いちごパフェといちごクレープ


「悪い、遅くなった」
「へっ? あ、ううん、大丈夫!」

トイレから戻ってきて、ボーっとしている奏斗に声をかけるとぴくりと肩を震わせた。俺に気付くとすぐなんでもないように振る舞う。……けど、なにか思い悩んでるのは、俺から見ればすぐに分かった。

トイレから出てきて、一点を見つめてボーっとしている奏斗が見えたから、なにを見てるんだろうと思ってその視線の先を追いかけた。そしたら、そこにいたのは一組のカップル。腕組んでたし、距離も近くてやたらべたべたしてたからどう見てもカップルだろう。

「じゃ、ご飯食べに行こっか。俺お腹空いたよ」
「俺も。何食う?」
「んーなんだろ。音哉は? なんか食べたいものある?」
「そうだな……俺も思い浮かばないな」

休日の昼ということもあって、混雑している店内をそんな話をしながらレストラン街を目指す。

俺らがいたところ――ショッピングモールの中にある楽器屋からレストラン街は結構遠い。
時折カップルらしき二人組とすれ違っては、無意識なんだろうけどそのたび奏斗の目が追っていた。

俺らは男同士だけど恋人だ。性別の壁で悩んだこともたくさんあるけど、とにかく好きで、相手が男だからと気持ちは止められなくて、誰かにとられたくなかった。
奇跡的に両思いだということが分かってからは幸せで、男同士だということに悩むことはほとんどなかった。全然なかったわけではないけど、それほど悩んだことはない。だって、俺は奏斗が好きで、奏斗も俺が好きだから。それでいいと思ったから。奏斗が俺と同じ思いだってことが分かって、嬉しかったから。

とはいえ、ふとした瞬間にぶち当たってしまうのがやっぱり性別の壁だった。もし奏斗が、もしくは俺が女だったらと考えることはある。多分、聞いたことはないけど、奏斗もきっと何度かあると思う。

俺らが今してることはデートで、男と女がしてるそれとなんら変わりはない。好きな人と一緒に出掛ける。
でも、人目がある場所でべたべたすることはできない。手を繋いで歩いたり、腕を組んだり、キス……はさすがにできないけど、そういった、恋人同士ならばするであろうことが、俺らにはいくつか制約付きなのだ。

気分が盛り上がったから、興奮して、はしゃいで、多少であれば同性同士でもそういうことはするし、周りだってスルーしてくれるだろう。でも、俺らが手を繋いで歩いていたら? 腕を組んでいたら? みんな変な目で見るだろう。俺だって逆の立場だったら何秒か見つめてしまうと思う。

それはべたべたしたがる奏斗も分かっているようで、例えば遊園地に行って「ジェットコースター乗ろうよ」と俺の腕を引っ張ることはあっても、普通に園内を歩いている時は俺に触れることはしてこない。

それでもまったくできないというわけではなくて、人目さえなければ体をくっつけ合うのも、抱きしめるのも、キスをするのもできる。家ならそういったことが全部できる。だから我慢できた。

「……決まった?」
「……あ、ごめん。ちょっと考え事してた。音哉は決めた?」
「まだ。悩むよな」
「悩むよねー。ハンバーグも食べたいけどドリアも美味しそうだし」

結局なにが食べたいか、俺も奏斗も特に思い浮かばなくてファミレスに入った。奏斗の視線は、メニューではなくガラスの向こうを泳いでいた。

こういう場所に来るとカップルがどうしても目に入るせいか、よく奏斗はカップルを見てはボーっとしている。悩むのは俺も同じ。

俺か、奏斗のどっちかが女だったら悩むこともないのに。性別の壁にぶち当たるたびに毎回思う。
けど、もし奏斗が女だったら、関係は今と同じ幼馴染だったとしても、性格はそれほど変わらなかったとしても、今の奏斗と同じくらい好きになれたか、なぜだか自信はない。俺が女だったとしても同じ。

……だって、俺が好きなのは今目の前にいる"奏斗"だし。上手く言えないけど、やっぱり奏斗なんだから好きになったんだと思うし。

「お、いちごフェアやってんぞ。いちごパフェでも食うか?」
「え? ……あー、うん、食べたいけど……パフェとか何年食べてないだろ。でも俺今あんまお金ないんだよね。給料日明後日だし」
「いいよ、今日は俺がおごるよ。なんでも好きなもん頼め」
「マジ? じゃあいちごパフェといちごクレープ食べたい!」
「……遠慮ないな」
「だっておごってくれるって言ったの音哉じゃん」
「そうだけど」

これからも何度もその壁にはぶち当たるだろうし、どう頑張ってもそれは越えられるものじゃないけど。

それでも選んだ道なんだから、とりあえず、奏斗には笑ってて欲しいな。俺を引っ張ってくれたのは奏斗だから、俺は奏斗を支えてやりたい。今までも、これからも、願わくばずっと。

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