寂しさを力に変えて 2
change lonesomeness into power


仕事の後、エルヴィンとの打ち合わせが終わり、俺はやっと自室へ帰れると思いながら歩いていた。

あの日感じた視線はその後一度も感じる事はなく、勘違いだったのだろうと、記憶の隅に押し遣られていた。

角を曲がり、部屋の前の通路へ出たところで、部屋の前に人が立っている事に気付いた。

(またか、勘弁してくれ……)

疲れが倍増した気がした。
調査兵団(こんな場所)に居るからか、時々こうしてやって来た話した事も無い兵士に、一夜だけと言われる事がある。だが、俺は一度も首を縦に振った事はない。
気持ちはわからないこともないが、俺にはそんな感傷は要らない。

「そこで何をしている……」

髪の長い、スタイルのいい女だと思ったが、それだけだ。興味がある訳でもない。

「用が無いなら、退いてくれ」
「……」

俯いたまま、何も言わない。
ハンジにも、そういった心理やら心情といったものは聞かされた。断るにしても、出来るだけ優しくしてやれと……

「すまねぇが、疲れているんだ……」

そこで大概は走り去るか抱き付いて来ようとするから、必要以上に近寄らない。

その女は、どちらでも無く……スッと顔を上げると、まっすぐに俺を見た。

「……リヴァイ」

……俺は、目を疑った。声は確かにナマエだろうとわかった。どんな宝石も敵わないだろうと思っていた、大きな薄い水色の瞳も、目の前の人物がナマエであると俺に教えている。

「何で来たんだ、来るなと言ったはずだが?」
「会いに来てくれないと思ったから、自分で会いに来た」
「……そうか、なら、用は済んだな? 自室に戻れ」
「……リヴァイ」
「俺は会いたいなどと思っていなかった」

そうだ、こんな所でなんか会いたくは無かった。

「……」
「早く戻れ」
「やっぱり、私は捨てられたの?」
「……」
「拾ったけど、邪魔になったから捨てたの?」
「自由に生きろと言ったはずだ……」
「じゃぁ、私が自由に決めてここに来た事に、文句は無いよね?」
「……」

ふわりと微笑んで俺を見たナマエは、俺の記憶の中のガキじゃ無くなっていた。
たかが3年でこんなに変わるもんだったのかと驚くと共に、何のために冷たく突き放したのかと悔しくなった。

「勝手にしろ、お前が選んだ人生だ」
「うん、勝手にする」

部屋の前からナマエが動いた。俺はそのまま、鍵を開けようとドアへ向いたが、後ろから抱き付かれた。

「勝手に……リヴァイを追いかける」

腕の位置も身体の柔らかさも、あの日とは違う……本当は振り払いたくなんか無かった。だが、そうせざるを得ない状況だった。

(……ならば、今は? )

いや、変わらない。ガキはガキだ。俺が縛る訳にはいかねぇよ。

「……放せ」

冷たい声にきっと、ナマエもあの日を思い出したのだろう。ビクッと身体を震わせ、そっと離れていった。

「……私が、嫌い?」
「……」
「私は……」
「自室に戻れ、これは命令だ」

先は聞きたくなかった。
急いで部屋に入り、鍵を閉めた。

( ナマエ……)

ドアに寄りかかったまま、動かない気配を感じていた。諦めて立ち去るまで……ずっと……




とぼとぼと、自室へと向かう足は重かった。色んな事がぐるぐると頭の中でかき混ぜられているみたいに、次から次から浮かんでくる。
でも、リヴァイは私に「お前は要らない」とは言わなかった。
私が覚えている、唯一の……親の言葉。もう、顔も思い出せない。

部屋に戻った私を、きっと待っていてくれたのだろう……何も言わずに抱き締めてくれた腕は、とても優しかった。

「おかえり」
「うん、ただいま……」

今、自分がどんな顔をしているのかわからなかった。
心配そうに見る彼女に、私は今まで誰にも話さなかった……リヴァイとの話をした。

「ま、まさか……兵長とは思わなかったけど、そうか、諦めること無いんじゃない?」
「え……?」
「だって、嫌いって言わなかったんでしょ?」
「……うん」
「ちゃんと言ってないんでしょう?」
「うん、そう……」
「向こうもきっとビックリしてるかもしれないよ?」
「何で?」
「だって、初めて会った時のナマエは凄く痩せてて小さくて、男の子みたいだったもん」
「……」
「凄く、綺麗になった。同期じゃ結構人気あったんだよ?」
「嘘っ!」
「あの兵長相手じゃ、同期なんて眼中に無かったでしょ?」

ベッドにボスッと倒れ込んだ私に、好きにしろって言われたなら、ガンガンにアッタクしちゃえと、彼女は笑った。




何なんだ、アイツは……
翌日から、ナマエは俺の周りをうろちょろと、やたら見掛ける様になった。だが、何か言おうとすると、途端に居なくなる。

(何を考えてやがる……)

いい歳して、ガンガンに振り回されている事に気付き、眉間に皺が寄る。そして、ナマエが俺を「兵長」と呼ぶのにまで苛つく様になっていた。

「兵長、書類持ってきました!」

にっこりと笑う顔から目を逸らす……

「あっ! 兵長、ハンジ分隊長が探してましたよー!」

くるりと俺の周りを回って走り去るのを目で追ってしまう……

「兵長、お疲れ様です!」

訓練の後、汗を拭く仕草や、汗で透けるシャツの胸元に目が行ってしまう……

四六時中、考えるのはナマエの事ばかりで、どうしちまったんだと思うくらいに、翻弄されている。

「いい加減……鬱陶しい」
「そんなこと言ってさ、可愛くて仕方がないんじゃないの?」

ハンジにまで笑われて、不機嫌MAX状態と化した俺は、ハンジを蹴り倒して、その場を去った。




それから、パッタリと……今度は全く姿を見なくなった。
最初の2日は、穏やかだと思ったのだが、見えなきゃ見えないで苛つく様になり、更に3日が過ぎた頃には……探し歩いてしまっていた。

「クソ眼鏡、あいつを見なかったか?」
「アイツって……?」
「俺の周りをうろついてたガキだ……」
「ああ、ナマエちゃんの事?」
「……そうだ」
「さっき倉庫の方へ行ったよ? 珍しいね、あれだけ嫌がってたのにさ……」

ニヤリと笑ったハンジに、礼の代わりに蹴りは忘れない。
俺は……足早に倉庫へと向かった。

静まり返った倉庫は、人の気配がしない。だが、鍵が開いていた。
崩れそうな、乱雑に積み上げられた荷に、近いうちに掃除が必要だな……と、舌を打った。
物音がした様な気がして奥へ回ると、言わんこっちゃねぇ……派手に崩れた跡があった。

「ったく、ここの管理は誰だ……今すぐやらせてやる」

苛立ちに任せて、邪魔な箱を蹴って退かしたそこに、手が見えた……

(まさか……ナマエか……?)

箱をぶん投げ、退かして行くに連れて見えてきたのは、予想通り、ナマエだった。

「お……い……」

抱き上げて、頬を叩いても目を開けない。

地下の、ごみ捨て場の横に捨てられていた……ボロボロだったナマエの姿が被る。
体は動かないのか、目だけで俺を見て、何も言わず、何もしない俺に諦めた様にゆっくりと閉じていく瞳……閉じたら、きっと二度と開かないだろうと思った俺は、声を掛けた。

『俺と共に生きるか?』と……

忘れていた。

寂しかったのは……俺だったんだ。

胸に耳を当て、生きているか確かめた。柔らかく甘い匂いの中に、懐かしい匂いを感じながら、強く抱き締めた。

「ナマエ……目を開けろ……」

もう一度頬を叩くと、ゆっくりと目を開けた。

「あれ……? リヴァイ? った、ぁ」
「どこか痛むのか?」
「頭……と、背中が痛い」
「……心配……させやがって」

顔を見られない様に抱き寄せ、背中を擦った。

「何で急に避けたりしたんだ……」
「だって……鬱陶しいって……」
「盗み聞きとはいただけねぇなぁ……」
「……リヴァイに嫌われるのは……嫌」
「……」
「拾ったんでしょう! 名前もくれたでしょう! 最後まで……面倒見てよ……」
「そうだな……そうだったな……」
「リヴァイに要らないって言われたら……生きていけない」
「泣くなよ……悪かったな……」

来ちまったもんはしょうがねぇ……意地でも生き残れと言えば、黙って頷いた。
3年生き残れたら、再会した日の言葉の続きを聞いてやる……そう、約束した。




それから、もうじき3年になる。
ナマエは予想以上のいい女になった。
だが、言い寄る男は誰も居ない……

「ナマエさんって……いいっすよねぇ」
「新兵……早死にしたくなけりゃ、二度とそれは言うな」
「えっ? な、何で……」
「兵長に削がれる……」

……努力の賜物ってヤツだな……と、口角が上がるも、自分で言っておきながら、そろそろ我慢も限界だと、溜め息を吐いた。

約束の日は……もうすぐだ。



End


おまけ 【X-DAY〜作戦予定日〜】

約束の日が来た。
今日と明日は二人とも休みにした。職権濫用だ? 使えるもんは使わなきゃ損だろう?

「お待たせ、リヴァイ……どうかな?」
「悪くない。だが、何か羽織れ」
「え? 寒くないよ?」
「……いいから、言う通りにしとけ」

あまり人には見せたくねぇ……
文句を言いつつも、従うナマエの頭を撫で、街へ出てデートってやつをした。

「なんか、人が見てるね……リヴァイがカッコいいからかな」
「皆、お前を見てるんだ、野郎ばっかじゃねぇか……」
「……?」
「余所見すんなよ?」
「大丈夫、転ばないよ」
「そうじゃね……まぁ、いい」

買い物をして、食事をして……軽く酒も呑んだ。
部屋に戻った俺達は……何処と無くよそよそしい。

「ナマエ……此方へ来い」
「う、うん……」
「なんだ、緊張してるのか?」
「だ、だって……リヴァイと寝るなんて……」

初々しさが……堪らねぇ……

「早く、ねぇ、リヴァイも来て……」

ベッドの上のナマエに喉が鳴った。

ゆっくりと押し倒し……頬を刷り寄せた。

「んふっ、何年振りだろうね、こうやって一緒に寝るの……」
「…………(まさか……)」
「今日は一杯疲れちゃったね、早く寝ようよ……前みたいに、ぎゅってしてね」
「……大事にし過ぎたか?」

腕の中で、幸せそうに寝ちまった……

コイツをどうしてくれるんだ? と、擦り付けても起きる筈もなく……まだまだ先は長そうだと……俺は盛大に溜め息を吐いた。

(……誰もコイツに教えてやらなかったのか……)

おしまい。



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