暑さと熱さに浮かされて・story


連日、暑い日が続いていた……

兵舎の横の平地には、食料を少しでも多く確保する為に……と、作られた畑があるが、誰が世話をしているのかは、意外と知られていない。
非戦闘要員と呼ばれる、所謂……雑務をこなす者達が主としてこれに当たっているのだが、中には例外も居て、それがあいつ……ナマエだ。

「お前はまた此処に居たのか……」
「リヴァイ、お疲れ様です」

満面の笑みで駆け寄ったナマエを抱き締めてキスをする。

「んっ……また、こんな所で……」
「俺をほったらかした罰だ。お前の仕事は終わったのか?」
「今日は書類も少なくて、早くに終わってしまったのよ」

他の班で班長をしている、これでも精鋭と呼ばれる一人なのだが、普段はそうは見えないくらい大人しい。

「そうか。無理しないでたまには休め」
「私は大丈夫よ。貴方こそ少し休んだらどう? 」
「あぁ、お前は……いや、いい。どうせまだ何かやるんだろう?」
「ええ、もう少し雑草を抜かないと……」

じゃあ、俺はそこの木の下で休んでるからと腰を下ろした。
エルヴィンやハンジに、結婚はまだなのかと最近よく言われる……長い付き合いだ。

(俺は結婚したいんだがな……)

あいつはどうなんだろう? と、なかなか聞けないでいる。
いつでも笑って見せて、辛い顔など見せないナマエは、考えてみたら……俺を頼ることも無い。

(必要とされている……よな?)

すぐ横を流れる小川の方から、川面を撫でた涼しい風が吹いてくる。終わりそうに無い様子に……俺は草の上に寝転んだ。




眩しくて目を開ければ、太陽の位置がずれて、日陰が移動していた。
暑い訳だと起き上がって見たが、まだ、ナマエは作業を続けていた。

(そんなもん、他の奴等にもやらせればいいだろうが……)

退屈な俺は、じっとナマエを見ていたが、いいかげん我慢出来ずにそっと近付いてみた。
気配を察知したのか、立ち上がったナマエだが、振り向こうとしない。

「おい、どうした?」
「リヴァ……イ……」

ごめんなさい……声にならない様な声でそう言ったナマエが振り向くというよりも、俺に向かって倒れて来た。

「おい! ナマエ!」

抱き留めた身体は熱い……暑さにやられたのか?
俺は抱き上げて、先程まで俺が居た木の下へと運んだ。

「陽に……当たり過ぎた……みたい……」
「そうだろうな、世話を焼かせやがって……」

思ってもない言葉が口をついて出た。言いたいのはそんな言葉じゃねぇ、顔には出せねぇが、どうしたらいいかわらねぇ俺は内心酷く焦っていた。

(こんなんでも死ぬ事があるって……誰か言ってたよなぁ?)

「少しだけ待ってろ、いいな?」

少し離れた所にあるナマエの水筒と、水をまくための桶に冷たい水を汲み、走って戻った。

「水を持ってきたぞ、ほら、飲め……」
「ん……」

水筒の口から上手く飲めずに、口の端から零れてしまう……

「飲めねぇのか?」

浅い息を繰り返すナマエに俺は焦る一方だ。どうしたらいいんだ……?
そうか、口移しでやってみたらどうだろうと、水を口に含みナマエに少しずつ流し込んだ。
何度も繰り返したら、口を開かなくなった。

(もう、要らねぇのか?)

ポケットからハンカチを出して桶に浸し、軽く絞って顔と首を拭いた後、胸元のボタンを緩めてそこも拭いた。
何度も繰り返すと、少し 身体の熱さが引いた気がした。
絞ったハンカチを額に乗せてやり、会議で貰った資料で扇いだ。

呼吸が少し変わった……どうやら眠ったらしい。
大きく息を吐いたら、気が緩んだ。
よく見れば、ナマエの胸元が大きく開いていて、露になった下着の膨らみに目がいく。こくりと鳴った喉に、今はそれどころじゃねぇと額に手を当てて、溜め息を吐いた。

太陽は更に移動して、風も幾分か涼しくなった気がした。
額のハンカチを絞り直し、扇ぎ続けた。

「大丈夫……じゃねぇよな。役に立たなくて悪いな」

寝てるナマエをこんな風にゆっくりと見るなんてした事はなかった。
髪を撫でながら、寝てるナマエに話し掛ける。

「なぁ、お前は俺と居て楽しいか? 俺と居て幸せか? 俺はもう、お前の居ない世界なんか考えられねぇよ……」

あぁ、昼も夜も何時だって一緒に居たいと思うのは俺だけなんだろうかと、言い知れぬ不安が胸を占める。

「お前は何時だってそうだ。我が儘のひとつも言ってくれねぇ……今だって、起きれば大丈夫と言って、部屋に戻っちまうんだろう? 逆だったら、大丈夫だと言っても付いてるだろうに……」

今の俺は、どんな顔をしてるだろう?

「俺じゃダメか? 頼りねぇか?
こんなにお前に惚れてるのに、お前には伝わってねぇのか?」

膝枕をしていたが、抱き上げて自分の上に横向きに乗せた。
上半身を抱え、胸に顔を埋める様に擦り寄せる。

「お前がいなくなっちまったら……俺は……」

抱き締めながら、縋り付く様だと情けなくなった。起きてる時には出来ない事だと……悲しくもなった。

こんな姿は見せられねぇ……

普段ならば、余すところ無く唇を寄せる肌に、頬を寄せ、耳を寄せ、まるでナマエの言葉を待っているかの様に温もりを感じ、心音を聞いていた。

どれだけそうしていたのか、辺りは淡いオレンジ色のヴェールを掛けた様に色付き、虫の声も種類が変わっていた。

「リヴァイ……ありがとう」

俺の頭を抱えるように髪を撫でたナマエが囁いた。

慌てて離れようとしたのを、逆に押し付ける様に抱え込まれた。

「ナマエ……?」
「……同じなのよ、私と貴方は変なところが似てるのね。格好悪いところは見せられないのよね」
「お前……」

いつから聞いていた? とは、訊けなかった。清ました顔で『最初から』なんて言われそうで、そんな事になったらもう……顔も見れそうにねぇ。

「そろそろ戻るか?」
「折角だから、もう少しこうしてて欲しいんだけど……た、立てるかな? 歩けるかな?」

なんとも不器用な我が儘に、笑いを噛み殺した。なるほど、同じと言った意味が良くわかった。

「あぁ、そうだな。ふらつかれても困るから、抱いて帰ってやるよ」

一度横に降ろし、草を払って両手を伸ばした。

「…………来い!」

立ち上がったナマエが飛び付いた。
抱き抱えれば、恥ずかしそうにチラリと俺を見る、見慣れない顔に俺まで恥ずかしくなったが……

「俺のベッドまで降ろしてやらねぇからな」

そう言って……世界で一番大切なものを抱えて俺は……歩き出した。


End






おまけ。

「なんか、恥ずかしいのですが……」
「お前が言い出したんだろうが……」
「やっぱり……」
「降ろさねぇよ。お前は俺のなんだから、問題ねぇ……はずだ」
「どんな理屈ですか……顔赤いですよ?」
「心配するな、お前の方が真っ赤だ」
「リヴァイだって耳まで……」
「……もう言うな」
「だって……本当に恥ずかしい……」
「大丈夫だ、もっと恥ずかしい事ですぐに忘れる」
「き、今日はゆっくり……」
「あぁ、可愛がってやる。大丈夫だ、明日は起きたくてもずっと寝てられるぞ」
「だから、何なんですか……その理屈」
「……持論……か?」

人の多い夕方の通路のど真ん中を歩いていく……二人の姿を見た者は、「見ている方が恥ずかしかった」と、語っていたとかいないとか……。

おしまい。



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