〜兵士長補佐官の恋愛事情〜 「オイ、そこからの眺めはどうだ? まぁ、どっちかって言えば、眺められる方だっただろうがな」 「うぅ……恥ずかしいです……」 昼食だと、ナマエを降ろしてやった。 「これに懲りたら……」 「わーっ! ごめんなさい、話は後でー!」 焦った様子で走り去ったナマエをポカンと見送って、此処に居ても仕方がないと食堂へ向かった。 (ま、間に合った……) ぶら下げられて、通る兵士に笑われるのは、ある程度で慣れたけれど、一番困ったのはトイレだった。かなり我慢した。 流石に我慢できませんでしたなんて事になったら、恥ずかしいどころの話じゃ済まない。 「はぁぁ……」 安堵と解放感で、大きな溜め息を吐いた。そして、走り去った事でまた、怒られるのだろうと思い、今度は小さく溜め息を吐いた。 一応、執務室まで戻ったけれど、流石にそこにリヴァイは居なかった。 一度部屋に戻ってから食堂へ行ったが、リヴァイの姿は無い。 「やぁ、ペトラ……リヴァイは?」 「兵長なら、もう済ませて戻りましたよ?」 「そうか……腹減った……」 「そういえば、朝はパン一口だけでしたね……」 「午後は訓練だから、しっかり食わないともたねぇな。ついでにペトラも食いてぇ……」 「だから、兵長はそんなこと言いませんって」 クスクスと笑うペトラは可愛い。リヴァイは多分、こんな娘が好きだろうな……なんて考えてみる。 「あ、ナマエ解放されたんだねぇ」 「なんだ、ハンジか……」 「なんだとは失礼な……」 ケラケラと笑うハンジはリヴァイに信頼されている。たまに蹴られてはいるが、いい関係だろう。羨ましい。 「で、用件はなんだ?」 「え? ああ、よくわかったね」 「食事も貰わずにまっすぐこっちに来ただろうが」 「おぉ、流石ミニリヴァイ」 「な、何だそれは」 「最近、真似ばっかりしてるから、そう呼ばれてるの知らなかったかい?」 「……」 「可愛いって、女子に人気があるんですよね」 「……知らなかった」 「最近、髪を切ったから余計に似ちゃったもんねぇ」 長かった髪は、先日の調査でパニックを起こした新兵に掴まれ、咄嗟にブレードで切ってしまった。 それをリヴァイが揃えてくれたが、似た様な髪型になった。刈り上げられなはしなかったが……見た目は少年になってしまった。 「……で、用件はなんだ?」 「そうそう、訓練なんだけど、兵長代理を頼もうと思ってさ」 「訓練の指揮をしろと?」 「そう。急な打ち合わせが入ったらしいんだ」 「……了解」 楽しい訓練になりそうだと私は笑った。 訓練は対人格闘と立体機動の二種類に別れた。対人格闘はリヴァイ班に指導を任せ、私は得意な立体機動の指導に回った。 形式は鬼ごっこだ。私に捕まらない様に逃げながらも、見つけた模型は削がなくてはならない。実践に近い動きも出来るので、鬼ごっこと言えどバカにできない。 「さっさと逃げねぇと、襲うぞ!」 範囲となる訓練用の森に兵が散っていくのを見ながら、どの辺りから回ろうかと考えながら、外周を飛んだ。 中から攻めると思ったらしい兵士数名を捕まえ、快調だと思った時に、何かがワイヤーに絡まり、それを引かれ、思わぬ方向に飛ばされた。体勢を立て直す事も出来ずに……そのまま私は木にぶつかり、意識が途絶えた。 「さぁて、ミニリヴァイの様子でも見に行きますか」 「……なんだ、その不愉快な呼び名は」 あからさまに眉間の皺を深くしようが、ハンジは動じる事はない。睨み付けても笑っている。 「リヴァイも知らないの? ナマエが最近そう呼ばれてるんだよ」 「も、って何だ? 変な真似ばかりしやがって……どうせまたふざけた事言いながらやってんだろうな……」 「……だろうね。ナマエも知らなかったんだよ。でもさ、リヴァイも楽しんでるみたいじゃないか」 森の手前に数人の兵士がいた。鬼ごっこで捕まった奴等か? 「始めたのが遅かったのか?」 森の方を見ていた兵士に声を掛けたが、不思議そうな顔をして振り返った。 「いえ、午後、着いてすぐに始めたんです。私達が捕まってからもうかなり経ちますが、誰も戻って来ないんです」 「ナマエ補佐官がそんなに手こずるとは思えないので、心配で……」 俺とハンジも森を見て……心配になった。 「貴女達はどこで捕まったの?」 「左手の少し奥の森の外れです」 「珍しく外側を回っていらして……すぐに捕まってしまいました」 「ありがとう。外周か……」 行く? と、こちらを見たハンジと一緒に走り出した。 左回りで外周を回ってみるつもりだろう。 半周する手前で踏み荒らされた下草と、キラリと光る何かを見つけた。 「オイ、降りるぞ」 拾い上げたそれは、兵士長補佐官就任の祝に皆で贈ったネックレス……ナマエの物だった。 「リヴァイ、それ……」 「あぁ、アイツのだな……」 「ただ、落ちただけ……とかじゃ無さそうだね」 顔を見合わせて、朝の会話が頭を過る。 「まさか、間違われた?」 「それが一番しっくり来るな」 ギリ、と、奥歯が音を立て、拳を握る力が増す。 「クソ眼鏡、ミケを呼んでくれ、あと……」 「エルヴィンにも報告して来るよ」 「あぁ、俺は兵を戻してから、近辺を調べる」 互いに違う方向へ跳び上がりながら、手を挙げた。 俺は、森の中で現れない鬼を待つ兵士達に、訓練の終わりを告げて回った。 一回りして、現場に戻ると、そこにはミケが来ていた。 「何かわかりそうか?」 木の根元に屈んでいたミケがこちらを向いた。 「血の匂いがする。一緒に……ナマエの匂いもする」 「そうか……」 そのまま、森に背中を向け、歩き出したミケに続く。「あっちだな」と、指差した方向には街がある。 歩いて追う訳にも行かねぇと思った時、馬の足音が聞こえてきた。 「お待たせっ!」 ハンジとモブリットがそれぞれ一頭ずつ引いて来て、俺とミケが乗った。こんな時……この組織というか、こいつ等の連携には驚かされる。 指示をしたのはエルヴィンかも知れねえが…… ミケを先頭に、進んで行く。こいつの鼻はどれだけ凄いんだろうと思った。 ナマエの他に3人の男の匂いもあったというが、どれも知らない匂いらしい。 「無事だろうか……」 ハンジが珍しく弱気だ。 「殺すだけが目的ならば、その場に捨て置けば済む事だろう?」 「そうだね、違う目的があるって事は、そう簡単には殺されない……」 「間違いだと、気付かれなきゃ……な」 時間との勝負だと……誰もが思った。 (痛い……) 打った頭は痛いが、何故だろう……柔らかな感触に包まれている……? 少し離れた位置で、言い争う声? いや、少し違う? 拉致されたのだとしたら、もう暫く目はつぶって様子を見る……じゃなくて、聞いてみるかと寝た振りを続けた。 「どうして怪我なんてさせたのよ!」 「捕らえて来いとしか聞いてないので……」 「でも、死んじゃったらどうするのよ」 (……殺すつもりじゃ無い?) 「リヴァイ兵士長殿に何かあったら、お前達もただじゃ済まないわよ!」 (なんだ……リヴァイに間違われたのか……って、バレたらどうなるんだろう?) しかし、どうやらリヴァイ本人と面識は無いのだろう。だとしたら、何とか誤魔化して逃げ出すしかない。 目的は何なんだろうか? 「もう、さがりなさい!」 「し、しかし……」 「後はわたくしが何とかします」 「危険過ぎます! 何かあったら……」 「……自業自得です。それも仕方無いでしょう?」 「そんな……」 「さあ、さっさと出てお行き!」 複数の足音とドアの開閉音、そして戻って来る足音はひとつ。ドレスだろう衣擦れの音もするあたり、どこかの令嬢なのだろうか。 [ *前 ]|[ 次# ] [ request ]|[ main ]|[ TOP ] |