躾の『いろは』も色々で? 2
〜兵士長補佐官の恋愛事情〜


「オイ、そこからの眺めはどうだ? まぁ、どっちかって言えば、眺められる方だっただろうがな」
「うぅ……恥ずかしいです……」

昼食だと、ナマエを降ろしてやった。

「これに懲りたら……」
「わーっ! ごめんなさい、話は後でー!」

焦った様子で走り去ったナマエをポカンと見送って、此処に居ても仕方がないと食堂へ向かった。




(ま、間に合った……)

ぶら下げられて、通る兵士に笑われるのは、ある程度で慣れたけれど、一番困ったのはトイレだった。かなり我慢した。
流石に我慢できませんでしたなんて事になったら、恥ずかしいどころの話じゃ済まない。

「はぁぁ……」

安堵と解放感で、大きな溜め息を吐いた。そして、走り去った事でまた、怒られるのだろうと思い、今度は小さく溜め息を吐いた。

一応、執務室まで戻ったけれど、流石にそこにリヴァイは居なかった。

一度部屋に戻ってから食堂へ行ったが、リヴァイの姿は無い。

「やぁ、ペトラ……リヴァイは?」
「兵長なら、もう済ませて戻りましたよ?」
「そうか……腹減った……」
「そういえば、朝はパン一口だけでしたね……」
「午後は訓練だから、しっかり食わないともたねぇな。ついでにペトラも食いてぇ……」
「だから、兵長はそんなこと言いませんって」

クスクスと笑うペトラは可愛い。リヴァイは多分、こんな娘が好きだろうな……なんて考えてみる。

「あ、ナマエ解放されたんだねぇ」
「なんだ、ハンジか……」
「なんだとは失礼な……」

ケラケラと笑うハンジはリヴァイに信頼されている。たまに蹴られてはいるが、いい関係だろう。羨ましい。

「で、用件はなんだ?」
「え? ああ、よくわかったね」
「食事も貰わずにまっすぐこっちに来ただろうが」
「おぉ、流石ミニリヴァイ」
「な、何だそれは」
「最近、真似ばっかりしてるから、そう呼ばれてるの知らなかったかい?」
「……」
「可愛いって、女子に人気があるんですよね」
「……知らなかった」
「最近、髪を切ったから余計に似ちゃったもんねぇ」

長かった髪は、先日の調査でパニックを起こした新兵に掴まれ、咄嗟にブレードで切ってしまった。
それをリヴァイが揃えてくれたが、似た様な髪型になった。刈り上げられなはしなかったが……見た目は少年になってしまった。

「……で、用件はなんだ?」
「そうそう、訓練なんだけど、兵長代理を頼もうと思ってさ」
「訓練の指揮をしろと?」
「そう。急な打ち合わせが入ったらしいんだ」
「……了解」

楽しい訓練になりそうだと私は笑った。




訓練は対人格闘と立体機動の二種類に別れた。対人格闘はリヴァイ班に指導を任せ、私は得意な立体機動の指導に回った。

形式は鬼ごっこだ。私に捕まらない様に逃げながらも、見つけた模型は削がなくてはならない。実践に近い動きも出来るので、鬼ごっこと言えどバカにできない。

「さっさと逃げねぇと、襲うぞ!」

範囲となる訓練用の森に兵が散っていくのを見ながら、どの辺りから回ろうかと考えながら、外周を飛んだ。

中から攻めると思ったらしい兵士数名を捕まえ、快調だと思った時に、何かがワイヤーに絡まり、それを引かれ、思わぬ方向に飛ばされた。体勢を立て直す事も出来ずに……そのまま私は木にぶつかり、意識が途絶えた。




「さぁて、ミニリヴァイの様子でも見に行きますか」
「……なんだ、その不愉快な呼び名は」

あからさまに眉間の皺を深くしようが、ハンジは動じる事はない。睨み付けても笑っている。

「リヴァイも知らないの? ナマエが最近そう呼ばれてるんだよ」
「も、って何だ? 変な真似ばかりしやがって……どうせまたふざけた事言いながらやってんだろうな……」
「……だろうね。ナマエも知らなかったんだよ。でもさ、リヴァイも楽しんでるみたいじゃないか」

森の手前に数人の兵士がいた。鬼ごっこで捕まった奴等か?

「始めたのが遅かったのか?」

森の方を見ていた兵士に声を掛けたが、不思議そうな顔をして振り返った。

「いえ、午後、着いてすぐに始めたんです。私達が捕まってからもうかなり経ちますが、誰も戻って来ないんです」
「ナマエ補佐官がそんなに手こずるとは思えないので、心配で……」

俺とハンジも森を見て……心配になった。

「貴女達はどこで捕まったの?」
「左手の少し奥の森の外れです」
「珍しく外側を回っていらして……すぐに捕まってしまいました」
「ありがとう。外周か……」

行く? と、こちらを見たハンジと一緒に走り出した。
左回りで外周を回ってみるつもりだろう。

半周する手前で踏み荒らされた下草と、キラリと光る何かを見つけた。

「オイ、降りるぞ」

拾い上げたそれは、兵士長補佐官就任の祝に皆で贈ったネックレス……ナマエの物だった。

「リヴァイ、それ……」
「あぁ、アイツのだな……」
「ただ、落ちただけ……とかじゃ無さそうだね」

顔を見合わせて、朝の会話が頭を過る。

「まさか、間違われた?」
「それが一番しっくり来るな」

ギリ、と、奥歯が音を立て、拳を握る力が増す。

「クソ眼鏡、ミケを呼んでくれ、あと……」
「エルヴィンにも報告して来るよ」
「あぁ、俺は兵を戻してから、近辺を調べる」

互いに違う方向へ跳び上がりながら、手を挙げた。
俺は、森の中で現れない鬼を待つ兵士達に、訓練の終わりを告げて回った。

一回りして、現場に戻ると、そこにはミケが来ていた。

「何かわかりそうか?」

木の根元に屈んでいたミケがこちらを向いた。

「血の匂いがする。一緒に……ナマエの匂いもする」
「そうか……」

そのまま、森に背中を向け、歩き出したミケに続く。「あっちだな」と、指差した方向には街がある。

歩いて追う訳にも行かねぇと思った時、馬の足音が聞こえてきた。

「お待たせっ!」

ハンジとモブリットがそれぞれ一頭ずつ引いて来て、俺とミケが乗った。こんな時……この組織というか、こいつ等の連携には驚かされる。
指示をしたのはエルヴィンかも知れねえが……

ミケを先頭に、進んで行く。こいつの鼻はどれだけ凄いんだろうと思った。
ナマエの他に3人の男の匂いもあったというが、どれも知らない匂いらしい。

「無事だろうか……」

ハンジが珍しく弱気だ。

「殺すだけが目的ならば、その場に捨て置けば済む事だろう?」
「そうだね、違う目的があるって事は、そう簡単には殺されない……」
「間違いだと、気付かれなきゃ……な」

時間との勝負だと……誰もが思った。




(痛い……)

打った頭は痛いが、何故だろう……柔らかな感触に包まれている……?
少し離れた位置で、言い争う声? いや、少し違う?

拉致されたのだとしたら、もう暫く目はつぶって様子を見る……じゃなくて、聞いてみるかと寝た振りを続けた。

「どうして怪我なんてさせたのよ!」
「捕らえて来いとしか聞いてないので……」
「でも、死んじゃったらどうするのよ」

(……殺すつもりじゃ無い?)

「リヴァイ兵士長殿に何かあったら、お前達もただじゃ済まないわよ!」

(なんだ……リヴァイに間違われたのか……って、バレたらどうなるんだろう?)

しかし、どうやらリヴァイ本人と面識は無いのだろう。だとしたら、何とか誤魔化して逃げ出すしかない。

目的は何なんだろうか?

「もう、さがりなさい!」
「し、しかし……」
「後はわたくしが何とかします」
「危険過ぎます! 何かあったら……」
「……自業自得です。それも仕方無いでしょう?」
「そんな……」
「さあ、さっさと出てお行き!」

複数の足音とドアの開閉音、そして戻って来る足音はひとつ。ドレスだろう衣擦れの音もするあたり、どこかの令嬢なのだろうか。



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