響け青春ハーモニー


※同じ学校の先輩後輩で2人とも吹奏楽部設定のif
※甲斐田時雨くんも微妙に出てきます





「はー、緊張するなぁ……今から緊張しても仕方ないけど」
「ステージの袖で順番待ってる時の前の学校の演奏って、めちゃくちゃ上手く聞こえるんだよな」
「そうなんですよね、分かります」

吹奏楽コンクールまで、あと一週間。昼休みだというのに、開け放たれた窓から聞き慣れた旋律が聞こえてくる。
今日は日曜日、本来なら学生は休みのはずだ。しかし吹奏楽部には基本的に休日というものはあってないようなものだ。そうじゃなくても今は夏休みだというのに、吹奏楽部員は毎日学校に来ている。

昼休みといっても、もう残り十分もない。特にすることもないので、午前に引き続き指定された教室へ奏乃が戻ると、既に先輩の麻季が戻っていて、窓枠にもたれかかりながら空を仰いでいた。
奏乃が午前と同じく並べっぱなしの椅子に腰を下ろすと、麻季も戻ってきて隣に座った。びっしりシャーペンや色ペンで書き込まれた、もう見飽きた楽譜を眺めながら、他愛のない会話を交わす。
窓と扉を全開にしているものの、相変わらず教室の中はこもっていた。それでも時折窓から入って頬を撫でる風は心地いい。

麻季は三年、奏乃は一年。学年も違うし、出身中学も違うし、おまけに異性。しかし、奏乃が入部してきてまだ三ヶ月ほどしか経っていないにもかかわらず、他のパートと比べれば麻季と奏乃はかなり仲が良かった。奏乃は奏乃で演奏も上手いし、優しくて面白い人だと麻季に懐いていたし、麻季は麻季で奏乃を面白い奴だとかなり気に入っていた。もしかして二人は付き合っているんじゃないかと一部から噂されていることを、本人たちは知らない。

「あ、そうだ。奏乃もなんか楽譜に一言書いてよ。思いつかなかったら絵でもいいから」
「えっ、え、いいんですか? じゃ、じゃあ僕のにもお願いしても……いいですか?」
「いいよー楽譜ちょうだい」

つい先日、楽譜を譜面隠しに貼る作業をしたばかりだった。譜面隠しに楽譜を貼りつける際、一度画用紙に楽譜を貼りつけてから譜面隠しに貼るため、楽譜の周りのスペースに部員たちがそれぞれメッセージを書き込むのがお決まりになっている。
学年ごとの人数の差もあるだろうが、奏乃の楽譜は麻季のものに比べて白かった。今年入部してきた一年生は、二年生や三年生に比べて人数がやや少なかった。
同級生や同じパートの人ならまだしも、普段めったに関わらない他パートの先輩に書いてくださいと頼むのはやはりハードルが高い。

勝手に教室のマジックを借りて、何を書こうか麻季の楽譜とにらめっこしながら奏乃は考える。隣の麻季は人の机を借りて既に書きはじめていた。

「よっし。できた!」
「あ、ありがとうございます。ごめんなさい、もう少し待ってもらっていいですか?」
「いいよいいよ。ゆっくりで。てことで、楽譜はい」

ペンを置いて、麻季から手渡された楽譜を受け取る。麻季が書いてくれたメッセージはすぐに分かって、思わず奏乃は吹き出してしまった。同級生が書いてくれたのは遠慮がちに細ペンなのに対して、麻季が書いてくれたのは教室にあるマジックの、しかも太い方ででかでかと中央に書いてあったから、嫌でも目に入ってしまう。

「なんで笑うんだよ」
「いや、だって……ごめんなさい、なんか、面白くて、だってこれ」
「変なことは書いてないだろ?」

お腹を抱えてくすくすと笑いが止まらない奏乃が指さす先には、先ほど麻季が書いてくれたメッセージ。でかでかと青い文字で「オレを信じろ!」と書かれていた。
半ばウケを狙って書いたのは否定しないが、まさかここまで大笑いされるとは思っていなかった。彼女のツボに入ってしまったようで、しばらくお腹と口元を抑えながら奏乃はひとりで笑っていた。

笑いがおさまって、ようやく奏乃がペンを手に取った時もまだ少し笑っていた。思案しながらペンを走らせて、最後にクリアファイルからシールを取り出して、少し迷って一枚それを貼りつけて麻季へ楽譜を返す。

「お、これってもしかして俺の似顔絵?」
「あーはい、一応……って言っても全然似てませんけど……すみません」
「うん、俺こんなかわいくない」
「えっ麻季先輩かわいいじゃないですか」
「それ本気で言ってる?」

おどけた口調で話す奏乃に合わせて、麻季もおどけてみせる。そして同時に笑い出す。

「頑張ってください!」と隙間に書かれたかわいらしい文字の横に、ずいぶんかわいらしくデフォルメされた麻季の似顔絵が描かれていた。その下の名前の横には、小さなクローバーのシール。どれも奏乃らしくてなんだか麻季は嬉しくなる。

「あ、そーだ。んじゃー俺もとっておきのアレを奏乃にプレゼントしてやろう」
「先輩の、とっておきのアレ……?」

そういえば、合奏で隣のホルンの一年生の楽譜にも同じシールが貼ってあったし、一応同じサックスの時雨(彼はバリトンサックスで、普段低音と練習しているのでここにはいない)の楽譜にも貼ってあったのを思い出す。メッセージを書いた人の楽譜に同じように貼っているのだろう。

ふっふっふと口で言いながら、麻季はクリアファイルをあさる。またもじゃーんと効果音をつけて何やら小さい正方形の紙を取り出した。得意げな顔で立ち上がり、それを奏乃の楽譜のまたも目立つところにぺたっと貼りつけた。

「どうだ!」
「……先輩、これなんのシールですか?」
「最近買ってるパンのおまけについてるやつ。面白いだろ?」

麻季が貼ってくれたそのシールは、変としかいいようがなかった。こんなのがついてくるなんて、どんなパンなんだろうか。練習中は真面目で先輩らしいところもよく見せてくれるのに、それ以外での先輩は結構子どもっぽい。そんな彼のギャップが、面白くて奏乃は好きだ。

しばしそのシールを見つめていると、なんだか笑いが込み上げてきて再び奏乃は笑い出す。その奏乃の表情を見て、麻季は満足げに頷いた。
これで本番緊張しても大丈夫だろ? と麻季は笑っていたが、確かに笑って緊張はほぐれるかもしれないけど、下手したら本番中に肝心なところで笑ってミスしそうで怖い。あと一週間で、このシールとのにらめっこになんとしてでも勝たなければ。

「って、いろいろやってたら時間過ぎてるじゃん。練習しないと」
「わ、ほんとだ。なんかすみません」
「奏乃のせいじゃないよ。面白かったし。合奏が二時からだったから、十分くらい吹いたら合わせるか」
「はい!」

麻季に言われて時計を見ると、昼休み終了の時間から五分ほど過ぎていた。隣の教室で練習しているホルンとクラリネットは既にパート練習を始めているようだった。
楽譜を譜面台に戻して、サックスをくわえる。麻季が吹き始めて、少し遅れて奏乃も午前中に上手くいかなかったところをまずは練習し始めた。
そこから一通り最後まで吹いて、今度は最初からと視線を上げた時。先ほど麻季が貼ってくれた変なシールと目が合った。気にしない気にしないとまた笑いそうになったのを咳でごまかして、最初から吹き始めようとしたら、堪え切れずにリードミスしてしまって変な音を響かせてしまった。

(麻季先輩の、馬鹿)



*リードミス=クラリネットやサックスなど、リードのある楽器を演奏中に変な音が出ること。

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -