10

カチリ、と音を立ててドライヤーのスイッチをOFFにする。鏡をみながら簡単に髪をブラシで整えると、てきぱきとタオルやら何やらを洗濯機に放り込む。籠から淡いピンクのプリーツネグリジェを手に取り頭から被る。よし、準備OK。

「ふふ、じゃあ行くか」

緩む口元を隠しもせず脱衣所を出て足を向けたのは綺礼の部屋。おそらくあの2人のことだから先に飲み始めているはずだ、彼らはもう1本くらい空けてしまっただろうか。ああ、楽しみ。
コツコツとヒールを響かせて2人のいる部屋に一歩ずつ近づくと共に高まる高揚感。まだ一口も飲んでいないのに、気分だけで酔ってしまいそう。部屋の前に着くと2人分の話し声が聞こえた。聞き耳をたてる理由も無いのでそのまま中に入ると二つの視線が私に向いた。

「こんばんは、何の話?」

「なに、10年前の思い出話に花を咲かせておっただけよ」

「10年前、ねぇ」

第四次聖杯戦争、衛宮切嗣、アインツベルン、遠坂時臣、裏切り、取り引き、間桐雁夜、汚染された聖杯、叶わぬ願い、燃える街、この世全ての悪――アンリマユ――、聖杯の泥

いくつかの事柄が頭に浮かんでは消えていく。あまり意味の無いことだと早々に切り上げては見たものの、チラつくのはアインツベルンのホムンクルス。

「どうかしたか」

綺礼の声で我に返ると、テーブルの上には先程までは無かった私の分のグラスと中に揺らめく液体があった。なんでもないと首を振って腰掛けると、ギルがグラスを僅かに傾ける。それにならって綺礼と私もグラスを持ち上げた。

「この地最後の安息に…」

ギルの静かな声に応えるように「乾杯」と唱えると、少し遅れて向かいに座る綺礼も「乾杯」と唱える。それぞれ杯に口を付けて暫し沈黙が流れた。

「あ、そういえば昨日の…いやもう今日か。日付超えた辺り、1時頃だったかな?大きな魔術行使があったよ、多分遠坂凛」

「ほう?時臣の娘がか」

ギルが楽しそうな声音で呟き杯を煽る。綺礼の方を一瞥してみたが特に思うことはないようで、空いたグラスに黙々とアルコールを注いでいる。

「これで残るはあと1枠。凛がセイバーとアーチャーどちらを引いたかはまだわからないけど…、明日の夜にもクーに偵察を頼むことにするわ。ついでに凛の小手調べもね」

本当はクーに全力で戦って欲しいんだけど、私も綺礼の言うことには逆らえないからね。まだグラスに残る液体を口に含みながらチラリと綺礼に目を向ける。すると向こうもこちらを見ていたようで視線がかち合った。

「なんだ」

「いや?なんでもない」

「そうか」

「うん」

短い会話を終えて、グラスの残りを一気に煽る。空になったグラスを見て綺礼がボトルに手を伸ばすが、それを首を振ってやんわり断った。

「もういいのか」

「うん、明日は学校行かないとだしね」

「そうか、ならばもう部屋に戻って休め」

「うん、ありがとう綺礼」

グラスを置いて席を立つとやけに静かなギルに目を向をむけた。するとさっきの楽しそうな表情とは打って変わってつまらなそうな顔をしている。

「なぁに?ギル様。もしかして理子がいないと寂しいの?」

「たわけが、雑種如きに左右されるほど我の精神状態は不安定でないわ。……貴様と違ってな」

最後の一言にドキリとする。

「あっそーですかぁ。もうギルなんか知らないんだから」

動揺が顔に出てはいないだろうか、振る舞いは不自然ではないだろうか、声は…震えていないだろうか。

ドクドクと血を巡らす鼓動の音に気づかないようにして踵を返す。

「おやすみなさい…綺礼、ギルガメッシュ。いい夢を」

そう言い残して部屋を出る。サーヴァントは夢を見ないのにね。いい夢もくそもあるか。

「あぁ、まったく」

彼の千里眼には敵わない。彼にはきっと残りのサーヴァントが何のクラスで誰がマスターかも見えているのだ。そして私の過去と未来も。全てを見通しているのだろう。厄介な男だ。



(嵐の前の静けさ)
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