07

キッチンに入るとテーブルの上にメモ書きがあった。

『礼拝堂にいる』

綺礼の几帳面な字で書かれたこの紙が示すのはおそらく、何かあったら礼拝堂に居るからいつでもおいでって意味なのだろう。
まぁ、私はお腹がすいただけなので何かあったわけではないし行く必要はないか。

「こーゆうの、ズルイなぁ」

さっきまでは酷い奴だと思っていたのに、ちょっと優しい言葉を残されたくらいで許してしまった。あぁ、私ダメ男に引っかかるタイプだったか。最悪だ。
なにはともあれ私はお腹がすいたのだ、綺礼がダメ男なのかとかエセ神父だとかは今はいいのだ。綺礼の残した書置きを丁寧に折ってポケットに入れる。後で机にしまっておこう。

「何かあるかなー」

期待を込めて冷蔵庫のドアを開ける。まず目に入ったのが豆腐。そして右に目線をずらすと豆腐。反対に目線をずらすしても豆腐。

「うへぇ、連続麻婆豆腐とかねぇわ」

後ろからいきなり聞こえた声に体が跳ね上がった。慌てて後ろを見るとアロハシャツ。視線を上に上げると赤い瞳と目があった。

「クー…急に後ろから声かけないでよ」

冷蔵庫に向き直りながらそう言うとクーは口角を上げて後ろから抱きついてきた。

「驚いただろ」

なんて楽しそうな声が耳元で聞こえる。私がムッとして何も答えないでいると、私の首筋に顔を埋めながら「怒んなって」とまた楽しそうに喉奥で笑った。

「怒ってないよ、お腹すいてるだけ」

怒ってない、怒ってはいない…はず。ただちょっとお腹すいてカリカリしてるだけだ。

「何か食うか?」

クーが後ろから顔を覗き込みながら聞いてくる。その問に私は冷蔵庫の中を漁ることで応えた。

「しっかし、言峰のものばっかだな」

私の背中に未だ引っ付いたままのクーがゲンナリとした声を上げる。確かにかき分けてもかき分けても豆腐が出てくるのだ。綺礼は一体どれだけの量の麻婆豆腐を作る気なのだろう。後ろで苦い顔をしてるクーは元より私もギルだって三食麻婆豆腐は願い下げだ。

「……!ジャム発見」

豆腐のバリケードを越えた先に先日パン屋さんで買ってきたクランベリーのジャムを見つけた私は、綺礼が並べた豆腐(と言う名のバリケード)が崩れるのも厭わずに冷蔵庫の奥に手を突っ込んだ。確か戸棚の中に食パンがまだ何枚か残っているはずだ。ジャムを取り出した私が崩れてきた豆腐を元に戻していると、引っ付いていたクーがするりと離れていって戸棚の中からお目当ての食パンを出してきた。これだろ?ってドヤ顔をしながら。

「トーストにするか?」

既にトースターのスイッチを入れながら聞いてくるものだから、この人はどこまで私のことを知っているのかと思わず笑ってしまった。

「うん、ありがとう。クー」

「おう」

ぶっきらぼうな返事ながら優しさを感じるクーの言葉は大好きだ。
ジャムの蓋と悪戦苦闘していると「貸せ」って言って簡単に開けてくれるクーが大好きだ。幸せってこれかなー、なんて思っていたらふと浮かんだ言葉。

「新婚みたい…」

口からポロリと溢れた言葉は静かなキッチンに響いて勿論クーの耳にも届いたはず。少し恥ずかしくなってそっとクーを見やると、ニヤニヤした顔でこっちを見ていた。

「兄妹の次は夫婦か、俺はそっちのがいい」

なんて言ってくるもんだから余計照れてしまった。トースターが仕事したぞとばかりになる音で我に返る。

「うん」

何に対する「うん」なのかは、自分でもわからない。



(昼下がりの甘い罠)
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