11

すぅっと意識が浮かび上がる感覚と共に目を開く。起き上がって時計を確認すると目覚ましが鳴る約5分前だった。

「起きよ」

目覚ましを放ってベッドから出る。二月の朝の冷たい空気がまとわり付いて体が強張る。寒い。着替え億劫だなぁ。起きたのはいいが頭がまだ眠気を訴えていて暫くベッドに座ったままボーッとする。

「うー、顔洗ってくるかぁ」

部屋を出て洗面所に向かう。部屋を出た所で背後の自室からスイッチONにしたままの目覚まし時計がけたたましく鳴り響いた。

「ちくしょうめ」

出たばかりの部屋に戻り目覚まし時計を止める。イライラしてベッドに向けて目覚まし時計をぶん投げるもスプリングの上でぼふりと跳ねたのみだった。

「なんか余計イライラするわぁ」

見たくない、そう思ってさっさと部屋を出ると、扉の真ん前にクーがいた。

「おー、おはようさん。自力で起きれたんならいいわ」

「おはよ、目覚まし鳴る前に目が覚めたの。珍しいでしょ」

「こりゃ今晩にでも血の雨が降るな」

「もぅ、またそうやって馬鹿にする。やめてよね、縁起でもない」

ただでさえ役者が出揃いだしたのだから。いつ何時死人がでてもおかしくはない。聖杯戦争とはそういうものだ。

「朝飯食ってから行くんだろ?」

「うん、食べないとお昼休み前に力尽きて死んじゃう。そしてクーは魔力が行き渡らなくて消えちゃう」

含み笑いをしながら言うと「金ピカもだろ」と返答が帰って来た。

「ギルガメッシュは受肉してるもの、別に私のバックアップが無くても全然へーきだよ。宝具使わないくせに無駄に魔力持っていきやがって、いっそのことパス切ってやろうかな」

「いい案なんじゃねぇか?」

そう言って笑いあっていると、少し遠くで電話が鳴った。数回コールが響いた所で途絶えたので綺礼が出たのだろう。

「やばい顔洗わなきゃ」

「遅刻すんなよ」

「わかってる!」

「いつものでいいのか?」

「うん!ジャムもね!」

わたわたと洗面所に向かって走る。途中電話で話をしてる綺礼の側を通った時に聞こえてきた内容からして凛だろう。洗面所に入るなり歯を磨きちゃっちゃと顔を洗う。タオルで顔を拭いているとキッチンからパンの焼けるいい匂いが漂ってきて脳が少しだけ空腹を訴えてきた。

「急がないと遅刻しちゃう」

来た時と同様に足早に自室に向かう。電話はもう終えたようで綺礼の姿は無かった。おはようって言おうと思ってたのに。ギルは起きてるのかな。起きててくれると嬉しいんだけど。
部屋に戻って着ていたネグリジェをベッドの上に脱ぎ捨てて壁にかかった制服を引っつかむと、慣れた動作で着替えをすます。この服を着れるのもあと1年しかない。そしてこの1年で私は…

「おーい、冷めんぞー!」

キッチンからクーの叫ぶ声が聞こえて思考の海から引き戻される。そうだった、遅刻しそうなんだった。

「今行くー!」

扉を開けて叫びかえす。リボンをつけてブレザーのボタンを閉めたら、どっからどう見ても高校生。凛のとこの制服とは違って紺のブレザーに紺のスカート、スカイブルーに細いストライプ柄が入ったブラウス。リボンも紺色の生地に白と水色で斜めにストライプ柄が入っている。実は分かりにくけどスカートもよく見るとストライプ柄が入ってるのが私のお気に入りだ。私の通ってる高校は新都の駅前にあるから歩くのは元より、今の時間だとバスに間に合うかは五分五分だ。これはギルをどうにか持ち上げて送ってもらおうか。最悪の場合綺礼でもいい。

「んー、準備OKかな?」

髪の毛を整えて姿見の前で一回転。よし、今日も完璧。朝ごはん食べたらギルか綺礼に頼んで送ってもらって、それから今日は朝の小テストの日だから……
今日の予定を頭でたてながらキッチンに向かう。

「あれクーだけ?ギルと綺礼は?」

「金ピカは知らねぇが、言峰ならお前を送ってくっつって準備してる」

席に着いてパンにかぶりつく私を向かいの席で頬杖をついて眺めるクーに「まじかよ」とお行儀悪くも咀嚼しつつ返答するとさして気にしていないのか「まじまじ」と返ってきた。

「あんまり急いで食って喉に詰まらせんなよ」

「大丈夫」

「鼻にジャムついてんぞ」

「うそ、どこ?」

クーが緩慢な動きで自身の鼻先を示し「この辺」と答える。まったく、忙しい朝のはずなのにどうして彼といるとこうものんびりしてしまうのか。多分彼がちょっとダルそうなのがいけない気がする。

「美味しい」

「そりゃ良かった」

「ふふふ」

「何笑ってんだよ」

「いや、だって、フフッ」

「んだよ?」

「ケルトの大英雄様が私の為にパン焼いてくれたって考えたらなんか、私すごい人みたいに思えて、ハハッ、なんか笑える」

「お前なぁ」

呆れ顔で言われるけど、そう思ったんだから仕方ない。あぁでもギルだって人類最古の英雄王であってその英雄王様をたたき起こしてまで送ってもらおうと考えてた私の思考はどっかおかしいのかもしれない。少なくとも普通じゃない、でも私は使えるものは使う派だから。
キィ…と音を立ててキッチンの扉が開く。

「準備は終わったか、理子。いい朝だな、おはよう」

言いながら綺礼がキッチンに入って来る。その手には黒のレザーグローブがはめてある。父さん、ハーレーで送迎される娘の気持ちを考えてくれ。いや、考えた上でのその楽しそうな顔か。

「綺礼、おはよう。普段乗ってないんだから整備とか必要なんじゃないの」

使った皿をシンクに下げながら問うと、綺礼は不敵な笑みを浮かべて「問題無い」と答えた。

「お前が亀の鈍足で支度をしている間に済ませてある」

嫌味か。

「ならいいけど、学校の前までじゃなくていいよ。少し手前で降ろしてくれれば」

「考えておこう」

こりゃ前まで行く気だな。恥ずかしいから嫌なんだけど。ただでさえバイクなんて目立つもので行くのに、運転してるの神父だし。カソックに首からロザリオ下げてハーレー乗ってる神父なんて他にいないよ。あと綺礼の運転荒いからなぁ。嫌だなぁ。

「行くぞ」

「はーい。クー、行ってくるね」

「おう、いってらっしゃい」

「いってきます」

なんか家族って感じ。いいな、ギルにも言いたかった。
綺礼の後をついて歩いて行くと、あくびをしながらギルが歩いてきた。眠そうだけどナイスタイミング。

「ギルおはよ、私学校行ってくるね」

「むぅ、学生というのも面倒なものよな。帰りは連絡をよこせば我が直々に迎えに行ってやらん事もないぞ」

「あー、じゃあ……お願いします」

そう言って頭を下げる。立ち止まって話をしている程余裕は無いので早々に会話を終えてある気だそうとすると、ギルが2度目のあくびをしながら口を開いた。

「よもや王たる我を足として使うとはな。まぁ我は子供には優しいのでな!気にすることはないぞ雑種」

いやお前が迎えに来るって言ったんじゃないか、何私が命令したみたいになってんのよ。

「早く行かんと遅刻するのではないか?」

「うわやばい!じゃあ帰りはちゃんと迎えに来てね!いってきます!」

「行ってこい、転ぶでないぞ!」

私は小学生か。そんな突っ込みを頭で入れながらさっさと行ってしまった綺礼を追いかける。もう姿も無い。礼拝堂を抜けて外に出ると、空気が震えるほどのエンジン音が響いていた。

「遅いぞ、これは学校の前まで送った方が良さそうだな」

そう言ってニヤリと笑う綺礼に、私は引き攣った笑いしか出てこない。「さっさと乗れ」という綺礼の言葉と共にヘルメットが飛んでくる。

「綺礼、私調節できない。やって」

頭に被った状態で緩い顎紐をひらひらと揺らす。

「こっちに来い」

「ん」

綺礼の手が伸びてきて私の顎下に合わせてアジャスターを調節してくれる。手が首に当たるとくすぐったくて体を引くとすぐさま「動くな」と嗜める声が聞こえる。

「くすぐったいんだもん」

「知るか、なら自分で出来るようになれ」

「やだよ」

そんな軽口を叩いていると綺礼の手が離れて「行くぞ、乗れ」と言われる。スカートでバイク…とか思いながら跨るとエンジン音にかぶって綺礼が「振り落とされるなよ」と楽しそうに言ったのが聞こえて慌てて綺礼の腰に腕を回す。相変わらずの筋肉ですね、ありがとうございます。なんて考えてるとグンと引っ張られる感覚と共に前に進む。坂を下りきる頃にはこれフルスロットルだろって言いたくなる程のスピードで、事故りませんように……と天におられる我らが父に祈るしかなかった。



(ある日の朝の風景)
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