Animato


 可能な限りのハイテンポでメトロノームは寿命を使い切っていく。巻き上げられたゼンマイ仕掛けが沈黙するまで。
 放課後の部活動時間。各パートに分かれてそれぞれ空き教室に散る時、一パートに一つ、必ずメトロノームを持っていく。どの楽器を練習するにしても、リズムを司る指標は必要不可欠だ。譜面に記されたテンポは一定であるから、そのお約束を守らなければ、いざ合奏をしたとき曲が崩壊してしまう。
 そしてその日の練習が終わる時、速さを調節する錘を一番下へやった状態で放置しておくのだ。全てのメトロノームのネジが切れるまで。

 パーカッションで使っていたメトロノームを片手に、奏斗は音楽準備室へ入る。ドアを開くと、急きたてられるメトロノームの合唱が彼を迎えた。通常の練習では到底使う用事のないハイテンポ。その海の中、チューバを傍らに置いた音哉がいた。椅子へ浅く腰掛けた彼は、正しく一心不乱といった様子でシャープペンを握り、譜面と向き合っている。
「あ、チューバのパート練ここだったんだな」
 お疲れと声をかけると、音哉は驚いたように視線を上げた。みはられた目が雄弁に物語るには。
「いつから居たんだ、って感じ? ついさっき。こんだけカチカチ言ってたら気づかないよなー」
 奏斗は悪びれた様子もなく、むしろ悪戯っぽく笑った。メトロノーム置き場へ足を向けると、早々に動きを止めている何台かの振り子を固定して蓋を閉める。そして自らが持ってきたものの振り子を放して、合唱の仲間入りをさせてやった。
「もう皆練習から帰ってきてるぜ。部長殿が来ないとしまらないだろ」
「わかってる。あとこれだけだ」
「……カンニングブレスの位置調整?」
「俺達はお前達と違って、息継ぎをしないと酸欠になるからな」
「なんだよ、それー。まるでパーカスが息しないみたいじゃん」
 橙色の光を投げかける夕暮れは言葉なくして雄弁に物語る。
 永遠に変わらないものなどありはしないという郷愁。
 単調な音に呑まれて感傷に浸る。互いの視線が交わらない今だからこそ。奏斗は絶え間ないメトロノームを見つめながら。音哉は、彼のそんな背中を見つめながら。
 指先から未来に触れていく。幼児のように駄々をこねても明日は容赦なくやってくる。この一瞬を永遠に留めようとする努力ほど無理なものはないのだ。記憶は曖昧、写真は褪せるし、言葉は古くなる。それでも。
「――よし。それじゃ、行こうぜ音哉。あんま皆を待たせると悪いからな」
 明日へ。
「ああ。……分かってる」
 ふたり一緒に。

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