺はそのまま、鍵を開けようとドアへ向いたが、後ろから抱き付かれた。 「勝手に……リヴァイを追いかける」 腕の位置も身体の柔らかさも、あの日とは違う……本当は振り払いたくなんか無かった。だが、そうせざるを得ない状況だった。 (……ならば、今は? ) いや、変わらない。ガキはガキだ。俺が縛る訳にはいかねぇよ。 「……放せ」 冷たい声にきっと、ナマエもあの日を思い出したのだろう。ビクッと身体を震わせ、そっと離れていった。 「……私が、嫌い?」 「……」 「私は……」 「自室に戻れ、これは命令だ」 先は聞きたくなかった。 急いで部屋に入り、鍵を閉めた。 ( ナマエ……) ドアに寄りかかったまま、動かない気配を感じていた。諦めて立ち去るまで……ずっと…… とぼとぼと、自室へと向かう足は重かった。色んな事がぐるぐると頭の中でかき混ぜられているみたいに、次から次から浮かんでくる。 でも、リヴァイは私に「お前は要らない」とは言わなかった。 私が覚えている、唯一の……親の言葉。もう、顔も思い出せない。 部屋に戻った私を、きっと待っていてくれたのだろう……何も言わずに抱き締めてくれた腕は、とても優しかった。 「おかえり」 「うん、ただいま……」 今、自分がどんな顔をしているのかわからなかった。 心配そうに見る彼女に、私は今まで誰にも話さなかった……リヴァイとの話をした。 「ま、まさか……兵長とは思わなかったけど、そうか、諦めること無いんじゃない?」 「え……?」 「だって、嫌いって言わなかったんでしょ?」 「……うん」 「ちゃんと言ってないんでしょう?」 「うん、そう……」 「向こうもきっとビックリしてるかもしれないよ?」 「何で?」 「だって、初めて会った時のナマエは凄く痩せてて小さくて、男の子みたいだったもん」 「……」 「凄く、綺麗になった。同期じゃ結構人気あったんだよ?」 「嘘っ!」 「あの兵長相手じゃ、同期なんて眼中に無かったでしょ?」 ベッドにボスッと倒れ込んだ私に、好きにしろって言われたなら、ガンガンにアッタクしちゃえと、彼女は笑った。 何なんだ、アイツは…… 翌日から、ナマエは俺の周りをうろちょろと、やたら見掛ける様になった。だが、何か言おうとすると、途端に居なくなる。 (何を考えてやがる……) いい歳して、ガンガンに振り回されている事に気付き、眉間に皺が寄る。そして、ナマエが俺を「兵長」と呼ぶのにまで苛つく様になっていた。 「兵長、書類持ってきました!」 にっこりと笑う顔から目を逸らす…… 「あっ! 兵長、ハンジ分隊長が探してましたよー!」 くるりと俺の周りを回って走り去るのを目で追ってしまう…… 「兵長、お疲れ様です!」 訓練の後、汗を拭く仕草や、汗で透けるシャツの胸元に目が行ってしまう…… 四六時中、考えるのはナマエの事ばかりで、どうしちまったんだと思うくらいに、翻弄されている。 「いい加減……鬱陶しい」 「そんなこと言ってさ、可愛くて仕方がないんじゃないの?」 ハンジにまで笑われて、不機嫌MAX状態と化した俺は、ハンジを蹴り倒して、その場を去った。 それから、パッタリと……今度は全く姿を見なくなった。 最初の2日は、穏やかだと思ったのだが、見えなきゃ見えないで苛つく様になり、更に3日が過ぎた頃には……探し歩いてしまっていた。 「クソ眼鏡、あいつを見なかったか?」 「アイツって……?」 「俺の周りをうろついてたガキだ……」 「ああ、ナマエちゃんの事?」 「……そうだ」 「さっき倉庫の方へ行ったよ? 珍しいね、あれだけ嫌がってたのにさ……」 ニヤリと笑ったハンジに、礼の代わりに蹴りは忘れない。 俺は……足早に倉庫へと向かった。 静まり返った倉庫は、人の気配がしない。だが、鍵が開いていた。 崩れそうな、乱雑に積み上げられた荷に、近いうちに掃除が必要だな……と、舌を打った。 物音がした様な気がして奥へ回ると、言わんこっちゃねぇ……派手に崩れた跡があった。 「ったく、ここの管理は誰だ……今すぐやらせてやる」 苛立ちに任せて、邪魔な箱を蹴って退かしたそこに、手が見えた…… (まさか……ナマエか……?) 箱をぶん投げ、退かして行くに連れて見えてきたのは、予想通り、ナマエだった。 「お……い……」 抱き上げて、頬を叩いても目を開けない。 地下の、ごみ捨て場の横に捨てられていた……ボロボロだったナマエの姿が被る。 体は動かないのか、目だけで俺を見て、何も言わず、何もしない俺に諦めた様にゆっくりと閉じていく瞳……閉じたら、きっと二度と開かないだろうと思った俺は、声を掛けた。 『俺と共に生きるか?』と…… 忘れていた。 寂しかったのは……俺だったんだ。 胸に耳を当て、生きているか確かめた。柔らかく甘い匂いの中に、懐かしい匂いを感じながら、強く抱き締めた。 「ナマエ……目を開けろ……」 もう一度頬を叩くと、ゆっくりと目を開けた。 「あれ……? リヴァイ? った、ぁ」 「どこか痛むのか?」 「頭……と、背中が痛い」 「……心配……させやがって」 顔を見られない様に抱き寄せ、背中を擦った。 「何で急に避けたりしたんだ……」 「だって……鬱陶しいって……」 「盗み聞きとはいただけねぇなぁ……」 「……リヴァイに嫌われるのは……嫌」 「……」 「拾ったんでしょう! 名前もくれたでしょう! 最後まで……面倒見てよ……」 「そうだな……そうだったな……」 「リヴァイに要らないって言われたら……生きていけない」 「泣くなよ……悪かったな……」 来ちまったもんはしょうがねぇ……意地でも生き残れと言えば、黙って頷いた。 3年生き残れたら、再会した日の言葉の続きを聞いてやる……そう、約束した。 それから、もうじき3年になる。 ナマエは予想以上のいい女になった。 だが、言い寄る男は誰も居ない…… 「ナマエさんって……いいっすよねぇ」 「新兵……早死にしたくなけりゃ、二度とそれは言うな」 「えっ? な、何で……」 「兵長に削がれる……」 ……努力の賜物ってヤツだな……と、口角が上がるも、自分で言っておきながら、そろそろ我慢も限界だと、溜め息を吐いた。 約束の日は……もうすぐだ。 End おまけ 【X-DAY〜作戦予定日〜】 約束の日が来た。 今日と明日は二人とも休みにした。職権濫用だ? 使えるもんは使わなきゃ損だろう? 「お待たせ、リヴァイ……どうかな?」 「悪くない。だが、何か羽織れ」 「え? 寒くないよ?」 「……いいから、言う通りにしとけ」 あまり人には見せたくねぇ…… 文句を言いつつも、従うナマエの頭を撫で、街へ出てデートってやつをした。 「なんか、人が見てるね……リヴァイがカッコいいからかな」 「皆、お前を見てるんだ、野郎ばっかじゃねぇか……」 「……?」 「余所見すんなよ?」 「大丈夫、転ばないよ」 「そうじゃね……まぁ、いい」 買い物をして、食事をして……軽く酒も呑んだ。 部屋に戻った俺達は……何処と無くよそよそしい。 「ナマエ……此方へ来い」 「う、うん……」 「なんだ、緊張してるのか?」 「だ、だって……リヴァイと寝るなんて……」 初々しさが……堪らねぇ…… 「早く、ねぇ、リヴァイも来て……」 ベッドの上のナマエに喉が鳴った。 ゆっくりと押し倒し……頬を刷り寄せた。 「んふっ、何年振りだろうね、こうやって一緒に寝るの……」 「…………(まさか……)」 「今日は一杯疲れちゃったね、早く寝ようよ……前みたいに、ぎゅってしてね」 「……大事にし過ぎたか?」 腕の中で、幸せそうに寝ちまった…… コイツをどうしてくれるんだ? と、擦り付けても起きる筈もなく……まだまだ先は長そうだと……俺は盛大に溜め息を吐いた。 (……誰もコイツに教えてやらなかったのか……) おしまい。 [ *前 ]|[ 次# ] [ request ]|[ main ]|[ TOP ] |