よく、明けない夜はない。止まない雨はない。なんて言うけれど。

「…晴れ間が見えるどころじゃないな」

そう洩らした言葉に白い息がかかる。その直後には首に巻き付きじっとしていた
ジュンコが、その美しい軟体を滑らせ足元に向け移動を始めた。

「ジュンコ…」

彼女の名を口にしつつも、何故かある予感が頭を過る。

生憎の雨と空気の流れで予想は出来たものを、そうはいかない。この日、三年総
出で急な捜索支援を用いられた為だ。

今回の行方不明者は神崎左門、一名のみ。

毎度の事ながらよくやるな、と思う。同室の次屋三之助もそうだけど、作兵衛の
眉間の皺が消え入る時は滅多にないよな。等とどうでもいい事にまで思考を巡ら
せてしまう程。

矢先、只の今迄は小雨だったそれが滝のように己に降りかぶり出した。いや、ジ
ュンコにもだ。

「草地が濡れている。このままでは…」

差し延ばした手に威嚇の牙を剥き出す。以前にもこんな事があった。

雨は嫌いだ。自分の愛する生き物達を弱らせ、時には命まで奪っていく。

どんなに急いで学園に飛び帰ったところで、厚い雲が晴れることはなかった。

だから、

「うおおぉっ!」
「?!」

不意に降ってきたのは何も雨だけではなかった。いや、正確には転がってきたみ
たいだ。

「さ、左門?」
「おう!」

一応の呼び掛けに元気良く返してくれた。その全身は見るも無惨にずぶ濡れな上
、土で汚れ、同じ萌黄色の忍服は小枝や葉を張り付けた状態にあった。

それでも今、彼は此処にいてくれている。

探す手間が省けたというより、逆に見付けてくれたと直感していた。

そうだ。前にジュンコに牙を向けられた日にも、左門がどこからともなく現れて


「孫兵。もう大丈夫だからな」
「…ッ」

頬を包み込む手は小さく冷たく、それからやっぱり優しい。

時々思うんだ。ジュンコと左門は密かにどこかで繋がる部分があるんじゃないか
って。

だけど確かめる術もないから、此方も小さく芽吹く嫉妬心は隠しておく事にする


「あ、見ろ!孫兵」
「え…」

自然と繋がれた手を当たり前に握り返しながら二人して見上げた空。

その仄かな射し日は数刻振りなのに、酷く眩しいものに感じた。

低しゆく寒さは相変わらずでも、触れる箇所が冷たくても、それこそ互いが在れ
ばどうにでもなる。

「左門…」
「ン…」

滴る葉露と合間って唇を触れさせた後、彼の口端を軽く親指の腹でなぞる。

「…ッ風邪、曳かないといいな!」

間を置いて紡いだ相手の言葉に思わず苦笑が洩れた。

「なッ…!」

瞬時にして赤へと染まる。そんな左門を目の前に、私の鼓音も高鳴るばかりだ。

実はもう始めから。

「ごめん、左門…。だってそれ…」

ただの誘い文句にしか聞こえない。

呆れるくらいに好いてしまってごめん。

一緒にいてくれてありがとう。

漸くと晴れ間が見付かった。雨上がりにはしゃぐ幼子のように、抵抗もない左門
の肩を抱き寄せようとその身を寄せる。

しかしそれを赦さない愛者がもう一名。

「よし!ジュンコも一緒に暖まろうな!」

満面の笑みの左門に応えるかのように舌をチロリと出した彼女は、全てを分かり
きっているのだと、そう確信せざるを得なかった。

どちらにも敵わないな。

そうは思っても、負ける気にもならない。

行き掛けた左門の手を引き、ただ耳元に囁くだけ。

「孫兵!そういう事は…!」

ほら、これで雨上がりの虹が見れたら、それこそ最高じゃないか。

なぁ?左門。




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