その再会は偶然か必然か


今日の練習、パーカッション経験者の見学者がきます。


というメールが数時間前に届いた時からなんとなく嫌な予感はしていた。
いつもだったら名前と簡単な経歴(何年やっていたか、ブランクがあるかどうかなど)も一緒に書いてあるのだが、今日は急きょ来ることになったことと、メールを管理している人が用事があって今日は来られないとのことでそれしか情報はなかった。

見学者が見えたら誰でもいいからとりあえず相手をするように、と言われてはいるが、今日は来ている団員も多いし誰か相手をしてくれるだろうと気楽に構えていた。昔ほどではないが、初対面の人と話すのはやはり緊張する。

「あ、合歓木くん! 今大丈夫? 忙しい?」
「ん? 別に忙しくはないけど……」
「じゃあ見学の人来たみたいだから、少し相手しててくれないかな?」

反射的にえ、と出そうになったのを堪える。まさか自分に回ってくるとは思ってもみなかった。
少し周りを見ても準備やらなにやらでみな忙しそうで、忙しくはないと答えてしまった手前、今更断るわけにもいかず、分かったと返事をして見学者が待っているというロビーへ向かう。

奏斗に助けを求めたかったが、打楽器は管楽器よりも準備に時間がかかる。音哉がホールを出ようとドアへ向かっていた時、楽譜のコピーに行くらしく慌ただしくホールを飛び出していく奏斗の姿が見えた。

「あの人かなぁ?」
「じゃない? さっきちょっと見たけどかっこよかったなー」
「ね! かっこよかったよね!」
「うっそ! うわー楽しみー!」

すれ違った団員の会話にますます不安はつのるばかりだった。まさかと思いながらロビーへ行くと、備え付けのソファに腰を下ろしてそわそわと落ち着きのない青年が一人。音哉の存在に気付くと目を見開いた。

「えっ……えっ?」
「……やっぱりか……」
「え? なんでセンパイがここにい……えっ?」
「それは俺が聞きたい」

心底嫌そうな顔をしながら音哉はその青年の隣に腰を下ろす。

久しぶりに見たせいか、雰囲気こそ少し変わっているが、紛れもない、今自分の隣にいるこいつは狗井 和希だった。
音哉とは学校が違っていたためにあまり面識はないが、奏斗の後輩で奏斗に好意を抱いていると知ってからは合同練習で顔を合わすたびに奏斗に気付かれないよう火花を散らしていた。

「お前もこの辺に住んでるのか?」
「まあ……ここからはちょっと遠いですけど」
「なんでここに来た」
「見学に来たのにその扱い……。久しぶりにやりたくなって、たまたまここ見つけて近いし行ってみようかなって思ったからですよ」
「ってことは、高校卒業してから吹奏楽はやってなかったのか」
「そーですね」

和希もまさかここで音哉に会うとは思ってもみなかった。久しぶりに楽器を触りたいのはやまやまだが、今すぐにでも帰りたくなってきた。

しかし、ここに音哉がいるということは。和希の中である可能性が思い浮かんですぐそれは証明されることとなる。

「あっれー! 和希じゃん!? 和希だよな!?」
「猫柳先輩! お久しぶりです!」

不意に背後から聞こえた声。音哉が振り返るより早く、小走りで興奮した様子でこちらにやって来たのは奏斗。楽譜をコピーに行った帰りの奏斗の手には楽譜の束が抱えられていた。

奏斗の姿を見た瞬間、笑顔になった和希を見て音哉は小さく舌打ちをして頭を抱える。そして大きなため息をひとつ。

「久しぶりー! お前卒業してからなにやってたんだよ! 連絡くれないから生きてるかどうか心配だったんだぞ!」
「す、すみません……。忙しくてなかなか……。先輩も元気だったみたいで安心しました」

奏斗も奏斗で久しぶりの再会にとても嬉しそうだった。奏斗に悟られないよう、隣で音哉もぎこちない作り笑いを浮かべてはみたものの、イライラは隠しきれない。

「なんか盛り上がってるけど、知り合いなの?」
「奏斗の高校時代の後輩」
「そうなんだ! 猫柳くん嬉しいだろうねー」

その後、先ほど音哉に和希の相手を頼んだ女性がやって来て、盛り上がっている二人を笑顔で少しの間見つめていた。


   * * * * *


「和希、他にも見学に行ってたりする? 他のとこに」

練習を終えて楽器を片づけていると、奏斗の声が聞こえた。音哉と奏斗がいるのはホールの端から端にも関わらず、周りの音や会話している声に負けないよう声を大きくしているのもあるだろうが、奏斗の声ははっきりしていてよく通る。

「そっかー。じゃ、ここ入れよ! また一緒にやりたいし!」

奏斗の質問に対する和希の返事は聞こえなかったが、奏斗の答えから察するに最初からここに入る気で来ていて、他のところには行っていないのだろう。

今日の練習で奏斗は本当に嬉しそうだったし、一緒に吹奏楽をやるメンバーが増えるのは音哉としても嬉しいことだ。特にパーカッションは人数が足りないと奏斗含め、パーカッションの人たちはよくこぼしていたし、団員にもことあるごとに言われていたので、和希が入ってくれたらみんな喜ぶだろう。それに、大勢の方が楽しい、そう音哉も思っている。

「まさか和希と会えるとはなー。あいつが高校卒業してから連絡全然こなくなったからなにしてるのかと思ってたら元気そうでよかったよかった」
「……よかったな」

帰りの車の中で、奏斗は口を開けば和希の話ばかりしていた。音哉にしてみれば面白くないが、楽しそうな奏斗に水を差すわけにもいかず、ひたすら適当に相槌を打っていた。
こういう時に限ってやたらと赤信号につかまるから尚更イライラがつのる。

そもそも吹奏楽と私情を絡めて考えるからダメなのだ。それはそれ、これはこれと割り切って考えるべきだろう。
しかしそうもいかないのは、高校時代にいろいろあったことと、今日見ていてまだ和希が奏斗のことを諦めていないのがはっきり分かったからだ。音哉の姿を見た時に驚いていたとはいえ、奏斗がいることを知ってこの楽団に来たのではないかなどとと変に勘ぐってしまう。

「音哉、どうかした?」
「えっ? ……な、なにが?」
「具合でも悪い? 運転代わろうか?」
「いや、大丈夫だけど……」
「ならいいけど。さっきからぼーっとしてるみたいだったからさ、心配になって」
「なんでもない。……ありがと」

奏斗にほんの少し心配されただけで嬉しくなる自分は、言われなくても現金なのは分かっている。
結局、奏斗の心が少しでも和希に向くのが嫌なのだ。わがままだし、子どもじみているなと自分でも思う。しかしどうも和希のことは今でも信用ならない。

「けど、今日は疲れたから早く寝る」
「そ? 大丈夫? 明日も早いしね」

まだ和希が正式に入団すると決まったわけではない。もしかしたら奏斗にそんな話をしていた可能性もあるが。あれこれあることないこと考えていてもどうにもならないのだし、今日は帰ったらすぐに寝よう。そう決めた瞬間、信号が青に変わる。

「……あとさ、俺の勘違いだったら恥ずかしいんだけど」
「ん?」
「俺が好きなのは、今までもこれからも音哉だけなんだからね?」
「……っは」
「ちょっ音哉前! 前前!」

突然投下された爆弾に、意識が一瞬飛んでいたようで、奏斗に体を揺さぶられてはっとする。


幼馴染には見抜かれていたようだ。

(っていっても、奏斗のことだし、あいつに恋愛対象として見られてるっていうのは気付いてないんだろうけど)

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