セカンド・コンタクト


「やっほー麻季くん」
「あ、奏乃」

ひょこっと入口から顔だけ覗かせたら、目を開けて麻季くんが上体を起こす。あ、ごめん、昼寝してたかな。連絡先知らないからいきなり押しかけるしかないんだよね。病院だから携帯禁止だし。

「約束通り来たよ。もしかして寝てた?」
「いや、暇だっただけ。よくここまで来れたね、迷わなかった?」
「迷わずにここまでひとりで来れたよー……って言いたいところだけど、十五分くらいかかったかな……」

やっぱりねって笑わないでよ麻季くんってば。これでも前よりは時間かかってないし、僕だって進歩したんだから。……多分。だってこの病院広いんだもん。迷子っていうより冒険してるんだよ。……ごめん、ただの迷子。結局最後は近くの看護師さんを捕まえて案内してもらってやっと辿り着いた。ここほんっと広すぎ。

「今日はお土産持ってきたんだよ! 一緒に食べよう」
「奏乃が食べたいだけじゃん。シュークリームとかまたかわいい食べ物を……」
「シュークリーム美味しいじゃん。そんなこと言うなら僕が両方食べちゃうよ?」
「いただきます」

ここに来る時にコンビニ寄って来たんだけど、コンビニのスイーツってどれも美味しそうなんだよね。かなり迷った。プリンアラモードも美味しそうだしティラミスも小さいパフェも……結局シュークリームにしたのは、財布が寂しいから。麻季くんが入院してるここの病院まで僕の最寄駅から二駅。学生の財布に往復二駅はちょっときつい。

麻季くんがわざわざベッドから出て出してくれた椅子に座ってシュークリームをひとくちぱくり。うーん、カスタードが美味しい。カスタードがいっぱい入ってるのって嬉しいけど、こぼれないように慎重に食べないといけないよね。美味しいから許す。

「ねぇ麻季くんはシュークリームってホイップとカスタード、どっちが好き?」
「そーだなぁ、どっちかっていえばカスタードかな。ホイップも好き」
「僕も僕もー。どっちも美味しいよねー」

しばらくお互い無言でシュークリームにかぶりつく。甘いもの食べてる時って幸せだよね。

「そういえば気になってたんだけど、奏乃ってなんで自分のこと『僕』っていうの?」

ふと思い出したように麻季くんが顔を上げて僕の方を見る。口いっぱいにほおばったシュークリームを飲み込んで、僕は口を開く。
よくそれは聞かれる。そういえば僕っていつから僕って言ってるんだろう。小学校低学年の頃には既に「僕」って言ってた気がする。

「んー? 特に意味はないけど……しいていうなら女の子みたいなかわいい格好とか苦手だからかな」
「かわいいものは好きなのに?」
「そうだねぇ、かわいいものは好きだよ、集めるのとかは。でも制服以外でスカートは履きたくないな」

昔から女の子らしい服が苦手だった。お母さんはよくフリルのついたスカートとかピンクのお花のかわいいデザインの服とかいっぱい買ってきたけど、着たくなかった。一緒に買い物に行く時はヒーローとかの男ものの服の方が欲しいとねだっては「女の子なんだから」で結局いつもかわいらしい「女の子」の服。
今は制服は仕方なく着てる。私服はスカートなんて物心ついた時から一度も履いたことはない。今日の格好だってセールで買ったトレーナーを重ね着して下は五分丈のジーンズ、そしてスニーカー。
かわいいものを集めるのは好き。今日持ってきたバッグだって水色のチェックがかわいくて一目ぼれして買った奴だし、ぬいぐるみとかもついつい集めちゃう。

「ふーん。似合うと思うけど? かわいい服」
「僕が着たくないの。流行とかも全然分かんないし、そもそも高い服はあんまり欲しと思わないし」
「……なんていうか、やっぱり奏乃って変わってるよね」
「そう?」

それだけ言うと麻季くんはシュークリームを食べるのに戻る。最後の一口を口に放り込んで、一足先に完食。ごちそうさまでした。美味しかった!
さて、麻季くんが食べ終わるまで暇だぞ。男の割にちまちま食べてるからまだ時間かかりそうだ。何をしようかと考えて思い出す。そうだ、お土産もうひとつ持ってきたんだった。

「そうそう、これ麻季くんにあげるよ」
「……ぬいぐるみ?」
「この間ゲーセン行ってUFOキャッチャーやったらいろいろとれちゃったんだよね。それ二つとれたからあげるよ」
「まあ、もらっておくけど……」

基本的に僕UFOキャッチャーとか苦手なんだけどね。どうしても欲しいのがあって何回か挑戦したらいっぱいとれてびっくりした。
僕の手からそれを受け取ると、麻季くんはじっとぬいぐるみとにらめっこしてから枕元に置いた。

「今日はいとこのお兄さんのところ、行かないの?」
「うん、今日は行かない。今日は麻季くんに会いに来ただけ」
「なんだ、じゃあ案内する手間が省けたってわけか」
「またお見舞いには来ると思うし、その時は麻季くんにお世話になるからよろしく」
「ここまで無事に辿り着けたらね」

最初は優しい人だと思ってたのに、意外と根は意地悪なのかもしれない。せめて麻季くんの病室までは自力で辿り着けるようになりたいなぁ。……その前に、まず駅から病院まで迷わずに来れるようになろう。

「次はいつ来るの?」

他愛のない話をしていてふとテレビの前の時計を見たら四時を過ぎていた、そろそろ帰らないと。夕飯の準備手伝わなきゃ。
帰り支度を済ませて立ち上がったら麻季くんが僕を見上げてそう聞いてきた。次、かぁ……。

「んーいつだろう。電車代もなかなか痛いしなぁ、お母さんがお兄さんとこにお見舞いに行く時になるかも」
「そっか。ちょっと残念」

あっさり言われたその台詞に、一瞬心臓が少しだけ跳ねた。だって、まだ会って二回目なのに、僕が来るのを楽しみにしてくれてるって嬉しいじゃん。僕も麻季くんと話すの、すごく楽しかったからまた来たい。ううん、すぐには無理だと思うけど、絶対また来るから。

「じゃあまたね、麻季くん。今日は楽しかった!」
「俺も。シュークリーム美味かった。じゃあな、奏乃」

ばいばい、と手を振って病室を出る。あっという間だったなぁ、道に迷わなければもうちょっと一緒にいる時間が増えたのに。
思わずスキップしそうになるのをこらえながら、今日話したこととか、駅から病院への行き方とか、頭の中でぐるぐる考えてたら案の定また迷子になった。今度来た時に麻季くんに話したら、絶対笑われるだろうなぁ。

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